第8話 ボロスとファスティオン
ラキシタ家の三男ボロスは殺人の現行犯で逮捕されて、魔術による干渉を拒絶する特殊な外壁に覆われた塔の一室に監禁されていた。そこへ四男ボロスが手土産を持って訪問した。まだ年少である事だし、と面会を許されて二人は久しぶりに再会した。
「兄上、状況はどんどん悪くなっています」
ファスティオンは兄に退学処分が決まった事、帰還中だったラキシタ家の部隊が拘束されている事を伝えた。
「・・・次から次へと宰相らは我が家を挑発するつもりなのか?・・・父上はどうされているか知っているか?どうして来てくれない?」
「とても来れませんよ。ベルディッカス兄様も前線ですし、父上も帝都にまでやってきて何かあったら大変です、辛抱してください、一家全員集まったら一網打尽にされてしまいます」
「そこまでするだろうか。濡れ衣で処分されては他の皇家も黙ってはいないだろう」
「それが、どこの家も今一つ動きが鈍いようです。オレムイスト家と前線で揉めていますし」
ボロスは絶望に項垂れる。
「では、他家は傍観か」
ラキシタ家は帝国の軍事力を二分する相手と抗争になっている最中に政府とも揉めてしまった。当然オレムイスト家は政府の味方をしてラキシタ家の排除に動いた。
軍事力で他家を圧倒している二家とはどこも正面切って敵対出来ず表向き行動は起していない。遠征中で財政がひっ迫している為だと、公共事業を停止し政府の足を引っ張っているくらいだった。
「兄上は外の情報を提供されていないんですね。オレムイストは政府に私兵を提供して父上が奪い返しに来たら追い返すと明言しています」
「陛下はそんな事を許しているのか。帝都が火の海になるぞ」
「陛下の動向は不明ですが、デュセルを追い出した宰相の手腕を見守っているのではないでしょうか」
「世間の様子はどうだ?」
「オレムイスト家は煽っていますが、現実的に両者がぶつかるとは考えていないと思います。市中はいつも通りです」
庶民はむしろ楽しんでいるフシがあった。
最近急に風紀にうるさくなった政府も疎ましいし、皇家の御曹司が現行犯逮捕されて幽閉されているというスキャンダルもそれはそれで楽しんでいてどっちの味方ということはなかった。
「兄上、それよりどうして殺害を認めてしまったんですか?本当に兄上がルクスを殺したんですか?」
「違う、私は何度も説明した。もう一人中年の男がいたんだ。そいつが殺した」
しかし、世間にはそんな情報は広まっていない。
痴情のもつれでボロスがルクスを殺害した事になっている。
「どうか順を追って説明してください、兄上。新聞では時系列で報道されていますが当局の検閲があるのでいまいち信用出来ません」
「新聞は何と言っている?」
「物音がしてから大勢が部屋の前に集まって司法長官が扉を開けて入った時には兄上に殴られているルクスとマヤ姫しかいなかったと複数の証言があります。大勢が部屋の近くにいましたし逃げられるわけがありません」
人通りのある廊下に面した部屋だった為、証人は複数おり、来客、給仕、警備など背景の違う人間がそれぞれ同様の証言をしていて状況証拠的にボロス以外に犯人はいない。
「マヤも私が殺したといっているのか?」
「私はマヤ姫にお会いできていませんからわかりませんが、報道ではそうなっているみたいです」
マヤとルクスが入っていった場面、その後追いかけるようにボロスが入った場面、そして直近で他に誰も出入りしていない事は給仕や近くで談話していた人々から証言があると報道されている。司法長官自らインタビューに応じていてボロスの手が血まみれだった事、ルクスの顔が変形するほど殴られていたことを喋っていた。
「中年の男とはどんな風貌でした?探偵や家人を総動員して捜索します」
「・・・それがよく思い出せないんだ。あの時は興奮していてマヤの首を絞めていたボロスを突き飛ばして・・・それから・・・それから・・・」
ボロスはどうしてもその場面を思い出せず、頭を抑えて苦しんだ。
ファスティオンは兄の様子を見て気まずそうに言った。
「兄上、その調子ではとても裁判に勝てません。アヴェリティア家に詫びを申し上げて、金銭で片付けた方が早いかと」
「嫌だ!私は殺していない。殺人者になどなってたまるものか。だいたいマヤははっきり見ていた筈だ、彼女が私は無実だといってくれさえすればいいんだ。そうだ、ファスティオン、彼女に会いに行ってくれ。そして人々の前で私の無実を明らかにしてくれればいい」
「・・・容疑者の弟が面会して貰えるわけないでしょう」
ファスティオンはこれが聡明だった兄なのだろうか、といぶかった。
「じゃあ、あいつが・・・マヤが犯人だ」
「はあ?」
「今回の件で一番得をしたのはあいつじゃないか。私に助けを求めてルクスを殺させて自分は悲劇の乙女として振舞う気なんだ。あの中年男もきっとマヤの手下だ」
「兄上、だからそんな男誰も見ていません。言いにくい事ですが、マヤ姫はルクスとよりを戻していて兄上が横恋慕して逆上したと噂されています」
二人が幸せそうに占い師の所に並んでいたのを目撃したパーティの出席者達、マヤの友人らに加えてコンスタンツィアも報道にそう答えてしまっていたので、ボロスへの疑いに拍車がかかっている。
「ファスティオン、お前まで私を信じてくれないのか」
「兄上、信じる信じないの問題ではありません。現状、我が家は大恥をかきベルディッカス兄様の戦功は台無しとなり、父上は兵を挙げて帝都に攻め込む反逆者になると噂されているんですよ?シャルカ家に頼んでアヴェリティア家と話をつけて貰い、兄上とルクスが決闘して運悪く一方が死んでしまったとかにししてしまえば事故ですぐに片ずく程度の問題で」
ファスティオンもこの際陪臣の倅を一人殺したくらい示談でかたずけてしまえばいいと勧めようとしたのだが、その発言にボロスがキレた。
「一番大恥をかいているのはこの私だ!水を飲むにもいちいち番兵に下手に出なければならない。騎士の家系に生まれたこの私が四六時中下賤の者達に何もかも見られながら生活し、笑いものにされる気持ちがわかるか!?父上が挙兵するだと?やってしまえばいい!ウマレルもイドリースも皆捕えて後悔させてやる!」
ボロスの大声をファスティオンは慌てて止める。
「兄上は確かに錯乱されているようだ。差し入れに果物が認められたのでここにおいておきます。頭が冷えた頃にまた伺います」
ファスティオンは足早に扉を出て外に誰もいない事を確認した。
面会の前に身体検査を受けたうえで番兵にしばらく兄弟水入らずで話させて欲しいと金を掴ませて追い払っていたので聞き耳を立てている者はいなかった。
天才児といわれた兄でも窮地に陥るとこんなものかとファスティオンはひとりごちて兄が幽閉された塔をあとにした。




