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荒くれ騎士の嘆き歌  作者: OWL
第五章 蛍火乱飛~前編~(1430年)
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第25話 コンスタンツィアとノエム

「あら、ヴァニーちゃん。今日も来てたんですね」


新聞や読みかけの本を広げてのんびりお茶を楽しんでいたコンスタンツィアとヴァネッサの所にノエムが訪れた。


「そろそろ子供みたいな呼び方は止めて欲しいんですが・・・」

「コニー様にべったりくっついているのを止めたら考えてあげますよ」


自分より頭ひとつ以上大きくなってもノエムはヴァネッサをずっと子ども扱いしていた。コンスタンツィアはノエムにも茶を入れてやり着席を促して用件を聞いた。


「実はコニー様にドレスを借りたいんですよ。あ、もちろん子供時代のですよ」


あ、ずるい自分も欲しいとヴァネッサが口を挟む。


「お姉様のは子供時代のでもノエムさんには胸が余ると思いますが・・・」

「そこはそれ、詰め物でもするからいいんです」


とにかくいかにも貴族のお嬢様っぽい服が必要だという話だった。


「ここには無いからヴェーナ市の本宅にあるものを適当に持って行っていいけど、どうしてそんなものが必要なの?」

「実はとある場所にお勤めしようと思いまして」

「どんな所なの?どこかの侍女にでもなるつもり?学生なのに」

「侍女じゃないですよ、えーとですね。喫茶店で暇なお金持ちとおしゃべりの相手をするお仕事です」

「つまり・・・女給さんなの?」


コンスタンツィアはお店で給仕をする仕事だと理解したのだが、ノエムは少しだけ気まずそうに視線をずらした。


「違うの?」

「お店は出会いの場所を提供するだけで、お給金はお客さんから直接貰うんです」

「???」

「ノエムさん、もうちょっと分かりやすく説明して下さいよ」


コンスタンツィアもヴァネッサもまったく意味がわからない様子だったので仕方なくノエムが説明する。


「つまり、私達はお店に登録料を支払って代わりに貴族の可愛い女の子とお知り合いになりたい裕福なお客さんを紹介して貰うんです」

「なんか胡散臭い所ですね、それって実は売春宿じゃないんですか?」


なんとなく察しがついたヴァネッサが単刀直入に聞いた。ばい・・・と聞いてコンスタンツィアはちょっと顔を赤く染める。

ノエムは疑いをかけられて慌てて手を振って否定した。


「ち、違いますよ。喫茶店でおしゃべりするだけです。というか実態を確かめる為に潜入調査に行くんです。営業時間も夜22時までですし、喫茶店にしては少し遅いですけど遅すぎるって程でもないですよ」


いくら将来の自立資金に困っているとはいえ、実家自体はそれなりにお金があるし割と健全思考のノエムがさすがに売春宿のような店に勤める訳がないとコンスタンツィアは別に疑ってはいなかったが、調査目的なら他に適任者がいる。


「そういうのはヴィターシャに任せればどうかしら」

「そうですね、ノエムさんより適任です」

「あ、もう誘っています。他の貴族女性を紹介すると登録料が無料になるっていわれたので」


誰かを巻き込むのを推奨するようなやり方を聞くとちょっとコンスタンツィアもその話を疑うようになってきた。


「・・・なんだか胡散臭いわね。大丈夫なの?あまりいかがわしい仕事につくと紋章院から貴族籍を剥奪されるわよ」

「これくらいで除籍されてたら騒ぎになってますよ」


ノエムは平然と答えたが、コンスタンツィアはなおも心配する。


「内務省の首脳陣も今年は一気に入れ替わったからどうなるかわからないわよ」

「あー、そういえばそうですね。でも実態調査に行くだけですから危ない事になる前に引き上げます。こっちが貴族だってわかってるんですから意思に反して強引に何かするような店ならとっくに摘発されてると思いますし」

「それもそうね。・・・そういえば何故実態調査なんかに行くの?」


ヴィターシャが話を持ち掛けて来るならともかくノエムが持ち込んだ話というのが理解できない。


「実はリスタがそのお店に登録したらしいんですよ。覚えてます?」

「ええ、勿論」


リスタはコンスタンツィアとノエムが時々手伝っていた孤児院の娘でもう大人になったので孤児院からは去っていた。両親は帝国追放刑にあい貴族籍を剥奪され、本人は高慢な態度で孤児仲間に友人も出来ず、院長も将来を危ぶみ就職先の手配に困っていた。


「一応、院長先生の紹介であちこちに勤めはしてみたもののやっぱりどこも長続きせず、そのお店に行きついたらしいんです」

「そう・・・やっぱりあの子に普通の勤め先は無理だったのね」


親が帝国追放刑に処された為、貴族の屋敷では雇って貰えず平民の家や店で勤めようにも平民を見下す高慢な性格は直らなかった。先輩からは嫌われ、新人仲間にも助けてもらえないとなると自力で出来る仕事しかない。


「そんな人に給仕されて喜ぶ平民がいるんでしょうか・・・?」

「ヴァニーちゃん、世の中広いんですよ。リスタは見た目は可愛いですからね。正確には貴族女性ではないですけど、その場だけの付き合いなら試したい男性もいる筈です」

「でもいかにも貴族らしい衣装なんか自前じゃ用意出来ないんじゃないんでしょうか?」


そもそも正確には貴族ではないが、没落した貴族の娘という事で需要はあった。


「おお、いいトコついてますね。わたしも衣装代を要求されたのでこうして借りに来た訳です」


貧乏貴族やリスタのような場合、それらしく飾る為の衣装の費用は高額で全てお店に借りる事になる。コンスタンツィアの子供時代の衣装ならどれも庶民の年収数年分はするし、祖母が残してくれた魔術装具付きとなると天文学的な数字の価値になってしまう。


お店は他に席料や高価な飲食代も普通に支払いを要求してくる為、相手が現れず待ちぼうけになるとさらに借金は嵩む。

経営者は公売にかけられた没落貴族の屋敷を買い上げて営業させている為、調度品などもそれなりで維持費だけでも高額な分、席料に反映されて高くつく。

対象となる客は裕福な平民男性だの地方からなけなしの金を握りしめて来たおのぼりさん、そして観光や商用で来る外国人達は物見遊山でやってきて帝国貴族風の館で、令嬢とお喋りを楽しみ一刻の夢を味わうという訳だ。


「ノエムさん。それでいかがわしいお店だと分かったらリスタさんとやらを助け出すんですか?その人生活能力無いんですよね?そのままにしておいてあげた方が良くないですか」

「そうね、ヴァネッサの言う通りだわ。わたくし達は彼女にしてあげられる事は十分にしてあげたわ。もう大人なのですもの。あの子が自分で選んだ道よ」


孤児は他にもいる。

院を出た後、成功した者もいれば犯罪に走った者もいる。

大人になって院を出て裏社会に転落した者まで救う余裕はない。

今も、これからも救いが必要な孤児は出続ける。


「むむむ、冷たいですね。じゃあ衣装は貸してくれないんですか?」


二人に駄目だしを受けてへそを曲げ、少しばかり不機嫌そうにノエムは言った。


「貸すのは構わないけれど、そういうお店に行くのなら返してくれなくて構わないわ」


譲るのは大して思い入れの無い服とはいえ、返して貰ってもなんだかちょっと気持ちが悪い。コンスタンツィアは捨てるつもりで渡す事にした。


「そうですか、それなら良かった。わたしも知らなければ放っておきましたけどね。知ってしまった以上、なんとかしてみますよ。あ、ちょっと新聞読ませて貰っていいですか」


新聞は学院図書館にも置かれているが、一部ずつしかない為なかなか読める機会が少なくコンスタンツィアに借りた方が早かった。

コンスタンツィア邸には有力三紙が全て毎週配達されていた。


「あ、もう海軍が海賊退治に成功した件が記事になっているんですね。コンスタンツィア様が入学を認めてあげた留学生はお礼にいらっしゃいました?」

「いえ、まだよ。寧ろこちらがお礼を言わないといけないのですけれど入院中なんですって」

「あらら、海賊によっぽど酷い目に遭わされたんですね。かわいそうに」

「それが違うみたいなの」

「じゃあ、何があったんです?」

「さあ」


帝都に到着してすぐ病院にいたのは検査入院程度だったらしいが、その後何かあったらしい。どうせいずれ学院に来るだろうし、その時に聞けばよいとコンスタンツィアは後回しにしていた。


「ヴァニーちゃんは何を読んでいるんです」

「神器名鑑ですよ。神学教授に借りて来たんです」


コンスタンツィアの研究のお手伝いでヴァネッサは神器の調査をしていた。


「なんでそんなものを?」

「お姉様に神に等しき力を手に入れて貰う為に!」


ヴァネッサはぐっと力を籠めていう。

自分の才能は平凡なので、コンスタンツィアに力を伸ばして貰うのが幸せな未来への近道だと考えていた。


「大丈夫です?」


ノエムはヴァネッサのコンスタンツィア崇拝がついに信仰の域に達してしまい、アタマがちょっとおかしくなったのだと危ぶむ。

一応コンスタンツィアが少し顔を赤らめながらも咳払いして補足してやった。


「神器の力を解析すれば神々の・・・つまり第一世界の力を解明する手がかりになるのよ。帝国魔術評議会が神代の魔術を再現しようとしているのと似たようなものだわ。ちょっと言い方が変だったかもしれないけど、別におかしな話じゃないでしょう?」

「ああ、そういわれるとそうですね。ヴァニーちゃんの言い方がヘンなだけですね。で、何か収穫はありましたか?」

「あんまり・・・やっぱり実物を手に入れないとね。つくづく遭難中に発見した遺跡でみつけたものを持ち帰れなかったのが残念だわ」


本はすぐに風化してしまったし、衣服代わりに使っていた布切れは聖堂騎士と再会した時に保護して貰った国にお礼として残して来てしまった。

東方圏の神の遺跡だし、そうするべきだろうと思われた。そしてあの時は見た目がちょっと綺麗で汚れにくいだけ、価値ある神器だという認識も薄かった。


「どんな力があったんです?」

「さあ、清潔さを保つだけだったのかもしれないし、そうでないかもしれないわ」


祖母の日記や自分の経験、研究結果から考えると身に着けた者の体の清潔さを保つという事は現象界における肉体の劣化や外からの干渉を防止しているとも考えられた。

老化さえ食い止めるかもしれない。

第一世界から第三世界まで同時にその場に存在している事になる。


「今読んでいる神器名鑑によるとよくある泉の女神の力は泉に訪れた者全てに恩恵を与える事だそうです。例として回収された東方圏の神器でケイセイ・・・えーとなんて読むのかちょっとわからないですが、これはある泉の女神の神器で種族を問わず誘惑する力を持つそうです。泉にいろんな動物が集まるからでしょうか。あとはリッコン?六根清浄布とか。なんで五根じゃないんでしょうね」


あらゆる生物が水を必要としているが、泉の女神は誰にでも平等にその恩恵を与えた。慈悲深き神であるのと同時に、誰にでも己が体、御神体を差し出す事からふしだらな神としての逸話もある。


「うわあ、気づかない間に誰彼構わず誘惑するような力を出していたら厄介ですね」

「そうね。評議会はそういう危険な力を持つ神器は封印措置を講じてるそうだけど」

「でも、ひとつは欲しいのでしょう?第一発見者として返して貰ったらどうです?」

「そんなみっともない真似はできません」


コンスタンツィアのライフワークとなっている研究だが、それでも彼女は名誉の方が大事だった。


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2022/2/1
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