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荒くれ騎士の嘆き歌  作者: OWL
第五章 蛍火乱飛~前編~(1430年)
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第31話 覚醒

 エドヴァルドが目を覚ました時、優しく誰かに抱かれている気がして寝ぼけたまま抱き着いていた。暖かく、柔らかな弾力が返って来てさらに顔を埋めて甘えてしまう。脳がとろけそうになる甘い香りをしばし楽しんで少し顔をあげた。

起き抜けで目に涙がたまっていて顔がよく見えないまま母を呼ぶ。


「マーマ」

「はい、ママですよ。さ、涙を拭って」

「うん」


拭ってと言われたが、目の前の女性は結局自分で優しく目元を拭いてくれた。


「良かった、大丈夫そうだね。エディ」

「え?」


隣からイルハンの声が聞こえて途端にエドヴァルドの意識は覚醒する。

見回すと何人もの女性とイルハンに顔見知りの医者がいる。

分厚いカーテンは締められているが、朝日が隙間から差し込んでいる。


「イリー?」

「うん、死にかけてた割には元気そうだね」

「傷自体はほぼ治療が終わっていたからこんなものだろうが、体力は落ちている。あまり長話はしないように」


それと骨折した足に気を付けるよう言ってオスラー医師は出て行った。

え?え?とエドヴァルドは改めて周囲を見回した。


「覚えてる?エディが下宿する予定だった所に行って暴漢に襲われて、病院に担ぎ込まれてからずっと意識不明だったの」

「あ、ああ。で、この人達は誰だ?」


見知らぬ女性が三人いる。


「ママでしょ」


二番目に背の高い女性が呆れた口調でそういった。

目元には隈が出来ていて昨晩は寝ていないようだ。

少しくすんだ赤い指輪を嵌めた女性が自己紹介をしてくれた。


「私は夢見術師のルクレツィア、こちらはダルムント方伯家のコンスタンツィア様、そしてヴァネッサさんです。貴方を夢の世界から連れ戻してくれたのです。夢の中で誰かと出会い、引き戻された記憶はありますか?」


エドヴァルドの中で夢の中と目が覚めてからの現実の記憶が合致していく。そういえば手を引いて貰ってとぼとぼと歩いていた気がする。

そして、目が覚めてからもほんの手を引いてくれたお姉さんを母と呼んで甘えていた事を思い出し、もともと悪かった顔色がさらに青ざめた。


「あ、ああ!」

「思い出した?エディ、じゃお礼を言わないと」

「ああ、そ、そうだな。有難うございます。えーとお嬢さん方」


コンスタンツィアは微笑んで別にいいのよと優しく応じた。

一方ヴァネッサは冷たい。

先ほどまでコンスタンツィアに抱き着いていた事が許せないのだ。


「私は別に何もしてないからいいです。それよりお嬢さんじゃなくて、ママでしょ」


意地悪くぷっと笑う。

途端、エドヴァルドの顔が真っ赤に染まった。

怒りではなく羞恥で。


「イリー・・・、短刀とか持ってないか?」

「え、ないよ。どうして?」


イルハンはきょとんとして返した。


「死ぬっ!死なせてくれ!こんな恥をさらして帝国で生きてなんか行けない!!」


夢の中の行動と現実世界の行動が一致していた事を悟ったエドヴァルドにはもう弁解の余地はなく、からかわれて怒るより恥を注ぐ為、いきなり死のうとした。


イルハンが止めても騒ぐのを止めなかった為、看護士とオスラー医師がやってきて叱りつける事になった。


 ◇◆◇


「もー、落ち着いた?」

「ん。すまん」


エドヴァルドはまだ顔を赤らめたまま、大人しくベッドに戻って顔を半ばまで隠して応じる。コンスタンツィアも東方人の恥の感覚に面食らいながらも、母親のように諭した。


「折れた足はまだ当分治療に時間がかかるんだからもう暴れちゃ駄目よ」

「はい・・・」

「学院はどうする?今年は少し遅れてしまったし、入学は来年からやり直してもいいのよ」

「まだ6月なんですよね。じゃあ通います。早く帝国騎士になって稼がないと」


帝都の滞在費は高くつくので一年近くもぼっとはしていられない。

エドヴァルドは予定通りの通学を希望した。

横で話を聞いていたヴァネッサはまた悪戯心を出してからかった。


「帝国騎士?こんな甘えん坊のお坊ちゃん王子が?」

「こら」

「あいた」


コンスタンツィアがすかさず扇の橋でヴァネッサの額を軽く叩いた。

先ほどエドヴァルドを宥める際に二度と「ママ」の件でからかわないと約束させたばかりだ。オスラー医師も軍の病院に務める医者らしく、軍人でも死に瀕すれば母を求めて泣き叫ぶ事はあるのだと慰めて、弱気になった人の心を馬鹿にしないようヴァネッサをきつく叱った。


「学院の方はなんとかしておきますから、歩けるようになるまで病院でお世話になっているといいわ。今日はもう休んで、また今度お見舞いに来るから」


コンスタンツィアもいまいち寝た気がしないのでまだ昼にもなっていないが一度自宅で眠る事にした。


 ◇◆◇


 コンスタンツィアがヴァネッサと共に病院を出た時、そこには人混みが出来ていた。


「急患でしょうか。何があったんでしょうね」


馬車に乗り込む前に気になって近づいてみると帝都の主要三紙以外、最近評判のタブロイド紙『ヴィーヴィー』が号外を配っていた。


-ラキシタ家のボロス、パーティ会場で来客を刺殺!司法長官自ら現行犯逮捕!!-


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2022/2/1
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