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荒くれ騎士の嘆き歌  作者: OWL
第五章 蛍火乱飛~後編~(1430年)
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第18話 決闘に向けて

 心配していた学力もエドヴァルドにもちゃんとついていける内容だった。

本格的に夏となり、膝の状態も日に日によくなっているが、医師によるとまだ杖で歩くには早いという。学院では一年生からは暖かく迎えられたが、上級生からの視線は相変わらず冷たい。


「悪いなぁ、イリー。お前まで巻き込んじまった」

「いいんだよ。エディ。うちはもともと小国で父に身代金を払ってもらう事も出来なかった王子だって馬鹿にされていたから」


二人がかりで殺されかけたエドヴァルドは自分の要求は正当なものだと信じて疑っていない。誰に対しても恥じる所はない。

だが、唯一の親友が東方の大君主の息子一派に睨まれて六年間を送るような生活は望んでいなかった。エドヴァルドはしばらく距離を置こうと思ったが、行きも帰りも講義も一緒では避けようもない。


「こうなったら正々堂々と戦って皆の前で潔く負けを認めさせちゃってよ」

「ああ、完勝して俺の正義を誰の目にも明らかにしてやるぜ」


イルハンはエドヴァルドが勝つと信じているが、レクサンデリは信用していない。

情報収集をして作戦を練ろと二人に言った。


「困った奴だ。もうこれ以上は肩入れ出来ないぞ」


レクサンデリもこれまでの付き合いで一緒に決闘に向けて作戦を練っている。

皇家の長子にしては意外と付き合いが良かった。


「済みません、レクサンデリ殿。もし貴方が皇帝に立候補する時が来たらその時までに帝国騎士で一番強くなって貢献しますよ」

「そりゃあいい、どうせなら近衛騎士になってくれ」

「ヤケになってませんか、殿下」


ジュリアが主を心配した。


「二、三十年後でも東方候は健在だろうし、子供の喧嘩で人類の将来の選択を誤るような人間では無いさ。それにコンスタンツィアが肩入れしている以上、エドヴァルド君に協力しても不利とはならないだろう」


ヘンルートやユースティアもどちらかといえばエドヴァルドの対応に理解を示していたのでレクサンデリだけがフィリップに批判的だったわけではない。


「御免ね、レックスにまで迷惑かけちゃって」

「いいんだよ、イルハン君。帝国に次ぐ力を持つ大国の鼻っ柱をへし折ってやるのも悪い気分じゃない。ってレックス?」

「この前愛称が欲しいっていってたでしょ。だからレックス。ヘン?」

「いや、いいよ。実にいい。気軽に呼んでくれといってるのにこれまで誰もそう呼んではくれなかったからね」


皇家の御曹司に言われて実際になれなれしく愛称で呼ぶような人間は存在しなかった。友人だと思っている他の皇家の少年達ですら。

レクサンデリは珍しく感慨にひたり、イルハンは気にせずエドヴァルドを励ました。


「じゃ、エディはどうしても勝たないとね。ちゃんと食事も取らないと」

「おう!昼飯は食べ放題だからな!厠に行きづらいのが難だが・・・母国よりはマシだ」


トイレは紐を引けば水が流れて下水道に繋がっている、エッセネ地方では肥溜めが未だに使われていた事を思うと天と地の差があった。


学院の昼食は料金を取られない。

学費の内に入っているので好きな物を好きなだけ食べて良い。

エドヴァルドは肉ばかり食べて、必死に上半身を鍛えていた。

腕の力だけで重りを持ちあげたり、そこらの木に縄をかけて上半身の力だけで登り、また降りるの繰り返しだ。


「体を鍛えるのはいいが、ちゃんと進級できるよう学業にも励まないと入学させた意味が無いぞ。決闘は個人間の問題であり些事に過ぎない事を忘れるな」

「勿論、分かってます」


進級してさっさと卒業し帝国騎士になるのが優先目標で、フィリップとの決闘はそれに比べれば些事だった。少し時間が経つとエドヴァルドの怒りもだいぶ収まって冷静になっていた。イルハンもそれを保証する。


「毎晩遅くまで二人で勉強してますよ」


学院に入るまでは進級に必要最低限といわずもっと頑張るつもりであったが、今のエドヴァルドは進級出来ればとりあえず今年はそれでいいと考えを改めた。


「よろしい、学年は違うが問題があればいってくれ。ロックウッドの奴に世話になっているから必要無いか?」

「あ、済みません」

「いいさ、同じ一年組だから頼りにするのは当然だ。特に今の状況ではね」


ガドエレ家とアルビッツィ家は分野は違えど財界の重鎮の二家で時折反目し合う事もある。エドヴァルド達はレクサンデリの手前ロックウッドと親しむのを気兼ねした。とはいえ東方系の王子、王女を従えるフィリップに帝国貴族からも人気が高いセイラ達を敵に回したエドヴァルドに普通に接してくれるロックウッドは貴重な友人である。


「ガドエレ家とはそんなに仲が良くないんですか?」

「時と場合によっては協力する事もある。今は皇家の事業拡大に対して政府が規制をかけようとしているのでその点については手を組んでいる。が、既に金融業界に進出済みの我々はともかく、これから大々的に打って出ようとしているガドエレ家は認可を得るのが難しくなるだろうな。従業員の教育が完璧であり、法律を遵守し、事業が健全である事を証明しなければならないだろう」


大量の書類を用意しなければならないので、彼らに協力してやりつつもざまを見ろという気持ちもあるレクサンデリだった。


「複雑なんですね」

「いや、単純だよ。物事複雑に見せた方が高く売り飛ばせるし賢く見られるからそうするだけだ」


 ◇◆◇


「放課後はどうするエディ。まっすぐ帰る?たまには何処かお店とか寄ってみる?」


学院の施設で体を鍛えようにも邪魔をされるので、放課後も学院に残るという選択肢は二人に無い。シセルギーテの貯金を無駄遣いしたくないエドヴァルドは寄り道もしない。


「俺は礼拝堂で祈ってるからレクサンデリ殿の所へ行ってこいよ。投資の話が終わったら迎えに来てくれ」


十二歳のエドヴァルドは本来神殿で守護神からご加護を頂く儀式をして貰える年齢だが、ここに親しい神官はいなかった。せめて一人でも祈りを捧げようとエドヴァルドは学院の礼拝堂に寄る事にした。


「ん、じゃあ後でね~」


学院では神学や神術の講義もあり、小規模な神殿や静かに祈る為に解放された礼拝堂もあった。学院で神学などを学ぶのは大抵が成人後は親に神殿入りを強制されている王子や帝国貴族なので彼らは信仰に熱心でなく夕方に人がいる事は滅多に無い。


(おや、誰か人がいる)


エドヴァルドは邪魔するのも悪いのでしばらく外で様子を伺っていた。

中からはどうも懺悔をして、それに赦しを与えているような事が話されていた。


(これが聴罪僧という奴かな)


聞いては悪いのでもう少し距離を置いて、中の人が別の出入り口から出て行ったのをみてエドヴァルドも入って行こうとしたが、正面の入り口からもう一人出てきた。

南方圏のふくよかな女性で、エドヴァルドとも肌の色が近いが少し顔色が悪そうだ。


「あら、エドヴァルド君。お加減はいかが?」

「スナンダ様。有難うございます。すぐに立てるようになるみたいです」


スナンダもエドヴァルドの為に暴利を怒ってくれたとイルハンから聞いていたので、エドヴァルドも年長で思いやりのある女性として敬意を払っている。


「あんまり焦っては駄目よ。お母様の為に立派な騎士になりたいのでしょう?」


スナンダは少し屈んでエドヴァルドに目線を合わせて諭した。


「はい・・・。スナンダ様も私が乱暴者で、無礼者だと思われますか?」

「いいえ?一年生ではそういう風に言われているの?」

「身近な人は大丈夫ですが一部で・・・。自分はともかくイルハンまで虐められているのが気の毒で申し訳が無く」


イルハンの母国と険悪な国の生徒らはフィリップの肩を持ちエドヴァルドとイルハンに大して辛辣だった。上級生になればエドヴァルドはイルハンと選択科目が別れるので傍にいて守る事も出来ないのが心配だった。


「そう・・・。私は貴方の事を母親思いで誇り高い立派な男の子だと思っているわよ。自信を持って正しい道を行きなさいな。一年の子達のご兄姉の方々には私からよく言っておくわね」


スナンダは安心させてやるように微笑んだ。

親友に申し訳なく思って暗い顔をしていたエドヴァルドの顔もぱっと明るくなる。


「これからお祈り?」

「はい。トルヴァシュトラ様に」

「じゃあ決闘の事ね。雷神のご加護が貴方にありますように」


スナンダが祈ると蒼白い光の輪が広がり、エドヴァルドに当たってまた収束する。

神官が行う加護授与の儀式だった。どうやらスナンダは神官としての修行もしていたらしい。


「有難うございます。スナンダ様」

「私は決闘が行われる頃、自国に帰らないと行けないの。でも遠くから応援してますからね」


去って行くスナンダにもう一度礼を言い、エドヴァルドは気が明るくなって車椅子を回し、礼拝堂に入っていった。

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2022/2/1
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