第21話 妖精兄弟とセイラ
翠玉館には今フランデアンの王子が二人とも滞在している為、警備は厳重でありフランデアン王は自分の騎士ヴェイルオールを息子達の護衛に派遣していた。
ヴェイルはフランデアン最大の貴族であるツヴァイリング公の後を継ぐ予定だったが、先々代ツヴァイリング公は摂政として長年君臨し、なかなか現フランデアン王の即位を認めなかった為にスパーニア戦役が長引く遠因となり王によって分家と交代させられヴェイルが当主となる事も無くなってしまった。
といってもヴェイルと王は共に王宮で育った幼馴染で個人的な関係は良好であり、ツヴァイリング公位の代わりに宮中伯の待遇を与えられて外国においても名誉ある騎士と認められている。
その彼はフィリップと共に多数の招待客を送り出した。
門の所でフィリップと何やら話があるという他国の王子がいた為、その場は他の騎士に任せ自分は従士達に外の警備を再確認させて館に戻るとシュテファンとセイラが大広間でなにやら話していた。
「ね、セイラさん」
「なんでしょう」
「ここじゃちょっと・・・二人きりで大事な話があるんだ」
シュテファンの思い詰めたような眼差しにセイラは頼みを聞いてやりたくなったが、侍女のナリンや召使達もいる為、それは出来ないと断った。
「シュテファンくん。私達はもう子供じゃないんですから、二人きりでお話なんていけませんよ。本国であらぬ噂をされては困ります」
断られたシュテファンは落ち込むどころか喜んで答える。
「ああ、セイラさん。ついに僕も男として意識して貰えるようになれたんですね。いつまでも手のかかる弟のように思われているのかと悔しく思っていました」
フランデアンとウルゴンヌ合同の稀な公式行事で会う時は子供達同士で遊ばされる事が多く、シュテファンはセイラより二つ年下で、面倒をみられる側だった。
「一般論ですよ、シュテファンくん。さすがに本気でシュテファンくんが何かするだなんて思っていません。今でも家族だと弟のように思っていますとも」
「そうですか?セイラさんは兄上にいつまでも妹のように思われるのがお嫌なのでは?」
「しゅ、シュテファンくん、ちょっと人目が」
普段は人前でもフィリップにアタックしているのに、人に言われると照れ始めてしまうセイラだった。ナリンも心なしか手をとめてにやにやと聞き入っている。
「でも、二人きりじゃ困るのでしょう?僕は大好きなセイラさんを困らせたくないし正々堂々と打ち明けたいんです」
「打ち明ける?何を?」
セイラはきょとんとして応じ、侍女は鈍感なセイラに失望顔を隠せない。
シュテファンはめげずに話を続けた。
「僕はセイラさんに僕の妻になって欲しいんです。兄上ではなく、僕を見て貰えませんか?」
「えっ?えっ?」
帝国貴族の男子生徒からはこういった告白を何度も受けて来たセイラだが、まさか弟のように思っていた少年に告白されるとは完全に想定外で狼狽えてしまった。
彼ら東方人は親同士が話し合って縁談を取りまとめるのが通例で本人がいきなり結婚を申し込むのは恥ずかしい事だとされる文化で育ってきた。
「弟だから貴方は駄目だなんておっしゃらないですよね?それだと兄上もセイラさんは妹だから駄目だって拒否する口実になりますから」
「そうはいいませんけど、こういうやりかたは困ります。ちゃんとお父様に話を通してから来てください」
セイラは少し怒ったのかぷいっと踵を返して自室に行こうとした。
その背中にシュテファンが問いかける。
「父上達が何故セイラさんと兄上の仲は良好なのに縁談を進めてくれないのか疑問に思いませんか?」
その言葉にセイラはピタッと止まる。
かねてから彼女の不満事項だった。
フィリップほどの大国の長男が成人の儀を過ぎたのに、まだ婚約者がいないというのは中々珍しい。フィリップの妻に相応しい家格の娘は少なく、セイラは最有力候補で両親の仲もいいというのに全然打診が来た事も無い。
「どういうことです?シュテファンくんが何か知っているのですか?」
「二人きりがいいですか?それともここでこのまま?」
シュテファンは少しだけ意地悪く笑った。
◇◆◇
シュテファンはセイラに嫌われたくないので扉は開けたまま、館の応接室にセイラを招き、入り口にはナリンを立たせて続きを話した。
「父上達はですね。僕らに自分から申し出て欲しいんですよ。みんな勝手にくっついたのに僕らが同じ事をしたって反対しません。自分から言い出してくるようなら認めるし、言ってこないならぎりぎりまで待ってから国にとって最善の道を選ぶでしょう」
セイラの両親は敵味方に別れていたのに、父リカルドが片腕を失っても爆破されたホテル中から母プリシラを救いだして匿った。
フィリップとシュテファンの父シャールミンは摂政に反対され牢獄に閉じ込められたのに脱出して敵地に単身乗り込んで母国が戦争に巻き込まれようと構わず婚約者マリアを救いだし、ウルゴンヌの女王とし、敵を叩き潰して大国に発展させた。
両家の両親共に、風習に反して個人の自由意志を貫いた。
「お父様たちの事は非常時だから許されただけのことです。自分から申し込むだなんてはしたない・・・」
(僕からみるとセイラさんはかなり露骨に兄上を誘惑しているように見えますけどね・・・)
翠玉館に来た当初、大胆に胸を押し付けてフィリップと腕を組みたがるセイラをみてシュテファンはちょっと吃驚した。二人は両親の目の届かない所でもう出来てしまったのだとがっかりもしたが、そうではないらしいと住み込みで働いているナリンから聞いて勇気を奮い起こしたのだった。
セイラの立場からすると良家の子女である自分から父親に彼が欲しいと言い出すのはみっともない事だという自覚がある。その為、フィリップがその気になるよう仕向けるのが精一杯だった。
「セイラさんには済みませんが、待っていても兄上がセイラさんを欲する事はありませんよ。兄上はウルゴンヌではなくフランデアンに残って父上の跡を継ぎたいのですから」
「まさか」
セイラが一笑に付すのも理由がある。
フランデアン王の祖父、妖精の民の長老は200歳近い。
フランデアン王は母が純血の妖精の民だが、父親は歴代通りの王だった為、長老ほど長生きではなくとも100歳は確実に超えてフランデアンに君臨すると思われている。
フィリップがフランデアンに残っても王になれるのは100年以上後になってしまうかもしれずあまり現実的ではない
「セイラさん、セイラさん。本当にここだけの話で内緒にして貰えるならちょっとだけ耳を貸して貰っていいですか?絶対にセイラさんに無礼はしません」
「・・・仕方ないですね」
セイラは少しだけ躊躇ったがどうしても気になった。
シュテファンの話には何やら根拠がありそうだ。
「兄上は父上に似て厳格な性格です、それに妖精の民の血も僕より濃く発現しています。フランデアンの国民も兄上にフランデアンに残って欲しいと思っています。僕はこの通りセイラさんと大差無い普通の人間です。国民は僕にウルゴンヌ王になって欲しいと願っているんです」
妖精の民と日頃から親交深いフランデアン人にとってフィリップの方がベストの選択であり、寿命、民族的な問題からもウルゴンヌにはシュテファンが行くのが相応しいという判断だった。
「そうは思いません。お兄様はより困難な道を選ばれる筈です。早期に二重王国体制を解く事になるウルゴンヌには強力な支配者が必要です。それはシュテファンくんではなくお兄様の方です」
シュテファンは武芸に熱心ではなく、帝国やリーアン連合と直接国境を接し多くの問題を抱えているウルゴンヌには武人肌のフィリップの方が相応しいとセイラは考えている。
「兄上はあれで結構敵を作ってしまう性格ですよ。セイラさんも」
「私も?」
「ええ、イーネフィール家の家臣とウルゴンヌ王家の家臣はあまり仲がよくありません。ですがプリシラさんと母上はスパーニア戦役で匿われて以来子育てを共にして裏方で支え合ってきた中でとても良好な関係です。僕ら次世代に求められているのは家臣団の融和であって力でねじ伏せる支配者ではありません。違いますか?」
「う・・・」
セイラとフランツ兄妹には幼い頃から家臣達の願望が寄せられていた。
ウルゴンヌ王家よりも古く名誉ある家柄で、大領を抱えているイーネフィール公家が王家に跪くのは業腹だと、再びイーネフィール大公国として自立を果たしたい、それが家臣達の悲願である。
フランツの方はフランデアン貴族である父親の後を継ぐつもりで適当に聞き流していたが、大公女として母プリシラの後を継ぐ事になるセイラは折衷案としてウルゴンヌ王を自分の夫として迎え、自分の子供がウルゴンヌ王でありイーネフィール大公になれば良いと考えた。
「シュテファンくんの言う事はもっともですけれど、それなら私とフィリップお兄様が皆の融和に務めればいいだけです。私がそんな簡単に一度心に決めた相手を乗り換えると思ったら大間違いですよ」
セイラも何となく理屈の上ではシュテファンにウルゴンヌ王になって貰った方が統治は円滑に進むように思われたが、現実を突きつけられ、ならむしろそれを乗り越えて見せようと恋心は燃え上がった。
「まあ、やっぱりお嫁さんは年下の方がいいと思いますよ、シュテファンくん。貴方の勇気と優しさは好ましく思っていますけれど、私は伴侶となる男性は力強い人であって欲しいんです。貴方も姉のような私には強く出れないでしょう?じゃ、そういうことで諦めてくださいね」
セイラはお姉さんぶってシュテファンの額を小突いて部屋を出て行こうとした。
一度だけ振り返るとシュテファンは肩を落として見送っている。ナリンが見ているので仕方ない所もあるとはいえ、ここで強気に出れない男はやっぱり駄目だとセイラは見切りをつけた。
セイラが大広間に戻った所で新入生と話していたフィリップがまたその新入生を連れて戻ってきた。
「シュテファン!シュテファンはどこだ?留学予定の王子が二人まだ到着していない件で話がある!」
◇◆◇
シュテファンはここだよーと応接室から顔を出し、兄とレヴォン王子を招き入れた。さっそくフィリップは弟に問いかける。
「シュテファン、彼はアルシアのレヴォン王子だ。まだこちらに到着していない王子が海賊に捕えられて身代金交渉中だと彼に聞いた。お前、こっちに来る前に父上から何か聞いていないか?」
フィリップは慌てて弟に尋ねたのだが返答はあっさりしたものだった。
「うん、聞いてるよ。兄上には教えなくていいって」
「何故だ?私が東方圏の留学生のまとめ役を任されているというのに」
「そりゃー兄上が昔ダルムント方伯のお嬢さんを探しに勝手に他の国も巻き込んで捜索に出かけたからじゃない?」
「父上は私がまた勝手な行動を取ると?私を信用していないというのか?」
フィリップは憮然としたが、そう言われても仕方ない前科があり弟に問い詰めても仕方なかった。レヴォンの方はというと親戚とその友人が海賊に捕えられているというのに、それを知りながら何もいってくれなかったシュテファンを薄情に思った。
「ああ、レヴォン王子。済みませんがこの件は二人の王子の生命と二つの国の名誉がかかっています。海の上の事は帝国海軍に任せるしかありません。僕がここで何かいってそれが帝都に広まり、海賊との身代金交渉に影響が出たり、下手な刺激を与えたら二人がどうなるかわかりません。僕らは吉報を待って日常を送るしかないんですよ」
「それはわかりますが、フランデアンは出来るだけの事をして下さっていると思ってよろしいのですか?」
「僕は父上を信じています。兄上も父上を信じて余計な事はしないで下さいよ」
シュテファンは何事かと顔をのぞかせてきたセイラをちらりと見ながら兄を牽制した。




