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荒くれ騎士の嘆き歌  作者: OWL
第五章 蛍火乱飛~前編~(1430年)
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第28話 半死半生

 オスラー医師は病室を出て、自分の執務室までコンスタンツィア達を案内した。


「お判りでしょう?何があったのかは知りませんが、彼は生きる気力を失っているようです。精神面の治療も我々は行いますが、眠ったままではどうにもできません。イルハン殿、申し訳ないが、我々の手は生きる意志のあるもの、助かる可能性の高い者から手当を優先せざるを得ない」

「はい・・・」


イルハンは項垂れて医師の話を受け入れた。

道中で親しくなり、エドヴァルドの境遇も聞いていたイルハンは彼が精神的にかなり疲弊して荒れているのは理解していた。イルハンもエドヴァルドのうわごとは耳にしていたが、自殺を特に禁忌とする帝国ではそれを口にするのははばかられ、コンスタンツィアには伝えられずにいた。


イルハンは打つ手なしと知って絶望感を強くする一方、コンスタンツィアはまだ出来る事はあると考えていた。


「先生、彼はいつもあんな風にうわごとを?」

「ええ、何か悪夢でも見ているのか、常にうなされています。海賊や暴漢に対するものではなく、母君に詫びているようなうわごとを。お国が治療費を出してくれない事といい、何か確執があるのかもしれません」

「では、それを取り除けばいいのね」

「それはそうかもしれませんが、我々は医者です。外国の王室の内部にまで関与出来ませんし、そもそも彼は夢の中ですよ」


コンスタンツィアも外国の王室のいざこざにまで直接首を突っ込む気はない。

バレれば父に何をいわれるか分かったものではない。

だが、夢の中なら。


「彼を悪夢から解放します」

「どうやってですか?」


オスラー医師は現実的な人間だったので、それこそ夢みたいな事をと呆れる。

無理やり目を覚まさせる為に気付け薬もあるが、強壮薬は心臓と脳への負担が大きい。強引に目を覚まさせたところで今の状態ではその時にショック死する可能性が高い。


だが、コンスタンツィアはそういった直接的な方法を取るつもりは無かった。


「もちろん夢の中に直接入り込んで連れ出すんです。まだお礼も言っていないのに自殺なんかされてたまるものですか」


皆狐につままれたような顔をしていたが、ヴァネッサには心当たりがあった。


「お姉様、もしかして・・・夢見術をお使いに?」

「ええ、わたくしには使えないけれどルクレツィアさんの手を借りればなんとかなると思うの」


確か同じ夢を見て体験を共有できるという話だった。


 ◇◆◇


 とにかく少しでも悪夢から解放する為の情報が欲しいのでムエル街にあるルクレツィア邸までの間に、イルハンからエドヴァルドの家庭環境を聞いた。


「・・・そう、病で容姿が爛れてしまったお母様と共に都を追放されてしまったの」

「ええ、一応公爵という称号は与えられたのですけれど、その地方に配された貴族はみんな反抗的で実質ただの町長だって笑ってました」


母親の方が巻き込んだ息子に詫びるならともかく、逆に息子の方が母に詫びているのがどうにも理解出来なかったが、状況は理解した。

ルクレツィアの家についたが、どうやら引っ越してしまったらしくそこにはいなかった。

近所の人間に引っ越し先を聞いて、慌ただしく移動するとそこは以前と違って立派な貴族の館だった。

使用人に尋ねると今日は夜会に出ているという。


「変ね、もう没落貴族で除籍を待つばかりといっていたのに。とりあえずそこに行って見ましょう」

「お姉様、もう日がくれます。議員の先生方と懇談会が・・・」

「ああ、そうだったわね。ヴァネッサ、済まないけれどわたくしの代わりに行って今日は欠席すると伝えてきてちょうだい」


そうなるだろうな、とヴァネッサは予測していたのですぐに承諾した。

母に関わる問題に入れ込んでいるコンスタンツィアは他人事とはいえ国事よりも優先度した。特に先が長くないといわれている傷病者相手では。


コンスタンツィアと男の子を夜に二人きりにしたくは無かったが、相手はコンスタンツィアよりも遥かに小さいし、性的にもまだ目覚めてなさそうなあんまり男らしくない美少年なのでしばらく離れる事を受け入れた。


「ちょっと、貴方。お姉様は帝国の至宝なんですからね!命に代えてもしっかり守りなさいよね」

「はい、わかりました」


ヴァネッサのきつい口調にも気を悪くせず、イルハンは約束した。


「そう、それならいいの。じゃ、お姉様、私もあとで病院に行きますから」

「え?貴女は用が済んだらもう家に帰ってもいいのよ。遅くなるし」

「私だって結果を見届けたいんです。家にはちゃんと許可を貰ってから行きますから」


これから行くのは両者とも貴族街。

タチの悪い平民がうろついているような危険な場所でもなく、病院も軍の病院で周辺も安全な為、コンスタンツィアも承知してあとで合流する事にした。


 ◇◆◇

 

 その夜会の会場はかなり大きなものだった。

皇家の紋章がある場所もいくつか停まっている。議員達が会合を開いているように、これから規制をかけられようとしている皇家達も対策を練っているのかもしれない。


方伯家の髑髏が掘られた聖杯の紋章を掲げた馬車のおかげで中庭の噴水までは問題なく通れたが、大階段を登った入り口でコンスタンツィア達は止められた。


「お嬢様、招待状を拝見致します」

「そんなものないわ」


綺麗に着飾った受付の青年は困惑しながらも職務に忠実に正面に立ち塞がった。


「それではお通し出来ません」


きっぱり断っても相手の御令嬢は怯むことなく自信たっぷりの様子で、正面玄関に立つ青年はさらに困惑する。

一緒にいる少年もエスコート役には見えず、丁稚か何かのようだ。


そもそも二人とも夜会服ではなく普段着のようで気品のある顔立ちだが夜会には相応しくない。


今日のパーティには司法長官や内務大臣といった政府要人も多数参加しており、前線で対立していると知られる皇家からも何人も出席している。前線の問題や政策の対立は棚上げして関係修復と皇帝不在の帝都の安定を優先しようという声かけで企画されたものだった。


道化師や人気の占い師なども余興で呼ばれていて、最近は下火とはいえ暗殺騒ぎもあり、疑わしい人間が入り込まないように注意しなければならない。


「どうぞお引き取り下さい」


青年はもう一度強く念押しした。

衛兵が何かあったのかと視線をちらりと向ける。

要人とお近づきになりたいと当日飛び入りで参加しようとする愚か者は珍しくないが、こんな風に落ち着き払った令嬢が騒ぐ事は無いので彼らはまだ動いていない。


<<このわたくしに招待状は必要ありません。おわかり?>>


令嬢から何やら声が掛けられると、途端に青年の心にもやがかかったようになり、相手の言葉を簡単に受け入れるようになった。


「はい、お嬢様に招待状は必要ありません」

「じゃあ、通して下さる?」

「勿論です。お通り下さい」


青年は場所を譲って中に誘った。

イルハンも王族の嗜みで今の言葉が古代神聖語であろうというのは想像がついたが、内容はよくわからなかった。


「コンスタンツィアさん、今、何かした?」

「あら、見ての通り丁寧にお願いしただけよ。物分かりの良い方で助かったわ」


イルハンは首を傾げながらもコンスタンツィアの後について行った。


 ◇◆◇


 会場はガドエレ家が所有している館で内部の調度品も豪勢なものだった。

煌びやかな礼服で身を飾り立てている紳士淑女にイルハンは目を瞠る。

賑やかな音楽と共にダンスを踊っている区画もあり、さっそくコンスタンツィアやイルハンにも誘いの声がかかってきた。


「おどき」


普段着とはいえ、そこらの貴族よりマシなものを着ているコンスタンツィアは会場でもさほど違和感は無かったが、イルハンの方は奇異の目で見られている。


「手分けして探そうにも貴方は迷子になりそうだし、わたくしの傍を離れないでね」

「はい。まあ顔も知りませんけどね」

「ああ、顔はこんな感じよ」


コンスタンツィアは額を合わせて心の中で作り上げたイメージを直接イルハンの頭に送り込んだ。


「わ、凄いや。この赤い指輪の人だよね」

「ええ、そうよ。今日もつけているとは限らないけど大切なものみたいだし、彼女は貧しくて他に身を飾るものを持っていなかったようだからひょっとしたら今日もつけているかも。見かけたら教えてちょうだい」


会場は何百人もの貴族と給仕、楽団などで賑わっており、庭では余興も催されていた。どこぞの祝祭魔術師が大道芸人と組んで花火やら奇術を披露している。


「彼女の事だからどこかで占いとかを披露しているのかもしれないし。聞きこんでみましょう」


聞きこんで見るとコンスタンツィアの予想通りよく当たる占いをしてくれる貴族がいるという事で最近、どこかのお大尽に気に入られて連れてこられた女性がいるという話が聞こえた。探し回ると一室を借りて占いの館のように改装された部屋がみつかり果たしてそこにルクレツィアがいた。


人混みをかき分けて近づいて来るコンスタンツィアにルクレツィアの方も気が付いて声をかけた。


「あら、コンスタンツィア様。どうされたんです?私に何か御用ですか?」

「ええ、申し訳ないけれど人命がかかっているの。今すぐわたくしと一緒に来て貰えないかしら。貴女の力を貸して欲しいのよ」

「勿論構いませんとも」


ルクレツィアはあっさり承諾してすくっと席を立つ。

行列をなしてルクレツィアの占いを楽しみにしていた客からはブーイングが上がるが、コンスタンツィアは自分の名を名乗って黙らせた。


 足早に玄関に戻る途中、コンスタンツィアはマヤとばったり出くわした。


「ぬおっ、なんでお主がこんな所におるんじゃ?こういう場所は嫌いだったのでは?」

「もう帰るところ。今日はとっても可愛らしい仮装をしてるのね。羽に尻尾?蝙蝠かしら?」


蝙蝠のような大きな付け耳にコンスタンツィアが手をやるとマヤはくすぐったそうに身を震わせる。


「う、うん。まあな。ルクスが今日はこの格好がいいと」

「ああ、彼も一緒なのね。大丈夫?」

「おう、心配ない。奴もすっかり優しくなった所じゃ」

「へえ、意外ね。あんまり改心しそうな人じゃなかったけど」

「すっかり悪評が広まって誰も相手にしてくれないから逆に儂に依存するようになった。ま、儂のような気立てが良く賢い美少女は他にいないからの。なんだかんだいって趣味は合うしもうは心配いらん」

「方便じゃなかったの?いろいろ聞きたい事はあるけど、今日は急ぐの。じゃあ、またね」

「うむ。今度はそっちの可愛い子を紹介してくれ」


コンスタンツィアは挨拶もそこそこにマヤと別れて馬車に乗り、急いで病院に戻らせた。


 ◇◆◇


 道中で詳細を聞いたルクレツィアは一旦自宅に寄って貰い、必要な薬を取ってから改めて病院に向かう。


「今日も目立つ指輪を付けてくださっていたから助かったわ。でも、以前より少し輝きが鈍ったかしら?」

「最近は宝石箱から取り出す機会が多かったから劣化してしまったのかもしれませんね。先ほどの可愛らしい方とはお知り合いですか?」

「マヤの事?学院の友人よ。どうかされました?」


ルクレツィアとマヤにどんな接点があるのだろうかと不思議に思ったコンスタンツィアは尋ねてみた。


「人気者のようですね。会場でも彼女を巡って随分な争奪戦がありましたから。勝者の方と連れ立って私の所にも占いに見えられましたよ」

「そう、どんな感じでした?」

「恋人と仲直りされたそうで、一緒に将来を占いに来て幸せそうにしていました」


恋人とはルクスの事だろう。

脅迫されている関係とはいえ、もう長い付き合いだ。

もとより王女であれば政略結婚もやむなしの立場である。マッサリア王の子供はマヤだけなので、ルクスが子種をマヤに与えて王家を継がせ、アヴェリティア家が乗っ取るなら脅迫関係も終わる事になる。

ルクスが彼女を大事にすることにしたのならそれはそれで望ましい結果なのかもしれない。


コンスタンツィアはそう思わずにはいられなかった。


 ◇◆◇


 病室に戻ったコンスタンツィアはルクレツィアからエドヴァルドの隣で寝るように言われた。合流したヴァネッサが難色を示すとなら別に隣にソファーを置いて貰えばそれでも構わないというとじゃあ、それで行こうという事になった。


コンスタンツィアは動き回ったばかりでそう簡単には寝付けないといったらオスラー医師が睡眠薬を持ってきてくれたので、それを処方して貰いすぐに眠りについた。


次にルクレツィアが自宅から持ってきたどろりとした秘薬をコンスタンツィアに飲ませようとした所、その手をむんずと掴まれた。


「・・・何を飲ませるつもり?」


掴んだのはコンスタンツィア。


「えっ?確かに眠っている筈なのに」


コンスタンツィアの目は閉じられたままで胸も規則正しく緩やかに上下している。


「いいから答えなさい。それは何?」


口だけが別の生物のように動いていた。


「お、お二人のマナの波長を近づける為の薬です。危険な物では御座いません」

「そう、ならいいわ」


コンスタンツィアの手がぱたりと落ちてまた上品な姿勢ですやすやと眠りに戻った。


「なんだったのかしら・・・」


ルクレツィアは困惑を隠せない。


「お姉様は魔術を使ったり、複数の作業をこなす時に別の仮想脳を使う時があるんです。睡眠時間を削って作業している時とかに別の人格を使うんだって聞きました」


コンスタンツィアの主人格が意識を失っている時に見たのは初めてだったが、ヴァネッサは予め説明を受けていたこともあり、時々性格がちょっと違うコンスタンツィアに遭遇する事はあったので大体予測がついた。


「さすがはメルセデス様のお孫さんね・・・」

「え?」

「いえ、では術を始めましょう」


こうしてコンスタンツィアはエドヴァルドの意識の奥深くへ入り込んでいった。

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2022/2/1
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