第16話 エドヴァルド対海賊
2020/12/1
うっかり第16話を飛ばして投稿しておりましたので編集して修正しました。
エドヴァルドは足を引きずってついてくるイルハンを庇いながら前進し出会う海賊は片っ端から殴り倒し、途中で海賊の持つサーベルを奪って切り倒していった。
が、どうも馴染みのない形状の刃がしっくりこない。
「どうも刃が反りすぎてやり難いな。素手の方がマシな気がする」
切ってもなかなか一撃では絶命させられないので、止めをさす手間が面倒だ。
魔力を込めて殴れば一撃で昏倒させられるのでその方が早い。
「エディ、海賊はたくさんいるんだから力は温存しないと」
「ん。そうだった」
エドヴァルドはヨハンネスとアルシア騎士との戦いからマナを浪費すると一般人相手でも危険を招くと学んだ。怒りに任せて魔力を全開にしないように無駄な動きを避け、急所を狙って敵を切り倒し、ラザフら仲間だった水夫を解放していく。
「皆離れるなよ、武器を拾って後ろを警戒してくれ」
「はい、有難うございます。エドヴァルドさん」
エドヴァルドにとって水夫達は足手まといであったがイルハンを守る為の弾避けにはなった。ここから脱出するのに水夫が必要なので出来る限り守ってはやったが海賊達との戦いで数人は死んでしまった。
洞窟内はかなり広く、人工的にさらに広げられて奥には大空洞があった。
そこには船着き場があり海賊達は慌ただしく乗り込み始めていた。
「なんだ?いったい。逃げる気か?」
エドヴァルドが引き起こした騒ぎで海賊も慌ただしいのかと思ったがどうも違う。
海賊の大半はエドヴァルドの実力を知らない筈であり、知っていても腕に自信のある海賊が少年や痩せこけた虜囚相手に怯えるとは思えない。
岩陰に身を潜めて眺めていると海賊は次々と乗船して出港していく。
あちこちの通路からはまだまだ海賊が出てきて乗り込んでいった。
「わからないけど、行くだけ行かせちゃおうよ。ボクらには小舟が一艘あれば十分だから」
海賊を全員ぶち殺してやりたかったエドヴァルドだが、イルハンの進言には同意せざるを得なかった。エドヴァルド一人で何百人も切り倒すほどのスタミナもマナも無い。
「わかった。あそこにちょうどいい大きさの船があるから静かになったらあれを奪おう」
水夫達も同意して一同は後ろに警戒しながら大空洞の荷物置き場に隠れた。
エドヴァルドは辛抱強く待ったが、杖を突きながら歩いていく一人の海賊を見つけた。
ウォレスだ。
エドヴァルド達を海賊に与していた町に誘導した男である。
エドヴァルドにしがみついていたイルハンもあの男を発見した時にびくっと身を竦ませていた。他の海賊を見た時とは違う、今まで気丈に振舞っていたのに目を伏せてエドヴァルドの陰に隠れようとしていた。
エドヴァルドは安心させるようにイルハンの背中を叩き深くは聞かず、小声でここで待ってろと伝えた。
「どうするの?」
「大きな船はもう一隻だけだ。そろそろ出て行って薙ぎ倒してやる。あいつもな」
エドヴァルドは水夫達にイルハンを頼み、ウォレスの方に一人でこそこそと近づいて行った。
◇◆◇
ウォレスは最後の一隻に乗り込もうとしていたのだが、その船はもう波止場との間のかけ橋を外して櫂をせり出していた。今にも漕ぎ始めて出港しようとしていた為、取り残されたウォレスや他の海賊らは抗議の声をあげている。
「おおい、待て!俺達を置いていくのか!!」
「うるせえ!待ってろノロマが!!寄るんじゃねえ!!」
戻って来るんだろうな!?と取り残された海賊は怒鳴っているが、船縁が高すぎて飛び移る事も出来ない。抗議している海賊の中に一人だけ高い声の者がいてエドヴァルドはどうやらそれが女海賊らしいとあたりをつけた。
あいつも復讐の対象として顔を覚えたが、まずはウォレスだ。
船が完全に出港してしまうと隠れる必要もなくなったのでエドヴァルドは出て行ってウォレスに声をかけた。
「よう、しばらく振りだな」
「げっ、お前。どうやって出てきやがった!」
他の海賊二人がエドヴァルドにシミターを抜いて襲い掛かって来たが、あっさり斬り伏せた。ウォレスの方はもともとエドヴァルドの力を知っていたので慌てて後ずさっていく。
「命を助けてやったのに、よくも裏切ってくれたな」
「家族も同然の仲間を皆殺しにしやがったくせに恩着せがましいんだよ!」
「ふーん、家族ね」
エドヴァルドは遠ざかっていく船に目をやって冷やかに笑った。
ウォレスは舌打ちしたが、勝ち目無しとみて下手に出て来た。
「な、なあ。この杖お前のだろ?返すからよ、もう一度だけ見逃してくれよ。俺達はもともと海賊稼業を止めて解散するつもりだったんだ。今日もな、解散集会を開いてお宝を山分けする筈だった。残ってるお宝は全部お前にやるからさ」
「馬鹿か、お前?そんなもんお前を殺して全部奪うに決まってるだろ。譲って貰う必要なんかない」
エドヴァルドはシミターを担ぐように肩にトントンと当ててせせら笑う。
「まあ、そういうなよ。仲間はな、すぐに戻って来るんだ。あちこちの頭領が集まって来てるんだぜ。帝国海軍なんかすぐに追い払ってみんな戻って来るんだぞ?何百人いると思ってんだ?勝てるとでも?ほら、これ返してやるからよ」
エドヴァルドは別に海賊が戻って来て戦って死んでも構わなかったが、イルハンは安全地帯に届けてやりたかった。ウォレスはそれなりに顔役のようだから人質に取っておいてもいいかもしれないと思い直す。
いったん愛用の棍を受け取ろうと手を伸ばしたが、それはウォレスの罠で隠し持っていた短剣を投げつけてきた。
「くっ」
ぎりぎり躱したが、額が浅く切り裂かれ血が目に入る。
その隙にウォレスは海に飛び込んで水路を泳いで行ってしまっていた。
エドヴァルドは咄嗟にシミターを投げつけたが外れてしまい、ウォレスは片足がまだ万全ではないのに器用に泳ぎ去ってしまった。
「畜生!」
エドヴァルドは地団駄を踏んで悔しがる。
「エディ!もういいから逃げよう」
「待て、まだアイツがいる。お前達はいつでも逃げられるように小舟を準備してろ」
エドヴァルドは怯えて逃げ去った女海賊の後を追った。
◇◆◇
「エディ!待って!待ってよ!!一人じゃ危ないったら」
「待ってろといったのに」
エドヴァルドは入り組んだ洞窟で女海賊を追いかけて行ったが、イルハンも大空洞に残らずについて来てしまった。
「エディの傍が一番安全だよ」
「む。それもそうか」
じゃあ、一緒に行こうという事になったが、エドヴァルドはかなり疲弊しているし、イルハンもそうだ。女海賊は洞窟内の自然を利用した岩階段を登って行ってしまって追跡にはかなり苦労させられた。
「ようやく、追い詰めたぞ」
辿り着いた先は見張り用と思われる部屋で壁には大きな空洞があり海が見渡せた。
その見張り用の穴からは救助に来てくれた海軍と海賊が戦っている模様も見て取れる。
女海賊は飛び降りようかと下を覗き込んだが、下は岩場でとても海までは飛べそうになく振り返ってエドヴァルド達に媚びたような笑みを浮かべて来た。
「ね、ねえ。見逃しておくれよ。あたしは連中に捕まって海賊の仲間になるしかなかったんだよ。本意じゃなかったんだ」
「俺の知った事か。お前を殺すのはイリーを女だといって海賊共に突き出したのが理由だ」
少年の中ではもう自分を殺す事は決定事項だと知って女海賊は動揺する。
「あたしは無抵抗なんだよ?武器だって持ってない。捕えてあの海軍に引き渡せばいいだろ?」
「海賊は全員現地で縛り首だ」
それが海の法というものだった。
有名な海賊の首領であれば逮捕して見せしめに晒す事もあるが、海上では船長に裁判権が与えられており、基本的に現地で死刑となる。そして適当な岩場に打ち捨てるか、吊り下げたりして目立つようにし航路上から見えるような場所で見せしめにする事もある。
エドヴァルドは先ほどシミターを投げ捨てて、棍しか持っていない。女海賊はこれから自分が撲殺されると思うとさらに猫撫で声で媚を売って来た。
「待ちなよ、あたしは女なんだよ?無抵抗の女なんだ」
「イルハンもそうだった。覚悟を決めろ、見苦しい」
エドヴァルドも戦士でもない女を自らの手で殺したくはない。
が、こんな連中は直ぐに手のひらを返すという事をつい先ほど学んだばかりだ。
エドヴァルドが殺意を固めて近づいていくと女海賊は突然ボタンを破って強引に服の前を開いた。
「み、見なよ。あたしは妊婦なんだ。お腹に子供がいるんだ。だから殺さないで。ね?帝国だって妊婦の死刑は禁止してる。知ってるだろ?」
「知らん」
確かにお腹は膨らみ始めていて、妊婦らしいがエドヴァルドは帝国の法律についてまだきちんと勉強していなかった。胎児に罪はない為、妊婦を処刑すると処刑人が殺人罪に問われる事になり妊婦と知ったうえで処刑は出来ない。
「エディ。ほんとだよ」
一方イルハンの方は留学前にきちんと予習していたので知っている。
「そうか。まあ関係無い。全部こいつが悪い。俺の知った事か」
そういって強がったが、エドヴァルドにも躊躇いはある。
女海賊もエドヴァルドの瞳に躊躇いの色をみて、跪いてさらに哀れに振舞い「お腹の子供だけは助けて」と命乞いをして泣き始めた。
「エディ。やっぱり良くないよ。赤ちゃんは悪くないんだから」
「そうだよ。エディくん。ね?帝国に引き渡しちゃえばいいだろ?アンタだって自分の手を汚したくはないだろ?」
女海賊も嵩にかかって説得してくる。
だが、初対面の海賊女にイルハンにしか許していない愛称で呼ばれた事に苛立った。エドヴァルドは躊躇いを出来るだけ押し殺し女海賊に尋ねた。
「お前さ。ひょっとして今までにもそういって女であることを利用して逃げて来たんじゃないのか?」
「え?」
「今回だけか?なんでお前みたいな頭の悪そうな海賊が帝国の法律に詳しいんだ?前にもそういって妊婦なのを利用して逃げたんじゃないのか?なんで最初から妊婦だって言わなかった?仲間が帝国に勝って戻って来るのを期待しているんじゃないのか?海賊にいいように利用されてたんなら港町の娼婦みたいな恰好してる方が相応しいだろ?その恰好はなんだ?」
ウォレスに誘導されて入った港町にはそういう女がいた。
しかし目の前の女海賊の恰好は戦う人間のソレだ。
腰には剣帯もある。どこかで捨てたのか奪われたのかして今は剣がないだけだろう。
エドヴァルドが立て続けに問いかけていくと女海賊の顔から涙が引いて行き、表情も強張る。
「図星か。やっぱり俺が殺す、・・・お腹の子供が本当に大切なら抵抗してみせろ」
エドヴァルドは軍神トルヴァシュトラに小さく祈りを捧げて棍を強く握りしめた。女海賊は怯えて後ずさり戦おうとする気配はない。
「駄目だよエディ。それだけは駄目。お願い、止めてよエディ。ボクそんな事望んでないよ」
イルハンは哀れみの心の方が勝ち、エドヴァルドを必死に止めた。
エドヴァルドはそんなイルハンを突き放した。
「見たくないならお前は先に下りてラザフ達と合流しろ」
エドヴァルドはイルハンの手を取って強引に階下へ誘導して、また見張り部屋に戻った。
階下で待っていたイルハンはその後、つんざくような悲鳴を聞き両手で耳を塞いで縮こまった。しばらくして暗い顔をしたエドヴァルドが下りてきて「行くぞ」と声をかけた。
「ほんとに、こ・・・殺しちゃったの?」
「お前は知らなくてもいい」




