第22話 コンスタンツィアとマヤ
「さ、話して貰うわよ」
新帝国暦1430年5月。
既に学院が始まって一ヶ月、ある日コンスタンツィアはマヤを自宅に連れてきて問い詰めた。
「儂は何も話す気はないぞ」
「そんなに頬を晴らして何言ってるの?このままじゃ理事会でルクスを退学処分にするかどうか話し合うしかなくなるわよ」
コンスタンツィアは新学年が始まって早々にマヤがアヴェリティアのルクスに頬を張られているのを目撃し、マヤの代わりにその場でルクスにお返しをしてやろうとしたのだがマヤに止められてしまい報復を留まる代わりに何故されるがまま黙っているのか話せと自宅まで連れてきた。
「儂の為を思うならそんなことはしないでくれ」
「理由をいってくれないならわたくしは自分の権限を活用するわ」
あんな帝国貴族の恥さらしのせいで留学生達の帝国貴族に対する印象が悪くなってしまう。これまで学院内、それも人前でマヤがいたぶられているのを見た事は無かったが、自分の目で確認した以上、コンスタンツィアは理事会で処分を話し合うつもりだった。
理事長であるフォーンコルヌ家の当主は領地に引っ込んでしまい、有力者は少ない。コンスタンツィアの思い通りに理事会は進むだろう。
「ああ、もう。コンスタンツィア、お主は頭の良い女のに人の心の機微というのがいまひとつわからっておらんのう」
コンスタンツィアが冷たく冷やした手ぬぐいを頬にあててやろうとしたのをマヤは断わり自分で冷やし始めた。
「ふざけないでマヤ、わたくしがあんな言い訳を信じると思ったら大間違いよ」
「言い訳?なんじゃそれは」
コンスタンツィアは何やら自信ありげだったが、マヤは何のことをいっているのか分からなかった。
「それはその・・・ヴィターシャに聞いたのよ。貴方が特殊な性癖を持っていて・・・つまり被虐趣味だから加虐趣味のルクスとうまが合うっていう話」
「ああ、その話か。それは確かに言い訳の部分も少しあるがその件ではない」
「じゃあ、なに?」
それを聞かれたくないから誤魔化しているのに、とマヤは溜息を吐く。
「言いなさい。貴女ほど才能のある人があんなつまらない男に黙っていいようにされる筈がないもの」
マヤは学院に入学して今年で三年目だが飛び級を重ねて既に五年生になっている。
「理由があるんでしょ?何か弱みでも握られているんでしょうけど、そんなものはわたくしがなんとかしてあげるわ」
「お主にはどうにも出来んよ。むしろ儂にとって迷惑にしかならん」
「理由をいってくれなきゃわからないでしょう!!」
コンスタンツィアは他家と密接な関係を築くのを避ける実家の方針に従って夜会の招待には基本的に応じていないが、周囲からいろいろと噂は聞こえてくる。
マヤがルクスにエスコートされて参加する時、たいがい衆人環視の前で彼女がなぶりものにされていると。風紀紊乱を取り締まる内務省も若手貴族の小規模な乱交騒ぎにまではいちいち構っていられないので放置されていた。
「騒ぐなというに。儂が今どれだけ困っているかわかるか?・・・ああわからぬから聞いておるのじゃったな。儂は今、お主とこの場で心中するかどうか迷うほどに困っておるのじゃ。それで伝わるかの?」
マヤは魔術を補強する為に嵌めている魔石の指輪に目をやった。
「貴女がわたくしを殺したりするものですか」
一方のコンスタンツィアは無防備でマヤの発言をまったく信じていない。
「従属国の王女をどうしてそうも信じられるのかのう・・・」
「貴女は他の人とどこか違う才能があるもの。どうもわたくしはそういう人に入れ込んでしまう性格みたいなの」
友人達からもいわれるがどうにもおせっかいで世話焼きなタチだった。
しかし、今はそれを迷惑がられている。
「放っておくと本当に大騒ぎを起こされてしまいそうじゃな」
マヤの態度に少しばかり諦観が見え始めた。
「そうよ。わたくしが本気になって騒いだら皇帝陛下と直談判も出来るんですからね」
「それだけはよせ!」
マヤが語気荒く牽制した。
「じゃあ、話してくれるわね?」
「本当に騒がんと約束するか?もし騒ごうとしたら儂は本気でお主を殺めねばならなくなる。お主も聞きたければ命を懸けて貰うぞ。西方候からも儂に学院在籍中に騒ぎを起こすなときつく厳命されておるんじゃ。聞いた後で絶対に騒ぎと起こさないと約束せよ」
真剣な様子のマヤにコンスタンツィアも居住まいを正したが、絶対に騒がないという約束は難しかった。それでは聞く意味が無い。
「西方候からもってどういうこと?そこも気になっていたのよね。何故選帝侯が庇護下の国の姫の為に行動を起こして下さらないのか。シャルカ家に圧力をかける事だって出来るでしょうに」
「そこまで考えたのなら何故あと一歩考えてくれなかったのかのう・・・」
「じゃあ、西方候にも関係があるのね」
コンスタンツィアの問いにマヤは頷いた。
「この部屋は外に音が漏れないじゃろうな?お主の侍女やヴァネッサにも口外無用じゃぞ」
例によってヴァネッサは今日もコンスタンツィアと一緒だったが、この会話からは弾きだされている。
「お婆様が残した遮音魔術装具も使っているし、扉も厚いし、見ての通り窓も無いわ。内緒話する為の部屋だから大丈夫よ」
「では、言おう。そもそも事の発端は前大戦、マッサリア戦役にある」
マッサリア戦役は1412年から1418年にかけて起こった蛮族の大侵攻であり、同盟市民連合の都市が人類を裏切って蛮族に無条件降伏して敵を誘引し、周辺国と帝国軍が壊滅状態に陥った戦いだ。北方圏の人口の1/3が失われ、もっとも大きな被害をもたらしたマッサリア周辺の都市国家群の裏切りから『マッサリアの災厄』と言われる。
「聞いているわ。人口が減った北方圏西部の穴埋めに居住可能な国土が少ない西方人の移住地になって貴女達が移り住んで建国し、アヴェリティア家から何か口添えがあって恩があるって」
「で、お主はその恩で儂が彼の言いなりになっているとは信じておらんわけじゃな?」
「もちろんそうよ。脅されているのだったら助けになれると思うの」
もう子供の年齢では無いが、歳不相応にマヤは小柄で可愛らしく一部の男性から人気がある。ルクスから奴隷のような扱いが受けているマヤが単純な暴力だけではなく性的な暴行を受けていることも伺い知れた。いくらなんでも恩でそこまでするとはコンスタンツィアは考えていなかった。
「確かに脅されている」
マヤも正直にそれを認めた。
「でしょう?なら、シャルカ家のご当主になんとかして貰えるわ。わたくし、北方候とも親交があるから西方候に北方候の二票がシャルカ家の敵に回るといって・・・あぁ、お爺様も世間体を気にされる方だからきっと不行状な家臣を抱えているシャルカ家は気に入らないわね」
コンスタンツィアが定期的に送っている報告書でシャルカ家を徹底的にこきおろしてやればいい、そう思った。
「騒がんでくれといったのを忘れたのか?脅されているのが儂なら頼る事も出来たが、脅されているのは儂ではない」
「貴女じゃない?貴女が他人の為に男のいいなりに?」
合理的な天才肌のマヤはそんなに人情に厚い方ではなく、誰かの為に自己犠牲で男に尽くすというのもしっくりこない、コンスタンツィアは不思議がる。
「他人の為ではない」
「じゃあ、やっぱりお国の為なの?でも今さらマッサリア王国を無かった事になんか出来ないわよ。いくらアル・アシオン辺境伯が領有権を主張しているといってもね」
北方圏南部サウカンペリオン地方にまで蛮族に侵攻されると帝国本土が脅かされるため、間一髪でアル・アシオン辺境伯がマッサリアに入り蛮族の大軍を食い留めた。しかし、その間に東方圏と蛮族領の境界線である東ナルガ河流域の帝国要塞線が尽く陥落して辺境伯領にまで攻め込まれてアル・アシオン辺境伯はサウカンペリオンを救った代わりに領土をいくらか失った。
失った領地の代わりに辺境伯はマッサリア領有を求め続けている。
「しかし、ルクスの奴は無かった事にする手段を知っているのじゃ」
コンスタンツィアはハッと鼻で笑い、それを隠すように扇で自分を仰ぐ。
「まさか、あり得ないわ。議会は一度建国を承認した国家を取り消しになんかしない。そんな事をすれば誰もが議会を軽んじるようになるもの」
「いいや、真実を知れば議会は喜んで承認を取り消すどころか帝国正規軍をマッサリアに派遣してくるとも」
「何故?どんな秘密があるというの?」
内戦を繰り広げている南方圏も放置している帝国軍が何故大した人口もいないマッサリアに軍を派遣するというのか、コンスタンツィアは真意を問うた。
「蛮族に長い間占拠されていたマッサリアには半獣の子が多い。つまり帝国が存在自体を許さないとしている蛮族の子供達で造られた国。それがマッサリアじゃ」




