第23話 コンスタンツィアとマヤ②
「マッサリアには半獣の子が多い。つまり帝国が存在自体を許さないとしている蛮族の子供達で造られた国。それがマッサリアじゃ」
マッサリア戦役の時、北方圏南西部マッサリアと西部パッカ地方は蛮族の手に落ちて何年も過ぎた。蛮族達は同盟市民連合の諸都市と約束したように人間を食料とはしなかったが生息圏を広げる為、繁殖の相手として利用はした。
「スパーニアの二大公の援軍を得て一時的に北方圏西部を奪回した時、帝国軍は半獣人達を一掃したが、人間と見分けがつかない赤子も多かった。帝国司令部は蛮族と交わったとされる女達・・・妊婦も殺すよう命じたがあまりにも残酷だと従わなかった兵士達もいた。殺された女子供の数は数百万に達する」
しばらく愕然として話を聞いていたコンスタンツィアだが、さすがに数百万という数には疑問を覚えた。
「そんな大量虐殺が可能だとは思えないのだけれど」
何処かに押し込めて火をつけるにしても脱走者は出る。
いちいち槍でついて殺すには数が多すぎる。
「北の地の寒さを利用したのじゃ。兵士達も赤子殺しなどしたくは無く、病んで発狂し始める者も出てきたのでな。司令部はこれ以上続ければ帝国軍の戦力低下を招くと判断し、一度は蛮族の侵攻から保護すると約束して帝国の物資集積所に人々を集め、直ぐに補給が来ると騙した。実際には基地に物資など無かった。冬が来る直前に人々を集めてから帝国は軍だけ撤退して荒地の中に棄民した。春には各地で何十万もの餓死者、凍死者が見つかった。それを繰り返したのじゃ」
帝国軍はもう獣人と関わったかどうかなど関係無く、疑わしき者は全て殺す事にした。
「何故そこまで・・・。そんな無情な命令を出せる人がいるなんて思えないわ」
「命令を下したのは皇帝じゃよ。いちおう擁護するなら皇帝も現場がそこまでするとは考えていなかった。半獣人達は見た目では人間と変わらない者もいると報告されたので、皇帝と側近達は半獣人が人間の中に溶け込み始めると人類という種がそっくり置き換わるのを懸念したのじゃろう。混ざる前に全て抹殺すればよいと考えたのじゃな」
「それで結果だけ要求され方法については丸投げされた軍はどんどん下の立場にとにかく実行しろやり方は任せると強要したのね」
コンスタンツィアにもこのあたりから予想がついて来た。
皆が皆、無責任になっていたのだろう。
たとえ人を食うような猛獣の生まれたばかりの仔を殺すのは狩人でも躊躇う。
ましてお腹の大きな人間の女性は殺せない。蛮族の子か人間の子かの確証もない。
とにかく半獣人を拡散させないという目的だけを優先し、結果を追及した結果が全人口を機械的に皆殺しにすることだった。
発端は皇帝の命令であり、被害は全て蛮族のせいにすれば済む。
指揮官達は自分達をそう誤魔化した。
マッサリア戦役の開始からもう長く、他所の地域の民間人は皆退避して誰の目も無い。
前線司令官は後方からの命令に従い、任務遂行を兵士達に命じた。
帝国の軍規は厳しく軍において命令は絶対だと兵士達は何年も洗脳じみた訓練を受けている。直接自分の手を汚さなくなくてもよい命令が出ればそれに飛びついた。
こうして帝国軍は効率的に大量虐殺を成し遂げた。
「でも逃げ延びた人がいたのね・・・。そういえば戦役の終盤に先代西方候が帝国軍支援の為にパッカの蛮族軍に攻め込んで戦死されたのよね」
「うむ。先代西方候ブラッドワルディンじゃな。聡いお主には察しがついているじゃろうが彼は帝国の虐殺から逃れた北方人を救出して西方に匿った。自らの戦死に人々の目を引き、同情を買い、帝国の追及から人々を守った」
現西方候ドラブフォルトは北方人の子らと、増え始めた西方人の移住地として空白地帯となっているマッサリアを選び建国した。
パッカ地方はもともと荒地で凍れる北の海と隣接しており、あまり人が住むのに適していなかったので現在も空白地域が多い。
「もしかして貴女も・・・両親のどちらかが獣人だったりするの?」
コンスタンツィアは躊躇いがちに聞いた。
「・・・お主は自分が生まれた瞬間の事を覚えておるのか?自分の親が本当に自分の親であるという確証はあるのか?」
「無いわ」
即答だった。
あまりに返答が早かったのでマヤの方が面食らう。
「そ、そうか。まあそれなら別に構わんが、儂は公式には第二次市民戦争で滅亡した国の末裔だといわれておる。父親の事も本当の父親のように思っておるよ。そう答えるしかない」
自分に獣人の血が入っていると告白すれば即座に逮捕されて処刑される。
同盟国の姫であったとしても。
それが帝国の掟。
蛮族から人類を守るという大義名分のもと諸国の王の上に立つ人類の護り手としての立場。
「もし貴女が人でなくてもわたくしの学友よ。絶対に政府に売ったりなんかしないわ。そもそもわたくしは戦争に興味なんか無いし、自分の身の回りが平和ならそれで構わない利己的な人間だもの」
「お主の友情には感謝しよう。では約束通り誰にも他言はしないと誓ってくれるな」
「ええ、持ちろん」
マヤはほっと溜息を洩らした。
彼女にとっても命がけの告白だった。
多くの国民の命がかかっている。
「ひひ、意地の悪い事をいうが許してくれよ。結局この会話はお主の好奇心を満たしただけで儂を助ける事には繋がらなかった。そうじゃろ?」
「う・・・そうね、御免なさい。わたくしったらお友達失格ね」
項垂れるコンスタンツィアだった。
どうもよかれと思ってしたことが裏目裏目に回っている。
「ま、気にするな。為政者なんて皆良かれと思ってした事でも恨む臣民もいるのが常というもの。お主のようになまじ力をもっていてお人好しとくれば後悔する事も多いじゃろ」
コンスタンツィアが無力な庶民であれば抱えなかった悩みだ。マヤはそういって慰めた。
「ありがとう、マヤ。・・・でも、そうね。わたくしにも出来る事はあるわ」
「ほう?」
警戒交じりにマヤが視線を投げかける。
「貴女を今年で卒業させてルクスとの縁を絶ってしまえばいいのよ」
平凡な才能しか持たないルクスは卒業まで今年を含めて二年かかる。
マヤが飛び級を続けたせいで今年はなまじ五年生になってルクスと同学年になってしまった。マヤとルクスが行動を共にすることが増えて特に今年は学内でルクスが調子にのっている。
「最短記録で四年では無かったのか?今年儂が卒業すればお主の親戚のメルセデスとやらの記録を抜く事になるぞ」
「そんなの構わないわ」
「儂が構う。儂はこの学院の図書館にまだ用があるのじゃ」
マヤもコンスタンツィアと並ぶ読書狂で暇さえあれば何十万冊もある学院図書館の本を読みつくしてやろうと毎日通っていた。
「どうせ生涯をかけても読みつくせるとは思えないけれど・・・」
「儂が読みたい本は地下の禁書庫にあるのじゃ。何が収められているのか気になって仕方がない。ここはもともとフォーンコル家の離宮だったというし、ひょっとしたら皇家の弱みも握れるかもしれん」
マヤが一時的に帝都を離れる事が出来てもマッサリア王国自体が弱みを握られている事に変わりはない。コンスタンツィアのいう最短での学院卒業案は根本的な問題解決には繋がらなかった。
「禁書庫は理事代行のわたくしでも入れないのよ。でも・・・そうね。司書になれば閲覧は出来るかも」
「ここの司書というと帝国魔術評議会から派遣されておるはずじゃろ?」
禁書庫は魔術的な封印が施されている為、その専門分野の魔術師が司書も担っている。
「ええ、貴女の成績なら賢者の学院に推薦状を書く事もできるから学院から評議会に入って司書になって戻ってくればいいのではないかしら」
「そんな事が出来るのか?」
「わたくしに出来る事は推薦状を書く事だけ。後は貴女の努力次第よ。評議会は神代の魔術の再現を目的としている組織だけど俗世への貢献もしないと政府から予算が下りないの。普通は皆魔術の探求をしたがって司書になりたがる人なんかいないから貴女の希望は通ると思うわ」
「ほほう、では頼もう。おかげで少し気分が明るくなってきた」
どうやら自分にもマヤに為にしてあげられる事ができそうだとコンスタンツィアも大いに喜んだ。
「他にはない?貴女がどんなに努力しても学院を離れられるのは半年も先になるのですし」
「そうじゃな。では望まない男の子を孕まずとも済む方法はないかの?」
すっかり冷めてしまっていた黒茶を飲もうとしたコンスタンツィアが思わず咳き込んだ。
「な、何をいうのよ。急に」
「なんじゃ、そんな赤くなって。儂が何をされておるか察しはついておるのじゃろ。今年は奴と行動を共にする機会が多い。半年は持たないかもしれん」
マヤはもう慣れたものだが、コンスタンツィアはこの年齢の帝国貴族にしては珍しくまだまだ汚れなき乙女である。
「そ、ソフィーに聞いておいてあげる。彼女はそういうことに詳しい筈だから」
「ま、最近はルクスも大分優しくなってきたから必要ないかもしれんがな。やや子が出来ればもっと変わるかもしれん」
「そうなの?あんな事をしておいて」
「喧嘩した後というのは結構燃えるもんじゃぞい」
その辺りコンスタンツィアにはまだ経験がないのでわからない事だった。
ちなみに相談されたソフィーは友達の話なんだけど、と切り出されて完全にコンスタンツィアの事だと思い喜々として教え込んだ。
※注釈
【北方圏】
北方圏北部ゴーラ地方、中部ネヴァ、西部パッカ、南西部マッサリア、南部サウカンペリオンから構成される。そのうちマッサリアは近年西方圏へ帝国の行政区分を変更された。
現在の北方候アヴローラはネヴァ地方スヴェン族の大族長であり、転移陣もある遺跡都市ヘリヤヴィーズに住む。
ゴーラとネヴァ地方は蛮族領域と接しており、ネヴァは山脈に囲まれ狭い一つの峠でアル・アシオン辺境伯領とも繋がっている。
帝国は蛮族との境界線であるゴーラ、ネヴァ、アル・アシオン辺境伯領に戦力を集中している為、パッカとマッサリアは手薄である。
しかしひとたび侵入されサウカンペリオンまで回り込まれて帝国本土への連絡線が遮断される為、人口が激減したままもぬけの空には出来ない。
パッカやマッサリアも北の山々に囲まれた極寒の地であり、帝国人の移住希望者もおらず帝国政府は処遇に悩んでいたが、居住可能地域が少ない西方圏の人々が移住し建国を申し出てきた事は好都合だった。




