第9話 賢者イザスネストアス
新帝国暦1430年春、イザスネストアスは東方圏南部から発生し世界各地の港を通じて蔓延していた伝染病についてどうにか対処方法を確立した。
彼は知人を通じて帝国政府にも警告し、実験サンプルを持って東方圏及び南方圏行政府がある自由都市ヴェッターハーンで他の学者達と治療実験を行った。
治療薬として有効だったのは魔導騎士の魔石の定着、安定化補助に使われる薬品で注射による投与を行う必要があり、全患者に対して処置するのは人員、コスト、さまざまな点から現実的では無かった。
その為、治療法があっても基本的な対策は感染拡大予防と患者の隔離となる。
栄養状態が良好であれば重篤化はせずそれほど恐れるべき病気でもなく、関係者は胸を撫でおろした。海運が発展していくにつれて何度も彼らはこういった脅威に立ち会っており、今回はその中ではまだ危険性は少ないケースだった。
このヴェッターハーン自体が運河を建設した時、奴隷労働者達の間で疫病が蔓延し聖女達の手を借りて治療と奇跡による運河の強引な完成が行われた場所である。
後に感染源と対策が特定されてウルゴンヌ運河の建設に役立てられた。
今回もヴェッターハーンに残っていた研究施設による努力で鶏、及び鼠が感染を媒介する事が確認され各国の港町で駆除が始まった。
今後の見通しが明るくなったイザスネストアスは一息ついて、使い魔をラリサに戻しイーデンディオスと情報共有を行った。
「あまり長話は出来んが、状況は落ち着いた。そちらは?」
「アルカラ子爵が代官としてうまくやっています。土地のものに任せておいた方がいいでしょう。今後も行政府の研究機関は利用させて貰えそうですか?」
「ああ、問題ない。スーリヤ殿の皮膚組織の研究も捗るじゃろう」
彼らは今回各国の医学者や最先端の設備を持つ自由都市の研究所に知己を得た。
スーリヤの体を元に戻せるかどうかはまったく自信がないが、他の学者達にも未知の病気に対して皆不安を持ちながらもひとつひとつ人類は克服してきたと励まされ、今後も協力を約束して貰えた。
「ところで、エドヴァルド様から帝都に到着したという報せがありません」
「なぬ?まあ便りは無いのは良い知らせともいうじゃろう」
「それならいいのですが、ちょっと見て来て貰えませんか?」
イザスネストアスの使い魔を使ったリアルタイムの会話はこれが限界だった。
もともと自分の使い魔でも無く評議会の友人に調整して貰った使い魔で肉体と精神を切り離して距離を無視して会話していたが、長時間は維持出来ない。
憑依を一旦解除して、翌日帝都に向けて使い魔を出発させた。
鷹と魔鳥を交配させた使い魔は海を渡り途中の島で羽を休めつつも数日で帝都に達する。
帝都にある自分の館にエドヴァルドを滞在させる筈だったのだが、まだ到着していないようだ。
もうマグナウラ院が開く時期なのにおかしいと思ったイザスネストアスは道中何かあったのかと心配し、周囲に聞きこんだところ海賊が留学する為に帝都へ向かっていた王族を拉致し身代金を要求していると知った。




