表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
荒くれ騎士の嘆き歌  作者: OWL
第一章 すれ違う人々(1425-1427)
2/372

第2話 選帝侯の孫娘

 1432年の帝都大火から時は戻り、今は新帝国暦1425年。

巡礼者を乗せた船が帝都の外港チェセナ港を出港してから三日。巡礼船の中でお付きの女性達に囲まれて嘆いている少女がいた。


「ああ、退屈だわ・・・。快速船に乗れば良かった」


一等船室で嘆いているのはコンスタンツィア・シュヴェリーン・ダルムント。

彼女は選帝侯であるダルムント方伯の孫娘である。皇帝に妻は無く、方伯の妻も他界している為、彼女は帝国貴族社会の序列では女性最上位のグループに属する。


まだ若くとも高貴な令嬢として頬杖をつくようなみっともない真似はしておらず、船室の窓から外を眺め扇で表情を隠して溜息をついた。


「快速船に乗る巡礼者なんていませんよ。お嬢様」


コンスタンツィアには家臣の娘達が友人としてあてがわれていた。

今話しかけたヴァネッサは一歳年下の娘である。


「ヴァネッサ、お母様の頼みじゃなければ巡礼になんて来なかったわ。貴女も誘うから来たけれどわたくしは早く帰りたいの」


母の病室はいつも医者や看護する侍女達で一杯でゆっくり話す事も出来なかった。


「まだ出航して三日目ですよ。旅程は一年です。お暇ならお勉強でもしますか?それとも楽器の練習を?」


暇つぶしの本は持ってきたが、思ったより揺れるので読みづらい。

楽器も笛を吹いてる最中に揺れては困る。竪琴はまだマシだがそんな気分ではない。


「一年ねえ・・・、学業に遅れが出たらどうしましょう」

「もう初等科は飛び級で卒業したじゃありませんか。焦る必要はありませんよ」

「そうね、でもわたくしは早くマグナウラ院に入りたいのよ」

「マグナウラ院にですか!?」


コンスタンツィアは中等教育も飛び越して一気に高等教育へ、専門学部もあるマグナウラ院に入るつもりだった。男ならそこを卒業した帝国貴族は即省庁入りして出世街道まっしぐらだ。


驚くヴァネッサにもう一人の女性も口を挟んだ。


「私もよ」

「ヴィターシャさんまで!?」


コンスタンツィアとヴァネッサは赤い髪をしているが、ヴィターシャと呼ばれた女性は輝くような金の髪をしている。帝国人の女性としてはヴィターシャのような容姿を持つものが多い。


皆、年の割には背が高く発育も良い。

帝国人の体格の良さは豊穣の女神の恩恵であろうといわれている。


ヴィターシャは読んでいた本を置き、眼鏡の位置を直してヴァネッサに向き合った。


「私はこのままお嬢様学校に進んで花嫁修業なんて嫌。自分の人生は自分で決めたい」

「気が早すぎません?まだ11ですよ?」

「これから行く東方圏の人達は7歳で働きに出て12歳で結婚して子供を産むのよ。早すぎるなんてことは無いでしょ。貴女も帝国生まれで良かったわね。それともおうちが裕福だから余裕なのかしら」


若干おっとり屋のヴァネッサは辛辣なヴィターシャが苦手だった。

実際彼女の言う通り実家は裕福で婚約候補の貴族の男性が山ほどいる。一方のヴィターシャの家は没落しつつあり、富豪の平民と婚約させられかねない。


「御免なさいね、ヴィターシャ。こんなことに付き合わせて」


二人の間をとりもつようにコンスタンツィアが口を挟んだ。


「いえ、よい経験になると思います。自由都市には自立して働く女性も多いですし、家を飛び出して逃げ込んだ帝国貴族の女性も多いですから」

「ヴィターシャは将来、自分で働いて稼いで生きていくつもりなのね」


コンスタンツィアの問いにヴィターシャは頷き、ヴァネッサは信じられないという顔をした。


「どんな仕事につくつもりなの?」

「まだ固まっていませんが、せっかくの貴重な体験ですからこの巡礼で旅行記を書いて出版社に持ち込もうかと。・・・あとは絵を描いてみるとか。音楽の才能があれば教師という道もあったのでしょうけど」


彼女は帝国を出て自由都市で貴族出身であることを隠して働こうと考えていた。


「旧帝国時代なら女当主になれたのにね」


近年は男の兄弟がいれば年長でも女性が当主になる事はまずない。


「コンスタンツィア様は婿を迎える事になるのですよね?」

「そうなるのかしら。まあ親戚から養子を貰って後継ぎに据えられるかもしれないけど」


祖父も父も健在で、自分以外に兄弟はいないのでこのままだとコンスタンツィアか、その子が後を継ぐ事になる。だがここ数百年方伯家に女当主はいない。


「コンスタンツィア様もいざとなったら一緒に帝国を出ますか?」

「ヴィターシャ!」


ヴァネッサがさすがにそれは口にしてはいけない事だと非難する。

選帝侯の長女が祖国を、家を捨てるなど・・・。


「何か問題でもある?」


ヴィターシャは意に介さない。


「選択肢は多い方がいいけれど、わたくしが出て行ったら注目の的で生きづらいわ」

「ですよね」


ヴァネッサは胸を撫でおろした。ヴィターシャも残念には思ったが、まあそう答えるだろうなという予想はしていた。


「奥様も心配ですしね」


コンスタンツィアの母は熱心な大地母神の信徒だが、病に倒れてしまい娘を自分の代わりに巡礼に出した。


「でもわたくしが働いてお金を稼ぐとしたらどんな仕事が出来るかしら?」


ヴァネッサはぎょっとしてまた目を瞠る。ヴィターシャは嬉しそうに仮定の話しに応じた。


「お嬢様なら貢いでくる男達のおかげで働かなくても生きていけますよ。でも・・・そうですね。絵描きにその御姿を描いて貰えば人前に出ずとも稼げますよ」


コンスタンツィアは11歳にして成長著しく、大地母神の化身と謳われ、旧帝国時代最高の神像芸術家ミルズの作品にも勝ると評判で帝国貴族の注目の的となっていた。政治的中立を貫く選帝侯の一族の長女に対して生半可な者では婚約を申し込むことすら出来ない。


「絵描きに?それはちょっと困るわね」

「そうですよね。アーティンボルト先生の目、ちょっと気持ち悪いですし。巷では裸婦画とか流行っているんでしょう?いくら古代の女神像が裸だからってお嬢様をそんな晒しものになんてさせません!」


ヴァネッサは鼻息荒く、断固反対を貫いた。

名家の貴族の女性には嗜みとして芸術も学ばされている。その教師は魔術師でもあり魔導生命工学の名士としてそれなりに高名な芸術家だった。


「まあ、確かにあの人は私から見てもちょっと無いかなと思うわ」


ヴィターシャも不気味な魔術師の教師を敬遠している。巷では評判の高い魔導生命工学の大家なのだが、少女達には変態にしか見えない。

よく半裸で魔力を込めながら土をこねては彫像を作っている。時々、彼女達を題材にしていることもあった。


「もう魔術の教師はお払い箱にしようと思うわ」

「女魔術師はお金稼げませんからね」


ヴィターシャは現実主義者だった。


 ◇◆◇


 会話がひと段落した頃、聖堂騎士が駆けこんできた。

ドアの向こうでは船員や他の巡礼者が騒いでいるようだ。


「どうかしましたか、エイヴェル様」

「海賊のようです。帝国海軍基地は遠く、パスカルフロー艦隊もこの辺りには巡回しておりません」


ヴァネッサは海賊が来たと聞いてひっと怯えた声を漏らす。ヴィターシャも最悪の結末を考えてしまった。護衛の聖堂騎士達は強力だが、それは陸上での話しだ。

いっぽうコンスタンツィアは人の上に立つものとして怯えなど見せない。


「巡礼船を狙うような人たちがいるの?」

「は、我々から銀行部門が取り上げられた為、巡礼者には現金を持ち歩く者が多く・・・」


申し訳ないとエイヴェルは頭を下げた。

彼らは死んでもコンスタンツィアを守って戦う覚悟をしていたが、船を沈められてしまっては戦えない。重い鎧をつけた彼らは沈み、女性達だけ救助されて人質に取られてしまうだろう。


「仕方ないわね。船長の所に案内して下さる?」


騎士達に頼れないと知るとコンスタンツィアは自ら立ち上がった。


「は?いえ、お嬢様には船倉に隠れて頂きたく」

「時間がないのでしょう?わたくしに従って下さい」


コンスタンツィアはエイヴェルと共に船長の元へ行き、帆を張る様に命じた。


「お嬢さん、海の上の事は私に任せておくんなせえ。今は全速力で櫂を漕がせている最中です」


船長のいう通り水夫達はドラムの音に合わせて必死に櫂を漕いでいる。

海域に詳しい船長は岩礁や無人島を利用して海賊を撒くつもりだと説明した。


「海賊から逃げ切れるような船では無いでしょう」


素人のコンスタンツィアから見ても無理だと分かる。大勢の巡礼者が乗った船は鈍足だが、海賊船は必要最低限の人員と物資しか搭載しておらず明らかに速力で負けている。


「急に風が変わる事を期待するより、全力を尽くした方がマシですぜ」


船長が言い負かされては困るので他の水夫も口出しをしてきた。


「誰がそんなものに期待していると言ったの?まぁ、いいわ。無駄な会話に時間を費やす気はありません。わたくしが勝手にやります」


コンスタンツィアはタンタン、と足踏みをした後、足を軽く振ってスカートの下から魔術に使う短い杖を取り出した。


「あらあら、はしたない」


ヴァネッサとヴィターシャが呆れた。


「おだまり」


コンスタンツィアはどんなに暑くても何重にも重なった分厚いドレスを常時着用しいるので、別に肌は露出していない。まあ帝国人にとっては多少肌を露出するくらい別にはしたない事ではないのだが。


短杖には細工があり、少し伸びてその先端の収束具の宝石が光った。


コンスタンツィアは魔術を行使して帆を止めていた縄を切り強引に操ってまた固定して帆を張った。どこをどう結び付ければいいのかは、この三日の間に暇つぶしで眺めていたので知っている。


コンスタンツィアが魔術で起こした風を帆に受けて巡礼船は速度を上げ海賊船をあっという間に置き去りにした。行く手を遮るかのように現れたもう一隻の海賊船は立ち塞がるのに間に合わず、進路を塞ぐ事も衝角で体当たりする事も出来なかった。


こうして帝国海軍が伝令で使う特殊快速船顔負けの速度で巡礼船は自由都市ヴェッカーハーフェンへ向かった。途中海運国家のパスカルフローから護衛船団がやってきて彼女達を自由都市に送り届けた。


自由都市に到着し下船した後、コンスタンツィアは聖堂騎士に命じた。


「エイヴェル。船員に海賊と繋がっている者がいないか調査させなさい」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ブックマーク、ご感想頂けると幸いです

2022/2/1
小説家になろうに「いいね」機能が実装されました。
感想書いたりするのはちょっと億劫だな~という方もなんらかのリアクション取っていただけると作者の励みになりますのでよろしくお願いします。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ