第14話 通学開始➃
「お前達、こんなところで一体何を騒いでいるのか」
言い争いに介入して来たのはアイラグリア家のヘンルート。
当年十八歳で彼の父は昨年まで内務省のトップにあり、生徒達からも一目置かれる学生だった。
「やあ、ヘンルート。待っていたよ」
「レクサンデリ、何故止めない」
「君かユースティアを呼びに行かせる所だった」
学院に警備員もいるが、本気になった王侯貴族の争いの前には無力である。彼らが喧嘩になったら教師役で来ている帝国騎士にでも止めて貰わないと到底手出しはできない。
「何故私を?」
「怒ったフランデアンの王子を止められそうなのは君かユースティアくらいなものだから。コンスタンツィアでは火に油を注ぎそうだしねえ」
「お前では駄目なのか?」
「私はエドヴァルド君に金を貸したり、学院理事になって彼の入学許可を与えたりと肩入れし過ぎている。いきなりエドヴァルド君の家に押し入って弓矢を射かけて二人がかりで襲って骨を折った挙句に泥沼へ放り捨て、死にかけるほどの大怪我を負わせたといってもフィリップ王子を非難していいものか迷っていた」
レクサンデリの物言いは当てこすりのようであり、フィリップ派は眉をしかめる。
「それは非難しているんじゃないのか?聞こえよがしに言うのはあまり性格が良くないぞ」
フィリップにも十分聞こえる声量だった。
客観的にはレクサンデリのいう通りなのでフィリップは抗弁できない。
「これはフィリップ君にではなく周囲に言ってる事だよ。事情を知らず全く関係ない人間までフィリップ王子の肩を持ってエドヴァルド君を非難するものでね」
「なるほど」
フィリップの取り巻きも、ヘンルート達に睥睨されてたじろぎ、後ろに下がった。
「さて、フィリップ。今のレクサンデリの話は本当か?」
「事情を無視すれば嘘はない」
「事情とは?」
フィリップは自分で弁明する気がなく、フランツが当時の状況を説明した。
フィリップからすれば狩猟場の獲物に矢を射かけたら、獣の皮を被った人間で驚いている間に反撃されて気を失った。フランツから見れば賊が気を失った主君を連れ去ろうとしている場面である。相手は話を聞かずに襲い掛かって来た為、やむを得ず足を折って止めて、その場を立ち去った。
「なるほど。慣習的には狩場だったとはいえ、これはフィリップに分が悪いな。情状酌量の余地はありそうだがユースティアならどんな判断をするか興味深い。お前が我々を呼ぼうとしていたのはそういうことか」
「まあ、そうだ。お前ならどうするのか聞きたかったのと、エドヴァルドは自宅で賊に襲われたとして通報している。警察はその後どうしたのか調べて貰いたい」
「我が家は内務省から排除された。今は実家の力を使いたくはない」
「別に普通の善良な一般市民でも通報した後、警察が何をやっていたのか聞く権利はある。違うか?」
「なら自分で聞けと言いたい処だが、確かに私が聞いた方が話は早そうだ」
ヘンルートは舌打ちしつつも納得した。
彼らが話を整理している間に、ヘンルートの警護役の生徒やジュリアが周囲の生徒を散らしていた。後にはフィリップ、フランツ、エドヴァルド、イルハンが残る。
◇◆◇
「それで、私に何をしろというの?」
名指しで呼ばれてやってきたユースティアも状況を説明され話に加わった。
「学生同士の問題にあまり大人や学院の介入をさせたくない。我々で調停をしたいと思ってね」
ユースティアも18歳でヘンルートとは同じ年齢であり、彼らの中では最上級の四年生だった。
「まず一つ、学外で起きた問題なのだから学生同士の問題ではないでしょう」
「それはわかるが・・・」
「二つ目、彼らには不逮捕特権があり傷害罪でも過剰防衛でもその程度では罪が明らかでも何も出来ないわ。東方人同士の問題だし警察が無視するのも当然ね。今の法務省は逮捕状の請求を認めないでしょう」
「うーむ。やはりそうなるのか」
ヘンルートはそれでも警察の動きを調べるつもりだったが、残念がった。
「そして三つ目、東方の王子達同士の問題に介入するなと外務省から横やりが入るでしょう」
「だが、彼らの力で決闘になったら下手をしたらどちらかが死ぬぞ」
「そう、結局何故止めなかった、と学院と帝国政府に文句が来る」
フィリップは自分に非があった事は認めても侮辱は許していない。エドヴァルドは最初から怒りっぱなしである。
ユースティアと違いヘンルートもレクサンデリも将来は皇帝を目指す立場である。東方候の息子を万が一にも下らない諍いで死なせるわけにはいかない。
「しょうのない男達ね・・・。自分で止めなさいよ」
ユースティアは白い目で男達を見た。
「まあ、そういわずに。ナーチケータの名において正義を示して貰いたい」
「法の専門家として両者が納得いくお裁きをして貰えないか」
男二人に頼み込まれてユースティアも肩で息をつき、エドヴァルドに向き直り車椅子の彼に微笑んだ。
「さて、エドヴァルド君。入学おめでとう、無理せず来年から丁寧に学んで欲しかったけど歓迎するわ」
「あ、どうも有難うございます」
偉そうな皇家の男子達も一目置く女性が現れて、入学を祝われるとエドヴァルドも少し勢いが削がれた。車椅子の彼に視線をあわせようと少し屈んでくれて性根の優しい女性とわかる。目元の泣き黒子が魅力的だった。
「事情は分かったけれど、どうしてもフィリップが許せない?」
「僕は自宅で突然襲われて死にかけたんですよ?そのせいで病に倒れた母の為に使う筈のお金をほんとは返済できたのに利子で無駄にしてしまった。・・・それでも、ちゃんと膝をついて謝って貰えればそれでいいと言っています」
「なるほど、正当で寛大な要求だわ」
いくつか質問し細かい事情を聞いたユースティアは頷いて、エドヴァルドの要求を認め今度はフィリップに問うた。
「それで、貴方は謝罪する気はないの?フィリップ、貴方に情状酌量の余地があるのはわかるけれど、法に照らし合わせれば完全に犯罪よ。貴方を逮捕出来ないのは両国の協定の問題であって法律上では彼の言う通り犯罪者以外の何者でもない行為だわ」
「謝罪ならした。頭を下げるのは一度で十分だ」
「彼は謝罪された覚えは無いそうよ。あそこまで大怪我を負わせた以上、誰にでもはっきりわかる形で謝罪しなきゃならないわ」
フィリップは散らされた後も遠くから様子を伺っている生徒達を見て、首を横に振った。
「お断りだ、フランデアンの獅子は何者にも屈しはしない」
「正義の前にも?」
「狩場で獣を射た。それだけだ」
「頑固ね・・・」
学院生徒の誰からもお堅い女史と認識されているユースティアからみてもフィリップは意固地だった。一方的に悪者にされようとしているのでフィリップも知識を頼りに抗弁する。
「貴族の別荘地が多いあの地域は進入禁止なら街道など目立つ場所に看板設置を義務付ける条例がアージェンタ市にはある。あの森の周囲のどこに看板が?それに該当地域での狩猟を禁止するようアージェンタ市の当局に届け出たか?自然保護官に通報は?狩猟組合に連絡は?」
「言い逃れの為に、次から次へと後からよく思いつくものだ。小賢しい奴」
エドヴァルドはフィリップに軽蔑の視線を送り、声も上げた。
それでまたフィリップのこめかみに青筋が走る。
「調子にのるなよ小僧」
「たいして背が変わらないくせに、ちゃんちゃらおかしいぜ」
「妖精の民なら成人でも背が高いほうだ。民族が違うのに偉そうにするな間抜けが」
この口喧嘩をみてこれは駄目だとユースティアはお手上げだった。
今度は帝国騎士を呼んで調停する事になったが、やって来たのは学院を訪問していた近衛騎士シクストゥスとケレスティンだった。
◇◆◇
二人の近衛騎士は事情を聞いてそれぞれ喧嘩をしている王子らに訊ねた。
「ふうん、なるほど。で、フィリップ殿下は本当に片足が折れている相手に決闘を挑むつもりなのか?」
元主君の息子がみっともない真似をしている、とケレスティンは少々フィリップに辛辣だった。
「挑まれれば誰がどんな状態であろうと受けて立つ。私の問題ではない」
「エドヴァルド」
シクストゥスはエドヴァルドにも尋ねた。
「やられた分は返す。どうしても膝をつきたくないなら、力づくだ」
「その気概は良し。だが、あまり相手を舐めるのは良くないな。フィリップ殿下はお前が思っているほど弱くは無いぞ」
「前は一撃であっさり気絶させてやった。今度も同じだ」
「足が折れてはいなかったんだろ?どうしてもやりたければ体が完全に快復してからやれ。・・・そうだな、今年の通学期間が終わって終古万年祭が始まってから余興でやればいい。どうせ闘技大会じゃ毎年誰かしら死んでるからな。目立たなくて済むぞ」
ユースティア、ヘンルート、レクサンデリ達は「おいおい、死なれちゃ困るんだよ」と言いたかったが近衛騎士の死生観は皇家の後継ぎたちとは違っていた。
「万全の状態でやらなければ結果がどうなっても遺恨が残る。エドヴァルドが勝てばフィリップ殿下は膝をついて万人の前ではっきりと謝罪する。フィリップが勝てばエドヴァルドは侮辱の言葉を取り消し、東方候の息子に対し敬意を持って接する。お互い刃物はなし、勝利の判定はこの私に任せる。それでどうだ」
「・・・いいだろう」「わかった」
こうしてこの場は一旦解散となり、約三ヶ月の間エドヴァルドはフィリップ派の冷たい視線の中で学院生活を送る事になった。




