第6話 レクサンデリとエドヴァルド
レクサンデリがエドヴァルドに理事会の決定を伝えてやりに来た所、彼らは病室で何やら騒いでいた。エドヴァルドが大きな車輪付きの奇妙な椅子に座らせられている。
「やあ、諸君。ファスティオンまでいるとは珍しい。えーとそちらは・・・」
「レヴォンです。アルシアのレヴォン。今年から帝都に来ました。エドヴァルドとは親戚なものでお見舞いに来ました」
「あぁ、一年生繋がりか。フィリップ殿下は入学に反対していたそうだがレヴォン君はさすがに親戚だから取り込まれなかったか」
「シュテファンが誘ってくれましたから踏ん切りがつきました。署名は役に立ちましたか?」
「実の所署名の数自体はまったく気にもされていなかったが、今後の東方圏の王子達を率いるシュテファン殿が自ら活動していると知って多少は心が動いたようだ」
レクサンデリもそれほど署名は重視していなかった。
帝国も内部で不和跫音が続いているが、東方圏も王子二人で意見が異なり、上級生、下級生、男子、女子それぞれの社会で分断されている。
一部で囁かれている東方脅威論も杞憂だろうなと感じる一件だった。
しかしながら以前レクサンデリがコンスタンツィアに語ったように彼らの一族はその恐怖を利用し、時に煽り、商売の種にするのが得意だった。
「じゃあ、レクサンデリ殿。僕はこれで」
まだろくに挨拶もしていないが、ファスティオンが軽く会釈して病室を出ようとした。
「おや、どうしたファスティオン。コンスタンツィアを待っていたのでは?」
「・・・わかりますか」
「わからいでか」
ラキシタ家の末っ子、ファスティオンがエドヴァルドに用があるわけがない、とレクサンデリは踏んだ。コンスタンツィアは以前にもまして皇家との接触を避けている。
ボロスの件で口利きをして貰おうとしたのだろうが、学内ではヴァネッサがべったり張り付いているのでまったく近づけない。
無理やり話し掛けようとすればまるで痴漢にあっているかのように騒ぎ立てられてしまう。
「自宅に伺ってもとりあって頂けないので最近よく来ているという話を聞いてこちらに参上しました。じゃあ、エドヴァルド君、邪魔をして申し訳ありませんでした。お大事に」
「あ、ああ」
改めて挨拶してファスティオンは去っていった。
◇◆◇
それからレクサンデリはようやくエドヴァルドが乗っている椅子について聞く事ができた。
「で、なんだい。それは」
「車椅子ですよ、オスラー先生が作ってくれたんです」
「へぇ」
イルハンが椅子を押してみせると床を滑るように動いた。
「これで銀行に行って、金を下ろせるぞ」
エドヴァルドは得意そうにレクサンデリに言い放った。
「面白い発想だ、これは新商品として売れるかもな。グリンドゥールの手を借りてみるか」
レクサンデリの管轄外だがアルビッツィ家は多部門に渡って事業を展開している為そういった部署もあった。レクサンデリの呟きにエドヴァルドやイルハンが反応する。
「新商品?先生からは3000年くらい前の文献に乗っていたと聞いたけど」
「大昔に太り過ぎの皇帝が使っていたそうですよ」
「そうだったのか。たまには昔の人に習うのもいいもんだな」
発想自体は古代からあってもそれを商品として市販するには古代の人々に購買力が無かった。そして新たに作られることも無く歴史に埋もれてしまっていた。
「自力でも動けるし、どうにか学院にも通えそうだ」
エドヴァルドは自分で車輪を持って動かしてみた、ぎこちないが移動は出来る。
最初の試作品は車輪が小さく、台車の上に椅子を乗せただけのようなものだったが、最終的に出来上がった物は椅子自体に大きな車輪がついている。
「なんだ。それならわざわざ理事会で入学期限を延長してやる事も無かったかな」
「どういう事です?」
「実は最近、私も理事会に席を頂いてね。エドヴァルド君の入学猶予を貰ってきた」
レクサンデリは理事会の出来事を教えてやった。
レヴォンも7月一杯なら大丈夫そうだと安堵する。
「えーと・・・ありがとう御座います?」
暴利を貪られたのでエドヴァルドはレクサンデリに反感を頂いていたが、結果からすると当面の生活費を審査もなく出して貰い、その借金返済を猶予して貰ったうえに入学問題まで世話になってしまったのでお礼を言うしかない。
「やあ、お礼が言える子なんだね。君は」
なんだか子馬鹿にしような台詞にエドヴァルドは反発心を持ったが、世話になった事への感謝も心の中に渦巻いて複雑な面持ちだった。
「さて、エドヴァルド君」
「あ、エドヴァルドでいいです」
年長者な上、大きな借りも出来たのでエドヴァルドは態度を改める事にした。
「そうか、ではエドヴァルド。今回の件、大分コンスタンツィアの世話になっていると思うが彼女は難しい立場だ。さっきのファスティオンが何を言っても関わるなよ、口利きなど論外だ」
選帝侯の孫娘である彼女の立場を理解出来ていないだろうからとレクサンデリは皇帝選挙における皇家の男子と方伯家の関係を教えてやった。
「理解出来たかね?」
「いちおう・・・」
エドヴァルドはわかったようなわからないような顔をしている。
初対面の時、「こいつあんまり強そうじゃないぞ」とかなんとか言っていた事を思い出してレクサンデリはにこにこして椅子の後ろに立っているイルハンの方に念押しした。
「君がよく注意しておいてくれたまえ」
「わかりました。じゃあ、エディ、明日にでも銀行に行ってみる?」
「おう」
「では時間を予約させておこう。今度はすぐに済むよう書類も全て用意しておく」
レクサンデリはジュリアに準備しておくようにと指示した。
「済みません、何から何まで。皇家の御曹司なのに随分腰が軽いんですね」
「まあね。大陸各地をこの足で随分歩き回ったものだ。私をそこらのお坊ちゃんと一緒にしないでくれよ?今日もおかげで面白い物を目にした」
レクサンデリは車椅子の需要と材料の調達先について思いを巡らせながら答えた。
「帝国の人って結構面白いね。エディ」
「だなあ・・・」
将来皇帝になろうかという人物がこんな所まで出歩いて、商売のタネを探している。エドヴァルド達は将来の皇帝候補達が普通の人と大差無く日々を暮らしている事を意外に思った。
「君達はそれにしても随分仲がいいね。やはり生死を共にするとそんなものなのかな」
「ですね。エディが居なかったら帝都には辿り着けていなかったと思いますし」
イルハンは後ろから首に腕を回してエドヴァルドに抱き着いて頬ずりをしている。エドヴァルドの方も嫌がっていない。
「ふむ・・・。君達仲がいいのは結構な事だが、帝国では同性愛は禁止なんだ。東方では男色が許されるという話だが慎んでくれよ」
レクサンデリも東方圏は内海側の国々までしか足を運んだことが無いので、奥地の風習はよく知らないが、高貴な身分の間柄では男色が一般的らしいという話は聞いた事があった。
「俺は別にそういう趣味は無い」
「ボクも無いです」
「そうか。なら良かった」
二人はどう考えても距離が近すぎるが、スキンシップの許容範囲は文化圏で随分違うのでまあいいかとレクサンデリは流した。それでも表情にはやはり疑問符がついていたらしい。
「いや、マジで無いですよ?おい、イリーも大概にしろ」
「えー。またコンスタンツィアさんには抱き着いてたくせに」
「ぐぬぬ・・・。あれはその・・・吸い込まれそうな胸だったから・・・」
「ボクにも甘えてよー。エディが甘えてくれないならボクが甘えちゃうんだから」
イルハンは嫌がるエドヴァルドにえいえいと引っ付いた。
「なかなか聞き捨てならないことを聞いたな。コンスタンツィア嬢がなんだって?」
エドヴァルドは顔をぷいと背けて答えなかったが、イルハンが面白がって代わりに応えた。
「えとですねー。ボクが学院が終わって来た時にエディったら髪切って貰ったり身だしなみ整えて貰ってて。で、途中で眠っちゃってまたコンスタンツィアさんのお胸に顔をうずめて幸せそうに寝ちゃってたんですよ」
「また?何度もあるのかそんなことが」
「何度か見ましたねえ・・・。前は男女がおてて繋いでるの見ただけで『破廉恥な』とか叫んでたのに」
イルハンはぷぷっと笑ってエドヴァルドを冷やかした。
「なんとまあ、彼女がね・・・。うらやましい。私も入院してみるか」
そんなに甲斐甲斐しい女性だったとは知らなかったとレクサンデリは真面目に驚いた。身長が高い事もあっていつもフンッと男性を見下しているような雰囲気があるが、意外に世話焼きらしい。
「完全に子ども扱いされてましたけどね。レクサンデリ様だと大人過ぎて駄目なんじゃないでしょうか」
「残念だ。こんな家の生まれじゃなければいますぐにでも求婚したいくらいなのに」
その台詞にジュリアがピクっと反応する。
レクサンデリにとっては軽口だが、彼女にとっては侮辱に等しい。
「世界最高の権力者でお金持ちでも自由にならない事が多いんですねえ・・・」
「まあね。ま、王侯貴族だろうが、平民だろうが皆何かしら悩みはあるものさ。君らも不自由な事はたくさんあるだろう?東方圏では7歳から異性とはきっぱり交流を許されないとか」
東方圏にもぼちぼち公立の学校は建設されてきているが、男女共学は基本的に無い。
「ですねえ。さっき言ったみたいな事、ボクの国でしてたらエディは相手のお父さんに殴り殺されちゃうね」
「殺す?そこまでやるのかい?」
殴るのはともかく殺すのは冗談だろうとレクサンデリは思ったが、返答は真剣なものだった。
「やりますよー。そしてこの場合殺人罪にはなりません」
明文化された法ではないが、慣習的に罪にならないという。
「恐ろしいな。将来君の国に行く時は気を付けよう」
「うん。だから男の子は男の子と付き合うべきなんです。ね、エディ」
「うん?」
レクサンデリは首を傾げた。
「イリーが俺みたいにむさ苦しかったら、とっくに突き飛ばしてるぞ」
「あはは、可愛いって得だねー」
「自分でいうか」
レクサンデリにはどうにも二人の距離感がよくわからなかったが、まあ美少女のような美少年だし鑑賞する分にはいいものだし、と放置した。
もとより他国の風習、考え方は尊重するというのが帝国の決まりだ。
「ところでエドヴァルド君」
「なんですか?」
「これからどうやって学院に通うつもりだい?」
動けるようになったのはいいが、病院から毎日自力で通うのは大変だろうとレクサンデリは気になった。エドヴァルドの膝は重傷で外科手術で骨片は取り除いたが、まだまだ安静が必要というのが医者の判断だった。幸いエドヴァルドは魔導騎士の修行を積んでいるので埋め込んだ魔石がある補っているが、一般人だと膝が砕かれたら後遺症が残るか、二度と歩けなくなってもおかしくない。
「あ、そうだった。あのナツィオ湖の館から車椅子で通うのは無理だよ。家事だって難しいでしょ。やっぱりボクと一緒に暮らそうよ」
森の中は木の根や、折れた枝が散乱しているし、ぬかるみでは車輪が周らない。
石畳の街中に下宿しないと自力での通学は無理だ。
「うーん、そうだな・・・。さすがにこれを自力で回して一人で街中を行くのは恥ずかしいか」
「そうだよ。きっと注目されて道行く人達に奇異の目で見られて話しかけられるよ」
「う、それはめんどくさい。じゃあ完全に治るまでは世話になる」
やったー、とイルハンが無邪気に喜ぶ中でレクサンデリには一つ心配事があった。
エドヴァルドを襲った二人組の事である。貴族である事は間違いない。その男達は貴族の不逮捕特権で警察の手を逃れたのではあるまいか、バルアレス王国の大使が積極的に警察に圧力をかけなかったので放置されたのでは、と考える。今後エドヴァルドの行動範囲が広がっていくにつれて出くわす可能性が大いにあった。
「ま、いい。では次は学院で会おう」
「お世話になりました」
エドヴァルド達はお礼を言ってわざわざ知らせに来てくれたレクサンデリを見送った。
◇◆◇
「レクサンデリ様。ご当主様に子を作るよう命じられてもう随分経ちます。まだ私に手を出されないのですか?」
病院を出た後、馬車の中でジュリアが唐突にレクサンデリに話しかけた。
「お前の事は妹のように思っている。今更手を出せるか、お前だってこんな扱いは嫌だろう」
「否が応もありません。必要な事です。それに弟君に後継ぎの座を奪われるかもしれませんよ」
「弟達はまだ幼い、ボロを出してさっそく新聞社に嗅ぎつかれてる。気が早いんだ。誰も彼も。ボロスやファスティオンを見ただろう。あいつらは失敗した。帝都に出てくるにはまだ早すぎた」
「それはそうですが・・・、婚約者もお決めになっていないのに・・・」
「心配しなくても変な女に引っかかったりしないし、娼館に遊びに行ったりもしない」
「・・・むしろそのくらいの方が安心します」




