第1話 続く難題
新帝国暦1430年6月中旬。
理事会でエドヴァルドの入学を認めるかどうかの審議はなかなか進んでいない。
退院見込みは7月以降で、最悪出席日数は半分になってしまう。
コンスタンツィアは東方圏の留学生の代表者であるフィリップに影響力を使って理事会に要望をあげてくれるよう頼んだ。
「駄目だ」
「どうして?貴方達の同胞でしょうに」
「彼の事は聞いた。父王に無断で勝手に留学したと。我々の道徳観に反する。受け入れられない」
生真面目なフィリップとはこれまでにも対立する事は多かったが、今回は特に冷淡な反応だった。
「そんなに東方では父親の命令が絶対なのかしら。フランデアン王はお父様が亡くなった後、父親代わりの宰相の命令に逆らう事が多かったと聞きますけど」
「あくまでも父親代わりだ。今回の件とは関係無い」
「ふうん。じゃあ前回学生服導入に反対されたのが原因かしら」
「馬鹿馬鹿しい、邪推だ。私はそんなことで根には持たない」
学生達の生活態度が乱れているのを正す為とフィリップやユースティア達が理事会に持ち込んだが、コンスタンツィアを代表にそこまで規則で縛る必要はないという声が多数を占めて却下された。
「では本気で辺境で冷遇されている王子が、なんとかお金を工面して自力で留学してきたのにそれを却下しろというの?海賊に襲われ、暴漢に襲われ、今も病床に伏しているというのに哀れに思わないの?」
「海賊だの暴漢だのは帝国の治安維持能力が低下しているのが問題だ。それこそ私には何の関係無い。そもそも途中入学した所で本人の学力不足で来年以降苦労するだけだ」
「一年生の教養科目なんて受けても受けなくても大して変わらないでしょう」
「理事の貴女がそれをいうか」
コンスタンツィアにとっては一年、二年で学んだ事はあまり多くない。
基礎のおさらいくらいだった。
「彼は冬季から春にかけて他の留学生のように自国に帰らないのだから勉学に励む時間は十分にあり、来年遅れを取ることにはならないでしょう」
「今年の入学が認められたら是非頑張って欲しいね」
その嫌味にコンスタンツィアは心の中で舌打ちする。
コンスタンツィアは下手に出てまでこれ以上頼む気は無かった。フィリップに見切りをつけて次に目星を付けた相手の所に行く。
◇◆◇
コンスタンツィアが次に話を持ち込んだ相手はフィリップの弟シュテファンだった。フィリップの次の東方圏の留学生の代表者となる人物であり、影響力は大きい。
「ああ、いいですとも。一年生達の署名を集めて提出しましょう」
「あら、シュテファン様は彼の事を咎めないの?」
「お父君の許可を取っていないとはいえ、行くなと言われた訳でも無いのでしょう?別に逆らっている事にはならないと思いますよ」
シュテファンの方は兄より柔軟な思考の持ち主らしい。
コンスタンツィアは思ったより楽に協力を取りけられて安堵した。
「良かった。ご協力有難うございます。シュテファン殿下」
「いえいえ、新入生仲間ですし、レヴォン王子からも頼まれていたんです。理事会で判断が割れているのなら僕らが一押しすれば行けるでしょう」
学生側から申し出てくれることでコンスタンツィアがごり押ししなくても済む。
「良かった。優しいんですね、殿下は」
「それで、ひとつお願いがあるんですが・・・ああ、決して交換条件とかではありませんよ。別に断られてもちゃんとやります。ただより効果をあげる為にもう一人協力が必要です」
「あら、何方の?」
「セイラさんですよ。僕は男子の協力は得られますが、女生徒はさすがに」
男女七歳にして席を同じうせずという道徳観のある東方圏なので、留学中も別々に行動する事が多かった。その点、セイラは性別、人柄、人気、出身地の規模の大きさからいって代表者として最適の人材である。
「なるほど。シュリさんと一緒にセイラさんの所にも伺ってみます」
「お願いします。あ、僕からのお願いってこと忘れずに伝えて下さい」
シュテファンはここぞとばかりに自分の事をセイラに売り込んだ。
「セイラさんに御執心なのね。分かりました。シュテファン王子は優しさと責任感と行動力のある方だと伝えておきます」
◇◆◇
セイラからも無事協力を得られ次の理事会までの間に学生の署名を集めて貰える事になった。午後、エドヴァルドの見舞いに行く途中、喫茶店のオープンテラスにいたノエムと目があって手を振られたのでコンスタンツィアもそこに寄る事にした。
「ご機嫌ようスナンダ様、ノエム」
ノエムが一緒にいた女性は上級生で南方圏の王女スナンダ。
”子ウサギを愛でる会”の同志であり、以前に道で転んだ時に助け起こした平民がスナンダの婚約者から訴えられた事件で見知っている。
「こんにちは、コンスタンツィア様」
「病院にいく所ですか?何か注文されます?」
コンスタンツィアは東方名産の凍頂黒茶を頼み席に着いた。
「ノエムとスナンダ様がご一緒だなんて珍しいわね」
「いい男の捕まえ方をお聞きしていた所なんです」
「私は親が決めた婚約者なので、そんな方法は存じ上げませんけれどね」
「でも学院でも旦那様と仲良くされているじゃないですか。長続きするには秘訣があるのでは?」
問われたスナンダはうーん、と考える仕草をしている。
「あまり困らせてはいけないわよ、ノエム」
「卒業する頃には18になってしまうのでもうそろそろお相手見つけたいんですよねえ。ところでスナンダ様の旦那様はお優しい方ですか?」
政略結婚の実態はどんなものだろうとノエムはぶしつけに尋ねた。
「ええ、とっても」
スナンダはにっこりと優しく微笑んで頷いた。
「みんな噂してますけど、夜も優しいですか?」
ノエムはさらに気になっている事を尋ねた。
「相性が良いようで、長続きする秘訣かもしれませんね」
スナンダはそれにも律儀に答えてやった。
「独占欲が強い方だとか」
コンスタンツィアは訴訟の件を思い出して便乗する。
「愛されている証ですわ」
スナンダは誇るように答えた。
「ああ、羨ましい。ひとつしか違わないのに愛し合ってる旦那様がいてこのまま王妃になれるなんて」
庶民的感覚のノエムだったが、お姫様や王妃という身分には憧れる。
「学院で学んだことはあまり生かせませんけどね。あぁ、でも後宮の権力争いには役立つかしら」
◇◆◇
スナンダが診察の時間だといって病院に向かうとコンスタンツィアはノエムに尋ねた。
「例のお店の件はどうなっているの?」
「お店自体は健全なお店でしたよ」
「自体は?」
「お店で知り合った者同士がその後どうするかはお店側の知った事ではないという感じです。健全か、不健全かはお客さん次第ですね」
客とその後どうするかは本人次第で店には関わりないというスタンスなので内務省やヴェーナ市の監督当局の摘発も免れているようだ。
「で、リスタは?」
「不健全な方のようですが、接触出来ていません」
「ノエムはまだ続けるつもりなの?」
「まぁ、お喋りしてるだけでお小遣い貰えちゃいますし」
「ほどほどにね。ノエムにその気が無いと知ったら恨まれてしまうかも」
「まー稼ぐだけ稼いだら終わりにします。あそこでお金を稼いで自分で会計事務所を設立した女性もいるそうですよ」
貯めたお金とお客さんのコネで事務所を作って数字に強く、独立心がある他の女性を誘って起業したのだという。
「いろんな人もいるのねぇ」
「探せば意外と貴族女性が働ける場所もあるのかもしれませんね。ところでコニー様は例の少年のお見舞いですか?」
会う機会は少なくなってきたものの、ある程度は情報交換しているのでノエムもエドヴァルドの件は知っている。
「ええ、とにかく一度学院に来てしまいさえすればその後、療養したっていいんだもの。様子を見て早めに通学して貰いたいの」
「マヤちゃん達の裁判もあるのに大変ですねえ・・・」
「ほんと困ったものだわ・・・」




