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荒くれ騎士の嘆き歌  作者: OWL
第五章 蛍火乱飛~前編~(1430年)
145/372

第1話 アルシアへ

 新帝国暦1429年冬。

エドヴァルドは収穫期が過ぎるとメッセールとその従士を連れてラリサを発った。

以前の通行証がまだ有効なので、東部国境のエールエイデ伯の関所を通過し同盟市民連合の勢力圏を抜けてアルシア王国へ向かう事になる。

途中のエールエイデ伯領を黙って抜ける訳にもいかないので一応彼の居城も訪問した。


「殿下、同盟市民連合へ何の御用ですか?」

「通過するだけだ。別に用などない」

「どちらへ?陛下のご指示ですか?」


エドヴァルドはいくら呼んでも参上しなかったこの男にいちいち教えてやりたくはなかったが、自分が留守の間はこの男がエッセネ地方の最大の実力者となり諸侯の庇護者になる。

教えざるを得なかった。


「帝都だ。当分戻らないから仕事はアルカラに任せてある。時々手紙で指示を出すから彼に従え」

「承知致しました」


どうせ貢納してこないのだから、承知したといっても結局何も変わらない。


「して、帝都にはどのようなご用事で?」

「見聞を深めに行く。卿らは俺が子供だと思って従う気はないようだからな」


エドヴァルドの不機嫌な口調に対して伯爵は大仰に詫びた。


「なんとそのような誤解を与えていてしまっていたとは我らが不徳。お許しくださいませ。ここまでの道のりでお分かりかと思いますが、同盟の残党が山賊となって各地を荒らしまわっておりますし・・・」

「賊なんぞとっくの昔に俺とシセルギーテ達で処分した。今も残っているとしたら国賊くらいなものだ」

「それはそれは・・・田舎領主ゆえ、世情に疎い事をお許しください」


面の皮の厚い奴だと思ったが、エドヴァルドが動かせる何十倍もの兵力をこの男は持っている。エッセネ地方に親族も多く、アイラクリオ公とも繋がっているのでとても打倒出来ない。この場で首を刎ねるのは簡単だが、領地を制圧出来ない。

そしてこの男を殺せばアイラクリオ公と敵対し、ひいては実の兄と敵対することになる。

まだエドヴァルドにそこまでの力も無いしその気も無い。


「じゃあな、ラリサには帝国の魔術師達も残っている。反逆者だと思われたら駐屯軍がすっ飛んでくるぞ。せいぜい気を付ける事だ」


伯爵は「ははー」と顔を伏せたので表情は伺いしれない。


エドヴァルドは舌打ちして、国境を越えた。


 ◇◆◇


 東進して同盟市民連合の勢力圏に入ったが、噂通りあちこち荒れ果てていた。

帝国軍に焼かれた家々も未だ復興していない。


街道脇でひと休みして弁当を食べ、水筒を開くとすぐに羽虫が寄って来た。


「くそっ、あっちいけっ」


食べかけのものに一瞬コバエが取りつき、追い払った後、それでも食べようかどうしようか迷ったが結局捨てた。余所見をしている間に竹の水筒の中にはやはり小さな羽虫が入り込んで浮かんでいた。


「ああああっもう!!」


エドヴァルドは地団駄を踏んで悔しがる。

野犬か何かの小動物の腐った死体が近くにあり、そのせいで近くに虫が湧いていたのだった。街道脇であれば普通は聖職者だの近隣の村の人だの、街道巡回中の兵士だのが始末してくれるだろうに、通行人が全然いない為、腐り果てていた。


「帝国軍が荒らして行ったのは随分前の筈じゃないのか!」


あちらこちらに鼠も走り回っている。


「日差しを恐れていませんね・・・」


エドヴァルドの小姓としてついてきたディアマンティスが鼠の群れの大移動を遠巻きに眺めて言った。クレメッティはヴィデッタと結婚し早速彼女が妊娠したので置いてきた。


「あぁ・・・マクー鼠とは違う種類のようだ」


上空を飛んでいた一匹の鳥が舞い降りて来て、エドヴァルドの肩に留まった。

そしてその鳥は人間の言葉で喋り始める。


<<この種類の鼠とマクーで繁殖されると不味い事になるやもしれぬ。儂はコレを一体掴んで一度ラリサに戻る。警戒を怠るなよ>>


「わかりました、老師」


声の主はイザスネストアスで、使い魔を遠隔操作していた。そして近くの鼠を捕えてまた西へと飛び立つ。


「どうも不気味ですねえ・・・。鳥が人間の言葉を喋るなんて」

「正確には魔術で人間の声音の音を合成しているだけだ。鳥が喋っている訳じゃない」

「似たようなもんでしょう?」

「まあ、そうだな」


非常に高度な遠隔魔術の為、エドヴァルドも説明された通りの事をそのまま口にしているだけだった。


「俺達はこの地域の人々に嫌われているかもしれないし、鼠避けの粉を撒いて野宿できる場所を探そう」

「はい」


できるだけ民間人との接触を絶って進むつもりだったが、途中の川には死体がぷかぷか浮かんでいるし、焼き払われた村の井戸で水を汲もうとすれば水底には腐った死体があった。


湧き水を濾過したりして進んだが、途中に被害を受けていなさそうな村があり立ち寄って食料品や水を補給する事にした。


念のため、エドヴァルドの護衛であるメッセールが先に村に入って様子を確かめることになった。


 ◇◆◇


 幸いその村には食堂兼宿屋があった。


メッセールはラリサの魔術師達に魔剣と魔導装甲を修復して貰い魔導騎士として完全な力を取り戻している。彼の真っ黒な甲冑は明らかに同盟市民連合で製作できる金属鎧の技術レベルを超えていたので宿の女将もメッセールの登場に驚きの声を上げたが、メッセールは東方圏の共通語で話しかけて安心させた。

兜も脱いでカウンターに乗せ、顔を見せて同じ東方人であると示した。


「五人分の水と食料を一週間分買いたい。代金は正当な料金を支払う。用意出来るか?」

「え、ええ喜んで。荷馬車がおありでしたら息子に積み込ませます」

「頼む」


しばらく話してどうやらこの村は帝国駐屯軍の庇護下にあるようで治安も問題ないと確認した。メッセールは女将の子と奉公人をエドヴァルド達の所まで連れて行き荷馬車を馬小屋に連れて行かせていったん荷車と分離して少し馬も休ませてやった。

たまには宿を取るかという事で積み込みは明日させる事にして従士達には村に鍛冶屋や馬具師がいないか探させて、いれば荷馬車の金具などを点検をさせる事にした。


エドヴァルドとディアマンティスも食堂にやってきて休憩し久しぶりにまともな食事にありついた。


 そしてしばらく疲れを癒していると別の客が来た。

複数の兵士の集団でメッセールは警戒する。


「女将!酒だ!」

「はい、ただいま」


東方圏共通語を使っているが帝国の訛りがある。

エドヴァルド達は顔を見合わせた。


「正規兵・・・ではないですね。軍装からしてまとまりがない。傭兵のようです」


帝国には約百個の軍団があるが、東方圏が最も広大なのに第17~第33軍までしか置いていない。大半は蛮族戦線に注力していたので手が足りない分は傭兵を雇って同盟市民連合の監視を行っていた。


 この宿に入ってきたその傭兵達はメッセールの後ろの席に陣取った。


「で、昨日の村はどうだった?」

「いやー、駄目駄目。どいつもこいつも女を隠せ、帝国兵が来るぞってんでどこにもいやしねえ」

「俺が行った村は女の髪を切って顔を汚して男の子とわからなくさせてたな」

「なーんだ、おめえそれであっさり引き下がったのか」


彼らは帝国共通語で話していた。

一応メッセールは騎士であり、知識階級なのである程度理解出来る。

エドヴァルドも留学の為に魔術師達にみっちり仕込まれた。

傭兵達はエドヴァルド達にあまり注意を払わず会話を続けた。


「引き下がるわけねーだろ。何人かは男だったが女もいたぜ。俺らは全員構わずぶちこんでやった」


そしてギャハハと下品に笑う。


「うえー、お前男でもいけるクチかよ」

「ガキのきめ細かい肌は男も女も同じだろーが」


男か女かというのは刹那的に生きている最底辺の傭兵にとっては些細な問題だった。


「そういや海賊共は山羊でやるっていうけどマジだと思うか?」

「おー、マジマジ。女の実物と大差無いって話だぜ」


海賊や長距離輸送船は栄養補給の為に新鮮な食材や水分を欲して山羊を船に乗せる事がある。そして閉鎖的な環境に押し込まれ、たまの上陸も許されないような水夫は娼婦の代わりに山羊を利用するという話だった。


「へぇ、でも試してみる気は無いな」

「海の上で女日照りが何十日も続いたら気が変わるかもしんねーぜ」

「おいおい、ヤってんのがバレたらさすがに軍団に捕まるぜ。一応法律もあるらしいからな」

「マジかよ。けだもんとヤルのまで想定した法律あんの!?」


あるある、策定した奴もどうかしてるぜと傭兵達は大笑いしていた。


「クズどもが・・・」


エドヴァルドは呟いた。

こういう連中のせいでエッセネ地方に同盟市民連合の残党が流れてきたのだ。

帝国正規兵はいちおう規律があり、東方行政長官の監視もあるのであまり暴虐を働く事は無い。充足率が高かった大戦以前と比べると質は落ちたが、それでもまだ普通の国の兵士よりは規律がある。


が、この傭兵達には無かった。


「あ?なんか言ったか坊主?」


エドヴァルドの呟きに反応した傭兵の一人がこちらに顔を向けた。

背を向けていたメッセールも半身をずらして不意の事態に備えた。


「おい、止せ。アレ、魔導騎士だぜ」


帝国軍には数個軍団に一人の割合で帝国騎士が所属している。

厄介な魔獣が軍団基地の近くに現れた時に始末して貰ったり、近隣の従属国への牽制の為だ。傭兵達もその帝国騎士かといぶかって同じ座席のエドヴァルドにさらに文句をつけるのを止めた。


「なんであいつ剣を二つもぶら下げてんだ?」


傭兵のひとりがひそひそと話し始めたが、十分声は通っていた。


「さあ?体をいじくられた人間の考える事はわからん」

「あいつらってマジで魔術師に人体実験で改造されてんの?」

「おうよ、そうでもなきゃ素手で岩なんか砕けんだろ」

「うへえ、マジでバケモンだな」


荒くれ者達は酒が入って段々声が大きくなる。


「人が品性を失った化け物になるのに魔術師にいじられる必要はない」


エドヴァルドは帝国語でせせら笑ってやった。

お前らが好例だといわんばかりに。


「なんだと!?このガキ!!いちいち何度も絡んできやがって!!」


傭兵達は立ち上がり武器に手をかけた。

当然メッセールとディアマンティスも立ち上がり一触即発の状況となる。


メッセールは二本の長剣を抜き放って言った。

普通は長剣を二本同時に操らないが、魔力で肉体を強化していれば腕力に余裕が出て問題なく扱える。


「この剣は魔獣の固い皮も貫くエゼキエル鋼の剣。もう一つはただの良く鍛えられた鋼の剣。我が君に武器を向ければ殺す」


メッセールは静かに威圧する。

その言葉で傭兵達は相手が帝国騎士ではない事を理解した。


「い、いいのか?お前らの国に帝国軍が攻めても?」


傭兵らは戦っても勝てない相手だと察して自分達のバックの力を借りて脅しに入った。


「こちらには帝国騎士も帝国の魔術師もいる。貴様らのような世間知らずのクズ共の為に帝国の軍務省が動くと思うか?」


傭兵達は相手がただの田舎騎士ではないのをうすうす理解してきた。

高位の貴族らしき少年とその護衛騎士で高等教育を受けており、帝国の事にも詳しい。帝国騎士や魔術師と関係があるのも嘘ではなさそうだと思った。

しかし刹那的に生きているような男達には簡単にビビッて逃げる事もできない。


恐慌状態に陥って襲ってきそうだった為、メッセールが殺すしかないかと思った時従士達が戻って来た。


「メッセール様、馬具師が見つかりました。早速点検して貰います。あれ、どうかなさいましたか?」


新手がやって来て数の上でも不利になってようやく傭兵も慌てて逃げ出す事が出来た。多勢に無勢とか何か理由が無ければ、相手に腕で劣ると分かっても逃げられないのが荒くれたちの矜持だった。


メッセールも余計な戦いを避ける事が出来てほっと一息つく。


「なんでもない。お前達も交代で食事をとり馬の面倒をみろ」


殺すのも簡単で、言い訳も可能だろうが殺した事が知られれば近隣の帝国軍から出頭要請が来て略式でも裁判はあるかもしれない。

その場合、旅程が大幅に遅れざるを得なかった。


メッセールは一応エドヴァルドに騒ぎを起こさないよう頼み、一息ついた。

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2022/2/1
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