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荒くれ騎士の嘆き歌  作者: OWL
第五章 蛍火乱飛~前編~(1430年)
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第五章前編:挿話 焦眉急告の時

 新帝国暦1430年5月。

皇帝カールマーンは近衛兵団を率いてアル・アシオン辺境伯の領都エイムバルクに到着していた。当初は皇家連合軍が展開している前線近くの森林地帯まで行く予定だったが、急報が入り予定を変更して辺境伯に会いに来た。


 辺境伯の城は侍女に至るまで戦闘訓練を受けているので前線から遠くても物々しさを感じさせる。道中の田畑では農夫さえ槍で蛮族を見立てた案山子を突く戦闘訓練をしていた。

同じ帝国人でもこうも違うものかと感心しながら辺境伯の城に入り、出迎えた辺境伯ルプレヒトと歩きながら報告を受けた。


「前線の様子はどうか」

「お聞き及びかと思いますが、オレムイスト家がラキシタ家の陣地に火をつけた為、一万人以上の死傷者が出ています。オレムイスト家側も反撃を受けて一千名近い被害が出ました。現在両軍が集結して決戦の構えを見せています」


カールマーンは伝令を聞いた時、あまりにも馬鹿げていると半信半疑だったが生粋の軍人である辺境伯がいうならと信じたが、さすがに腹立たしい。


「二家だけで全軍の過半数を占める筈。前線は一体どうなっている!」

「隠れていた森を焼かれた蛮族は一旦引いています。騎士達が強硬偵察を行った所、グランドーン要塞の辺りまで引いているのが確認できました」


グランドーン要塞とは東ナルガ河の橋を守る為に建設された要塞である。橋の南側、つまりアル・アシオン辺境伯側をグランドーン要塞といい、北側、蛮族領にある大要塞をグランミセルバ要塞といった。

他にも河沿いに渡河を監視する為多数の砦や要塞があったが全て失われている。


今回の作戦の最終目標はこの要塞の奪還によりセオフィロス橋を再確保する事にある。

かつての皇帝が蛮族領奥深くに侵攻した時、兵站を確保する為に巨大で頑丈な橋と港を建設した。河を泳いで渡って来る蛮族もいないではないが、基本的にはこの橋さえ抑えれば蛮族の侵入の大部分は防ぎきる事が出来る。


森ごと焼かれた蛮族はこの要塞まで下がって退路を確保したようだ。


「では、当面の危険はないわけか。それにしても両家は身勝手すぎるな。何か弁解はしているのか?」

「オレムイスト家は事前に警告したと主張していますが、ラキシタ家は味方の陣地にまで火を点けるとは聞いていないと怒り心頭です」

「で、あろうな」


各家の担当範囲は軍務省の参謀本部が決めて配置している筈。

予想より乾燥していたか、強風が吹いたか、何かしら理由があるのだろうが手違いには違いあるまいと皇帝は納得した。


「スヴァストラフ元帥はどうした?連合軍司令本部には気象予報官がいる筈」

「彼は各陣地に兵を退く用説得して回っています」

「元帥自らがか、あほうめ」


皇帝が到着したというのに伝令しか寄越さず、何十もある陣地をいちいち訪問して回っているとは・・・カールマンは苛立ちを隠せない。


「両軍の総司令官をここへ呼べ」


辺境伯は本来自分が座る玉座に皇帝を案内し、自分は立って命令を受けた。


「ラキシタ家の方は長男ベルディッカス殿が既にお待ちです。総司令もお呼びになりますか?」


ラキシタ家は嫡男といえども総司令職は任せずあくまでも一軍団長として派遣していた。

全軍の指揮は叩きあげの軍人が務めている。

一方オレムイスト家は総司令職に現当主の叔父をあてていた。


「ひとまずベルディッカスの話を聞こう」

「承知しました」


 ◇◆◇


 呼ばれてやってきたベルディッカスは近衛騎士達と親衛隊に囲まれる中ひとり歩み出て、玉座に座るカールマーンに跪いた。顔をあげると片眉が焦げていて、彼も前線で危険な任務にあたっていた事が伺い知れる。


「陛下、不甲斐ない我らの督戦に来て頂いた事感謝致します。これで皆の指揮も回復し、いっそう蛮族との戦いに・・・」

「待て」

「はっ?」

「無駄な挨拶は省こう。文官のような長ったらしい心にもない挨拶は要らん。そなたは武門の生まれであろうが、弁解があるのならさっさといえ」

「これは慮外な事を。我らに弁解するような事は何一つ御座いません。既に数千の蛮族を焼き払い、族長級の首を何十も取っております」


蛮族はゲリラ戦を挑んでくる為、隠れていた森や洞窟をどんどん焼き払っているのだが、たまに強力な個体が奇襲をかけてくる事がある。最新鋭の装備で固めた銃兵では蛮族の動きについて行けず、割と古式ゆかしい重装歩兵の方が役に立っていた。

指導者を狙い撃ちにしてくる事もあるのでベルディッカスも常に武装して護衛の魔導騎士と供に前線指揮をしている。


「戦果が足りぬと文句を付けに来た訳ではない。オレムイスト家との対立により勝手に作戦を放棄し前線に穴を開けた事を咎めているのだ!!」


マッサリアの災厄の時のように回り込んできた敵に退路を塞がれて取り残された部隊が全滅すると、今度は辺境伯領で大惨事が起きる。そしてこの地が敵に奪われると北方圏で蛮族と向き合っているネヴァとゴーラも孤立する事になる。パッカとマッサリアを経由してゴーラまで行くには酷く遠回りで兵站戦も細くなり、どうしてもネヴァへ繋がる道は放棄出来ない。


「陛下、人類全体より自家を優先したオレムイスト家へのお怒りはごもっともですが、我らは前線に穴など空けておりません」

「だが、全軍を集結していると報告を受けたぞ」

「全軍の半数に過ぎません、陛下。自衛の為です」


ベルディッカスの説明によるとラキシタ家の正規兵は一切持ち場を離れていない。

派遣した10万の軍に現地でリーアンやパスカルフロー、ウルゴンヌの傭兵を募集してさらに5万を加えた。現在、ラキシタ家の総司令部に集結させているのはそれらの傭兵と休暇を与えた2万だけ。


「ルプレヒト殿、本当か?」

「確認させます」


辺境伯は部下に確認させた所どうやら本当らしいと分かった。

情報が入り乱れて混乱している為、とにかく辺境伯の配下の貴族達は急いで手薄な所を補填して回っている。そして、それはどこもオレムイスト家やその動きに釣られた他家の軍の陣地だった。


「よかろう。ではベルディッカスに問う。オレムイスト家から受けた被害は本当か?勝手に作戦区域から動いて彼らの担当範囲に近づいていた訳では無いだろうな」

「エミスとアウラに誓って我らは参謀本部の指示通りに作戦を遂行しています」


エミスとアウラは法と契約の神で裁判で宣誓する時に用いられる神である。

軍法会議にかけられても嘘は言っていないとベルディッカスは断言した。


「よくわかった。卿が今回の経緯を全て把握しているのならラキシタ家の総司令官をここに呼ぶ必要はないがどうする?」

「私如き若輩が総司令の代理を務めるのは僭越かと。それに公平な扱いを受けていないとオレムイスト家が命令に従わない可能性も御座います」

「確かに。では卿は戻って代わりに遠征軍総司令をここに寄越すよう伝えてまいれ」

「直ちに」


ベルディッカスは立ち上がり、すぐにその場を辞そうとしたが皇帝は待ったをかけた。


「余が来たからには傭兵達も集結させる必要はない。正規兵も全て配置に戻せ」

「は、しかし我が軍は複数の軍団が火に巻かれて多くの死傷者が出ています。本国に帰還させる必要がある者もいますし、一度軍団を解体して後方で再編成が必要です」

「それもそうか。では三ヶ月の猶予を与える。それまでに作戦を再開する準備を行え」

「承知致しました。では、これにて」


 ◇◆◇


「さすがに頭領息子だけあって抜かりない男のようだ」


ベルディッカスが退室するとカールマーンは辺境伯に感想を漏らした。


「立ち居振る舞いは悪くありませんでしたな」

「うむ」


キビキビとした動きで無駄も無く、主張も自信に裏付けられているのか説得力があった。

いっぽうオレムイスト家は呼びつけてもなかなかカールマーンの元へ総司令官を出頭させず、すぐにやってきたラキシタ家と違って弁明も遅れた。

その間に辺境伯の部下はオレムイスト家が空けた前線の穴を埋め終わり、どうにか遠征軍に大きな被害もなく戦線の再構築を完了させた。


オレムイスト家の総司令官ヴェルトハイムはそれからやってきた為、辺境伯の家臣達から冷たい目で見守られながら入城した。


「久しいな、ヴェルトハイム殿」

「は、陛下におかれましてもお変わりなく・・・」

「うむ。卿も相変わらず余が皇帝であることを認められないようだ」


ヴェルトハイムは前回の選帝選挙で急死した兄の代わりにカールマーンを皇帝とする事に批判的だった。カールマーンが皇帝として正式に即位すると、命令を聞くのは御免といわんばかりに帝国軍を退役して領地に引っ込んでいた。


「いえ、決してそういうわけでは・・・」


のっけからこんな風に始まった為、スヴァストラフ元帥以下、軍務省の要人たちもオレムイスト家に不利となる証拠を多く突きつけて罪を問うた。


「しかし、我々は所定の作戦に従って行動しておりました。強風が吹いたのは遺憾でありますが、連絡は緊密にとっており退避しなかったのはラキシタ家の怠慢で御座います」


ヴェルトハイムには皇帝に代わってスヴァストラフ元帥が自ら法務官達と審理を進めた。


「貴家の伝令は何人も炎に巻かれて焼死していたようだ。こんな勢いではラキシタ家の退避が間に合わないのも無理はない」

「そんな馬鹿な!」

「道中で伝令の焼死体は複数発見されている。言い逃れは出来ん。そして自然現象による不幸な事故だったとしても、前線崩壊の危機を招いた罪は重い!」


武官達の多くが頷いていて誰もヴェルトハイムの肩は持たなかった。


「しかし、仮に、仮に伝令が遅かったという落ち度があったとしても我々はラキシタ家から猛攻を受けて一千名もの損害が出ました。ラキシタ家の方が総戦力は多く、身を護る為に集結を開始するのは致し方なく・・・」

「黙らっしゃい!彼らが負った被害はその十倍以上。詰問に出した使者を殺害されたうえ、放火を止めていなかった以上、友軍を守るために攻撃を加えるのは当然」

「死者が殺された?いったい何の話です!?」

「しらばっくれおって、それとも本当に最前線の様子を把握していないのか?」


スヴァストラフ元帥と部下達は攻撃を受けたオレムイスト家の軍団から脱走兵を保護していた。ラキシタ家からの詰問の使者が来た時、あまりの権幕に口論となり結果殺害したのを見たという。もともと帝国きっての武門の家柄の二家で対立は根深く、家臣達にも及んでいた。


今回の事件前から小競り合いがあった事もあり、皇帝も本来はそれを止める為に来たのだ。


「その件は調査させますので、しばしお待ちを・・・私にとっても寝耳に水でもし事実であれば必ず処罰させます」

「いや、その必要はない」

「は?」


軍務省主導で軍法会議を行うのであれば当事者を呼び出して取り調べを行う必要がある筈だ。ヴェルトハイムは疑問を返した。


「卿の指揮権を剥奪する。こちらで直接捕縛して尋問する。まだ生きていればな」


ここまで低姿勢だったヴェルトハイムもそれには態度を変えて大いに反駁した。


「なんだと?我が軍の兵士達は帝国軍にではなく我がオレムイスト家に仕えているのだ。指揮権を奪われる筋合いはない!」


私兵であるので指揮権を奪われる筋合いは無い、ヴェルトハイムは強気に出た。強気に出られると元帥も少々気勢が落ちる。皇家に対する遠慮が元帥をしてこれまで遠征軍を掌握出来なかった理由であり、皇帝は介入する必要を感じた。


「では、ヴェルトハイム殿。指揮権を余に差し出すがよい。勅命である。嫌とは言うまいな」


皇帝が勅命と口にすると近衛騎士、親衛隊もいつでも戦闘態勢に入れるよう体に力を籠めた。拒否すればこの場で捕縛されかねない、ヴェルトハイムは即答出来ず、一瞬迷った。


皇帝が連れてきた兵はたったの5000足らず。

しかし帝国に絶対的な忠誠を誓う辺境伯には20万の兵があった。

オレムイスト家が遠征に出した兵力は10万。味方は少なく、当主と相談しないと正面切って反抗は出来ない。


「致し方ありません。勅命とあらばお預けします」


家臣達も簡単に他所の命令に従ったりはしない筈だから、いったん形だけ承諾する事にした。


「よろしい。まずは配置を戻す。審理はそれからだ」


皇帝の到着によりこうしていったん両家の全面対決と遠征軍の崩壊は免れた。


 ◇◆◇


 ヴェルトハイムを一旦返した後、皇帝は近衛騎士を呼んだ。


「ケレスティン!」

「はっ」


大広間で近衛騎士が一歩前に出て命令を待つ。


「直ちにヴェッカーハーフェンに行き、ギルバートを拘束して帝都へ連行せよ」

「承知致しました。身辺調査は宜しいのですか?」


以前の話ではケレスティンが現地に行ってウルゴンヌや自由都市側と連携を取りながら内務省による調査を行う予定だった筈だ。


「これ以上厄介毎を増やされては収拾がつかなくなる。細かい調査は後で良い。先に火種を排除する」

「承知致しました」

「それから帝都に残っているシクストゥスに一個軍団を率いさせてこちらに寄越せ」

「私は?」

「シクストゥスの代わりに帝都に残る近衛兵団の指揮を取れ」

「承知致しました」


皇帝は自らの手勢の増強する必要を感じ帝都に増援を要請したが、あちらはあちらで難題を抱えていた。

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2022/2/1
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