第19話 帝都到着③
混雑している銀行でエドヴァルドはたっぷり1時間ほど待たされた。
暇つぶしにうろうろと見学している時、身なりのいい紳士が小銭を落とし座席の下に転がっていってしまい、それをエドヴァルドに拾ってくれるよう頼んだ。
「は?自分で拾えよ」
「いちいちしゃがむのが面倒だ。拾ってくれたらお駄賃に銀貨一枚あげよう」
「アホか。テメエで拾え!」
けっと吐き捨てたエドヴァルドに紳士がむっとしてしまい、面倒になりそうな気配を察したイルハンが椅子の下を覗きこんで金貨を見つけ、紳士に渡した。
気を良くしてお駄賃を渡そうとしたが、イルハンは断って先に行ってしまったエドヴァルドを追う。
「もー、口が悪いんだから」
「うっせ」
まだ病み上がりなので、ここらでいったん見学をやめて休憩しようと待合場所へ戻り、しばらくしてようやく窓口に通された。
「ご用件は何で御座いましょうか」
「口座の金を引き出したい」
「お客様ご本人様の口座でしょうか?」
「違う。委任状を預かってきた」
「では34番用紙にお名前と引き出したい金額を書いてもう一度お並び下さい」
「34番用紙?」
エドヴァルドは何のことだ、と聞く。
「案内係にお尋ねください。当行は円滑で迅速な業務遂行の為、お客様のご要望にあった最適な者を手配致します」
「また並ぶのか・・・」
「御用がお済みでしたら次の方」
受付嬢が次の客を呼んでしまったので仕方なくエドヴァルドは待合室で案内係に確認した。
「ああ、その用紙でしたら二階の24番窓口で代理人登録を行ってから用紙を受け取ってください。黄色い看板がありますからすぐわかりますよ」
エドヴァルドはいわれた通り、二階へ行きまた一時間並んで受付に通された。
「委任状はこれだ。俺の身分証明書はこれ、早く金を出してくれ。日が暮れる前に買い出しを終わらせて家に行きたいんだ」
朝一番で退院してきたがもう昼休みの時刻だった。
「お客様は初めてのご利用ですか?」
「見ればわかるだろ!」
苛立っているエドヴァルドはつい怒鳴ってしまったが行員は慣れっこのようで気にせず淡々と話を進めた。
「初回とのことですと当行にはお客様の身分証明書確認記録は御座いませんので、鑑定が必要になります。お急ぎとの事ですので委任状の鑑定も合わせて地下の49番窓口へお願いします」
「たらい回しか!最初からそう言え!」
エドヴァルドはレクサンデリの忠告も忘れてまたもや声を荒げた。
斧槍を持った警備員がじろりとエドヴァルドを睨んでいる。止める役目のイルハンは歩き疲れてソファーですやすやと眠っていた。
エドヴァルドは振り返った時に近くの紳士がイルハンに対して若干好色そうな視線を送っていたのに気付き、唸り声をあげて追い払った。
「お客様、申し訳御座いませんが本人確認は厳重に行うように金融庁から指導が入っております。わたくし共は公正で安全な取引を行うべく手続きは厳正に行っております。これもお客様の大切な預金を守る為で御座います」
口惜しがってもエドヴァルドにはどうにもならなかった。
仕方なくイルハンを俵のように担いで地下に降りていった。
49番窓口に居る筈の鑑定用に雇われている魔術師は昼休憩中の看板を出して窓口を閉ざしていた。エドヴァルドは警備員にいつ戻って来るか尋ねてみる。
「爺さんは食事の後昼寝を取るから二時間後か、三時間後だぞ」
「銀行が締まるのは何時間後だ?」
49番待合室で待機している紳士淑女たちを眺めてエドヴァルドは暗い気持ちになりながら尋ねた。
「四時間後だ。並べばぎりぎり間に合うと思うぞ」
「今日中に金を引き出して、市内で買い物を済ませてアージェンタ市の家に入れると思うか?」
「そりゃあ無理だ。鑑定には一週間かかる。今日は申し込みだけだ」
警備員は笑い、エドヴァルドの中で何かがぷちん、と切れた。
「さっさと金を出せ!」
キレやすい少年だった。
◇◆◇
暴れたエドヴァルドは銀行強盗扱いで警備員に逮捕された。
さすがに皇家のひとつが運営している銀行の帝都本店だけあって高名な元剣闘士だの、騎士崩れだのが雇われていてまだ怪我が治り切っていないエドヴァルドでは簡単に取り押さえられてしまった。
イルハンが自分達はレクサンデリの知人で外国の王子で、不逮捕特権もあると説明するとレクサンデリを呼んでくれて彼に身分を保証してもらい解放されたが、いくら王族の不逮捕特権を持っていても現行犯で暴行を加えていたとなると取り押さえられても仕方ない。
「だから言ったのに。彼らも仕事なんだよ」
「申し訳ない・・・」
エドヴァルドは穴があったら入りたい思いでレクサンデリに詫びた。
「手続きはさせておくが、委任状のインクに使われている本人の魔力の波長の照会には時間がかかるのは本当だ。手持ちは無いのか?」
「無いです。渡航の際に有り金全て使ってしまいました」
迷惑をかけた上、レクサンデリの方がずっと年上だった事もあり、エドヴァルドも敬語を使うようになった。
「さて、ここに高利貸しで有名なアルビッツィ家の御曹司がいるわけだが、君はいくら借りたい?」
◇◆◇
エドヴァルドは仕方なくレクサンデリから当面の生活費を借りてツェレス候の屋敷に向かった。
「何だかお化けが出そうな森だね。ほんとにこんな所に住むの?」
ツェレス候イザスネストアスの館があるナツィオ湖畔の森はアージェンタ市の鬱蒼と茂った森の奥にある。街道から外れ泥沼のようになった道があり、レクサンデリに手配して貰った馬車はそれ以上進めなくなってしまい、待たせておいてから二人だけで森の奥へ進んだ。
「まあ、亡者の島の領主に与えられた土地だからな・・・」
鹿が何かが警戒してぴゃっと鳴いた声がして、イルハンはびくっと震えエドヴァルドの腕にしがみついた。
「地獄の島のツェレス候かあ・・・」
長年帝国に仕えた宮廷魔術師の領地は唯一信教によって破壊され人の住めない呪われた土地となった。皇帝と帝国政府はツェレス候を慰める為、特別に帝都の小さな森を分け与えた。それがツェレス候の今の領土全てである。
森の中の泥濘を20分ほど歩いてようやく屋敷の門に着いた。
エドヴァルドが満足に歩ければ、もっと早く着いただろうがそれでも聞いた話より大分遠い。学院に通うのに便利な家では無かったのだろうか。
ようやく辿り着いた屋敷を囲む外壁は半ば崩れ、正門には茨が絡みつき庭は雑草だらけ、門の向こうに見える館は上層階が崩れて天井も外壁も無いボロ屋敷だった。
当然誰も管理していない。
館の敷地に隣接して湖があったが、酷く澱んでおりツェレス候の館をさらに不気味に際立たせていた。
「あのクソ爺!何が学院に近くて通いやすい屋敷だ!ただの廃屋じゃねーか!!」
エドヴァルドは怒りと共に正門を蹴り破った。
実は門自体に人払いの魔術がかけてあったのだが、この一撃で完全に破壊されてしまった。
数十年後、とある少女が結界が破壊されていた為に困った事になるのだが、それはまた別の話。




