第15話 コンスタンツィアと近衛騎士
コンスタンツィアは講義を受けている最中に近衛兵がやってきて近衛騎士が面会を希望しているので時間を作って欲しいと頼まれた。講義中に乱入してくるのだからよほどの事だろうと仕方なく応じる。
「呼びつけておいて遅いですねえ」
付き合って講義を抜け出してきたヴァネッサが不平をいう。
「騎士の方々はお忙しいみたいですからね。暇だし髪でも梳いて上げましょうか」
「はい!お願いしまーす」
病院でコンスタンツィアがエドヴァルドの世話をしてやっていた時は不機嫌だったヴァネッサも退院後はコンスタンツィアがエドヴァルドに構わなくなったので機嫌を直していた。
しばらくコンスタンツィアとヴァネッサは雑談をしていたが、不意に建物がくらくらと揺れた。
「地震ですね」
「そうね。あ、枝毛」
帝国では地震は頻繁にあり、鉄筋コンクリート仕様の建物もあり、耐震建築技術も進んでいるのでちょっとやそっとの揺れでは大して気にも留めない。
「ヴィターシャさん、最近見かけませんけど大丈夫なんでしょうか・・・」
「残念だけど、今朝退学の手続きに家の方がいらっしゃったわ」
あぁ、やっぱり、とヴァネッサは項垂れた。
「じゃあ婚約を拒否した事が原因ですか」
「でしょうね」
ヴィターシャの父は方伯領内乱の為、既に出征している。帝都に残っている筈の母親も味方にはなってくれないようだ。
「あの少年みたいに個人的に学費を払って通学を続ける訳にはいかないんでしょうか」
「自力では無理でしょうね。これまでは我が家から出ていたであろう援助も出ないでしょうから」
コンスタンツィアに仕えさせる為に用意されたお友達枠の彼女の実家には命令に従っている限り援助もあったが、婚約を拒否したことでそれも止まったのだろう。
「彼女の人生を狂わせてしまって申し訳ないけど、これからは自由に自分の人生を歩んで欲しいものね」
「当面の働き口もありそうですしね」
ノエムと一緒になって働いている店もあるし、この三年弱でコネも出来ているだろう。
「マグナウラ院を卒業していれば働き口はもっと多かったでしょうに、残念だわ」
「今は何処に?」
「さあ、後でノエムに頼んでおきましょう。学費は受け取らないでしょうけど当面の生活費や住む場所くらいは提供してあげたいし」
いつかはその時が来ると五年前から覚悟していたが、方伯家の内紛によって早まってしまった。自立心の高いヴィターシャは挫けず婚約を拒否して家出し、コンスタンツィアの援助も断わり独立独歩の道を進んでいった。
◇◆◇
「お待たせして申し訳ない」
しばらくして近衛騎士二人がやって来る。
「構いません。何かありましたか?」
「少し生徒達が揉めておりまして、通りすがりの我々に止めて欲しいと頼まれました。例のエドヴァルドと妖精王子の長男の方です」
シクストゥスがあらましを語った。
「なるほど。学院の警備では止められないのも無理はありませんね」
コンスタンツィアは納得したが、フィリップも大人げないと失望する。
昔、険悪にもなったが、当時は謝罪もされたしコンスタンツィアは許した。
経緯を聞く限り、今回の非は全面的にフィリップにある。
「それで御用向きは?」
「実は陛下からの内々のご依頼があります」
「伺いましょう」
近衛騎士は増強されて十名ほどになっているがそのうちの二名を遣わせるほど重大な用件なのだろうか、とコンスタンツィアは居住まいを正した。
「陛下は昨今の情勢を大変憂いておりまして、方伯に内戦を止めるよう促したのですが聞き入れて貰えず、コンスタンツィア様からも口添えをとお願いに上がりました」
「何故、わたくしに?」
これは面倒な依頼が来たとコンスタンツィアは思った。
自分の頼みであの年寄りが戦を止めるとは思えない。
「コンスタンツィア様はもう何年も方伯家の代表として議会に出席されているではありませんか。穏健派議員やマーダヴィ公爵夫人とも親しく、陛下はその政治力、発言力を大変評価されております」
「それは順序があべこべです。祖父は領内に問題を抱えていたからわたくしを代理に帝都に置いているだけです。祖父も高齢になり今後を憂いて自家の問題を解決するのに急いでいます。陛下のご命令とはいえ自家の将来に禍根を残すような選択はしないでしょう」
「しかし今はどこもかしこも戦が起き、帝都では政府とラキシタ家が対立しており憂慮すべき事態です。方伯家には一刻も早く帝都の混乱を収拾して頂きたく存じます」
コンスタンツィアは政治的に目立つ事を避けているというのに皇帝から直接こんな依頼が来てしまい迷いに迷った。応じれば父から何を言われるかわかったものではない。
困っているコンスタンツィアにヴァネッサが囁く。
「陛下の後押しがあれば今後も身を護りやすくなるのでは?」
それはそうかもしれないが、皇帝がいざという時家庭内の事情にまで踏み込んでコンスタンツィアを助けてくれるとは思えない。
「祖父らが骨肉の争いを演じている事は大変恥ずかしく思いますが、領内の事情には陛下といえど踏み込む権限は御座いません。政府の件については具体的に何をお求めなのですか?陛下が直接宰相へご命令するわけにはいかないのですか?」
「昨今の地震のせいで転移陣にも乱れがあり、あまり多用は出来ません。皇家連合がいる前線の混乱は陛下でなくては治められず離れられないのです」
五月までは転移陣も稼働していたが、ここ最近は不調が続いているとケレスティンが述べた。彼もギルバートを連行した後、皇帝の下へ戻れていない。
「陛下のお側に近衛騎士がついていなくてもよろしいのでしょうか」
「我々は陛下の剣であります。剣として敵を排除するのが務め、陛下のお側には親衛隊もおりますし、近衛騎士長ヴォイチェフ閣下以下八名もおりますれば」
政府については近衛騎士達は今回ついでに意向を伝えただけだったので具体的な要求はなかった。それではコンスタンツィアも動けないと断った。
「残念ですが、仕方ありません。またお伺いしてもよろしいでしょうか」
「ええ、勿論。陛下のお使者を拒むわけがありません」
「有難い。では改めて陛下に詳細をお伺いして参ります」
皇帝が戻って来て直接政府に命令すれば、話は簡単に済むように思われたがトップが軽々しく移動すべきではないと考える者は多く皇帝は前線から動けなかった。
早馬が白の街道を全速力で進む分には辺境伯領の都とは二週間程度なので早馬の往来で情報伝達は足りた。
今は、まだ。
◇◆◇
近衛騎士達は帰り道で簡単に情報交換をした。
「シクストゥス殿は陛下の側にお戻りを」
「ああ、分かっている。君は宮殿の警備か」
「ええ、マーダヴィ公爵夫人の様子を伺ってくるように命じられておりますので時々は宮殿から出ますが」
目立つ白銀の鎧に赤い大マントを羽織った近衛騎士達が校内を闊歩する様子に通りすがりの生徒達は驚いて道を開ける。
「・・・本当に子供らの決闘の立ち会いに戻って来るつもりですか?」
「余裕があったらな。私が戻れなかった場合は君が立ち会ってくれ。将来は我々の同志になるかもしれん」
「貴方の子飼いの部下がまた増えるわけですか」
皇帝から近衛騎士隊の再建を命じられたシクストゥスはかつての部下達を近衛騎士に招いたので騎士長ヴォイチェフよりシクストゥスの命令に従う者が多かった。
「不満か?以前、陛下に対する暗殺未遂の時は近衛騎士からも兵団から裏切り者が出た。よく知らない人間を陛下の側にはおけん」
腕よりも信用を重視するという方針にそれはそれで一理あるとケレスティンも納得する。
「少数精鋭主義のヴォイチェフ閣下とはソリが合わないようですね」
「仕方ない。閣下の事は尊敬しているが前線で剣を振るうには老いてしまった。我々の代表として隊長の座に収まっていてくれればそれでいい」
しばらく平和の時代が続いていたのでシクストゥスには実績が足りず、英雄ヴォイチェフがいなければ近衛騎士隊の信頼が不足する。その為、シクストゥスはヴォイチェフを排斥するつもりは無い。しかし実権は彼が握るつもりだった。
「陛下の所に戻られたら、いったん帰還するよう進言された方がよろしいのでは?」
「難しいな。人々の不安はわかるが、少々新聞が煽り過ぎな気もする。何の成果もなく今さら北伐も中止できまい」
「帝都の兵力が不足しているとは思いませんか」
「仮にラキシタ家が息子を取り戻しに攻め込んで来たとしても、各地の州兵もいるし、海軍もいる。無謀だろう」
騎士達は従士から馬を受け取って、緩く歩かせながらまだ話し続ける。
「ボロスは本当に殺人を?」
「それは間違いない」
「しかし当初は否定していたのでは?」
「ああ、何でも他にもう一人いたとか言っていたらしいが誰も見ていない。大して広い部屋でも無いし、騒ぎがあってすぐに大勢がその部屋に注目していたが誰も出てこなかった」
皇家の男子でありながら痴情のもつれで人殺しを犯してしまった事が恥ずかしくて否定しているのだろうとシクストゥスは結論付けた。




