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荒くれ騎士の嘆き歌  作者: OWL
第五章 蛍火乱飛~前編~(1430年)
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第2話 アルシアへ②

 翌朝、日が登る前から出立の準備を始めて登ると早々に宿を出た。


「ある程度干し肉などは買い込みましたが、途中狩れる物があれば狩り、獲れる野草があれば取りましょう。また補給出来るとは限りません」


奥地に行くにつれて塩の値段も上がるのでもともと多めに持ってきている。

荷馬車には塩漬け保存用の壺もあった。


「メッセールは野外生活の経験が?」

「ええ、王命とあらば山中で人を追跡し何週間も捜索する事がありました」

「僕らも結構狩りは得意ですよ!」


ディアマンティスは誇らしげに言った。

東方原産である蚕のサナギやらザザ虫らも見つけて揚げたりして食するという。

ちなみに絹の生産、流通は行われていない。

服は木綿や麻が主流だ。帝国では錬金術師によって合成繊維が開発され、人造絹糸もある為、本土工場での量産が可能な繊維の利用が一般的になっている。


「虫か~。僕はまだちょっとなあ」


土地の名産品ということで領地の見回りをしている時に何度か食べる機会はあったが、エドヴァルドも一応王宮暮らしが長かったのでいまひとつ馴染めない。


「食べられるようになれば、飢饉が起きても早々餓死しないで済みますよ。南方圏の人も文句言わずに食べればいいのに」


エッセネ地方は食糧生産能力はそこそこ高く、熱帯雨林気候に近いので干ばつもほぼ無い。二毛作、焼畑農業も行われ豊かな森林資源と水資源に支えられている。

帝国や北部のような小麦よりも稲作が中心で、収穫量も多く人口も多めである。

米の生産量は小麦よりも5割以上高く効率的だが、輸出に回している分も多く一度飢饉が発生すると人口が少なく、狩猟生活中心の北方圏よりも餓死者は格段に多くなる。環境が近い東方圏南部の同盟市民連合でも同じだった。


エドヴァルドは農地のいくらかを牧畜に回したり段々値上がりしつつある木綿を輸出する為、綿の種子を買い付けたいと考えていた。

価格が高騰し始めているのは帝国を中心に生活に余裕がある市民が増えてきた事で、食料品や身の回りの品の質についてもっと良いものを求め始めたせいだ。


しかし、どんどん押し寄せる難民の食料を確保する為になかなか農地の転換は出来ず、種子を買う費用も捻出出来なかった。


「やっぱり食生活、習慣が違うとなかなか受け入れるのは難しいか」


難民に肉を欲しがられたりすると何を贅沢な、と領民は怒る。

難民達は東方圏と南方圏を繋ぐ自由都市連盟の大都市で一旦滞在してから東方各地に移民先を割り当てられていき、自由都市側、東方行政長官らはスムーズに移民させる為、目的地は豊かな土地で飢える事も無く、仕事と寝床は確保されると言って送り出してくる。

自由都市ヴェッターハーンの人口は百万を越えており、受け入れ可能な数の限界なので仕方ないのだが、受け入れた側は難民に苦慮していた。


「後の事は我々や子爵達が面倒を見ます。若はどうぞ帝都での暮らしに気を付けてください」

「ああ、有難うメッセール。苦労をかける」

「なんのなんの」


珍しく礼を言われてメッセールは鷹揚に頷く。


「母上の事を頼むな」

「はい、お任せください」


母を他人に任せる事に未だに悔いがあり、エドヴァルドは神妙な面持ちでメッセールに後事を頼んだ。ディアマンティスは暗い雰囲気を吹き飛ばすようにことさら明るい声で二人に声をかける。


「そんな挨拶をするのはまだまだ早いですよ。アルシア王国の港まで一ヶ月くらいかかるんでしょう?」

「ああ、そうだな。じゃあ、行こうか」


 ◇◆◇


 一行が人気のない街道を進んでいくと先の方から悲鳴が聞こえた。

誰かが助けを求めているようだ。


「私が調べて参ります。若はお待ちを」


馬を駆ってメッセールが走り出し、エドヴァルド達は武器を準備して慎重に後を追った。


追った先の道ではここらでは見かけない服装の男の死体がひとつ。

背中に背負っていたらしい袋が切り裂かれて中の物が転がっていた。

行商人か何かのようだ。


剣戟の音を追うと、森の中にさらに死体がひとつ。

昨日見かけた傭兵だ。

そのもう少し先でメッセールが色黒の小男と戦っていた。

他に二人傭兵がいたが、負傷していて助けにはなりそうもない。

メッセール一人が馬上で剣を抜いて戦っている。

小男は手斧を二つ持ち、一つをメッセールに弾かれると即座に降参した。


「待った、待った。あんたらと戦う気は無い。やめてくれ」


降参したといってももう一つの斧は手放さないのでメッセールは警戒したまま問うた。


「何者だ?何故こいつらと戦っていた?」

「俺はパルタスの奴隷戦士リド。ご主人様の恨みを晴らす為、こいつらを待ち伏せしていたんだ」

「パルタスの人間か・・・」


帝国人を恨むのは無理もない。

エッセネ地方に流れてきた賊と違って、直接帝国兵に復讐しようとしているだけまっとうな奴だ。


「こいつ!よくも仲間を!殺してやる!!」


傭兵の生き残りが怪我を抑えて立ち上がり、リドを刺し殺そうとしたがエドヴァルドは待ったをかけた。


「おい、勝手に殺すな」

「知るか!!」


傭兵はなおも武器を構えて突っ込んでいくのでメッセールがその剣を払った。


「何しやがる!」

「それはこちらの台詞だ。若のご命令が聞けなかったのか?」

「何で、俺がそこのクソガキの命令を聞かなきゃならねーんだよ!」


荒々しい傭兵にメッセールは切っ先を向けた。


「もし、もう一度その下品な口で若に無礼な口を叩けば帝国兵だろうがなんだろうが殺す」


槍を構えた従士達も取り囲む。

怪我をしたもう一人の傭兵も従士に槍を向けられた。

狼狽えた傭兵は抗弁する。


「いいのか?帝国軍駐屯地も近いんだ。お前らがこのごろつきを庇うんなら帝国に敵対したとみなされるぞ。こいつは帝国軍と契約している商人を殺したんだ」


先ほどの行商人らしき死体がそれらしい。

民間人を殺したとなるとまた話がちょっと変わる。

どうしたものか迷っている間にリドが飛び出してメッセールと向き合っていた傭兵の頭に斧を叩きこんだ。


「あっ、こら!」


エドヴァルドはそれは無いだろ、とリドに文句を言った。

最後に残った傭兵は恐怖して地べたを這いまわって逃げようとしたが、リドはさらに斧を投げて追い打ちしてしまい結局全員殺してしまった。


「なんて真似を!」


降参したといったのに武器を振るったリドに対してメッセールは剣の腹で叩きリドを地面に討ち伏せた。仰向けに倒れたリドはそのまま起き上がらず、両手を広げていった。


「俺が降参したのはあんたらであって帝国人じゃない。あんたらも処置に困ってたろ?だから俺が始末してやったんだ」

「むう・・・確かに」


目撃者は全員消したので問題は無くなった。

駐屯軍と傭兵に好感を持っていなかったのでエドヴァルドはまあいいかと判断した。


「僕らは何も見なかった。関わらなかった。メッセール、もう行こう」

「は」


さっさと立ち去ろうとしたエドヴァルド達だったが、リドが待ったをかけてきた。


「まあまあ待ってくれよ。あんたらは俺を殺さずにいてくれた、命の恩人だ。何か礼をさせてくれ」

「必要無い」

「そんなことないだろう?お坊ちゃんたちがここを通るなら住民にどう思われるか。寝込みを襲われるかもしれないぜ。現地人の助けがいるだろう?」


確かに道案内は無いよりはあった方がいい。


「よし、決まりだ。ちょっと待っててくれよ」


そういってリドは斧を持ち出して、傭兵達の四肢を切り離し始めた。

まだ血が固まっていないのでどろどろに溢れてくる。


「何をやってるんだ」

「何って?解体して近くの村に売るんだよ。俺はご主人様の館で肉の解体の仕事を任されていたんだ」


本来は豚や羊の解体をしていたが、今は略奪されてしまった村人たちの為に帝国兵に復讐した後、さらに人肉を売り捌いて生計を立てているのだという。


「止めろ、気持ち悪い」

「何故?食わなきゃ野の獣の餌だぜ?」


リドはどんどん傭兵の体をバラバラにしていく。

さすが解体職人だけあって手慣れたものだ。


「人が人を喰うなんて・・・」

「ん?飢饉が発生すればどこも同じじゃないのか?」


バルアレス王国はそうそう飢饉は発生しないが、領主が重税を課し過ぎて、飢えた人々が闇市場をつくって謎の肉を売買することはあった。

そして兵糧攻めにあった都市の場合人肉市場が形成されるのは当たり前の事でもあり、第二次市民戦争中の西方圏では全土で人間同士の共食いが発生した。一部の帝国新聞社や自由都市連盟の新聞社もそれを公表し、そこまで追い込んだ帝国政府は非難の的だった。

帝国政府の政府機関紙のような新聞社でも惨状を捨て置けないほど異例の事であった。


エドヴァルドはそういった事は知識で僅かに知っているだけだが、メッセールの方はさすがに実地でもよく知っていた。


「お前らのやり方には口を挟まないが、今は先を急ぐ」

「いいぜ、もう終わった」


リドは頭を残して網の中に帝国兵の四肢を淹れ終わっていた。

内臓は捨ておいて獣にくれてやるようだ。


「頭は?」

「帝国軍基地の壕にでも投げ込んで行こう」

「・・・何故そこまでするんだ?」


エドヴァルドも領主として犯罪者を自ら斬首しなければならない立場だし、ラリサを襲った賊に容赦しなかったが、死体を弄ぶ趣味は無い。


「これはな、供養なんだよ。俺はこの仕事に誇りを持っているんだ」


リドは血を拭って朗らかに笑った。

ディアマンティスはこいつ気でも狂っているのかと不気味がっている。


「供養?誇り?」

「仲間も皆殺しにしちまったし、故郷から遠く離れた地で誰も弔ってなんかくれやしないだろ?俺はな恨みのある相手でもちゃーんと供養して輪廻転生を助けてやるんだ。こんな極悪人共でも水に流してやれば水の神様達は冥府の川へ届けてくれる。こいつらは家族が弔ってくれなくても道に迷わずに済むんだ。俺って優しいだろ?ご主人様も定期的に畜霊祭までしてくれてたんだぜ」


彼の宗教観では祀る者がいないと亡者として蘇ってくるという迷信があり、それを防ぐ為にやっていることでごく常識的な行いらしい。エドヴァルド達も宗教観は近いが、水を汚してはならないのは絶対の掟なので死体を投げ込む事は許されない。


「わかったわかった。勝手にしろ。でもお前の手配書が回っていたりして、お前の仲間だと思われると困る。やっぱり僕らは先に行く」

「そうか?じゃあいつか恩を返すよ」

「期待してるよ、リド。じゃあな」


エドヴァルドは気のない返事をして別れた。

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2022/2/1
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