第8話 帝都へ
メーナセーラの宮殿に滞在していたエドヴァルドだが、彼の所に来客があった。
現アルシア王の孫でエドヴァルドより二つ年上のレヴォン王子だった。
「やあ、君がエドヴァルドか。丁度私も今年からマグナウラ院に通うんだ。よろしくな」
「よろしく、えーとレヴォン王子」
エドヴァルドから見ると腹違いの兄達の母の父の孫で血縁関係は一切ない。
彼はメーナセーラに話し相手として呼ばれてやって来たのだが、お互いぎこちなくあまり会話は弾まなかった。
「えーと、ヨハンネスさんはどうなったか知っていますか?」
「ああ、あまり特別扱いはしたくなかったが名士らしいから独房で書き取りをさせているらしい」
「書き取り?」
ヨハンネスは隔離命令に従わず感染を拡大させた疑いがある為、独房に叩きこまれたのだが、さらに罰としてこれまで感染死した医療従事者の名前を毎日書かせられていた。
アルシア王国の衛生当局は無知な民衆を感染防止に協力させる為、犠牲者の氏名と業績を高札として掲げて教育していた。彼らが犠牲になればなるほど貧民も全然関係ない病気や怪我で治療を受けられなくなり、結局困った事になるのを教えてやらなければならない。
ヨハンネスはその作業に協力させられて毎日嘆いていた。
「まあ、それくらいで済んでよかった」
「ボクらも同罪なんだけどね」
イルハンは悪びれずに笑った。
彼らも隔離所を一目見て逃げ出したクチである。
隔離所についてはメーナセーラが家臣に確認させた所、話の通り不潔で狭く、内部で非感染者にも蔓延させてしまうだけの酷い状態であったと国王に報告されて改善されている。
それはそれとして違法行為をヨハンネスは咎められて罰を与えられた。
「本当に感染していないだろうな?」
「たぶん」
レヴォンに問われてもエドヴァルドにはわかりようもない。
症状は特に何も出ていないし、危険地帯を通過する時はメッセールの従者に任せていたからほとんど土地の者とも接触していない。
「できれば一緒に渡航したい所だけど、早めに帝都に行きたいんだ。悪いね」
季節はもう春の気配がし始めて草木も芽を出し始めていた。
1430年度の学院が開かれるのに間に合わなくなったら一年帝都で待ちぼうけする羽目になる。快速船であれば一週間で帝都につけるが、快速船の運航会社で感染者が発見され魔術師にも及び、運航が停止してしまっていのでさらに遅くなってしまう。
エドヴァルド達は一般の旅客船か貨物船で帝都に渡るしかない。
貨物船に便乗させて貰っても足が遅く、経由地もある為帝都到着はぎりぎりになる。旅客船は定員を削減して運航しているのでレヴォン王子といえども、なかなか自由にスケジュールを変えられなかった。
大型の旅客船は維持費もかかり乗客も運航会社も早く出港したがっており、エドヴァルド達の隔離期間が空けるまで待てなかった。
レヴォンは挨拶もそこそこに慌ただしく帝都に向かって出発し、エドヴァルドは待機している間にイルハンから学院案内の冊子を貰って帝国について学んでいた。
メーナセーラに家庭教師をつけて貰ってテストも受けた。
◇◆◇
「自分の学力にあんまり自信なかったけど、どうにか大丈夫そうだな」
「あ、うん。そうだね」
イルハンに比べると結果は良く無かったが、再テストを受けてエドヴァルドは合格といわれてほっとしている。先にイルハンが入っていた風呂にざぶんと飛び込んで一息ついた。
「ん?どうかしたか?顔が赤いぞ」
「え?ちょっとのぼせちゃったかな?それよりもう解放されたの?今日は早くない?」
イルハンの方が物覚えが良いので教師の試験をクリアするのが早く、いつも先に風呂を済ませていた。
「明日には出港だろ。もういいってさ」
「そ、そう」
イルハンはエドヴァルドがくつろぐ場所を空けようと少し距離を取った。
「ん?のぼせたんなら上がったらどうだ?」
「え、平気平気。これくらい大丈夫」
イルハンは少しだけ体を起こして、風呂桶に冷水を入れて頭からぶっかけてまだ入浴を続けると言った。
「まー、これから一ヶ月は風呂なんて入れないしな。もうちょっとゆっくりしていくか」
「そうだね」
貨物船は帝都に高価な薬草や米、菜種油の壺などを満載して輸出しに行くのだが、途中の島々にも多少荷下ろしして交易品を売り捌き、新鮮な食料や水を補給する。
寄港地にまともな風呂があるかどうかわからず、船内では水は貴重なので体を拭うくらいしか出来ない。
エドヴァルドは体が温まってから湯舟を出ていったん体を洗い、頭も洗ってから湯舟に戻るとイルハンはもう上がってしまっていた。
翌日、宮殿の侍医に隔離証明書を発行して貰い、東方行政府の役人に提示して乗船許可証を貰った。それからアルシア王国の出国管理官に出国証明書を貰う事になり、なかなか手続きだけで大変な一日になったがついに東方圏を出た。




