第7話 メーナセーラ
「ほーら、叔父さんですよー」
メーナセーラは抱きかかえた自分の娘トゥータをエドヴァルドに紹介した。
エドヴァルド達は官憲に摘発された翌日に宮殿に招待されて、メーナセーラに私室を与えられた。宮廷侍医が診断してエドヴァルドとイルハンに最近流行している特殊な熱病の症状が無い事は確認済みである。
「申し訳ありません、姉上。僕らは感染疑いが完全に晴れるまで隔離して頂いて結構です」
トゥータが手を伸ばそうとしてきたが、エドヴァルドは一歩下がって姪から遠ざかった。
「大丈夫よ。道中もほとんど野宿だったんでしょう?うちの国に入ってからも随分経っているし、港についてから二週間なんて意味無いわ。叔父様に文句いってやらなくちゃ」
「ではすぐに出発できますか?」
「わたくしではそこまでは無理ね。書類を捏造する事になってしまうし帝国に睨まれてしまうから」
ちょっと期待してみたが、さすがにエドヴァルドも姉に罪を犯させるわけにはいかない。
「わかりました。では引き続き待機します」
「そうして。叔父様の息子がもうすぐ帝都へ行くから宮殿で一緒に遊んで待つといいわ」
アルシア王国の王子のひとりレヴォン王子も今年留学するので出発の準備中だった。異母兄レヴァンとよく似た名だがたぶん由来が同じで発音が少しこちらと異なるだけなのだろうと察した。
「僕は歓迎されないのでは?」
「お兄様たちの事?兄弟喧嘩は貴方の責任じゃないでしょう。確かにバルアレス王国とは関係が悪化してしまったけれど、貴方はカトリーナの子供じゃないんだし大丈夫よ。むしろ同情されるわ。ところでスーリヤ様はお元気?」
「母上は病気で隔離されています。あっ、こちらで流行っている病気とは何の関係もありません」
エドヴァルドは母にまったく会わせて貰っていない事も付け加えた。
「そう・・・辛かったでしょう。そんな辺境に追いやられてしまうなんて・・・」
エドヴァルドの所持金も少なく、身なりもみすぼらしいので公爵とは名ばかりの領地を与えられたのだろうとメーナセーラは察した。
「帝国で最強の騎士になってみんなを見返してやります」
「いい子ね。でもそんなに強がらなくてもわたくし達は姉弟なのだからスーリヤ様の代わりにわたくしに甘えてもいいのよ」
「そんな・・・姉上に甘えるだなんて」
エドヴァルドは彼女の兄達を死に追いやってしまった事を引け目に感じて目を逸らした。
「どうして?わたくし達はもう最後の肉親なのよ。ヴァフタンお兄様にも言われていたの。自分にもしもの事があったらエドヴァルドを頼むって」
「え?」
「お兄様は自分の運命を切り拓く為に戦ったの。双子のどちらが上かって口にしたことをまだ気にしているのね。御免なさい、わたくしだけ自分の幸せを求めてしまって」
メーナセーラはヴァフタンから決闘を事前に聞かされていた。
レヴァンが勝った場合は自分の地位を確立する為、ギュスターヴや弟達を排除に動くであろうということ。ギュスターヴとエドヴァルドに連携されると困った事になるのでレヴァンは真っ先に弱者のエドヴァルドを始末しに動くとヴァフタンに聞いていた。
「貴方にはスーリヤ様がいるから大丈夫と思っていたけど、そうじゃなかったのね」
「では、姉上は僕のせいで兄上達が殺し合ったと知っておられたのですか?」
「馬鹿ね、貴方のせいじゃないっていってるでしょう?お兄様たちはいずれ戦っていたわ。二人の争いを放置したのはお父様だし、幼い頃レヴァンお兄様とヴァフタンお兄様のどちらが年上なのかって訊ねたのはわたくしなのよ。双子というものが理解出来ていなくてね。最年長の男子を敬わなければいけないって教わったからどちらをより敬えばいいのですかって聞いてしまったの。ある日ヴァフタンお兄様にエドヴァルドがお前と同じような事を言っていたと笑われたわ」
「そんな事があったのですか・・・」
「子供の考える事なんて皆同じよ。今まで辛かったでしょう・・・。よく頑張ったわね」
優しい言葉をかけられたエドヴァルドの瞳から思わず涙がこぼれた。
長年、エドヴァルドが兄達の死について自分の責任だと気に病まなくてもよかったのだ。思わず涙をぬぐって隠そうとする。
メーナセーラは尚も優しい言葉をかけた。
「まだ12歳なのに公爵なのですって?立派だわ。あの国の貴族の事ですもの、外国の血が入った貴方にはあまり協力してくれないのでしょう?お母様の代わりにわたくしが褒めてあげる。偉いわね、エド。心細かったでしょう?」
「あ・・・う・・・」
周囲の大人たち、メッセールやシセルギーテはエドヴァルドをよく助けてくれたがやはり家臣。もっと立派な主君になって欲しいと盛り立てる一方、優しく労わったり褒めてくれる事は無かった。母にかけて欲しかった言葉をかけられたエドヴァルドはもう涙も嗚咽も隠せなかった。
「あれ、エディ泣いてるの」
「うるせいやい!見るな!」
エドヴァルドは左の袖で涙をぬぐいながら右手をつきだしてイルハンを遠ざけた。
「ちょっとこの子をお願いね」
メーナセーラは我が子を預けてエドヴァルドを抱きしめた。
「男の子だものね。涙は見られたくないわよね。だからわたくしの胸でお泣きなさい。お母様の代わりになれればいいのだけれど」
「はい・・・はい・・・」
イルハンは背を向けてトゥータを抱いて中庭に出てあやしてやった。
「そっかー。男の子ってそういうもんかー」




