第3話 アルシアへ③
エドヴァルドはその後の旅で山賊の襲撃や、宿で寝込みを襲われる事を警戒したがそれは杞憂だった。こちらの人々は帝国人と自分達を区別していて、却って賊がバルアレス王国を荒らしたのだと申し訳なさそうにしていた。
エールエイデ伯が同盟市民連合に帝国軍来襲の情報を横流ししたり交易で便宜を図ってやっている為、彼よりも上位の近隣地域の貴族だと聞くと感謝する者すらいた。エドヴァルドにとっては有難いような有難くないような微妙な事だった。
長年辺境の有力者だっただけのことはあり、将来も壁になって立ち塞がりそうな相手だと警戒を新たにする。
パルタス周辺を通り過ぎた後の道中の諸都市では水や食糧、宿の提供も受けて問題なく進む事が出来たが熱病が蔓延していると聞いて途中から接触を避け野宿に戻した。
森林地帯を通り過ぎ、アルシア王国に近づいてくると、濃霧に覆われた東方圏最大の山岳地帯、クンデルネビュア山脈が見える。
「あの霧の中にアラネーアがいるんだよな。そいつさえ倒せば税収なんて必要なくなるくらいの賞金が得られるんだろうに」
上半身には女性の体に鳥の羽が生え、下半身は蜘蛛の異形過ぎる魔獣。
神々に従っていた神獣なのでは、と噂される厄介な魔獣だ。
フランデアン王国に住む獅子の神獣も神話の頃から生きているといわれていて初代皇帝スクリーヴァを撃退したり、最近の戦争でもフランデアン王を助けて戦場に現れたというが、それに比べて禍々しすぎる。
その神獣クーシャントと何千年も縄張り争いをしているので、アラネーアもやはり神獣だろうと噂されていた。
いかなる騎士や魔獣狩りの傭兵も倒せなかった世界最悪の化け物として知られる奇怪な魔獣を倒せば・・・とエドヴァルドの手に力が入る。そんなエドヴァルドの肩にメッセールが手をかけた。
「アラネーアはいけません。昔帝国も賞金をかけていましたが、帝国騎士でさえ尽く返り討ちに遭いました。賞金稼ぎが死ぬだけならまだいいのですが、死んだ者は皆亡者として蘇りアラネーアの下僕となるのです。却って向こうが強大化するだけなので賞金は取り下げられています」
「向こうから襲ってこないのか?」
「山からは降りて来ません。奴はずっと北のほうまで旅してフランデアン領内に出てくる事もあるそうですが、その度にクーシャントに迎撃されているそうです」
「クーシャントってあれか。フランデアンの神獣か」
「ええ、うちの白蜘蛛のようなものですね」
ラリサの裏手に住んでいるらしい白蜘蛛も、わざわざ人を襲ってきたりはしないので地元人は神獣として敬っている。
「アラネーアが恐れられているのはやっぱり亡者を率いているせいなのか?」
「そうでしょうね。それと山菜取りの人間や、関所抜けで無理に通ろうとする旅商人もたまに襲われているらしいですから。それもあるかと」
「近づきたくないですね。はやく行きましょう」
ディアマンティスが怖気を振るって先に歩き出す。
「襲ってくる時は前触れで霧が出る筈です。日光が苦手らしいので霧の中でしか行動しないとか」
「アラネーアさえ倒してしまえば東方圏もぐっと距離が縮まるだろうに・・・」
クンデルネビュア山脈は最高高度12クビトに達し南北も1200クビトに及んだ。この山脈が東西南北で分断してしまっている為、東方圏中央部の外海側に住む人々は内海に出る為に大陸を一周するくらい大きく迂回する必要があった。
「アラネーアは普通の魔獣とは一線を画しています。神話級の生物ですから一生関わりありませんよ」
「ラリサの白蜘蛛が出張して倒してくれないかなあ・・・」
金にはならないと知り、とりあえずエドヴァルドはさっさとそこを通過してアルシア領の関所に向かった。




