第14話 宰相ウマレル
「海賊が留学生の王子達を捕えて身代金を要求しているですと?」
新帝国暦1430年4月。
急遽宰相となったウマレルは早速難事に直面していた。
新任の外務大臣へアルシア王国、バルアレス王国、トゥラーン王国から次々と海賊に自国の王子が誘拐されたと急報を寄せられていたが、自国で対処するようにと対応を拒否した結果自体は悪化してしまった。
東方の大君主であるフランデアン王国の駐帝国大使が宰相に直訴してきてようやくウマレルは事態を知った。
「はい、アルシア王国の王子が乗った船は海賊から逃げ切る事が出来ましたがバルアレス王国やトゥラーンの王子達は海賊に捕らえられました。身代金を要求されましたが、非現実的な金額を要求され帝国の外務大臣閣下に相談しておりましたが救助要請を拒否されて困っております」
内海は帝国海軍の監督下にある筈で、そこで被害にあったのだから帝国で何とかして欲しいと大使たちは頼んだが先の通り拒否された。
「時間が経ちすぎて海賊とは交渉出来なくなってしまいました。一刻も早い捜索、奪還をお願いします。帝国で対処出来ないのでしたら我々はパスカルフローの女王に艦隊を借りて内海の島々を捜索します」
「あ、いやそれには及びません。少しお待ちください、すぐに閣僚会議を招集して善後策を練ります」
皇帝は蛮族戦線に向かって近衛兵団を率いて出陣してしまって不在、閣僚達に国事を任されていた。ウマレルは緊急閣僚会議を招集し報告しなかった外務大臣を厳しく叱責した。
だが、今は責任を追及している場合ではないと軍務大臣や内務大臣にも仲裁され今後の対応を話し合った。
外務大臣は他の閣僚達に責められて開きなおった。
「自分達で対処するといってるならやらせればいい」
「馬鹿な!我らが海でパスカルフロー艦隊に自由に行動させるなどありえん」
軍務大臣イドリースは責任放棄論を一蹴した。
もう死んでいるのでは?という意見もあったが、東方候の全権大使から対処を求められている以上、やれることはやらねばならない。
現政府は帝国の国力を回復し、従属国に身の程を知らしめてやろうという派閥が牛耳っていたが、未だ帝国の力を一元化出来ていない状況では東方候からの要請には答えざるを得なかった。
「陛下に対処をお尋ねしては如何?」
さらなる外務大臣の提案は他の閣僚達に即座に否定される。
「我々が脳無しだと思われるぞ。陛下にも他の議員達にもだ。ようやくデュセルを追い払ったというのにこの程度の事を陛下に丸投げするのかと」
「さよう、それに時間が掛かり過ぎる。ただでさえ後手に回っているというのに。陛下には事後報告だけでよい」
身代金交渉が失敗している以上、後は実力行使しかない。
「帝国海軍は直ちに出撃出来そうですか?」
ウマレルはイドリースに尋ねた。
「もちろん出来る筈だ」
「では直ちに出撃し、海賊の根城の捜索を」
イドリースは海軍総督に出撃を命じたが、命令が届くまでにさらに半日かかった。
帝都ヴェーナ市の港は貨物船や旅客船の需要が高まり過ぎて軍港を近くの島に移動させていた。総督は普段そこから海軍を統括している為、近くとも意外と時間がかかりさらに大使たちと情報交換する必要もあって結局何度も使者が往来する。
途中で埒が明かぬと総督が快速船で上陸して宮殿までやってきた。
海軍総督はカトゥルスという男で一度退役してしばらく現役を離れていたが新政権で再び呼び戻されていた。カトゥルスは内海を熟知しており、出発港と帝都のチェセナ港を結ぶ航路と帝国にいる大使達を身代金交渉をしていた関係から海賊の根城は意外と近くにあると判断した。
深夜にも関わらず近くの軍港の全ての快速船を出し、艦隊に集結命令を出す。
三日後に集結した約100隻の艦隊を10個に分けて潜んでいると思われる海域に送り出した。
◇◆◇
宰相ウマレルの所には他にも次々と厄介毎の相談が閣僚達から寄せられていた。
その中の一つは南方圏の王女スナンダが街中で転倒した時に助け起こした市民が訴えられている件だった。政治判断がいるという事で法務大臣と司法長官が二人で相談にやってきた。直接訴えているのはスナンダの母国でなく彼女の婚約者の国で帝国にとっては重要な同盟国だった。
南方圏には夫以外の男性が家族以外の女性に触れてはならないという戒律があり、かなり憤慨しているらしい。
「いくらなんでもそれで『市民を処刑せよ』は受け入れられない」
「しかし、南方圏の親帝国国家は残り7つだけ。他は従属体制から抜け出して勝手に争っています」
前南方候ヴィクラマの反乱後の南方圏は沿岸部の裕福な国と小部族だけを従属体制に収めているだけで他の砂漠地帯の国家約30はもう放置していた。
「離脱されると南方沿岸部の城の街道が寸断されてしまい、軍事力で奪還して直接支配せねばなりません。陛下に裁可を頂いてはと思いますが」
彼らはこれまで強き帝国の復活を目指していた議員団だったが、いざ自分達が政権につくとそう簡単に強硬な態度に出る事に躊躇いを感じていた。失政を行えば議会から糾弾されて皇帝に首を挿げ替えられる。
「いちいち陛下を呼び戻していては申し訳ない。我々で判断する」
「では、如何致しますか?」
ウマレルは今にも「無罪に決まっているだろうが、ふざけるな!」といって突き返したかったのだが、残り7国のうち2国の離反を招きかねないとなるとやはり躊躇った。
「私に問う前に、何か提案は?」
ウマレルは大臣と長官に問い返したが彼らは顔を見合わせてどちらが言い出すか待っていた。
「無罪にして取り合わない、とは言わないのか?」
本来の彼らのスタンスはそうだった筈だ。
「軍務大臣も外務大臣も難色を示しておりまして・・・」
いちおう宰相の所に持ってくる前に意見のすり合わせはしていたらしい。
「財務大臣もそういいそうだな」
両大臣は頷いた。
「では、こうしよう。その市民には悪いが傷害罪で罰金刑を下し、同時に人命救助で褒美をやる。それでスナンダ殿と婚約者殿には納得して貰う」
他人の妻に触れた罪での処刑という要求はさすがに却下し妥協案を提示した。
「それで応じなければ?」
「応じるように説得して来たまえ!」
何もかも丸投げしてくる態度にウマレルも苛立って答えた。
一応先方はこの案で受け入れたが、市民には人助けをしたのに罪に問われるという事実が広まり、帝国政府の弱腰が笑われる始末となった。
◇◆◇
「こんな情勢下でさえ無ければ・・・」
執務が終わった後、ウマレルは蒸留酒の瓶を開けて友人とグラスを傾けていた。
「生意気な属国など叩き潰してやるのに、か?」
「ああ」
「時々思うよ。もう南方圏など捨ててしまえまいいのではないかと」
大半の国は砂漠化してしまって、人が住むのに適した土地では無くなった。
「実際捨てているようなものだが、全土を放棄するとなれば我々は全員罷免されるだろう」
何千年も支配体制下に置いてきた土地を捨てるというのはそれだけの歴史的大事件になる。実質的な実入りはないどころか負担の方が大きくとも。
「親類が貴族から追放されたとはいえ、デュセルには少々冷たく当たりすぎたかな?」
「別に私憤で奴を追い出したわけではない。・・・原動力ではあったが」
ウマレルはきつい酒をあおり、喉がやけつくような痛みと共に大きく息を吐きだした。
「奴も大変な立場だったのは理解した。とにかく我々は目的を達成するまで安定した政権を維持する必要がある。少しくらいの譲歩は仕方がない」
「ああ、皇家から私領を奪い帝国の国力を回復させよう。それで皇家の醜聞は何か得たか?」
「不品行はいくらかあるが、世間を味方につけるのはなかなか難しいだろう。特にガドエレ家は新聞社を握っている。私が内務か法務大臣になれれば良かったんだが・・・」
彼らは従属国の顔色をいちいち伺わなくて済む強大な帝国の復活を願っていたが、現実は厳しかった。必要最低限の正規軍しかいないので、多くの私兵を抱えた皇家の勢力を抑えらず、慢性的な財政赤字で正規軍を増やすのも難しい。
「合法的に皇家を潰せるような事件が起きてくれればいいのだが」
「北で勝手に揉め合っているようだし、ひょっとしたら同士討ちで全滅してくれるかもしれないぞ?」
「馬鹿な、希望的観測が過ぎる」
ふっとウマレルは笑った。
「なんでもいいが、とにかく連中が失態をおかした時に属州管理権をひとつずつ奪おう。今は賛同してくれる同志を増やし、時を待つ」
帝国の力を一元化しようという勢力は複数あり、彼らもそのひとつ。
彼らは望みが果たせる日を虎視眈々と待った。




