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荒くれ騎士の嘆き歌  作者: OWL
第五章 蛍火乱飛~後編~(1430年)
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第2話 続く難題②

 ラキシタ家の三男ボロスが殺人で現行犯逮捕という情報は帝都を震撼させた。

各皇家の帝都の邸内においては私領と同様に扱い、臣下を手打ちにしようが帝国政府は直接干渉できないが、ボロスはガドエレ家主催のパーティでシャルカ家の嫡男を殺害してしまい、現場にいた司法長官が自ら逮捕するという弁解の余地のない事件だった。


 新帝国暦1430年7月。

事件の知らせを受けたラキシタ家は釈放を要求した。

ラキシタ家の要求に対し帝国政府はボロスが罪を認めず錯乱しており、後の裁判で出頭しない可能性を理由に保釈を認めなかった。


その事件はコンスタンツィアがルクレツィアを連れ出したパーティで発生した為、コンスタンツィアも事情聴取を受けた。

二週間近く事情聴取が遅れたのはコンスタンツィアが正規の招待客では無かった為である。

当事者の一人マヤがコンスタンツィアも来場していた事を指摘したこと、他の来客もコンスタンツィアの顔を見知っていてそれを認めた事。正規の招待客であるルクレツィアも事情聴取でそれを認めた事によりコンスタンツィアの所にも恐縮ですが、と検察官がやって来た。


「わたくしはエドヴァルドくんの治療法を知るルクレツィアさんの協力が必要だったから赴いただけでボロスくんにも会っていないですし、特にお話する事はございません」


コンスタンツィアは皇家の人間が引き起こした事件に出来るだけ関わりたくは無かった。しかしそれでも検察官は食い下がる。


「コンスタンツィア様が本件に関与していない事は承知しておりますので、是非気兼ねなく現場の状況について教えて頂きたい」

「特に異常はありませんでしたよ」

「マヤ姫の様子は如何でした?お会いになったのでしょう?」


マヤからもルクスとの関係が改善したと聞いていたし、それはルクレツィアからも裏が取れているので聞いたままを話した。


「いつも通りすこしやんちゃで愛らしい姫君でした。ルクレツィアさんからも恋人と幸せそうに占いに来ていたと聞いています」

「恋人とは?」

「アヴェリティア家のルクス殿だと聞いています」


コンスタンツィアはルクレツィアに聞いたままを答えた。

ルクスが死んだとしてもアヴェリティア家の当主はルクスと同様の情報を握っているだろうし、マヤ達が脅される立場なのは変わりない。

友人の為にも自分の為にも深入りしてはならない。


「そうですか。ではやはりボロス殿が横恋慕でルクス殿を殺害したということになりますな」

「ボロスくんは何と言っているんですか?」

「ルクス殿がマヤ姫の首を絞めて殺そうとしていたから助けようとしたのだと弁解していますが、複数の目撃者が休憩室に入っていくマヤ姫とルクス殿の後をつけていくボロス殿を目撃しています」


二人が隠れて愛し合っている所にボロスが踏み込んで逆上し、殺害したとマヤも目撃者達も語っていた。


「それでも罪を認めていない、と?」

「ええ、悲鳴を聞いて駆け付けたのだと。助けを求められて引き離そうとしたら、ルクスが襲って来たから正当防衛なんだと言い張っていましたが、現場のマヤ姫がそれを認めておりませんからね。まぁ、よくいるんですよ。愛し合っている時の声を悲鳴だと勘違いして通報してくる人が」


検察側はボロスの早とちりだと断じている。

以前にもボロスがルクスに対して暴行事件を起こしていた事も追跡調査で明らかになった。以前の終業パーティの時の事だが、皇家主催だった為、暴行事件は握りつぶされていた。

これでは検察の心証も悪化する。


「残念ですね。ようやく何もかもうまくいきそうだったのに」

「まったくです。上の方からは長官がここぞとばかり皇家にも法を遵守させるいい機会だと気炎を吐いているのが伝わってきます。こりゃー政府とラキシタ家で不味い事になりますよ」


皇帝が不在な為、急進派の政府を抑えられる人間がいない。

ラキシタ家の主力が北の地にいるのが不幸中の幸いだった。


 ◇◆◇


 検察の事情聴取を受けてからエドヴァルドがいる病室に行くと彼はイルハンとカットランガという盤上遊戯で遊んでいた。


「エディは弱いねえ」

「うっせ。俺は騎士になるんだ。俺を使う人間がうまく動かせばいいんだ」


エドヴァルドはどうも戦術的思考が苦手らしい。

病室に入ったコンスタンツィアは回復状況を聞く前に小言を言った。


「エド、ちゃんと課題はこなしたの?」


エドヴァルドは近衛騎士からの推薦状で入学は決まっていたものの学力試験は受けていない。入学する能力に問題ない事を理事会に通す為にコンスタンツィアが軽く試験をしたところ、及第点とはいえなかった。

それでコンスタンツィアは課題となる問題集を渡していた。


「あ、え?はい。いちおう」

「一応?はっきりおっしゃい。解答は渡していたでしょう。合格点だったの?」


エドヴァルドはついっと目を逸らした。

よくわからなかったので解答を見てから書いた部分も多い。

道中でエドヴァルドの学力を知っていたイルハンはフォローに入る。


「あのね、コンスタンツィアさん。エディアは一応入学可能な基礎学力はあると思うの。でも、ちょっとあの課題は難しすぎたっていうか・・・エディは騎士志望だからあそこまで出来なくてもいいんじゃないかなって」


どうやらコンスタンツィアの求めるレベルが高すぎたらしい。

しかし、理事会や教授会に認めさせるには有無をいわせぬ学力が欲しかった。


「仕方ないわね。わたくしがしばらくつきっきりで面倒見てあげましょう」

「い、いや。そこまで甘える訳には」


エドヴァルドは断ろうとする。


「どうして?甘えていいのよ。わたくしは貴方のご家族に自分が育てるといって引きとったのですから」

「それは夢の話で!」

「わたくしの覚悟の話よ。遠慮なく甘えてくれていいのですからね。わたくしも貴方にとてもお世話になっているのですしこれくらいさせて?」


さあいらっしゃい、といわんばかりにコンスタンツィアは腕を広げて迎えようとしたが、エドヴァルドは赤面して顔を背けた。


「いーじゃん、甘えちゃえば。ボクだって父上に抱き着いて甘えちゃったし」

「できるか。ばか」


あら、残念とコンスタンツィアは腕を下ろした。


「それより暴漢連中について捜査の進展はありましたか?」

「あんまり。身なりのいい若者二人だけじゃちょっとね」

「普通の連中じゃない筈です」

「でしょうね。アージェンタ市の東部で身なりのいい若者というと帝国貴族かどこかの外国大使か別荘を拠点にしている方々。とぼけられたら追及は難しいわ」


物証も証人もいない以上、エドヴァルドが相手をみつけても相手が認めない限り罪には問えない。無理やり提訴しても証拠不十分で負ける。

何百万人も集まる都で犯人捜しは無理だろう、諦めた方がいいというのが警察側の言い分だった。


 ◇◆◇


 コンスタンツィア達がいる病室にもう一人来客があった。

扉に一番近かったコンスタンツィアが応対にでる。


「あら、ジュリアさん。どうかされました?」

「コンスタンツィア様。失礼します、こちらがエドヴァルド様の病室で間違いありませんか?」

「ええ、どうぞ」


ジュリアが会釈しながら病室に入り、早速用件を述べた。


「どうもご無沙汰しています」


レクサンデリに手を引かれていた女性だと思い出し、エドヴァルドも挨拶を返した。


「お知らせ頂いた住所に請求書を届けさせたのですが、誰もいないと配達人が持ち帰って来て、調べた所こちらにいらっしゃると」

「あ、済みません。そうでした、伝えないといけなかったですね」


当面の生活費としてエドヴァルドは東方圏南部諸国で流通する通貨でおよそ30万オボルほど借りていた。エッセネ地方の庶民なら数年暮らせそうな額だがさすがに物価が違うだろうと納得して借りた。そして渡された請求書を読むと目を剥いた。100万を超えている。


「どういうことだ!俺はこんなに借りた覚えはないぞ!」


目上の女性相手でもさすがにエドヴァルドは怒った。

たちまち態度を変えて声を荒げる。

イルハンもどれどれと覗き込んで確認し、さすがアルビッツィ家だとある意味感心した。


「噂に違わないんですね」

「ええ。庶民からはあまり取っていませんのでとれる所からは取りませんと。シセルギーテ様の口座の委任状は確認出来ました。今なら十分お支払い出来る金額ですので急がれた方が良いと存じます。日に日に増える条件でご契約なさいましたので」


土地などの担保も無く、信用だけで短期間で返済する代わりに超高金利だった。

遅延損害金も請求書に含まれて上乗せされている。


「くそっ、じゃあさっさと口座から返済しておいてくれ」

「それは出来ません」

「何故だ!?」

「手続きにはご本人様か代理人が窓口まで直接来て頂く必要があります。わたくしどもが勝手にお客様の資産に手を付けるわけにはいきません」


エドヴァルドはわなわなと震えたが、向こうの言い分に反論する言葉が思いつかない。請求書をくしゃくしゃに丸めて床に捨てた。


「わかったよ!行ってやる!!」

「わあっ駄目だってば!」


イルハンは起き上がろうとするエドヴァルドを慌てて抑え込んだ。

そしてさらに来客がある。

オスラー医師だ。


 ◇◆◇


「エドヴァルドくん。君の入院費用なんだが、コンスタンツィア様に振り込んで頂いた分では払いきれない金額になっていてね・・・。おや?何をやっている」


イルハンとコンスタンツィアに抑え込まれているエドヴァルドを見てオスラーは怪訝な顔をする。


「また金か!もういい!今日退院する!」

「馬鹿をいうな。一生後悔するぞ」


憤慨しているエドヴァルドにオスラーは叱りつけ、てきぱきと革の拘束ベルトでエドヴァルドを固定し、それから事情を聞いた。


「なるほどね、さすがアルビッツィ家だ。地獄の釜で煮られてしまえ」


オスラーは冷たい目でジュリアを見下した。


「私は請求書を持参しただけなのに心外ないわれようです」


大資産家の護衛としてこういった憎まれ口には慣れている。

ジュリアはまったく感情を動かさずに切り返した。


「古代の詩人が残した詩の中に地獄の女神に生贄として捧げられた人間が三人いた。高利貸しと男色家、そして娼婦だ」

「アルヴィッツィ家はお客様と合意した金額の金利しか取っておりませんし、男色家でもありませんし、もちろん娼婦でもありません」

「お前らは病人の敵だ。出ていけ」

「用件は済みました。言われずとも出て行きます」


ジュリアはまったく動じずに大人しく去った。

それを見送ってからオスラーはエドヴァルドの診察をしながら再び会話を進める。


「入院費用について病院は利子は付けないから気にしなくていい。うちは帝国政府がある限り破産は無いからな。神々の時代には利子などという概念は無かったというのに、アルビッツィめ」


オスラーまで我が事のように怒っているのでイルハンは二人を宥めた。


「でもまあ彼女は親切にわざわざ自分で来てくれたじゃないですか。あの方も帝国貴族なんでしょう?お金は取ってますけど、普通なかなか届けてくれたり、忠告してくれたりなんてしないと思うんですよね」


わざわざ忠告しなければさらに利子は膨れ上がってアルヴィッツィの得となる。

だが、オスラーはにべもない。


「平民の配達人が病室まで来れなかっただけだろう」


帝国政府の官僚や軍の人間が多く訪れる病院といってもエドヴァルドは誘拐された王子の一人として特別病室に入れられたので、面会の制限はかなり厳しい。


「どうにかして金を引き出さないと・・・。先生お願いだからここから解放してくれ」


縛られたままのエドヴァルドは主治医に頼み込んだ。


「ふうむ、いっそ病室のベッドごと銀行まで運んでしまうか。連中の評判を地に落としてやる」


オスラーは少々悪辣な表情を浮かべた。

イルハンはまだ帝国の常識に通じてなかったので疑問を口にした。


「先生も帝国貴族の出身なんですよね?皇家がお嫌いなんですか?」

「患者の敵は医者の敵だよ、君。貴族がどうとかは関係ない。ま、実家は借金の担保に土地を取られて称号だけの貴族になったが・・・。これは私の個人的問題で彼らを嫌っているのではない。わかるね?」

「え、ええ」

「大体何十も皇家があってそれぞれ敵対してるんだ。いちいち全てに敬意を払ってられるか」

「うわあ」


さすがにイルハンは驚いた。忠誠心のかけらもない。

帝国人というのは意外に皇家にも遠慮がないものなんだなと感心する。

先ほどからつい熱くなってしまったとオスラーは咳払いを一つしてエドヴァルドとイルハンに口止めをする。


「さて、私は医者として患者の個人的情報は漏らさないと医学の神クレアスピオスとファウナに誓いを立てている。君達ももちろん医者の個人的情報を他者に漏らしたりはしないだろうね?」


革ベルトをぎりぎりと締め付けられるエドヴァルドを見てイルハンは大きく頷いた。


 高利貸しに怒るオスラーをコンスタンツィアは心地よく思ってこれまで口出しはしなかったが、ジュリアが去ると資金的な問題は自分でどうにかなるから心配しなくてもいいとエドヴァルド達に言った。


「いや、いくらなんでも個人的な借金まで世話になるわけには・・・」


コンスタンツィアも慈善事業に出資していたりするので、資産はあってもそれほど現金は持っていない。アルヴィッツィへの借金はともかく入院費用については捻出する為、資産をいくつか処分する必要があった。


 エドヴァルドはこれ以上借りを作りたくないのであくまでも拒み、オスラーが折衷案を出した。


「出来るだけ早く通学しなければならないんだろう?アルヴィッツィは本人が来いとも言っているし、丁度いいからさっき言った通りベッドごと運んで銀行に行ってしまおう」

「面白いけど、晒し者になるのはなんか嫌だなあ」


エドヴァルドは我儘を言った。

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2022/2/1
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