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荒くれ騎士の嘆き歌  作者: OWL
第五章 蛍火乱飛~前編~(1430年)
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第6話 港にて

 エドヴァルドはせっかくなので港までの短い道のりの間にヨハンネスに武術の指導をして貰った。貧乏なエドヴァルドは魔石の消耗を抑える必要がある為、魔力無しで魔導騎士に打ち勝つヨハンネスに直接習う事が出来たのは幸運だった。


「もう弟子はとっておらんのじゃが、イーデンディオス殿の弟子ならまあよかろう」


そういってヨハンネスは道中で手ほどきをしてくれた。

いろいろと不運が重なるエドヴァルドだが人の縁はあるようだ。


 港につくとヨハンネスはさっさと何処かへ連行されてしまったが、短い間でも直接実技を学べたのは収穫だった。イーデンディオスとシセルギーテの指導で事前に要点は学んでいたので理解も早くヨハンネスにとっても苦労はなかった。


 アルシア王国の港からは帝都まで直行便の旅客船が出ている為、多くの国から旅行者や商人などが集まり賑わっていた。


「うわっ、おい見ろよ。アレ!」


港で乗船手続きをしようと、窓口に並んでいるとエドヴァルドは突然イルハンの手を引いて、他の旅行者を指差した。周囲の人も何事かと注目している。


「あいつら見ろよ。人前で手を繋いでる!ふしだらな!」

「え?ボクらも繋いでるじゃん」


周囲の人々に注目されてイルハンは顔を赤らめながら言った。

周囲の人々も突然の大声の原因がわかるとくすくす微笑んで去って行く。

完全に田舎者丸出しのおのぼりさんに見えた為である。


エドヴァルドはそんな事は気にせずイルハンに答える。


「お前は何でもない所で転ぶからだろ。それに男同士ならいいんだ」


イルハンは何もない所で何故かつまづいたり、道中妙に女性に声をかけられては足を止めるのでエドヴァルドが手を握って引っ張っていた。イルハンが一つ年下なのでエドヴァルドは兄貴分として振舞い始めている。


「そ、そう?男ならいいんだ」

「それに普通腕相撲とかするだろ?男同士なら」

「したことないんだよねえ」


イルハンは力瘤を作ってみせたが、細く頼りないものが浮いただけだった。


「イリーの所の国は王子がよわっちくてもいいのか?」

「うちの国の人は芸術家肌の人が多いかなぁ」


エドヴァルドにとっては父が弱者を好まず、諸侯も軟弱な王に従うのを良しとしなかったので国情の違いというものを初めて目の当たりにして驚いた。


「ふーん、平和なんだな」

「うちの国ちっこいからね」


イルハンは自虐的に笑う。


「・・・弟とかいないのか?継承権争いとか無いのか?」

「弟はいるけど、まだ二歳だからねえ。将来はどうなるかわからないけど、とっても可愛いんだよ。お隣の国じゃ王位を継ぐとき、後継ぎにならない兄弟は皆殺されちゃうんだって。うちは平和で良かったよ」


王の最初の仕事が兄弟を処刑する事である。

東方圏ではそんな国もまだ存在しているのだった。


「世の中、下には下があるもんだなあ・・・」


エドヴァルドの家族は一人一人死んでいっていたが、王位継承時の習いとして抹殺されているわけではない。とはいえ結果が同じなら似たようなものだろうかと一人ごちる。


「エディは学院卒業したら帝国騎士になるんだっけ?」

「なれればな」

「そういう子、結構多いと思うから、友達増えるといいね」


国内に置いておくと継承争いの種となるので帝国に仕官させようという国はバルアレス王国以外にも多い。帝国騎士でなくても軍人畑や官僚になることもある。

現在の帝国東方方面軍の副司令官はもともと東方の国の王子だった。


「まあ、稼げればなんでもいいけどな」

「ふふ、現金だね。あっ、ボクらの番だよ!」


エドヴァルド達の乗船手続きの番がやってきたのだが、出国審査官が乗船を認めなかった。疫病が蔓延している同盟市民連合都市地域を通ってきたからだという。


「オレらは帝国の学院に留学する王子だぞ」

「我が国の王子ではありませんし特別扱いはありません。そもそも帝都に着いても上陸出来ませんよ。指定の場所で二週間待機して頂きます」


二週間様子を見て問題ない人間だけを乗船させるのだという。


「クソっ、だったら入国させるなよ」


最初から分かっていればそもそもこの港を目指していないとエドヴァルドは文句を言った。


「帝国側からの通達で急遽決まった措置ですので。それに他国に迂回しても同じですよ」


東方行政府からも監視が各地の港に派遣されているので彼らも融通を利かせる事は出来ない。


エドヴァルドが苛立ってきているので、取り持とうとイルハンからも審査官に尋ねてみた。


「じゃあ、ヴェッターハーンまで行っても無駄かな?」

「そこで二週間待機を命ぜられる事になるかと思います」

「仕方ないね。エディ、ここで待とうよ」

「・・・わかった」


エドヴァルドは待機に同意したが、ベローやディアマンティス達の滞在費用がないのでここで帰るよう命じた。イルハンの方も残金に余裕が無く二週間も付き人を置いておけなかった。


「世知辛いね」

「ま、治安もいいみたいだし。俺らで観光でもするか」


アルシア王国には大理石の採石場が豊富にあり、都市も頑丈な石造の壁で囲まれてラリサとは大違いだった。バルアレス王国は何処へいっても土と木の緑色に溢れた地味な国だったが、こちらは青い海、白い石畳、そこらの民家でさえ石造建築のものが多かった。


「岩をくり抜いただけっぽい家も多いね」

「うちの国じゃあ蒸し暑くて無理だなあ」


隣国だが内海に面する為、海流の影響で気候は随分違った。

観光がてら散歩しつつ赴いた待機用宿舎は衛生的にも最悪の相部屋だった。

20人近くが放り込まれた相部屋なので感染者がいたらあっという間に全員に広がりそうだった。


「これ、駄目だよね」


大人しく命令に従おうとしていたイルハンも呆れた。


「・・・・・・クレアスピオスの治療院かよ」


ゴホゴホ咳き込んで寝込んでいる人間が多数いる部屋を見て、エドヴァルドとイルハンは踵を返した。今になってヨハンネスが脱走した理由を理解する。


「別の宿を取るか。でも金が無いんだよなあ・・・」

「ねえエディ」

「なんだ?」

「君の所のお姉さんがこの国にいるんでしょ?助けて貰ったらどうかな」

「それは考えたけど、姉上にご迷惑がかかる。どっかで野宿でもしよう」

「もう必要無いからって現金はほとんど渡しちゃったじゃん・・・」


家臣達も帰国するまでの道中路銀がいるので、これまでの感謝も込めて出来るだけ多めに渡してしまった。二人は公園で夜は身を寄せ合って寒さを凌ぎ、二週間を耐えようとしたが、不審者扱いされて官憲に捕まり、さらに渡航待機中である事を知られると待機所へ強制連行されそうになった。


「俺はあんな所にいかねえ」


エドヴァルドもイルハンも頑として隔離を拒否する。


「困るんだよねえ、そういうの。こっちも仕事だからね」


官憲はエドヴァルドの腕を掴もうとしたが、エドヴァルドは振り払って袖をまくり光り輝く魔石を見せた。


「俺に触るな!ぶっ殺すぞ」


常人の官憲隊は相手が貴族と知って警戒した。今までは公園の不法占拠者でただの旅行者だと思っていた。


「抵抗するか!」


貴族が相手なら躊躇するだろうと思ったエドヴァルドだったが、ここの役人は任務に忠実だった。イルハンは大ごとになると思ってなんとか場を収めようと間に入る。


「まーまー、落ち着いてよ。彼はこの国のお姫様の弟なんだよ。本来は国賓待遇なんだからね」

「おい、やめろって」


メーナセーラに迷惑をかけたくないエドヴァルドだったが、騒ぎになれば結局知られる。イルハンが身分証明書を見せ、エドヴァルドにも促し役人に事情を説明する。


「エッセネ公爵とトゥラーン王子?」


官憲たちも他国の王侯貴族が相手だと責任者を呼ばないと判断に困るので困惑する。その様子に勢いづいてイルハンはさらに言いつのった。


「とにかくボク達はあんな待機所で待つのは無理。野宿の方がマシ!」

「ならせめて宿を取ってください」

「この国の物価が高すぎてもうお金ないの」


裕福な者が買い占めているので帝都までの旅客船の乗船券価格がどんどん上昇していた。感染を防ぐ為に相部屋の二等船室の使用も禁止されている。

船員も減り、一度に運べる旅客も減って渡航費用は上昇の一途である。

乗船券を確保出来る分の資金は残しておかなければならないので二人とも節約していた。


「いくらなんでも王子様方がそんな・・・」

「この国の王様ほど裕福じゃないし、国交も無いから」

「バルアレスの公館へ行ってみては?」


官憲としては面倒なので自分達の手から放したかったのだが、エドヴァルドは母国に頼るのは御免だったので拒否した。


「となるとメーナセーラ様にお話するしかありません。いいですね」


役人もおれて妥協案をだし、エドヴァルド達も同意した。


「・・・それが仕事なら勝手にしろ」

「衛生局の人には待機所を改善するよう言ってくださいね」


不貞腐れたエドヴァルドの口調が乱雑なのでイルハンがフォローに終始した。

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2022/2/1
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