第16話 大公女セイラ③
巡礼の目的地は半ば観光地となっていて、人気の占い師もいた。
主に女性達の聖地であり、占い師がいたのは恋愛の女神エロスの神殿近くなので男性は少ない。
「おいおい、ここまで来て私を追い出すのか?」
「男性は男性だけでお願いします」
セイラは人気の占い師の予約を取ったが、男性達の事はお願いしていなかった。
自分の護衛の騎士や聖堂騎士らは望まないと思っていたし、レクサンデリも占いをしたがるとは思っていなかった。
「せっかく来たのに・・・まあいい。ちょっとお参りしてくるか。確か羽根の生えた珍しい神像があるのだったか。異形の像が許されるとは珍しい」
商用の旅らしいが、物見遊山でついてきてるようにしか思えなかった。
気を取り直して彼女達は占い小屋に入って行く。
「では、私から占って頂けますか?」
占い師がどんな人間かわからないので、セイラがお試しにと率先して名乗り出た。
「おやセイラちゃん。よく来たね」
「え、私をご存じでしたか?」
「もちろん。昔はあんたらの親の相談に乗ってあげたもんさ。女王が子供だったころからの付き合いでね」
「ひょっとして例の祈祷師さん?」
話しを聞いてみるとフランデアン王らが子供の頃からの付き合いである占い師ディアーネだった。今は占いで生計を立てているようだ。
「それで何を占ってもらいたいんだい?やっぱり恋のお相手かい?子供が何人出来るか知りたいのかい?」
「こどっ・・・いえ」
占い師の俗な笑いにセイラは恥ずかしくなって顔を伏せた。
「じゃあ誰と結ばれるか知りたいのかい?」
「いえ、それも」
セイラはフィリップとの将来を聞きたいが、恐ろしくもあるので否定した。
「じゃあ何が知りたいんだい?」
「私が幸せな生活を送れるかどうか、とか」
セイラはとりあえず流行りのお店に行ってみたいという漠然とした考えだったので特に内容を決めていなかった。行けば向こうが適当に何か考えてくれると思っていたのだ。
「もちろん幸せになれるさ。頼れる夫がいて子供をわんさか産むのがあんたらの幸せだろう?」
「そ、そうですね」
じゃあ、次とセイラは交代させられた。
「私はヴァネッサ。ヴァネッサ・フィー・ベルチオといいます」
「名乗らなくてもいいよ、母なる大地から来た僕よ」
「え、分かっているのですか?」
ヴァネッサは驚く。ヴァネッサはこちらに来てから髪を茶色に染めて現地風にしていたのだが、帝国人であることがわかっていたようだ。
「占い師だからね。さて、あんたは望み通り愛に囲まれた幸せな人生を送るさ」
さあ、次々とヴァネッサは早々に交代させられた。
次はヴィターシャの番だ。
「母なる大地って帝国本土のことですよね?」
後ろに下がったセイラはコンスタンツィアに耳打ちした。
「そうね。帝国人だってわかったのは紋章のせいでしょう。騙されては駄目よ」
彼女達は服や小物に帝国貴族らしく豊穣の象徴である植物や動物の紋章をつけている。ヴァネッサの場合は兎だ。
もっともらしく見せかけるために、簡単に分かるような事を曖昧な表現で当てずっぽうで言い、さらに相手の望む事をいってやるのが彼女らの生業だとコンスタンツィアはセイラに告げた。
彼女達がこそこそ話している間にもヴィターシャの占いは続く。
「さて、あんたの場合は愛には恵まれないね。でもあんたの望みは叶い成功するだろう」
「幸せにはなれますか?」
「望みを叶えるのが幸せならそうだろね。愛無き人生が幸せとはあたしゃ思わないけどね」
「愛を求めた場合に望みは叶いませんか?」
ヴィターシャは人一倍成功を求め、自立を志向しているが普通の家庭も築きたい。
「無理さね。あんたがそう信じてない」
自分で自分を縛っていては助けられないといわれたヴィターシャは心当たりがあるのか俯いて、席を立った。次はコンスタンツィアの番だ。
「あんたは恋愛も幸せも求めていなさそうだ。なんで来たんだね?」
「・・・そんなこと無いわ」
少し間が空いたのは自覚があったからだろうか。
セイラからみてもあまり乗り気では無かったようだし、実家があまりにも有名で自由恋愛は出来そうにない。諦観がみてとれる。
「愛の女神の奇跡を知っているかい?」
「唐突に、何?」
「占いを求めてないなら代わりをやろうと思ってね。お代は貰っちまったし」
「教えてくれるというのなら聞くわ」
周りに連れられてやってきたせいか投げやりな返答だった。
それに気を悪くもせず占い師は言った。
「愛したものの命を救う事が出来るのさ」
まあ、なんて素敵なのとセイラは思ったがコンスタンツィアは違う感想を口にした。
「女に助けられる男なんて御免だわ」
「おやまあ、せっかちなお嬢さんだね。対象は男とはいってないだろうに」
「『性愛の女神』でしょ。帝国では同性愛は禁じられているの。だったら男しかいないじゃない」
子を産んで栄えてこそ、の社会の為古代から同性愛は厳しく禁止されている。
東方圏においては同性愛は珍しくも無い。
神々にも同性愛者は多かったので信徒もそれなりである。
「性愛を司っているのは神格の一部だよ。帝国じゃあ正しい教えが伝わっていないようだね」
「そんなことないわ」
コンスタンツィアは若干むっとしている。これまでの無礼な口ぶりは気にした様子は無かったが、祖国を非難されるのは不愉快なようだ。
「ちょっとディアーネ様、やめてください」
イーネフィール公領からは遠いが、帝国人よりは地元に近いのでセイラが止めに入った。
「はいはい。仕方ないね。セシリアは物分かり良かったのに」
「セシリア?」
「何でもないよ。帰ったらおふくろさんに聞いてみな。それよりも救える対象は男とは限らないよ。愛したものだといったろ?子供でも親でもいいのさ。もっぱら生まれる事の無い子供の命を救う為に願われたがね」
「生まれる事の無い?」
「腹の中で死に行く命さ。フィリップのようにね。マリアは別の方法を選んだが」
なかなか生まれないフィリップは一時は帝王切開で取り出される事が検討されていた為、聖女マルガレーテの本が取り寄せられていた。
コンスタンツィアはもう十分と席を立つ。その背に占い師はまだ言葉をかけた。
「不信心者が増えた現代でも女神は真摯な者の祈りは聞くよ。己の命と引き換えだがね」
「自己犠牲?帝国は法律で自殺を禁じているの。資産は没収され遺族が困る事になるわ」
圧倒的な人口で世界を制覇してきた帝国ならではの法律だ。もともと多くの命を育む大地母神の信徒スクリーヴァが起こした帝国なので戒律が法となったのは自然な流れでもある。
「人が勝手に決めた法律など神の前では意味をなさないとわからないかね。それに死に際に願うのならば自殺とは言えないさ」
※注釈
聖マルガレーテ伝
聖女マルガレーテが竜の腹から出て来た伝説から帝王切開についても関連付けられる。中世、この書をお腹に置くと妊婦は安産を得られると信じられた。