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荒くれ騎士の嘆き歌  作者: OWL
第五章 蛍火乱飛~前編~(1430年)
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第24話 コンスタンツィアとヤドヴィカ

「お嬢様、お話はお済みですか?」


コンスタンツィアが使用人にマヤを送らせてから侍女ヤドヴィカが話しかけてきた。


「ええ、いいわ。それで貴女の話ってお爺様の事?」

「はい。御館様から内密の話を言付かっております」

「それなら、またこの部屋を使いましょう」


 ◇◆◇


 また遮音部屋に戻ったコンスタンツィアはヤドヴィカにも座る様促したが、侍女の立場なのでと断って立ったまま主君の言葉をコンスタンツィアに伝えた。


「御館様はかねてより相続権を主張してきたヨハン様やオットー様達の御一族を粛清する事を決意しました。既にオットー様の御一族は拘禁済みです」


少々話はややこしくなるが、ヤドヴィカがいう御館様がダルムント方伯家の現当主オットー・ビクトル・クリストホフ・ダルムントである。

ヨハンとオットーの一族というのはコンスタンツィアの曾祖母シュヴェリーンの三人の息子のうち現当主の義父ビクトル以外、当主になれなかった二人の子孫である。


「今?この状況で?」


帝国内で大規模な内乱は起きていないものの、現在は皇家の連合軍がアル・アシオン辺境伯領で作戦行動中であり、皇帝も春になると近衛兵達を率いて応援に行った。

本土の駐留軍団も知事達の要請で大規模化した山賊だの反乱軍だのを討伐しに遠征中、さらにサウカンペリオンでは併合反対派が散発的に併合準備の為に派遣された官僚達を襲っている。


「今、やらねばならないそうです。オットー様も亡くなり、御館様の敵対勢力の力が半減しました」


百歳を越えて長年相続に不満を言い続けてきたゲオルクの最後の弟オットーも死んだ。しかしながら、その子も孫も相続権を主張してきた為、とうとう堪忍袋の緒が切れたというわけだ。


「今なら方伯家の内紛も目立たないとでも思ったのかしら」

「かもしれません」


ヤドヴィカも頷いた。


「ヨハン様の御一族も粛清するの?」

「はい。この機会に後の憂いを絶つと仰せでした。既に行動を始められている筈です」

「血を分けた一族だというのに・・・。何の罪があるというのかしら」


ついつい本音を漏らしてしまい、コンスタンツィアの口調に非難の色が濃くなる。

もし、本当は兄弟の一族だと知っていれば彼らは争いを止めるだろうか。

コンスタンツィアが言うに言えず逡巡している内に、ヤドヴィカはコンスタンツィアを非難の目で見た。


「お嬢様、どうしてそんなに御館様を悪くおっしゃるのですか?かねてより彼らが当主の座を譲り渡せと要求してきたのはご存じの筈です。それは普通なら反逆罪ですよ。粛清されても当然かと思います。それに御館様はご養子ですが立派に方伯家を治め、皇帝の良き相談役として十分な才覚を示されました。遠い血縁関係から迎えられたと聞き及んでおりますが、ヨハン様達と血を分けた一族というには薄いかと存じます」

「え、ええ。そうね。ヤドヴィカの言う通りだわ」


現当主はゲオルクとメルセデスの近親相姦で生まれた子であり、ゲオルクはそれを隠す為、外から養子に迎えたといって周囲を黙らせたのだった。

ゲオルクの兄弟とその子孫が養子の家系を廃して継承権を主張するのは当然だが、実際にはゲオルクの長男である現当主クリストホフが継承しているのは正統性はある。しかしそれは公表出来ない。


「それにしても相手が弱体化したといっても聖堂参事会が聖騎士達の参戦を認めるとは思えないわ。勝てるのかしら」


現当主の正統性を疑う臣下は昔から多く、それがヨハンとオットーの子孫にも力を与えていた。

それもあってこれまで強硬手段で黙らせる事は出来なかった。


「はい、聖堂騎士団総長は参事会の命令で離脱されました。話の本題はこれからです。御館様は敗北も覚悟されております。その場合父君には神殿入りするよう命じられました」


当主は自分の息子の器量をまったく信用していなかったので、自分が高齢になりつつある今、敵が弱まった今をおいて粛清が成功する機会はないと踏んだ。

しかし負けた場合の自分の子供達に対する手当はしておいた。


「お父様が神官になるの?じゃあわたくしは?」

「お嬢様にはオットー様のひ孫に輿入れするよう命じられておりました。私が仰せつかったのはそれを伝える為です」


現当主クリストホフは捕らえた敵を即座に処刑せず、自分の血統を繋ぐ為、取引材料として生かしていた。


「・・・はとことの結婚って許されていたかしら」


帝国の法律では従兄も近親婚扱いなので結婚は出来ない。

はとこについては・・・と記憶を辿ってみると確かそれも違法だった気がするが抜け道はある。


「お嬢様、何か?」

「いいえ、何でも」


魔術で作った仮想脳に出展を探させながらコンスタンツィアはヤドヴィカに答えた。


「ではご承諾ということですね」

「どうせ拒否権なんてないのでしょうに」

「そうですね。お察しします」


ヤドヴィカも長年面倒を見てきたコンスタンツィアには幸せな結婚をして貰いたいが、これも仕事と割り切って事務的に接している。


「話はそれだけ?」

「いちおういつもの小言はありますが、聞いては下さらないのでしょう?」

「他家と交わるなっていうんでしょう」

「皇家や有力貴族以外にも最近は議員達からも頼りにされていらっしゃるようで大変誇りに思いますが、それも慎んで頂ければと」


従来のデュセルの体制に批判的だった議員が政府の中心に入り、議会は今度は新政権側を監視する役目を負うが、中心的な人物がおらずもともと中立的な方伯家が頼りにされてしまっている。


「はいはい。気を付けます。他には?」

「特に親しい皇家は御座いませんよね?学内の事までは私の耳にも入って参りませんので直接お聞きするしかなく、ご容赦くださいませ」

「最近は学内でレクサンデリとも会っていないわよ。余計な気を回さなくていいわ」


適齢期になってもコンスタンツィアに浮いた噂がひとつも出てこないので世間は勝手に幾人かの候補者をあげていた。最有力候補は西方候ドラブフォルト。次点でアル・アシオン辺境伯の従甥ジキスムント。他は帝国議員達が何人か並ぶがこれは単にコンスタンツィアが議員生活を送っているせいなので、まずあり得ないとされている。他に婚約者候補から外されたかつての家庭教師達。

最後に大穴でアルビッツィ家のレクサンデリだった。

レクサンデリとは学内でも親しく、パーティに出席した時唯一手に触れる事を許したと噂が流れていた。


真意を伺うようにじっとみつめるヤドヴィカにコンスタンツィアはさらに言葉を加えた。


「身近な男性の中ではもっとも好意があるのは確かですけれどね。恋愛対象にはならないわ。彼は皇家の長男ですし。身近な男性の中でもっとも世慣れしているから何かと頼りにしてしまうけど貴女も知っている通り巡礼の最中に会って相談しやすいっていうだけよ」

「わかりました。私も御館様の所に当分戻れませんから、お側で確認させて頂きます。ではヴァネッサ様を呼んでまいりますね」


ヤドヴィカの姿が見えなくなるとコンスタンツィアも肩に籠っていた力を抜いた。

長年仕えている侍女だが、どうも年々母親のように口やかましくなってきた。


内向きの話が終わるとようやくヴァネッサの入室が許可され、気分を変える為中庭でお茶を飲む事にした。


 ◇◆◇


 よく晴れた日で直射日光を浴びるとかなり暑いが、大きな日傘を机にさして日陰を作ると涼しい五月の風が心地よくなる。


「お姉様、どんなお話だったんです?」

「んー、わたくしに結婚しろですって。お爺様が内戦に負けた場合だけれども」


方伯領で内戦が始まった話はすぐに新聞各社が取り上げるだろうから、コンスタンツィアは特に隠さず教えてやった。


「結婚!?どなたと?」

「ひいお爺様の兄弟の御一族よ」

「お名前は?承諾されたのですか?」

「そういえば名前は聞いていないわね。まあ別に誰でも同じだけど」

「で、承知されたんですか!?」

「したわ」


コンスタンツィアの返答を聞くとヴァネッサはこの世の終わりという顔をして打ちひしがれる。


「馬鹿ね。口先だけよ。わたくしを差し出して講和を願い出るような真似をしたらさっさと亡命するわ」

「あ、なーんだ。でも何処へ?」

「前は西方候のお誘いに乗るのも悪くないと思っていたけれどちょっときな臭くなってきたから、やっぱり辺境伯かしら。アル・アシオン辺境伯なら他家の横槍なんか無視してくれるでしょうし」

「自由都市連盟じゃ駄目なんですか?」


ヴァネッサは当然ついていくつもりだったが、辺境伯領は蛮族領が近く少しばかり怖気づいていた。


「自由都市連盟は議会にでて内情を知ってみると思った以上に自治権なんかなかったわ。都市運営の官僚達も中央政府から派遣されている者が結構多いし方伯家の干渉を防げるとは思えないの」

「そういえばヴェッカーハーフェンの市長もやたらとお姉様に媚びてきていましたね」

「魔術の研究には自然豊かな僻地の方がいいとはいえ、帝都には物も人も集まるから去るには惜しいけどお爺様が負けてしまったら仕方ないわね」


将来の道を迷っていたコンスタンツィアにとってそれはそれで踏ん切りがつくか、と歓迎する気持ちもあった。


「そんなに分が悪いんですか?」

「さあ、わたくしに戦争の行方なんかわからないもの。でも、ある日突然兵士達がこの館に押し寄せて来ないとも限らないし。準備はしておこうかしら」


維持費に金はかかるがメルセデス邸の自動防衛機構を再稼働させておく必要があるとコンスタンツィアは考えた。ヴァネッサも塔を支える二体の魔導装甲歩兵に目をやってああ、と納得する。

他の防衛用魔術装具の大半は今も稼働しているが、あれだけは自動防衛状態や遠隔操作モードにしておくと周辺のマナを吸い過ぎるので休眠状態にある。

コンスタンツィアは館の機能を維持する魔術装具を優先してこれまで防衛装置は止めていた。


「何も知らない兵士が来たらちょっと可哀そうな事になりますね」

「問題は魔導騎士ね。塀なんか軽く飛び越えて来るし、館の中に入り込まれたらアレじゃどうにもできないし」

「騎士崩れの傭兵でも雇います?」

「信用調査が面倒だわ」


いくらなんでもいきなりコンスタンツィアを人質に取りに魔導騎士を派遣してくる事は無いだろうとは思ったが、そろそろ身辺の安全について考え始めたコンスタンツィアだった。

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2022/2/1
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