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荒くれ騎士の嘆き歌  作者: OWL
第五章 蛍火乱飛~後編~(1430年)
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第5話 緊急理事会

 マグナウラ院の理事長はフォーンコルヌ家の当主が伝統的に務めているが、現在は領地に帰っている為、副理事長であるシャルカ家のコルサスが緊急理事会を招集した。

彼は他の理事達に新任理事を紹介した。


「ご存じの者も多いだろうが、紹介しよう。アルビッツィ家のレクサンデリ殿だ。学院の経営がそろそろ危険水域であることは皆も知っての通り。今回、彼らからの融資を受ける事にした」


紹介されたレクサンデリが慇懃無礼な挨拶をすると理事の幾人かは忌々しそうな表情をする。名誉ある理事の座を金で買われたからだ。


「理事長は不在だが、彼の理事就任を認めるか否か投票を行いたい」


音声記録を残す為に呼ばれている魔術師が投票装置を配ろうとすると理事の一人は必要無いと言った。


「融資が必要な事は分かっている。採決を取るまでも無い、時間の無駄だ。議事を進めよう」


他の議事たちも頷いている。政府からの予算も削減されて苦境にあり、学院を維持するには仕方ない。


「それで今回の緊急招集の目的は?」

「理事長は不在だが、例のボロスの件だ。退学処分にすべきという声が上がっている」

「まだ裁判中の筈ですが・・・」


刑が確定した訳でもないのに退学処分は早いのではないかと理事の一人が述べた。


「係争中だが、ボロスは殺人について否認から正当防衛と人命救助に言を曲げた。学生が学生を殺害した事に間違いはない」


シャルカ家は法務省に強い繋がりを持ち、コルサスはそのツテで詳細な情報も得たようだ。


「ご家臣が殺害されたからそのあてつけという訳ではないでしょうな」

「変な勘繰りは止めて貰いたい。在学中に殺人事件が発生した過去の事例に習っての事だ。フォーンコルヌ家の代理人からも許可は得ている。他に質問が無ければ投票を」


投票装置は議会で使われているのと似たような物で魔力を込めて軽く押すと、立会人の魔術師の所に転送されてリアルタイムで投票数が浮かび上がる。


「6対2で退学処分と決まった。よろしいな」


皆頷いた。


「では、今回はこれだけですか?」


またコルサスに質問があった。


「いや、今の情勢では私も次回は参加できるとは限らない。今年の懸案事項をまとめて片付けてしまいたい」


ラキシタ家とオレムイスト家が前線で剣を交えた事、ボロスの件でラキシタ家が怒り心頭であること、政府が警戒して内乱鎮圧の為派遣していた帝国正規軍を呼び戻し始めた事などを考慮すると他の理事達もコルサスに同意せざるを得なかった。


「では当学院を維持する為、入学金の増額、入学枠の増加、いくつかの学科の廃止、休眠設備の廃止と公売を実施したい。そして学生自治会への援助凍結。これは将来有望な研究に集中的に投資する為で各学生会全体への支給額は変わらないので誤解なきように」

「それがアルビッツィ家が融資する条件というわけなのかしら」


コルサスの提案にアージェンタ市教育委員会の委員でもある女性理事が質問する。

彼女の記憶ではまだ数年は学院の資金は持つ筈だった。


「そういうことになるな。昨今学院の施設に泥棒が侵入したり、警備の低下も問題となっているのは知っての通りだが、そのせいか学生達の風紀も緩んでいる。態勢の強化が必要だ。諸費用捻出の為、今後は王子王女だけでなく外国の裕福な貴族も招く。王子らにはこれまで招待する以上はと政府から入学金を肩代わりして出して貰っていたが、来年はその予算が削減される。私は反対していたが、もう決定事項らしい。これでは我が帝国がこれまで築き上げてきた同盟関係が希薄になってしまう。当学院では今後も外国との関係を強化していきたい」


コルサスは学院の経営と同時に帝国の伝統を重んじ、将来の事も考えていた。

いくらお金を積んでも帝国の学院に入りたいという富裕な外国貴族の枠を広げれば多くの問題が解決する。この提案も賛成多数で可決された。


「次に、バルアレスの王子の入学許可の件だが期日までに彼は現れなかった。来年度に入学して貰えばよいと思うがどうかな?」

「そうですね。そもそもバルアレス王国は王子の件を当初知らなかったようですし、実質王子扱いを受けていないようです」


女性理事は手順を踏んでくれれば別に入学するのは構わないが、途中入学は止めて貰いたいと考えていた。一年生が一年時の教養科目を重んじていない事も理由の一つで、学業期間を半分にして入学して進級されてはそれに拍車がかかる。

賛成派と反対派は拮抗しているが、賛成派もこれまでコンスタンツィアが入学を支持しているからとりあえず賛成に回っているだけで本心は別にどうでもよかった。


 そこでレクサンデリの出番となる。


「コルサス殿。ようするに彼は今王子ではなくただの外国貴族のような扱いだ。来年以降外国貴族の入学を促進する宣伝に買って貰おうじゃありませんか」

「・・・ふむ、そういう考えもあるか」

「ええ、学生達も署名活動をしているし自発的な行動を促す学院の方針からして歓迎するべきだと思います。それに近衛騎士からの推薦でしょう?将来は帝国騎士志望だというし、成り手が少ない帝国騎士に早めに送り出した方が我が帝国の強化に繋がる」


レクサンデリの説得でコルサスは賛成してもよいという気分に変じてきた。

女性理事の方はまだ反対である。


「まだ少年でしょう?確か12歳だとか」

「東方圏では十分に大人扱いの年齢ですよ。既に公爵として立派に領地を治めている。コンスタンツィア殿がかの地で行方不明になった時にも自ら捜索に乗り出してくれていた親帝国派の王子を冷遇して我々に何の利益がありますか。そも、海賊を内海で跳梁跋扈させたのも帝都で暴漢に襲われたのも我々帝国人の不始末。違いますか?」


コンスタンツィアも深く頷いた。

エドヴァルドは新帝国派の王子というのは間違いだが指摘してやる必要はない。


レクサンデリの演説で他の理事達も態度を変えて賛成に回った。

これで女性理事も受け入れざるを得なくなりエドヴァルドの入学は認められた。


「いいでしょう。しかし教授会も承諾して彼の受け持ちの先生方には補講をして貰う事。それが条件では如何?」

「ごもっともな事ですが、教授会がまともに運営されているのか審査をしなければなりません」

「何か懸念でも?」

「学生側としての意見ですが、数人、講義より自分の研究に勤しんで手抜きをしている方がいます。そういった方は生徒の面倒をみる為の補講に反対するかと」


レクサンデリは幾人か具体的な名前をあげた。

学院には印刷機も設置してあって、学生の手を動員して印刷させては自分の本を買わせてさらに儲けているような教授もいる。学院から与えられた予算と設備で学生からも金を巻き上げているのはレクサンデリにとって許せない事だった。こういう教授をのさばらせているなら融資はしないと明言した。


理事達はそれぞれ別の仕事を持ち、ろくな監査役がいなかったので予算流用について気づいていなかった。


「ふうむ、君だけの意見を聞いたのでは真実かどうかわからないな。同じ学生としてコンスタンツィア殿はどう思うかね?」

「・・・そうですね。一部ですがそういう教授もいます。監査が必要でしょう」

「できれば具体的に誰か教えて貰いたい。文書に残す方の記録には記載しない事を約束する。皆もいいかな、我々は問題がある教授の審査もしなければならない」

「そうですね」「承知した」「いいでしょう」


他の理事達も各々頷いた。


「では生物学のカルロス・ガース先生の名を挙げます。調査旅行と称して欠席し補助講師に任せきりの事も多く、学院は研究に必要な生活費を稼ぐネタとしか思っていないのでしょう。他には幾何学のキャロル先生。あの方はご自分で書いた本を学生に買わせ毎週大量の印刷物を配るだけで質問も受け付けません」

「ふうむ、さらなる改良の研究と実益を兼ねて印刷機を学院内に置いたのは間違いだったかな・・・」


他の理事達も卒業生だが、学生だったのは数十年も前で、その頃は実用的な印刷機が普及し始めた所だった。学院内に設置したのはもともと当時の学生や教授が設立した研究所が開発し、試作機を寄付された為だ。最近は学生でも自由に使えるので管理が疎かになっていた。


コルサスはさらに質問する。


「キャロルは学者としては千年に一度の天才なのだがね」

「教授には向いていないと思います。それでもまだマシな部類ですが」

「他にもいれば是非教えて貰いたい」

「教授の中に女生徒と関係を持つ者がいます。わたくし達をそういう目で見るのははっきりいって不愉快です」


なんと、とコルサスを代表に理事達が驚いた。

学生間の自由恋愛は特に禁止されていないが、教師と生徒ではさすがに倫理にもとるという共通見解はあった。


「本当かね、レクサンデリ殿」

「将来学者として身を立ててやる為に弟子として引き立てる、と約束して女生徒を買収していると噂ですね」


他の理事達は急にざわつき始めた。

そんな教授を放置しては自分達の名誉にも関わる。


「倫理監督委員会を強化すべきだな。フランデアンの王子が提言していたように」

「確かに。学生ではなく教授や職員達も対象として監督せねばなりませんね」


コンスタンツィアはその後、名前も聞かれたが女生徒の名誉を慮ってここでは伏せた。

コルサスは話が横道に逸れたため、軌道修正を図った。


「諸君。本件は調査を進めるが間違いがあれば大勢の名誉と将来に関わる。慎重に時間をかけて行う必要がある。監督組織については来年以降に設置しよう。ひとまずバルアレス王子については7月中に通学を開始すれば認める。そして補講で来年度までに進級に必要な単位を取得していなければ一年やり直し。そんなところでどうか」

「異議なし」「同じく」「いいでしょう」「そんなものでしょうね」

「待った。監督者を全講義に送り込むのは不可能と思える。今期が終わった後に冬の間に各教室に記録石を積んだ録画用魔術装具を仕込んではどうか」


ある理事の提言の賛否は半々に割れた。


「盗聴に対する生理的な反発については理解した。であれば前もってこの授業は録画していると宣言すればいい。生徒達の受講態度も良くなり、教授らも手抜きをしなくなると思われる。資金面の問題は実験的に備品を利用したものであれば構わないのではないか?今期の補講に対して使ってみてそれから来年の事は考えればいい」


修正案は可決され、コルサスは最後の議題に移る。


「在学中の出産補助制度の利用についてだが、市長から最低年齢を設けたいという伝達があった。本学院において在学中に妊娠する生徒は大半が女子寮を利用している帝国貴族だ。寮には頻繁に男性が出入りしているというよからぬ噂があり・・・」


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2022/2/1
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