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荒くれ騎士の嘆き歌  作者: OWL
第五章 蛍火乱飛~前編~(1430年)
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第18話 帝都到着②

うっかり『第十六話 エドヴァルド対海賊』を飛ばして投稿していたので、再投稿しています。

失礼しました。m(__)m

 エドヴァルドが入院している病院へイルハンが見舞いにやってきた。

ちょうどその時、エドヴァルドは暇つぶしに新聞を提供して貰って読んでいた。


「エディ、もう退院できるってホント?」

「ああ、もう日常生活に支障はない」


もともと虜囚生活で体が弱っていた所に大怪我をしていた為、病を発して退院は長引き五月の下旬になってしまっていた。エドヴァルドは起き上がって屈伸したり上体を伸ばしてみせたが、傷が引きつって顔をしかめた。


「まだ辛そうだけど」

「学院には通える」


バルアレスの大使は何も口添えしてくれなかったが、トゥラーンの大使がイルハンから少し遅れたに過ぎないのだからこのまま今年からの入学を許してもいいのでは、と理事達に説いて回ってくれている。エドヴァルドもさっさと自宅を構えて入学手続きをしたい。


「えへへ、父上におねだりしちゃった。エディは命の恩人だし一緒がいいって」


帝国政府はトゥラーン隣国のバスターキンに指示して転移陣を使わせトゥラーンの国王を特別に帝国に招待した。トゥラーンは自前の大使館すら設置できず、フランデアンの厚意で業務をフランデアン大使館内の一室で間借りさせて貰っているほど困窮していた。帝国は一時期国家待遇から外そうかとさえ検討していたが、今回はせっかく救出したので利用する事にしたようだ。


招かれた国王は身代金を払えなかった事を息子に詫びた。


「良かったな。親父さんのこと」

「うん、帝国政府にも大使館とボクの下宿先まで手配して貰っちゃった」

「まあ、帝国軍の活動を誇示したかったんだろうけど」

「かもね。でも有難く受け取っておくよ」


分断統治が帝国の基本戦略なので例外はあれども小国を支援し大国と対抗させて競わせる傾向にある。バルアレス王国は規模自体はそれなりにあるせいかエドヴァルドには何の恩典も無く露骨に差別されていた。


「この記事もさ。帝国海軍の活躍ばかり書いてるけど、俺らが内部から連中を混乱させてた事書いてないじゃないか」

「あはは。そうだね。割と海軍の船も沈没してた気がするけど大勝利だって報じてるみたい」


帝国政府は海軍の軍艦が老朽化し、弱体化している事を隠す為損害については触れずに王子を二人とも無事に救出した活躍を強調していた。


「ま、いいや。行くか」


エドヴァルドは愛用の棍を杖代わりにしたが、少し違和感があった。

入手した頃よりもう大分時間が経ち、背も伸びているので短く感じたのだ。

イルハンは怪訝な顔をして問いかける。


「もう?やっぱりまだ調子悪そうだけど」

「もう出ないとこれ以上は入院費用がかかる」

「じゃあ、良かったらうちに来る?」


イルハンは既に通学を開始しているが、毎朝馬車で送って貰えるのでエドヴァルドも一緒に住んで貰えればと期待した。


「迷惑がかかるからそうはいかないよ」


牢にいた時と入院中にお互いの身寄り話をして今はイルハンもエドヴァルドの事情を全て知っている。何度断られてもしつこくイルハンは誘ってみたが返事はいつも同じで肩を落とした。それでもなおイルハンはエドヴァルドを助けようとしていた。


「馬車まではボクが支えていくよ」

「じゃあ、世話になるか」


エドヴァルドはイルハンの肩を借り、主治医や世話になった人達に礼を言ってから病院を立ち去った。治療費用は帝国政府がもってくれたので助かった。


 ◇◆◇


 帝国の在留許可証や身分証明書はシクストゥスのおかげで入院中に発行して貰えたが、現金を銀行から引き出すのは委任状を持って行かなければならなかった為、エドヴァルドは市内を巡回している馬車に乗りヴェーナ市の金融街に向かった。


途中、馬車の中でエドヴァルドは外をみて顔をしかめる。


「なんか妙に人の距離が近く無いか?恰好もはしたない」


人前で堂々と腕を組んで歩いている男女も多い。

前に怒られたので破廉恥な!と非難はしないが、女性が三歩後ろを歩いてついていくような文化圏から来た少年にとっては驚きの連続だった。


「だから、そういうことこの国で言っちゃ駄目なんだってば」

「わかってるよ。イリーにだけだ」

「ん?そう?ならいいや」


道中で口を酸っぱくして注意した事を守って貰えなかったのでイルハンは一度怒って見せたが、一応話は聞いてくれていて人前では慎んでくれるらしいのですぐに機嫌を直した。


「にしても服装もなあ。裕福そうにみえるのに娼婦みたいな恰好して。おばさんも若い娘も・・・」


気温はまだそれほどでもないが、そろそろ日中の日差しは熱くなり始めたので肩やら胸元が少々開いている衣服の人々も多い。侍女の日傘を差させて歩いている貴婦人もいる。

後にエドヴァルドは貴族の女性が一人で自由に街中を散策する事も多いと聞いて驚いた。


「はいはい、すぐに見慣れるよ。だいたいエディの国の女性だって服の生地が薄すぎて透けて裸同然に見えるよ」

「む」


複雑な想いがある故郷だが、他人に悪く言われると不愉快になる。

 

「蒸し暑いから仕方ないんでしょ。わかってるよ、もう。こっちの国の人も裸人教とかいうのが流行ってて肉体美を誇る傾向にあるんだって。体にぴっちりした服とか下着みたいな服だとか、でも、そこまで過激なのは一部の人だけだよ」

「あー、そういえばうちの国にも小さい頃近所にすっぱだかのおじさんがいたなあ・・・。自分を神だとか言ってた。裸人教とやらも似たようなもんか」

「え、なにそれ。危ない人?」


イルハンは目をぱちくりさせる。


「自分はトルヴァシュトラの生まれ変わりとかいってて何も着ないで全裸で街中歩いてた」


いくら暑くても全裸で街中を歩いてる男は見た事が無い。

そう聞いたイルハンはぷっと吹き出す。


「なにそれ。こっちの人よりおかしいじゃん。逮捕とかされなかったの?」

「その前に死んじまった」


神の力を見せてみろと煽られた結果、闘技場で蛮族に叩き潰されて死んだくだりをエドヴァルドは語った。


「なんだ。生きてたらどうして自分を神だと思ったのか聞いてみたかったな」

「なんか周りがいろいろ聞いてたがどれも否定されてたぞ。雷に撃たれたけど平気だったと言い張っても稀にそんな人もいるんだとか。神について知っている事を話せと言われて神々は神喰らいの獣から逃げる為に石像になったとか他の生物に乗り移ったとか知ったかぶって適当なでまかせ言ってたな」


それを聞いたイルハンは少し真剣な表情になった。


「ええ?その人ひょっとしたらただの狂人じゃないかもね」

「どういうことだ?」

「ボクの国にもそういう伝承があるんだよね。窮地の神々が動物に姿を変えたとか石像になったとか。昔唯一信教の人が聖像破壊運動をしてたのも偶像崇拝が嫌だったんじゃなくて石像の中にいる旧神達を殺そうとしてたんじゃないかってボクの国じゃ噂してた」


イルハンの国は外海側の東海岸中央部の為、古代帝国の攻撃対象にはならずに多くの伝承が残されていてバルアレス王国よりもその手の情報は豊富だった。


「へぇ、イリーと会って話させたら面白かったかもしれないけどもう死んじゃったからな」

「本当の神様だったら肉体は滅んでも別の生物に乗り移ってまだどこかで生きてるかもよ?神は不滅なりっていうでしょ」

「なんだそりゃ。神様っていうより幽霊みたいだな」

「そういわれてみると死人と神様って何が違うんだろうね?」


帝国でも初代皇帝スクリーヴァは死後、神となったと言われている。

では、神とは死者のなれの果てなのか、死の超越者とは何か、イルハンは疑問を呈した。


「お、いうじゃん」


エドヴァルドは神に対して意外になかなか不敬な事をいうと思って冷やかしたが、イルハン的にはそれほど不敬な言い様では無かった。


「うちの国の守護神は生と死の両面を司る神様だからね。風の神々だって破壊と創造を同時に司るじゃない?・・・あっそろそろ金融街みたい」


途中停車はあったが、馬車で30分以上揺られ続けてやってきたので広いヴェーナ市の中でもだいぶ内陸の貴族街付近にまでやってきていた。


「病院もデカかったが、銀行も凄いな・・・想像以上だ」


下りてすぐに銀行の建物があったが、天を仰ぎ見るようにしなければてっぺんは見えなかった。建物自体が芸術品のようにあちこちの壁や柱にも意匠が凝らされている。田舎者丸出しですっげー、すっげーと感動して連呼するエドヴァルドの裾をイルハンは恥ずかしそうに引いた。


「ここ、アルビッツィ家の銀行みたいだけど大丈夫なの?高利貸しで有名だけど」


イルハンは銀行の正面玄関に飾られている黄金の鐘を見て心配した。

記念碑があり説明文が彫られていた。昔、市場を開く合図に使われたものでアルビッツィ家の記念の品らしい。


「借りに来たんじゃない。引き出しに来たんだ」


エドヴァルドは心配するなと肩を叩いてやった。

そこに通りすがりの男女がやってきて男の方が口を挟んできた。


「それなら安心だ。ウチはお客様の預金は皇帝陛下の命令でも供出しない。ちゃんと利子を付けてお客様にお返ししますよ」

「わっ」


突然かけられた声にイルハンが驚いた。それから相手の服装を見てさらに慌てて頭を下げる。


「ご、ごめんなさい」

「いいんだ。ちなみに庶民からは暴利を貪らないよ。どこで高利貸しだなんて聞いたのか知らないが」

「いや、その・・・」


やたら恐縮しているイルハンをエドヴァルドは疑問に思って小声で尋ねた。


「どうした。なんか怖い奴なのか?」


尋ねられたイルハンは肘でエドヴァルドの横腹を尽き、視線で銀行の扉にある紋章を指した。


「ん?」

「もう!鈍感だなあ。アルビッツィ家の御曹司レクサンデリ様だよ!」


エドヴァルドはいわれてようやく少年の服にも同じ財宝の紋章がある事に気が付いた。


「ああ、皇家のお坊ちゃんか」

「し、失礼だよ!彼は将来皇帝になるかもしれないんだよ?」

「でもあんまり強そうじゃないぞ」

「皇帝は別に強くなくたっていいんだってば!エディは将来帝国騎士になりたいんじゃなかったの!?」


イルハンは冷や汗をかきながらエドヴァルドの口を黙らせようとした。

唯一の友人であり、命の恩人の将来がこんな所で潰えてしまうのは忍びない。


「はっはっは、まあいいさ。トゥラーンの王子にバルアレスの王子達。同じ学院生徒になるんだろ?」


レクサンデリは鷹揚な所を見せてイルハンを安心させた。


「ところで、バルアレスの王子がうちに口座を持っていたなんて驚きだな。東方にはあまり出店していない筈だが」

「俺の口座じゃない。シセルギーテの口座だ」

「そうか、なるほど。じゃあ委任状は持っているかい?」


エドヴァルドは黙って委任状を取り出してみせた。

レクサンデリはひとつ頷いて気の毒そうにいった。


「この手の手続きはかなり時間がかかる。よければ口を利いてやろうか?」

「必要無い、正規の手続きを踏む。お偉いさんにズルして貰う義理はない」


エドヴァルドは余計な事をするな、とぴしゃりと断った。イルハンはまた失礼な態度で、と嘆く。


「そうか。じゃあ頑張り給え。忠告はしたから怒って暴れないでくれよ。行くぞジュリア」


レクサンデリは気を悪くした風もなくその場を立ち去った。

女性は一度寂しそうに金の鐘を見上げた後レクサンデリに大人しくついていった。


「わっ!」

「今度は何?」


突然叫び声をあげたエドヴァルドにそろそろ慣れてきたイルハンは呆れた声で尋ねる。


「見たか!男女が人前で手を繋いでるぞ!!」


レクサンデリが遅れがちなジュリアの手を引いていたのをエドヴァルドは見とがめていた。


「またあ?恋人なのか、侍女なのか知らないけどそういう関係なんでしょう」

「庶民ならともかく皇家のお坊ちゃんなんだろ?」


エドヴァルドの大声に何かと足を止めた通りすがりの女性の一団の中で、特に背の高い女性がプッと笑って去って行く。イルハンは自分も笑われた気がして恥ずかしく思い、エドヴァルドの手を引いて銀行に誘う。


「もう、恥ずかしいなあ。早く入ろう。あ、ボクと手を結ぶのはいいんだ?」

「ん、ああ・・・ダチだからな。それより今日は女状態なのか?」


イルハンは小声でそうだよ、と耳打ちした。

といっても外見上はあまり差がないのでエドヴァルドはイルハンに異性を感じずむしろ遠ざかる女性貴族の一団を眺めていた。


「どうかした?」

「この国は建物も女もでかいなあ・・・でも綺麗だなあ」


エドヴァルドは憧れの目で女性達を眺めていた。

一際背の高い女性を見つめていたが、間に他の女性が入ってしまった。

最後尾の癖っ毛で黒髪の背が低い女性が振り向いて、エドヴァルドに気が付く。

すると目が合ってエドヴァルドも我に返り、銀行の中に入っていった。


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2022/2/1
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