第13話 通学開始③
突然怒声をぶつけられたフィリップは困惑する。
今年からの入学には否定的だったが、恨まれる筋合いはない。
だが、フランツの方は相手に気が付いた。
「あ、ああ!お前はあの時の浮浪者か」
「誰が浮浪者だ、山賊め!」
「どういうことなのエディ」
車椅子から立ち上がって今にも襲い掛からんばかりの勢いのエドヴァルドをイルハンは必死に宥めて事情を聞いた。その間にフィリップの方もようやく思い至る。
「お前に助けてもらう前に賊がうちに襲撃をしかけてきたといったろ。それがこいつらだ。いきなり矢を射かけて二人がかりで襲ってきた。目立つ格好なのに通報しても捕まらないと思ったらさては地位を利用して逮捕から逃れたな。卑怯者め!」
「見損なうな、そんな事はしていない」
「いいや、お前に間違いはない!」
フィリップが言ったのは地位の悪用云々だったのですれ違いがあった。
「フィリップ様、あの時の浮浪児に間違いないですよ。どうします?」
フランツが小声で尋ねた。
「どうするも何もあの時謝ったし、あそこは老師の館だ」
目の前で内緒話をされてエドヴァルドはさらに怒る。
「やはり後ろめたい事があるのか!」
「まあ、待て。話せばわかる」
自分に非があるのは確かだが、地位の悪用は濡れ衣だし、あの時謝ったし、もともと狩猟場であんな恰好をしていたら射られても本人が悪いと警察も結論づけたのだろう、フィリップは自分をそう納得させた。
大勢の前で侮辱されて動揺した心を抑えてフィリップは年長者として、東方の大君主の息子として、威厳を持ってエドヴァルドに接した。
「いいか、エドヴァルド。あそこは近隣に別荘を持つ東方諸国の狩猟場として認識されている、あんな所で獣の恰好をしていた君にも非があるのは確かだが・・・」
自分にも悪いところがあったといおうとしたフィリップだったが、その前にエドヴァルドが口を挟む。
「狩猟場?あそこは俺の家の敷地内だぞ。お前達は他人の家に侵入した犯罪者だ」
あくまでもフィリップを非難し犯罪者呼ばわりするエドヴァルドにセイラや周囲の王子達が色をなす。代表して一番近いセイラが口を挟んだ
「貴方、ちょっと失礼ですよ。途中で口を挟んだり、今はフィリップ様が・・・」
「黙ってろ、スベタが!」
「す、すべ?」
そんじょそこらのお姫様よりも名家の生まれのセイラには『スベタ』という言葉の意味がわからない。なんだかよくない意味の言葉で怒鳴られたのはわかったので困惑しつつも気色ばむ。
怒鳴りつけても引き下がらないセイラに改めて視線を向けたエドヴァルドはさらに罵倒の言葉を加えた。
「この恥知らずのクソアマが!男の会話に口を挟むな!!」
もう暑くなっていたのでセイラは割と薄着で胸元も開いているデザインの服装だった。活発な彼女はズボン姿を好んでおり、エドヴァルドから見ればそれは破廉恥な恰好だった。
他の文化圏、地元の帝国人ならいざしらず同じ東方系で、という思いもあった。
「く、く・・・!?」
今度は意味を理解したセイラは怒りのあまり声にならない声でくってかかる。フィリップとの間に割り込んだセイラをエドヴァルドはうっとおしそうにおしのけてさらに侮辱する。
「引っ込んでろといってるだろこのアバズレが!」
「あ、あば・・・ぶっ、無礼な!」
そこらの中堅国家よりも強力な財政基盤を持つイーネフィール女公爵の長女としては、外海側の田舎王子からの侮辱は許しがたい。東方人ながら帝国貴族の男性からも人気でコンスタンツィアと人気を争うほどの美貌もある。
高慢な人柄では無かったが、己の魅力には自信もあったのでアバズレ呼ばわりは許せなかった。
だが、これ以上の騒動を避ける為フランツは妹を宥めて追いやろうとした。
「セイラ、お前は皆を連れてどこかへ行っててくれ」
侮辱に怒るフィリップとセイラより少し冷静に事態を見ていたフランツは自分達の分がかなり悪いと認識していた。事件の当事者でなかったセイラは自分の兄達が犯罪を犯すなどあり得ない事だとエドヴァルドの言葉を信じていなかったので説得に手間がかかる。
「そんな、お兄様まで私をのけものにするんですか?」
「んー、まあ冷静になってみてくれ。彼の口が悪かったり、何かの誤解をしていたとしても、大勢で新入生を取り囲んで虐めているみたいじゃないか」
フランツは一旦深呼吸して周囲を見ろと手を広げた。
東方系の留学生達が集まって何か悶着をしているようだと帝国貴族達が眉をひそめてひそひそと話している。
「お前は彼よりいくつか年上の筈だ。少し大人になって自分達がどう見られているのか考えろ」
まだ顔を赤くして怒っているセイラではあったが、そういわれると大勢で年下の少年にムキになるのも情けない。悔しさを噛み殺して額をフランツの肩に当てつけて小声で囁いた。
「東方の王子達はこれだから嫌いです。みんな人を持ちあげておいて腹の底では女を馬鹿にしているんです。手に入れたらすぐにまた別の女に手を出して、古い女は飽きた宝飾品の様に宝石箱にしまってたまにしか愛でないんです」
ぶつぶつと暗い顔をして呟く妹にフランツは苦笑して肩を叩いて宥めた。
セイラは母や、女王マリア、マーシャのような自立して人の上に立てる女性を目指している。
母のように女公爵として、イーネフィール領を仕切りたい。或いはマリアの様に共同統治者、女王として君臨したい。無理ならせめてマーシャのように城主としてその地域の最高権力者として振舞いたい。宝石箱の奥に仕舞われて忘れ去られて、自分の才能を使えないような生活は御免だ。大切にされればそれでいいというわけではない。
セイラがぶつぶつといじけている間にエドヴァルドとフィリップの口論は進んでしまっている。
「だから、あそこは帝国貴族であり帝国魔術評議会の重鎮でもあるツェレス候の土地だ。しかし師は何十年も領地には帰っておられない。ほっておくと鹿や兎は繁殖し過ぎて困った事になるから狩りを行っているんだ。お前が勝手に住み着いていい土地じゃない、せめてまともな恰好を・・・」
フィリップは侮辱に怒りながらも務めて冷静に常識論を説いた。
だが、
「爺さんから許可を貰った」
エドヴァルドは正式にそのツェレス候に屋敷を使ってよいと許可を与えられている。
「え?」
「だからそのツェレス候イザスネストアスが好きに使っていいというからあの館に行った。爺さんが寝泊まりしてた部屋に残ってた服があの毛皮だけだった」
エドヴァルドは淡々と言葉を続けた。
「あの爺さん自体が浮浪者みたいな恰好してるだろ。爺さんが自分の領地に戻ったらやっぱり射られるのか?お前、それで自己弁護してるつもりなのか?」
フィリップは痛いところを突かれた。イザスネストアスは弟子達と違って身なりに無頓着だった。壺の中で寝るような奇行をするし、頻繁に泥酔して吐くわ、娼館には入り浸るわでイーデンディオスと違って少年少女の教育には向かない男だった。
「お前・・・老師の知り合いなのか?」
「爺さんなら今はうちの領地に住んでる。だから俺も爺さんの領地に住む。文句あるか?」
ほとんど報酬は得ていないとはいえ、イザスネストアスは食客であり、家庭教師であり、ラリサに雇われている魔術師である。フランデアンとの契約関係を断っている現状ではエドヴァルドとの縁の方が深く、お互いの資産の利用について他人に口出しされる筋合いはない。
フィリップはぐうの音も出なかった。
「謝れ」
座ったままエドヴァルドはフィリップにちゃんと謝罪するよう命じて地面を指差した。地面に膝をついて詫びろと言っている。
その態度にさすがにフィリップもカチンとくる。
「なんだと?私は謝ったと言っただろ。お前にも非はあった、一方的に咎められる筋合いはない」
「謝られた覚えは無い。ちゃんと膝をついて謝れ」
「馬鹿馬鹿しい、そんな事出来る訳ないだろう」
フランデアンの獅子は何者にも屈しはしないというのが王家の家訓である。
フランデアン王は第一帝国期以来、過去五千年間一度も帝国に膝を屈した事が無い。
もし膝をついたりすれば、後継ぎの資格を失うとすらフィリップは考えて拒否した。周囲の王子達もフィリップの肩を持つ。
「調子に乗るなよ、エドヴァルド。誰のおかげで今年から通学できるようになったと思ってるんだ」「そうだそうだ」
上級生の幾人かの王子がフィリップの肩を持って包囲の輪を縮めた。
イルハンは押し出されてしまってエドヴァルドの傍に戻れない。
囲まれてもエドヴァルドは強気に言い放った。
「この山賊王子のおかげじゃない事は確かだ」
単純な表現だが、何度も賊呼ばわりされたフィリップもとうとう我慢の限界に来た。
「いい加減にしろ!少しは客観的に状況を考えてみたらどうなんだ」
フィリップが言うのはナツィオ湖の出来事だったが、エドヴァルドは今の状況と受け取った。
「フン、数を頼みにしなければ脅す事も出来ないか、弱虫め。所詮お前なんか俺に一撃で叩きのめされて気絶してお供に助け出されただけじゃないか。そんなんで東方候の息子だって?笑わせるな、偉大な東方候も子育ては出来なかったみたいだな」
エドヴァルドはフィリップを嘲笑った。
「言わせておけば・・・許せん!!」
フィリップは両拳の魔石の力を発動させて魔力を集中させていった。
「やるか!?またぶちのめしてやる」
エドヴァルドは棍を支えに立ち上がり、慌ててイルハンが支えた。
「いけませんよ、殿下。こんな所で」
フランツはさすがに外聞を気にしてフィリップを止めようとし、周囲の様子を伺った。学院の中庭で大騒ぎをしているものだから続々と人が集まってくる。
しかし東方系の王子達はフィリップを恐れて止める事が出来ない。
が、一人の皇家の男子がそんな事を気にせず誰何してきた。




