第17話 ヴィターシャ・ケレンスキー
ヴィターシャ・ケレンスキーは美しい金の髪を持ち、青い瞳、大理石のように滑らかに磨かれた白い肌の典型的な北方系帝国貴族である。
代々ダルムント方伯家の家臣の家に生まれ、帝国北部に領地を持つ。
五千年前に初代皇帝スクリーヴァが帝国本土となるコンティーネント半島を統一した後、即座に北方圏に攻め入って北方圏南部サウカンペリオン地方を帝国化し北方人が流入してきた為、北方系の血もかなり混ざっている。
そんな生まれのヴィターシャは占いの結果に少々落ち込んでいた。
「落ち込まないのヴィターシャ。所詮占いよ」
仕事と家庭の幸福の両立は出来ないと告げられたヴィターシャは、夜の食事も満足に喉を通らなかった。女性が家を出て自立して働くのはかなり難しい。大半は召使や娼婦になるしかない。
「そうですね・・・」
「何か気になる事でも?」
頷くヴィターシャの様子があまり変わらないのを見てコンスタンツィアがさらに話しかける。
「いえ、彼女達は客の望みを察して促すような事ばかりいうものでしょう?でも私にはそういってくれませんでした。それに二年もお腹にいたフランデアン王のご子息を取り上げたとか。何か特別な力があるのかも」
深刻なヴィターシャをコンスタンツィアは笑い飛ばす。
「考え過ぎよ。何と言っても妖精王の息子ですもの。生まれに多少不思議な事があってもおかしくはないわ」
「でも!ですよ。私が実際、仕事で成功すれば他の事はどうなってもいいと考えているのを察しているようなんです。まだ何も言う前にいったいどうやったのか・・・、もしかして本当に力があるのかも」
「馬鹿ね、そんなの好きな男が出来てから考えなさいよ。それまでは夢に向かっていけばいいわ」
コンスタンツィアのいう通り、家庭を築く前に好きな男すらいないので気に病むには早すぎた。
「わたくしが女当主になれば貴方を侍女にして、好きな事をやらせてあげられるのに・・・。そうしたら貴方は失礼だと思うかしら?」
「そうは思いませんが、それでは成功したと言えません。きっと幸福にはなれないです」
「そうよね・・・」
家臣の娘を侍女にするのはよくあることなのでヴィターシャは別にそれが失礼な事だとは思わなかった。
「友人になってから侍女にするわけにはいかないものね」
「それに私は家庭より仕事を優先するような人間になります。だから友人よりもきっと仕事を優先してしまいますよ」
ヴィターシャは話している内に覚悟を決め始めていた。
親の言いなりになって夫を決められるのは嫌だった。帝国では学生時代の自由恋愛は許容されているが家庭を持つとなるとやはり親の支援がいる。貴族の女性が外で金を稼げば夫や親は何をしているんだと陰口を叩かれる。皇帝の大宮殿に務める女官などは別だが、ヴィターシャの望みはそこにない。
「いいのよ、優先してくれて。結局は他人だもの。自分の人生を歩みなさい」
コンスタンツィアは主君筋に当たるにも関わらず優しかった。
年下のヴァネッサの学業の面倒もよく見ていた。成績も優秀で、魔術にも通じ、聖堂騎士団を擁する特殊な貴族で古代の知識も豊富だった。
「夫になる人間もコンスタンツィア様くらい理解があるなら良かったのですが・・・コンスタンツィア様が男性だったら良かったのに」
ヴィターシャは思う。
自分の家とコンスタンツィアの家格が釣り合うなら、彼女が夫なら、と。
自分が好きな事をして稼いでも文句を言わずに許してくれるだろうに、と。
そういうとコンスタンツィアはくすくすと笑う。
「わたくしが男なら、当主ならヴィターシャを愛人にして囲うわ。ヴァネッサが奥さんね。ノエムは小間使いにしてソフィーは・・・あの子は駄目ね。奔放過ぎるわ」
この旅にはついてこれなかったが、彼女達はもちろん他にも友人がいる。ノエムやソフィーは今回同行しなかった友人達である。
「私はコンスタンツィア様なら愛人になっても構いませんよ」
「まあ!両手に花ね」
普通貴族の女性を愛人にしたいといえば無礼な話だが、この場合コンスタンツィアはパトロンになるという意味合いだ。
「東方の神々みたいに性転換できたら良かったのに」
コンスタンツィアは笑う。
「コンスタンツィア様は性転換するには女性らし過ぎますよ」
年齢的にはまだまだ少女だが、グループ内では一番発育がいい。
「大地母神の賜物ね。有難いやら、有難くないのやら・・・」
コンスタンツィアは背が高いのを悩みとしている。
豊満な体つきはたいがいの帝国人は同じなので気にしていないのだが。女性にしてはかなり背が高い。
「そういえば東方の女性は小さくて可愛らしい方が多いですが、セイラさんは違いますね」
「イーネフィールの辺りは北方圏に近いし、古代に東方圏で唯一帝国に早期降伏して同化が進んだ国なのよ」
「なるほど。そうでした」
◇◆◇
予定外の占いで時間を食ってしまったが、数日後ヴェッカーハーフェンに戻った。フィリップ王子も遅れて到着していたのでセイラに紹介される。
フィリップ王子の直ぐ側に黄金に光り輝く剣を持った戦士がおり、携えた盾もかなり大きい。おそらく高名なツヴァイリングの騎士だろう。
お付きの人物の様子から紹介される前に誰がフィリップ王子か察していたが、どうにもこうにも小さすぎる。
「マグナウラ院に入学予定っていうことはもう10歳でしょう?小さすぎないかしら」
「半分くらいの年齢にしか見えませんね」
コンスタンツィアのささやきにヴィターシャも応える。
「向こうは妖精さんですよ、当然じゃないですか」
「でもあの子が後二年もしたら子作りを始めるのよ?」
そういわれるとヴァネッサも複雑そうな顔をしている。妖精の血を引いているらしいが、あまり際立った特徴はなく人間の男の子とそれほど変わらない。
目の前でこそこそ話をしているヴィターシャ達に咳払いをしてセイラがフィリップを紹介した。
「こちらがフィリップ王子です。世界最古にして東方の大君主フランデアン王シャールミン陛下のご長男、湖の国ウルゴンヌのマリア女王のご子息にあたります。フランデアン・ウルゴンヌ二重王国、神聖ピトリヴァータ王国や周辺諸国への巡礼の警護についてくださいます・・・殿下?」
フィリップは会ってそうそう挨拶もせずコンスタンツィアのある一点を凝視していた。
コンスタンツィアは帝国人にしては珍しく肌をさらすのを好まなかったし、まだまだ寒いので厚着をしているが、それでも豊満な部分は目立つ。
彼には珍しく少々無礼でぶしつけな目線だった。
「坊や、そんなにみつめられてもまだおちちはあげられないわよ?」
大人の仲間入りの年齢に達していると自負しているのでフィリップは坊やと言われて当然怒る。
「そんなんじゃない。そのドレスの下がどうなっているのか気になっただけだ」
「あら、おませさんね」
女性達は笑う。
とても幼い少年の口に出すような台詞ではない。セイラはもともとこの二人がくっつかないように画策していたが、その必要もなくなった。
しかし険悪になって欲しかったわけではない。
何せ東方の大君主の長男と帝国の重鎮の長女だ。帝国と東方の間で戦争になった場合、両者とうまくつきあっているイーネフィールは大打撃を受ける。
セイラは両親の為にもどうにかして間を取り持とうと考えたがうまい台詞がみつからなかった。そして、フィリップの口はまだ止まらない。
「おませ?そのドレスの下が段々腹になってるのか疑ったんだが、それが『おませ』になるのか?」
その場にいる豊満な帝国人と痩身の東方人を比較したフィリップの侍女がぶふっと吹き出し、セイラはビキっと何かにヒビが入った音を聞いた気がした。