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荒くれ騎士の嘆き歌  作者: OWL
第五章 蛍火乱飛~前編~(1430年)
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第15話 帝国艦隊対海賊艦隊

 この世界の中心にある大きな半島に帝国があり、その東西は海に囲まれていた。

東側をイレス海、西側をサプレス海といい、あわせて内海という。

内海の東側と西側は帝国本土と南方圏との間には海峡があり繋がっているが、晴れた日には帝国本土の南端と南方圏の北岸は目視できるほどの距離だった。


西のアル・カサル海峡と東のラール海の大運河から出た大陸外側の海を外海と呼ぶ。


 内海の治安を守る帝国海軍第1艦隊第7部隊の司令官はアル・シャラクといいこれまで何度も海賊と対戦してきた事がある。

彼の預かる部隊は三隻の衝角船と大型艦一隻、中型艦九隻の小部隊とだった為、大型艦を与えられている最古参の彼が部隊長を命じられていた。


 アル・シャラクは担当している海域の島々で徹底的な聞き込みを行い海賊が潜む島を特定した。大規模な捜索をした事から既に海賊には帝国艦隊が近づいている事は察知されている筈だが、総督はそれも計算済みで10の海域に帝国海軍を分散させ、さらに百隻の増援も呼んで網をはり、予め脱出を防止している。


シャラクは特定した後に意を決した。


「副長、敵に察知される前に強襲をかける。燃料にいつでも点火出来る準備をしておけ」

「はっ!」


シャラクの乗艦はド・オロモン船という大型艦で主力武装は火炎放射器と弩砲だった。外国に海軍はほとんどなく、仮想敵が海賊なので十分な兵装である。

内海の島国であるパスカルフローだけが唯一艦隊と呼べる規模の船団を所有していたが、少数の投石器を積んだ大型船は基本的には傭兵の輸送船で必要があれば接舷戦闘をこなす程度の規模でしかない。


 シャラクは戦闘準備を行わせながら、自身の配下となっている艦長達を自分の船に呼んで海賊が潜む島に強襲をしかける旨を伝えた。

海賊もほぼ同規模と想定されていた為、動揺する艦長もいた。


「我々だけで突入を?艦隊司令の到着を待たないのですか?」

「近隣の部隊にも集結要請は出した。しかし嵐で遅れるようだし、海賊が察知する方が早いだろう」


シャラクは斥候部隊を出して海賊がいる確証を得ているが、司令官達はそうではない。迅速に集まってくれるか、全軍で来てくれるかは疑問だった。


「強襲に失敗して逃げられた場合、集結中の味方と入れ違いになるかもしれんぞ」


懐疑的な声を投げかける艦長は他にもいたが、シャラクは頭を振りあくまでも強襲を指示した。


「網を張っているのは司令官だ、ここからすり抜けられた場合の事はあちらにお任せする。これは当初の手順通りの作戦であるから諸君が心配する必要はない。敵の船は入り江の奥に全てある。全軍で入り江を半包囲し出てくる船には火炎を浴びせかける。さらに入り江の海上には投石機でイグニファーを混ぜた油壷を投げ込み火をつける」


帝国海軍の基本的な海戦方法は『火計』だ。

他国よりも優れた科学力で設計された火炎放射器の射程範囲は銃弾よりも長く、木造船に粘着して激しく燃え盛る。海賊は裁判無しで現地で処刑が許可されている為、飛び降りた水兵も全て海ごと燃やす。

錬金術師特製の燃焼剤が入った油壷を投擲し、外しても周辺海域に浮かせ、入り江全体を燃やすのだ。


シャラクは強襲を午前4時と定めた。

作戦開始してからしばらくすれば明るくなり人質と海賊が見分けやすくなる。

人質は島の洞窟の奥にいるらしい為、開戦してすぐに巻き添えになる事はないだろう。


第七部隊は夜陰に紛れて島に近づき、島の形状を把握したシャラクは予定を変えて一隻を島の反対側に回してから近づいた。想定以上に島の地形が入り組んでいたので、どこかの洞窟から小舟で人質を連れた海賊が脱出する可能性を考慮にいれた為である。


残りの船でさらに違づくと月明りの中に小型の船が2隻発見された。

漁をしている様子ではない。


「手旗信号で撃沈命令を出せ」


シャラクは海賊の警戒用の船と断じて先行している衝角船に体当たりを命じたが、先頭の一隻が小型船が搭載していた大砲からの集中砲火を浴びて脱落した。


「なにぃ!?」


僚艦が脱落しても怯まず他の一隻が体当たりを敢行して一隻を潰したが、もう一隻にはすり抜けられた。


「信号!隊形を維持したまま進め」


主力艦の目的は入り江の封鎖であり、最優先事項である。

シャラクは小型船の撃沈は衝角船残り二隻に任せた。


敵の小型船は主力艦の間をすり抜けていったが、通り過ぎ様に再び砲撃して一隻が爆発炎上した。


「くそ、いい腕だ。火炎放射器の燃料庫の場所を知っているな」


基本設計が一千年近く変わっていない為、海賊にも燃料庫の位置を把握されていた。海軍がいくら上申しても脅威となる敵国海軍がいなかった為変更が許可されていなかった。


シャラクの部隊は数を減らしつつも、前進を止めず入り江に到達し予定通り停泊していた海賊船に猛火を浴びせ始めた。


砲撃音で海賊も気付いたようだが、動きは鈍く、直ぐには発進してこなかった。

時間が経つにつれて少しだけ日の光が差し始めてシャラクも敵船を把握しやすくなる。入り江の大きな洞窟の奥にも敵船は潜んでいたが、出てくる端からどんどん帝国艦は火炎放射を集中し燃やしていった。


「これでいい。半数を上陸させて海兵を送り込め」

「はっ」


シャラクは勝利を確信したがまだ早かった。

念のため島の反対側に送り込んでいた船は案の定そちら側から出て来た海賊船に囲まれて撃沈されてしまい、大きく迂回してシャラク達の後方に現れた。

逃げた小型船を撃沈した衝角船が戻ってきたのだがちょうど鉢合わせになってしまい、敵味方入り乱れた海戦になってしまう。


「艦長!味方を呼び戻さないと」

「黙れ!!我々だけでやる。全艦に反転攻勢を命じろ。もうこの入り江を封鎖する必要はない」


シャラクに情報提供した近くの島民は全てを語っていなかったのか、知らなかったのか海賊の戦力は想定より上だった。

シャラクは半数を上陸させてしまったので自由に動かせる船は五隻。

海兵を上陸させてしまっている船にもまだ操舵と火炎放射器を扱える水兵は残っていたので伴って反転した。


海賊船十三隻、帝国海軍九隻の戦いは海賊有利で進んだ。

接舷上陸された船は海兵を上陸させてしまっていたので簡単に船を奪われてしまう。帝国得意の火炎放射も入り江の封鎖で大判振舞いして残量が乏しく、威力不足で二隻しか撃沈出来なかった。


シャラクの乗るド・オロモン艦には中型オロモン艦と違い魔術師が多数乗船している。何千人も乗る大型艦の為、緊急時には魔術師が帆に風を当てて緊急操船を行うので小回りも利くし速度も出る。

さらに弩砲から発射する太矢にはワイヤーがついていて、魔術師が直接誘導して敵艦にぶちあてる。命中後は太矢に仕込んである爆薬を遠隔操作して起爆、爆散して粘着性の燃焼剤をばら撒いて炎上させる。


攻城砲が使われるようになって百年以上経つのに帝国海軍がいまだに大砲を積まない理由はこのド級オロモン船の攻撃力が高すぎるからだった。

攻城砲の弾丸の大半は石弾であり、鋳鉄製の弾丸はまだ少なく、炸裂弾はまだ研究所レベルだった。

弾丸が石弾の場合、たとえ百発命中させても大型艦は沈まない。

南方候ヴィクラマの乱、そしてスパーニア戦役においてわずかに海上での砲戦が記録されているが、両者ともに百発以上命中させても相手を沈める事ができず、結局接舷上陸戦で決着がついている。


見た目は派手だが、砲撃戦だけで敵艦を沈める事は現実的には不可能とされていた。結局船上の敵戦力を削る為に砲撃戦が行われて最終的には接舷して斬り合いになるか、相手の船を燃やす事になる。


そういった海戦が長く続いたいたのだが、現実として帝国海軍は砲撃によって沈められた。火炎放射器を主力兵器として使っていた為、燃料庫に被害を受けたせいだが味方の船が撃沈された帝国海軍の船長達は動揺して精彩を欠いていた。


シャラクの旗艦が海賊船に相対しようとしても、海賊船はたくみに中型オロモン艦を盾にして逃げ回りつつ次々と撃沈していく。


十三対九はたちまち十一対五となり、奪われた船が敵に運用され始めると敵の船の数は三倍になってしまう。


「くそ、海賊も周辺海域を封鎖されて点在してた連中が集結していたのか?」


このままでは全滅した挙句、上陸させている海兵も戻る船を失って人質を解放していても無意味になってしまう。

先走ったかと悔やんだシャラクだが、帝国海軍に増援が現れた。

掲げている帆にはシンボルとして金貨が描かれている。


「西方商工会の武装商船団か!」


近隣海域には帝国海軍による捜索作戦が伝えられていたので、商船隊も避けて通っていた筈だ。しかし十分な武装を搭載していたのか西方商工会の商船団はいつも通り運航していた。


「艦長、どうやら応援に来てくれたみたいですね」


武装商船団が砲撃して海賊の後方集団に攻撃を加え始めたのをみて副長も安堵する。これまでシャラク達は弩砲で必死に応戦しながら接舷戦闘を試みていたのだが、砲撃によるダメージで操船が難しく一方的に翻弄されていた。

商工会の船はそれほど多く無かったが、海賊に撤退を決意させた。


シャラク達の艦船は追跡する力が残っていなかったが、これまで逃げ回っていた衝角船二隻が戦域に再突入してきて海賊の先頭集団の横腹を突き撃沈した。


 海賊には半分逃げられたが、その追跡は友軍に任せてシャラクの直掩部隊は入り江に戻った。上陸させた海兵達はどうやら人質救出に成功したようでしばらくして数名の人質を保護して戻ってきた。

シャラクは船医に人質の介抱を命じ、上陸部隊の指揮官を出迎えに自分も上陸した。


 ◇◆◇


 浜辺にはシャラクと上陸部隊の指揮官コリン、西方商工会の船団長オイゲン・カウフマンが集まっている。

まずはシャラクが上陸していて海戦の様子を知らないコリンに状況を伝えた。


「では、こちらの方が応援に?」

「ああ、君からも礼を言ってくれ。危うくこの島に取り残される所だったぞ」


随分危ない橋を渡ったが、上層部からの指令は完璧に果たしたとシャラクの表情は朗らかだ。


「危うく全滅する所だったじゃないですか、まったく。まあ、とにかく感謝します、オイゲン殿。こんな危険地帯にわざわざ来てくれる奇特な船団がいるとは」

「上層部からの指示ですのでお気になさらず。私は雇われ船長でこういった戦いには不慣れなのですが、たまたまこの海域にいる時に指示がありましてね」


東方出身なのだが西方圏で自分の商会を持てるだけの資金と知識を得てこれから故郷に錦を飾りに帰るという。


「なんだ、海の男としてやっていかないのか?勿体ない、見事な指揮ぶりだったぞ」

「運が良かっただけですよ、海賊連中は我々には気付いていませんでしたから」

「それにしても羨ましい。あんなに大量の大砲を積んでいるとは」


西方商工会の船のガンデッキにはずらりと20門近い大砲が見えた。


「使い道に困った旧砲と取り合えず載せているだけで砲は旋回出来ませんし、片弦に寄せると重心がずれて沈没しやすくなりますしそれほどいいものではありませんよ」


西方商工会でもまだ試験運用中らしい。

帝国の火炎放射器は船首にあり旋回可能で近距離での火力は圧倒的に高い。

一方西方商工会の大砲は石弾を飛ばすが、旧型で意外と射程は短く百発命中しても大型艦は撃沈は出来ない。


「なるほど。奇襲的な運用か」


オイゲンは大砲を隠しておいて接舷戦闘が目的と思わせ、海賊を引き寄せてから一斉射で殲滅していた。


「遠距離で航行中の船にはとても当たりませんね。私は西方の人間ではありませんが、そんなわけでこの武装お目こぼししてやってあげると助かります。これでも海賊相手には十分自衛になりますから」

「そうだな。海賊退治は我々の責務だというのに逆に助けられて面目ない」

「いえいえ、小さな商船団が普段安全に航行出来るのは帝国海軍のおかげですとも。では、我々はこれで」


オイゲンは謝礼については断わり、どうしてもというなら西方商工会の会頭と話して欲しいといって去っていった。



 ◇◆◇


 シャラクはオイゲンが立ち去ろうとした時に友軍も集結し始めた為、海賊と勘違いされても困ると部下を一隻つけて送り出した。


「さて、コリン。艦隊司令や総督に報告する為に上陸後の様子も聞かせてくれ。損害は?」


シャラクは独断で攻撃を開始し衝角船一隻が撃沈、二隻が撃沈。

主力のド・オロモン船も満身創痍、上官達にどう報告したものかと頭を悩ませている。兵員の被害についても心配したのだが、コリンの返答は想定外のものだった。


「ありません」

「ない?」


コリンはにやっと笑った。


「隊長、司令官達への言い訳は心配しなくてもいいですよ。我々の突入が遅れたら人質は全員死んでいたでしょうから」

「どういうことだ?損害が無いとは?」

「我々が突入した時、人質が自力で脱出して海賊を皆殺しにしていました。といっても彼もずたぼろでしたがね。もし我々の突入が遅れていたら死んでいたでしょう。ちょうど我々は内と外から同時に攻撃していたんです」

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2022/2/1
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