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荒くれ騎士の嘆き歌  作者: OWL
第五章 蛍火乱飛~後編~(1430年)
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第10話 世話焼きコンスタンツィア②

 コンスタンツィアも今年で学院三年目に入り学べる範囲は随分広がった。

帝国貴族の他の学生は将来自分が進む道に関わる分野の研究室に入ったり、学外で軍の演習に参加したり騎士の訓練を積んだりそれぞれ精力的に活動しているがコンスタンツィアの場合相変わらず私事が忙しく、孤児院の世話や、訪問してくる議議員との会談、祖母の魔術書やシャフナザロフの研究記録の解析に務めている。


ラキシタ家が息子を奪還する為に挙兵するという噂もあるが、皇帝が前線から戻って来れば政府と彼らの間を取り持つだろうと楽観している。


議会の開催もまばらになってしまって、政府首脳と議員の間では溝が出来ている。

伝統的に国内の危機に対処するよう求めらる立場の方伯家は現在内戦中であり、帝都にいるコンスタンツィアに穏健派議員から政府に釈放を求めて欲しいという嘆願が寄せられていた。


「ヤドヴィカはどう思う?お父様達ならどうしろというかしら?」

「私などが口出し出来る問題ではありませんが、これまで通り傍観されるのがよろしいかと存じます。御館様であっても内戦を終わらせない事にはラキシタ家には対抗出来ません」

「そうよね。じゃ、また何方かがいらっしゃってもわたくは不在だと断っておいてね」


昨晩も前触れもなく三人の訪問者が来て、コンスタンツィアは辟易として居留守を使い始めた。


「承知しました。今日も病院へお出かけですか?」

「ええ」


コンスタンツィアが乗馬用ズボンの上からスカート代わりの腰巻を巻き付けたのをみてヤドヴィカは行先を察した。


「お嬢様はまだ未婚なのですから、あまり特定の男性と何度も会うのは・・・」

「いやね、まだ子供よ。赤ん坊みたいなものだわ。それにもう退院してお友達の家に引っ越すから今日で最後よ」

「そうでしたか、本日はヴァネッサ様は?」

「今日は学院で別れたの。たまには一人になりたい日もあるんでしょう」

「お珍しい。世の中は不穏で御座います。お気をつけて行ってらっしゃいませ」

「有難う」


コンスタンツィアは愛馬を駆って単身病院へ向かった。

一人で馬車を使うのも面倒だし、たまにはグラーネを家の外で走らせてやりたい。


今日は退院手続きの手伝いと、一年目の講義範囲について予習させてやること、それからトゥラーン邸に行く前に最後にもう一度身だしなみを整えてやるつもりだった。


最初に整えてやろうとした時は随分赤くなって抵抗していた事を思い出し、つい馬上で笑ってしまった。


 ◇◆◇


 コンスタンツィアが病院に到着し、病室のドアを叩いて入室しようとした時、中から悲鳴が漏れてきた。


「エドヴァルドくん?どうしたの?入りますよ」

「た、助けて!」

「こらっ!暴れない!!」


コンスタンツィアが病室に入るとエドヴァルドは革のベルトで体を全身固定されて寝かされており、鋏を持ったヴァネッサがジョッキンジョッキンと重そうな鋼の音を立てていた。

ノエムもいて暴れる体を抑えつけている。


「何してるの?ヴァネッサ。ノエム」

「あ、お姉様。ほら、あんたが暴れるからお姉様が来る前に終わらなかったじゃない!」


ヴァネッサがピシっとエドヴァルドのおでこを叩いた。

コンスタンツィアはヴァネッサを後回しにして所在なげにしているノエムの方に訊ねた。


「ノエム?」

「あー、ヴァニーちゃんにエドヴァルドくんの身だしなみ整えてやるのを手伝って欲しいって頼まれまして。最近、動物病院の手伝いをしてるんですが猛犬の刈り込みをしてやる練習になるかなーって」


富裕層が多いのでペットのトリミングをするサービスもあるのだが、ノエムはそこのアルバイトも始めたそうだ。


「俺は犬じゃない!さっさと外してくれ!」


エドヴァルドは抗議する。


「ほら、暴れない!大人しくしないからでしょ!」


ヴァネッサはまたエドヴァルドの額を叩いたのでコンスタンツィアが叱る。


「こら、怪我人に何てことするの」

「そーだそーだ」

「エドも調子に乗らない。それで何でこんなに縛り付ける必要があるの?早く解いてあげて」


コンスタンツィアが解いてやろうとしたが結構、きつめに縛られていてかなり疲れそうだ。ノエムの方が腕力があるので縛ったノエムでないと外せなかった。


「ヴァニーちゃんが前髪をばっさり落としちゃったら、この子が嫌がって抵抗し始めたのでつい・・・」


悪ノリして犯罪者や精神に問題がある患者用の拘束具を借りてきたのだという。


「ヴァネッサ、来るのならわたくしと一緒に来れば良かったじゃない。手伝ってくれるつもりならそういえば良かったのに」

「お忙しいお姉様の手を煩わせないように先回りしてやっておこうと思いまして」

「それは嬉しいけど・・・、あらあら、これは嫌がられても仕方ないわね」


拘束具を外されて身を起こしたエドヴァルドの前髪はおでこに綺麗な水平線が出来ていた。

以前、コンスタンツィアがやった時はまだ不慣れなので毛先を整える程度だったのだが、今回ヴァネッサは思いっきり短くしていた。


「いーじゃないですか、短くて。あんたの国は別に髪型に決まりは無いんでしょう?これから暑くなるんだから短い方がいいでしょ」


叱られたヴァネッサは途中でエドヴァルドに文句をいうように言い放った。


「ヴァネッサ、言葉使い」


コンスタンツィアは言葉が乱れていると注意する。


「むー」


むくれるヴァネッサをノエムが宥めた。


「コニー様を取られちゃうって心配してるんですよねー。まー、かわいい」


ノエムがヴァネッサの頭を撫でてやろうとしたが、子供の頃と違って身長差がついてしまい届かない。


「ちょっと、ノエムさん」

「いいからいいから」


迷惑そうに振り払おうとするヴァネッサをノエムは引き寄せて囁いた。


(この子は将来使えるってヴィターシャさんが)

(使える?)

(コニー様には男性の従者が必要だって、物理的な脅威を振り払えて実家と何のしがらみもない強い従者が)

(でもこの子は帝国騎士になるっていってますよ)

(恩を着せてコニー様に仕えさせればいいって。だからヴァニーちゃんもそろそろコニー様離れしなさい)


ヴァネッサが横目でエドヴァルドを見ると、彼は大人しく横になってコンスタンツィアにされるがまま髪を切られている。どうやら全体的に短く刈り上げるつもりのようだ。

見られている事に気が付いたコンスタンツィアが二人に話しかけた。


「ねえ、何か整髪料でも買ってきてくれない?」

「はいはい、ただいま」


ノエムは拘束を解いてやってからこれ幸いとヴァネッサを外へ連れ出した。


 ◇◆◇


 強引に廊下に連れ出されたヴァネッサは抗議する。


「もう!強引ですよ。それに二人っきりにするなんてお姉様に何かあったらどうするんですか」

「見た感じ孤児院の子供を世話してる時みたいな感じじゃないですか。まだ何も起きやしませんよ」

「『まだ』って言った!」


この先どうなるかわからないじゃないですか、とヴァネッサはさらに抗議を重ねた。


「さっきも言ったでしょ。コニー様には男性の従者が必要だって」

「お姉様は自分の身くらい守れますよ」


コンスタンツィアの傍で研究を手伝っているヴァネッサはコンスタンツィアの力に絶対の信頼を置いている。だが、ノエムはあっさり否定した。


「無理でしょ」

「無理って・・・何を根拠に」

「魔術を封じる道具もあるし、魔導騎士なんて魔術ごとぶった切っちゃうじゃないですか。ボロス様だって相当使える筈なのに政府の一役人に逮捕されてそのまんまですよ」

「だ、だったらシュリさんを雇うとか!」


一年生の時から魔導騎士になると宣言していたジワラフ国のシュリ姫は三年目にしてついに修行過程に入った。本来帝国人の男子向けに開かれている講義だが、帝国の養成課程が無料で学べるので外国人でも受けたがる者は他にもちらほらいた。


「シュリさんは地元の魔獣を蹴散らす為に学んでいるんですからコンスタンツィア様の所に就職してもらうのは無理ですよ。その点、彼は地元に帰る気はあんまりないみたいですから勧誘しやすいです」

「なんでノエムさんがそんな事知ってるんです?」

「ヴィターシャさんがイルハンくんからいろいろ聞き出して教えてくれたんですよ」

「ああ、それで・・・ってなんでヴィターシャさんはそんな事してるんです?」

「趣味と実益を兼ねて・・・あとはたぶん最後の御奉公になるからって」

「最後?」


ヴィターシャも16歳になり親が用意した婚約者候補を全て拒絶して、親と喧嘩中らしいとノエムは伝えた。ヴァネッサは親と以前自分で相手を見つけていいという約束を交わしたので、強制的に相手をあてがわれる事もないし実家を出る必要もない。

コンスタンツィアにあてがわれた『お友達』の親たちは皆現当主側に立って戦っており、負けた場合皆の将来は暗い。


 彼女達の親たちは敵と戦う一方で娘達を使い、敵方の家臣を内応させようともしている。

ソフィーの場合は親が奔放なのでそこまで強引に迫られる事はないようだが、ヴィターシャの場合は強要されれば今すぐにでも家出する構えだった。既に学院にも不登校がちで身の隠し先を探しているようでもある。


「わかってるでしょ。学院を卒業すればみんな別の道を行くんです。というか既にもう私達も学内であんまり会わなくなって来たじゃないですか。今の情勢じゃいつお別れになるかもわかりません」

「だからヴィターシャさんはあの子を傍に置いておけっていうんですか?」

「そうです。この前海軍の人がお客として来たそうですが、その話によるとどうやらあの子本当に強いみたいですよ」


その海兵は現場で海賊の死体の山を見たという。

それを築いたのは誘拐された王子が一人でやってのけたのだと捕虜から聞いていた。


「でも暴漢にこてんぱんにのされちゃったじゃないですか」

「怪我が治ったら実力が分かりますよ」


むぅぅとヴァネッサは唸る。

どんな事情があったのかは不明だが、近衛騎士が推薦してくる以上弱いわけはないのは分かる。だが、どうしてもコンスタンツィアに男が近づくのが嫌だった。


「大人になりなさい、ヴァニーちゃん。わたし達じゃ天下取ったように偉そうにしてる大臣の娘からコニー様は守れても、本物の脅威からは守れません」

「じゃあもう『ちゃん』付けで呼ばないで下さいよ」

「大人になったら止めてあげますよ。そら、言いつけ通り買い物に行きますよ」


ノエムは不満そうなヴァネッサの手を引いて病院を後にした。


 戻ってきた時、コンスタンツィアが居眠りをしているエドヴァルドを抱えて「そろそろ子供欲しいなあ」と呟いている所を覗き見してしまいまたヴァネッサはむくれ。その話をノエムから聞いたソフィーは喜々としてコンスタンツィアを”子ウサギを愛でる会”の責務である乳児の世話に連れ出した。

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2022/2/1
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