第16話 エドヴァルドの学院生活
フィリップと悶着はあったが、エドヴァルドはその後けろっとして昼食は食堂でイルハンの友人達と食事を楽しんでいた。東方系の王子、王女達からは睨まれる事になるが、一年生達は好意的だった。
紹介されたばかりのロイス、ジェレミー、ロックウッド、ツヴィーク、レヴォン、イルハン、シュテファン、そしてファスティオンが同席している。
皆、エドヴァルドの入学許可を求める署名に参加してくれた者達だ。
エドヴァルドは今まで滅多に食べられなかった肉料理が何でも食べ放題だと聞いてイルハンに所せましと並べて貰った。
「うめえ!」
公爵という身分でもラリサでは鳥肉は宗教上の理由もあり、貴重で滅多に供される事は無かったが、ここでは香辛料もふんだんに使われてなおかつ食べ放題だ。
「それは良かった。うちの提携牧場から納品させててね。野菜もだが」
ロックウッドは学院の為に格安で納品させているのだと誇る。
どこの産地でどれほど丁寧に育てられたかを自慢げに語り、皇帝の食卓にも供される品質なのだと恩着せがましいロックウッドにロイスが揶揄する。
「皇帝陛下や前の政府のお偉いさん達が宮殿からいなくなってから贅沢品が市場に回せるようになったんでしょう?」
大宮殿内には政府関連の施設もあり約10万人の官僚、女官、兵士が務めているのでそこで必要とされる物資も相当なものがあり、緊縮財政に舵を切った新政府はそれをカットしてしまったので、貴族向けの物資は市場に出回るようになっている。
「じゃ、行き場に困った余剰品ですか」
「いや、そういうわけはないぞシュテファン殿。購買力のある人間は今時他にいくらでもいる。しかし平民にくれてやるには勿体ない」
「レクサンデリ殿が理事になってますます食堂の質が落ちたというからそのあてつけでしょうか」
「違う、とはいわないが言葉は選んで欲しいな。我々がケチだという噂を奴が流していると聞いたからそうではないという所を見せてやろうと思っただけだ」
周囲の会話を気にせずエドヴァルドはパンを肉汁につけて舌鼓をうち、イルハンに追加のパンを頼んでいた。
「よく食うなあ、あまり動けないからそんなに腹も減らないだろうに」
「たくさん食べて栄養つけて早く治らないとあの野郎を叩きのめせないし」
フンっとエドヴァルドは肉を噛み千切った。
「エドヴァルドくん。僕の兄はかなり強いですよ。大丈夫ですか?」
シュテファンが一応心配して気遣った。
「あのチビが?」
「言い方に気を付けてくださいね。あまり言葉が過ぎると、みなエドヴァルド君を応援し辛くなります。うちの兄は帝国に来て五年間魔導騎士の修行ばかりしてますし、自国にいた頃も父上に憧れて大人の騎士達と訓練してたくらいです」
「ああ、悪い悪い。シュテファンのお兄さんだったな。でもまあ叩きのめす。大国のお坊ちゃんなんか・・・っと悪いな。育ちが悪くて」
目の前の相手も大国のお坊ちゃんだし、他も似たようなものだった。
「コンスタンツィア殿に随分目をかけて貰っているらしいが、彼女はこういう粗野なくらいなのが好みだったのかな?」
ロックウッドは首を捻つた。
「ん?確かに彼女には世話になってるけど、なんで知ってるんだ?です?」
「話しやすい風に話してくれていいよ。私は年上だが、同じ一年だ。そして校内では出身一族も国も関係ない」
そりゃー良かったとエドヴァルドは喜んだ。
父や他所の国の王なりそれなりの地位にある目上の人に礼儀くらいは払えるが、他の学生に大しての距離感がまだ掴めていなかった。
「彼女は選帝侯の孫娘として我々に探りを入れているからね。同じように我々も彼女の一挙手一投足を見守っている。ファスティオンの所から特使が何度も方伯邸に出たが、全て追い返されたとか」
ロックウッドはファスティオンへ視線を向けて話を振った。
「ええ、我が家の元老ヴィジャイまでやってきて直接伺ったのですが、エドヴァルド君の看病で留守にしていると門前払いを受けました」
「ふーん、大変なんだな。あんまあの人に迷惑かけないで欲しいけど」
エドヴァルドも入院中暇なので新聞くらいは読んで世情は知っていたが、まったく興味はない。どうせ荒れるなら自分が卒業した後に荒れてくれれば腕の振るう場所がありそうだとさえ思っている。
「君からも政府と我が家の調停に協力してくれるよう彼女に頼んでくれないかな」
「そりゃー駄目だ。絶対駄目。俺の入学許可が降りるよう尽力してくれたことは感謝するが俺に関りの無い問題であの人に迷惑をかけるような事はしない」
「・・・残念です」
項垂れるファスティオンを他所にロックウッドが疑問を口にする。
「死にかけていた所を助けて貰ったとか聞いたが、彼女は医術にも明るいのかな?」
「んー、何だろ。特殊な魔術なのかな、魂に呼びかけてくれた感じだ」
術師は別にいてその力でコンスタンツィアが心の中に潜り込んできた感じだが、内心の事はあまり人に言いたくないので適当に誤魔化した。
とにかく政府に対抗する仲間が欲しいファスティオンはロックウッドに協力を求めた。
「ねえ、ロックウッドさん。君の家はどう考えているのかな。政府は君の所やアルビッツィ家から資産を取り上げる構えだし、僕らは協力して政府に対抗すべきじゃないか?」
「政府といっても陛下に仕える宰相だから真向から対抗すれば陛下の敵になる。陛下の御信任がある限り我が家は政府には逆らわないよ」
「でもあまりにも横暴じゃないか。陛下が帝都にいないからといって皇家の資産制限まで・・・一番被害を受けるのは君の所じゃないか?」
「じゃあ、今のうちに資産を処分しないとなあ」
ロックウッドは適当に空とぼけた。参入し始めたばかりの金融部門はさっさと売却するかと考えていた。
それから少々冷たかったかと慰めに入る。
「まあ、そう気を落とすな。正式な裁判が行われれば罰金払って終わりさ。たったひとり嫌われ者のよその貴族を殺したくらいで騒ぐ事もない」
「それでも我が家に汚名が残ります」
「兄君が蛮族戦線で活躍して払拭するとも。だいたい汚名がなんだ。どこの家も大抵なんかしらやらかしてる。違うか?」
エドヴァルドも口直しのピクルスをぽりぽり齧りながら頷いた。
「騒ぎ立てて相手をあんまり意固地にさせる方がヤバいと思うぞ」
父親に無断でやってきたエドヴァルドにさえ不逮捕特権はあるし皇家の御曹司がそうそう酷い目にあうとは思えない。ちょっと我慢すれば金で片付くような問題ならその方がいい。
「海賊に捕まってるわけじゃないしねえ」
イルハンもロックウッドに同意見だった。
「ま、家族が拘留されてたら気が気じゃないのはわかるけどな」
皆でファスティオンを全否定しても気の毒なのでジェレミーは一応気遣った。
「うちらが大人の政治の世界に口出しするのは不味いと思うよ。コンスタンツィアさんにも大して歳は変わらないしね。か弱い女性だし巻き込んじゃ悪いよ」
ロイスも説得し、ファスティオンに断念を迫った。
「皆がそういうならやっぱりそうなんでしょうね・・・」
皆大人しく事態の推移を見守るようファスティオンに促しているので彼もとうとう受け入れた。
「面会は許可されているんだろう?どんなところだった?」
逮捕された後どんな境遇にいるのかが気になってロックウッドが訊ねた。
「魔術を通さない物質で囲まれた部屋の中にいます。窓の鉄格子にも同じ物質が使われているので脱走は出来ません。それにさえ目を瞑れば部屋も広いし牢獄とは違いました。部屋の外の監視は厳しいですが」
「ま、定期的に会いに行ってやるんだな。きっと心細いだろうから」
「うん。それがいいと思う」
エドヴァルド達も海賊に捕えられている間、精神的に苦しんだ。
親達が自分を見捨てるのではないだろうか、海賊が突然気が変わって殺しにくるのではないだろうかなど、不安で仕方なかった。エドヴァルドは高熱で苦しんでいたし、イルハンは凌辱を受ける日々だった。
それに比べればボロスは天国のような環境だ。
彼を苦しめるのはむしろ己の自尊心だろう。




