第12話 通学開始②
「やあ、来たね」
「あ、どうも」
ロックウッド達が去って行ったのを見計らっていたかのようにレクサンデリもやって来た。エドヴァルドも改めて椅子に座り、そのままで礼を取る。
「馴染めそうかな?」
「ええ、今一年組に紹介して貰っていた所でした」
「それは良かった。理事会も思ったより早く君が通学を開始してくれてほっとしている所だよ。あのユースティアも最近は丸くなったようでね。決まった以上は歓迎してくれるようだ」
「ユースティア?」
「シャルカ家のお嬢さんで、断罪の神ナーチケータの信徒、法律家志望の怖い女性さ。実家が法務省に人員を大量に送り込んでいるが、本人は弁護士になるらしい」
「へえ」
「あまり興味無さそうだが、君達王子は国の代表でもある。有力皇家の人間くらい知っていた方がいい。将来困った事になるぞ」
レクサンデリは学院の目立つ人間達の事を教えてやることにした。
「まずは一年のロックウッド・クルツォラ・ガドエレ。丁稚奉公からは初めて三年でいくつもの支店を持つ大店を築き上げたやり手だ。手段を選ばない男でもある」
「へえ、凄いんだなあ」
金は必要だが金儲けに頭を使うのは無理だとエドヴァルドは自分を評価していたので、単純な感想しか出てこない。どうやって実現したのかとかは興味が無かった。
「そういえばロックウッドと親しそうだったジェレミーとロイスは知っていますか?」
「ああ、ジェレミー・ヴァンダービルトとロイス・ファーズマン・バラナだな」
「ファーズマン?」
「ああ、どうかしたか?」
ファーズマンというミドルネームにはいくつか心当たりがあった。
バルアレス王国にはファルファード・ファーズマン・クッヴェーモとパルナヴァーズ・ファーズマン・ザオという知り合いがいた。
「ふうむ、帝国が征服戦争をしていた頃に現地に徴兵されて土着でもしたか。それとも神代の頃に世界を一周してそちらに移住でもしたのか」
「一周?」
「今でこそ海竜に妨害されて外海を旅する事は困難だが、海がまだ神の支配の及ぶ時代には外海を通って西方から東方に直接航海が可能だったらしい。ん?まだこの世界が球形だと知らなかったのか?」
「いや、知識とは知っていますが実感が無かったです」
イザスネストアスは天文にも通じていたのでラリサ時代にそのあたりも仕込んでいた。
「現代は内海が全てだからな。それも仕方ない。さて、学院の話に戻るが君に関係がありそうな所ではオレムイスト家のバンスタインがいる。私と同じ四年組だが帝国軍の将軍の中にはオレムイスト所縁の人間が多いから帝国騎士になったら場合によっては彼らの指揮下に入る場合もある。他に四年にはアイラグリア家のヘンルートがいる。内務省を牛耳っていた家系だ。ユースティアほどではないが、素行の悪い生徒には厳しい男だ。態度に気を付けたまえ」
「相手が先達らしくあればちゃんと敬意は払います」
「うむ、そうしたまえ。そして五年にユースティア。昨年はロットハーン家のグリンドゥールがいたがもう卒業してしまった。近々フォーンコルヌやフリギア家からも後継ぎが入ってくる筈だから、君の在学中は有力皇家の人間だらけになる。取り入るもよし、関わり合いを避けるもよし、考えて行動するように」
「御忠告有難うございます」
激しやすいが、ちゃんと聞く耳は持っているようだとレクサンデリは安心した。
「他に有力者としては南方のヤシ・アダとか東方のフィリップ王子とかがいる。帝国貴族も巻き込んで一大派閥を築いているから気を付けたまえ。南方圏や北方圏の民族は入れ墨をした連中が多いが、別に罪人の証じゃないから勘違いしないように」
「なるほど。気を付けます」
「有難うございます。レクサンデリ様。僕だけじゃエディがやらかしそうな事に注意が至りませんでした」
イルハンもまだ注意が及んでなかった事を説明して貰って、彼も礼を言った。
「何、いいってことさ。ここまで関わってしまったんた。それより、私にも何か愛称を考えてくれないか、イルハン君」
「え?はい、喜んで。レクサンデリ様」
「なんで赤くなってるんだ?イルハン」
「だだだだ、だって!」
イルハンは真っ赤になって愛称が欲しいと言われるのは求愛の言葉だとエドヴァルドの小耳に吹き込んだ。エドヴァルドも小声で答える。
「お前の国って寵童の文化があるんだっけ?俺はそういう趣味ないからな。いい友人でいよう」
「え、うん。名誉な事なんだけどね・・・」
「向こうにそんなつもりはないだろう」
「わかってるよ」
自分の国で流行っているローカルな恋愛詩由来の風習に過ぎないのでイルハンもちょっとびっくりしただけだと弁解した。
「どうかしたのかい。内緒話なんかして」
「いや、何でもないです。文化の違いがよくわかりました。そちらもどうぞお気をつけて」
「あ、うん。有難う?」
なんだかよくわからないままレクサンデリはエドヴァルドに礼を言った。
◇◆◇
「あ、噂をすればフィリップ様とシュテファン様が来たよ」
イルハンは偉大な東方の大君主の息子がやって来たのでそわそわしながらエドヴァルドの袖を引いた。イルハンの母国の周囲の国々の王子はいわゆる虐めっ子という奴でしょっちゅう嫌がらせを受けていたがフィリップとシュテファンが気を配るようになってからはそれも止まった。
「そか、お礼を言わないと・・・ん?」
エドヴァルドは目をこすって近づいてくる男をまじまじと見た。
見覚えのある顔が二つ。その周囲には多くの東方圏の王子、王女ら取り巻きがいる。
「彼がエドヴァルド君かい?」
フィリップはイルハンに尋ねた。
「そうです、フィリップ様。ほらエディ・・・どうしたの?」
エドヴァルドはわなわなと震えて棍を握りしめた。
そして棍をフィリップに向けて突きつけ雷鳴のような怒鳴り声を上げた。
「俺の足を折って泥沼に捨てて行ったのはこいつらだ!」




