第17話 帝都到着
新帝国暦1430年5月の半ばエドヴァルドは帝都の軍病院に入院していた。
イルハンはふくらはぎに刺し傷はあったものの命に関わるような怪我は無く、エドヴァルドの方は全身に無数の傷を負って病床に伏していた。
救出した艦隊の軍医は近くの島に預けて療養させようとしたが、入学を急ぐ二人は断って帝都まで移送してもらいそこの病院に入った。
その病院にシセルギーテの知己であるシクストゥスという近衛騎士が知らせを受けてエドヴァルドの見舞いにやってきた。
「到着が遅いと心配していたが、まさか海賊に捕えられていたとはな」
「心配をおかけして済みません。まだ入学には間に合いますか?」
「もう今期は始まってしまっている筈だが、数週間程度の遅れならどうにでもなるだろう。提督からも随分な活躍だと聞いている。皇帝陛下に頼むまでもないだろうが功労者に融通くらいは利かせてくれるはずだ」
シクストゥスはそういって海賊退治に貢献した事を褒めた。
「海賊風情を蹴散らしたって自慢になりませんよ。腕の立つ奴はほとんどいませんでした」
「だが、頬にいい傷を貰ってるじゃないか。これは痕が残るぞ」
エドヴァルドの頬には下から上に切り上げられたような傷が残っていた。
背中にも重傷を負っていたり、全身の傷口から黴菌が入り、まだ熱で苛まれている。
「まともな立ち合いなら問題ありませんでした。いきなり向こうが転がっていた槍の端を踏んで跳ね上げた所に突っ込んでしまって・・・」
「ははあ、なるほど。ああいう手合いは手段を選ばず暗器を使うし、身近なものならなんでも使うからな。意表をつくような戦いをされるとこちらも生身の人間だから死ぬときは死ぬ。気を付けろ、お前も帝国騎士になるならそういう手合いとの戦いにも慣れて学んでおかなければならんぞ。こちらも手段を選ばず勝たなければならん」
エドヴァルドには勝利が全てだとかそういう考え方は無かった。
軍神トルヴァシュトラの神官達は戦いこそが本分であり結果は気にせず戦士の本分を尽くす事を説く。軍神というより武神や闘神の考え方だった。
他の地域の軍神は兵法の神でもあり、如何に軍を導いて勝利するかを説く。
「帝国騎士はもっと名誉に生きるのだと思っていました」
「陛下の近衛騎士ともなればさすがに名誉ある戦いを心掛けなければならないが、帝国騎士の普段の務めは蛮族や魔獣退治、反逆した貴族の征討、街道の見回りとかそんなものだ。堕落した騎士を討ちに行く事もあるし、山賊だの裏社会の用心棒と戦う事もある」
全身を魔力で覆われた甲冑を来ている魔導騎士は鎧の魔力が剥がされない限りそうそう傷を負う事は無いが、生身の時は別だ。軽装を好む魔導騎士もおり、軽装時や鎧を脱いでいる時は虚を突かれ魔力を展開していない状態だと一般人同様に命の危険はある。
「意外と何でも屋なんですね」
「そうだ。騎士崩れが護衛に雇われている事もあるから普通の兵士では束になっても敵わないような相手を始末しに行く事も多い。綺麗に戦おうとしても相手は手段を選ばない、死にたくなければ敵に学べ」
エドヴァルドは答えなかった。
シセルギーテは母の事は気にせず自分の人生を生きろと言った。
しかしエドヴァルドの子供の頃からの思いとしては、兄達と王位を巡って争う気など毛頭なく、将来立派な武人になって母に喜んで貰う事くらいしか頭に無かった。だが、今となってはその母が元通りになるのは絶望的に難しい。
死にたくなければ敵に学べといわれても、エドヴァルドはむしろ戦って死にたいくらいに考えている。できればより強く強大な相手と名誉ある戦いで死にたい。
あの世で母に誇れるような死に様を遂げたい。
そんなことを考えていたエドヴァルドに対しシクストゥスは話を変えてプライベートな質問をしてきた。
「ところでシセルギーテは元気か?実はもう結婚してたりしないのか?」
急な問いかけにエドヴァルドは怪訝な声を上げる。
「・・・はあ?」
シクストゥスはやや顔を赤らめてエドヴァルドに問うた。
「どうなんだ?」
「師匠に男なんかいませんよ。あの図体じゃ釣り合う相手はそういません」
東方系の民族は大半が小柄である。南方圏ヴァルカの民は東方の諸民族よりは大柄だったが、シセルギーテは中でも突然変異的にかなりの大柄でがっしりとした体型を持っていた。
そんなシセルギーテはバルアレス王国ではあまり女性扱いされていなかった。
「なんだ。そりゃよかった。東方の男は見る目がないな。彼女の美しさがわからんとは」
「・・・師匠が美人?」
「ああ、美しいとも。スーリヤ殿の舞も見事だったが、シセルギーテの剣舞も美しかった。時々任地で夜に特別に舞ってくれた事ががある。学院にいた頃はスーリヤ殿の為にしか披露してくれなかったんだが、帝国騎士になってからは俺の為に舞ってくれたんだ。脈があるとは思わんか?」
エドヴァルドの記憶を辿って思い返してみたが、シセルギーテが舞い踊る様子はあまり記憶にない。シセルギーテとは二人で母の舞を鑑賞したり、楽器を演奏をする事が多かった。
昔、軍務から戻ってきたシセルギーテがスーリヤと共に舞っていた事があるような気がしたが、その頃の記憶は幼過ぎて薄れている。だが、悪い記憶では無かった。
「まあ、確かに」
「おお、お前もそう思うか!」
シクストゥスは嬉しそうにいった。エドヴァルドが同意したのはシセルギーテの美しさであって、脈があるかどうかでは無かったが勘違いされたようだ。
そもそもシセルギーテの口からシクストゥスの話を聞いた事が無い。
おそらく脈は皆無だろう。
そんな事は知らずにシクストゥスは上機嫌でとりあえず学院には途中入学が間に合うか聞いておいてやるといって去って行った。
◇◆◇
夕方になり、エドヴァルドの病室の窓を誰かが叩いた。
『エドヴァルド、エドヴァルド』
なんだ、と起き上がると見覚えのある鳥が窓際に留まっていた。
エドヴァルドは窓を開けてやったが、その使い魔は部屋には入らずその場で喋り始めた。
「イザスネストアス老師?」
『そうじゃ。無事帝都に着いたか』
「ええ、何とか」
『儂はミリアムと外国に調査に行っているからお前に便宜は払ってやれん。儂の館を自由に使ってよいから自分で何とかしろ。そこにいくつか本がある筈じゃから教えた魔術を忘れんようにせい』
「分かりましたが、わざわざそれだけの為に使い魔を?」
『ギルバートが連行されたと聞いて確認しに来た。お主には関係ない・・・これでバルディ家も終わりか』
「バルディ家?」
『なんでもない。・・・どんな時も希望を捨てるなよ、エドヴァルド。スーリヤ殿はまだ戦っている。儂らも諦めはしない。母を大事に思うなら立派な騎士になって快復を待て』
使い魔はそう言い残して飛び立っていった。
魔術師が手を加えて品種改良を施した魔獣でもある使い魔は隼よりも速く、あっという間に姿が見えなくなってしまった。
エドヴァルドは狐につままれた思いで使い魔を見送った。




