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荒くれ騎士の嘆き歌  作者: OWL
第四章 選帝侯の娘(1428~1429)
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番外編:皇帝カールマーン

 皇帝は白銀の鎧に鮮やかな赤い外套をまとった騎士、すなわち近衛騎士を招集した。


「ヴォイチェフ、シクストゥス、ケレスティン。余が前線に行く必要があるかもしれん。近衛兵団の出撃準備をしておけ」

「「はっ」」


最近近衛騎士に加わったケレスティンは皇帝が親征すると聞いて真意を問うた。


「恐れながら陛下は武人でも無く、これまで前線指揮を取った事は無かったかと思いますが、督励が目的でしょうか?」


カールマーンは頷き、それからヴォイチェフら他の近衛騎士に退出を命じてケレスティンと親衛隊長サビニウスを残して会話を続けた。


「そうだ。情けない話だが各皇家の指揮官はスヴァストラフ元帥の命令を聞かん。憲兵隊に逮捕をちらつかせて脅したが聞かなかった。奴も脅したのなら実行すればよかったのだ」

「しなかったと」

「うむ。それで各軍収集がつかなくなった。もはや余がいくしかあるまい」


閣僚はごっそり入れ替わり軍務大臣も長年の功労者が辞任して軍事委員会の議員から選ばれたが、大臣を前線に派遣しても到底皇軍が命令に従うとは思えなかった。

実戦指揮官の最上級司令官である帝国元帥の命令も聞かない以上、皇帝が直接行くしかない。


「全軍は広く展開しているとはいえ30万は派遣していると伺いましたが、近衛兵団だけで足りますか?」


近衛兵団は五千人しかおらず、主要任務は皇帝の大宮殿の警備で遠征向きの部隊ではない。帝国本土の軍団はほとんど国内各地の反乱鎮圧に向かっていて橋や主要街道に必要最低限の駐屯部隊を置いているだけだ。


「命令を聞かせるのは各軍の司令官一人だけだ。余が斬れと命じたら即座に斬ればよい。卿の腕なら魔導騎士でもない只のいち軍人くらい簡単に斬り伏せられるであろう」

「勿論、仰せに従いますが部下が仇を討とうとしてきた場合は?」


ケレスティンは皇帝の身の安全を守ろうと細かく聞いたが、皇帝は一笑に付した。


「心配するな。現地についたら余の陣営地を建設して一人一人呼ぶだけだ」

「出頭を拒否したり、命令不服従があった場合には?」

「アル・アシオン辺境伯と合流する」


辺境伯軍20万で一つ一つ囲んで命令不服従者を叩き潰す事になるが、皇帝が断固とした決意を見せれば命令に従わない派遣軍ではないとカールマーンは踏んでいる。

皇帝直々の命令に反抗すれば派遣した皇家自体の失態となり、ひいては皇帝選挙開始前に粛清される事になる。


「分かりました。陛下の御決意が確かであれば私も誰が相手でも迷わず斬りましょう」

「誰でも?それがフランデアン王でもか?」


皇帝に反問されたケレスティンはむっとするのを抑えられなかった。

ケレスティンとフランデアン王は共に同じ王宮で育った幼馴染である。

ケレスティンは本来レイヴン公家を継ぐ身であったが実家の後継争いを避ける為に母国を出てほぼ傭兵のような役割で帝国騎士となり、皇帝の目にとまって近衛騎士となり特別に宮中伯の称号も得ている。


「すまんすまん。冗談だ。それだけはない。卿には東方と帝国の橋渡しになって貰いたいと余が請うて騎士になって貰ったのだから」

「私はまだ帝国風の冗談に慣れていないようです。陛下ですから自重しましたが、我々東方圏の人間は侮辱と受け取るとすぐに剣を抜きますから陛下もお言葉には気を付けてください。・・・あぁ、御無礼を申し訳ありません」


親衛隊長サビニウスは少しだけ体を緊張させた。

近衛騎士だからと油断していたがケレスティンがその気になれば皇帝の首は落ちていたのだ。ケレスティンが詫びるのがあと一瞬遅れていればサビニウスは剣に手をかけていた。


皇帝は騎士の脅しに気にせずむしろ愉快そうに笑った。


「よいよい。だからこそ卿を招いた甲斐があったというもの。これからも率直に話して欲しい。余も率直に話すとしよう。・・・フランデアンの勢力が帝国を越えぬ限り余は悪戯に彼と敵対せぬ。彼とは昔から個人的に話す事も多くてな。世界最古の国の王と世界最古の帝国の皇帝であるこの私とはなかなか余人には出来ぬ話も多いのだ」


肩にかかる歴史の重みは権力の頂点に立つ者同士でないとわからない。

皇帝にとってフランデアン王は価値観を共有できる唯一の同志で良好な間柄である。


「御冗談とのこと。安堵いたしました」

「うむ。それで卿を残したのはひとつ相談事があってな」

「伺いましょう」

「実はウルゴンヌ女王から一つ情報提供があった。どうしたものかと判断に迷い卿の意見を聞いてみたかったのだ」


皇帝が語ったウルゴンヌ女王からの情報とは自由都市ヴェッカーハーフェンで流刑処分を受けている元皇家バルディ家のギルバートが反乱を画策しているという話だった。

ギルバートは先々代の当主が選帝選挙中に逮捕されて一族流刑処分を受けた。

流刑といっても一ヶ月に一度流刑地の市長に出頭して所在報告をする以外は自由で財産も保証されている。


ただし政治的活動を行わない事を条件としての軽い措置だった。


「私に聞かれても常識的に証拠を押さえて処断されてはどうですか?と返答するほかありませんがお尋ねになるからには何か特殊な事情がおありですか」


皇帝はうむとひとつ頷いた。


「ギルバートは自分の内縁の妻に一族の旧領を回復させたいと活動しているらしい。その旧領とは旧スパーニアのイルラータ公領にある」


つまり現在はウルゴンヌ女王の支配下にある。


「なるほど、ギルバートとやらの活動は反ウルゴンヌであり、反帝国活動ともいえるわけですね」

「そうだ。反ウルゴンヌ活動については証拠もあるらしいが、反帝国活動とみなすには不十分でな。これは帝国から調査官を送るしかない。そこで、だ」

「ああ、把握致しました。私がその調査をすればよいのですね」


帝国は法務省監察隊の外国活動を禁止した為、この手の活動を担う実働部隊が不足していた。フランデアンの疑心を招かないように活動を行う必要もある。

元フランデアン貴族であるケレスティンなら両国にとって妥協点を見つけやすい。


「そうだ。部下はつけるが代表として途中で余とは別行動を取りウルゴンヌ側と協力してギルバートの真意を探って貰いたい」

「狙いとは?内縁の妻に旧領を回復させる以外の目的に何か心当たりが?」

「イルラータ大公ズュンデンはスパーニア戦役で先鋒を務めてウルゴンヌを荒らしまわった為、女王により半監禁状態にある。ほぼ女王の直轄地と言っていいだろう。もともとウルゴンヌ公国時代から貴族達は私領を返上した我が帝国に近い支配体制だった。それをイルラータ公領にも導入しる為、もともとギルバートの妻が旧領を奪回する余地などないのだ」

「では、陛下はどのようにお考えなのですか?それ次第で私もどこまで踏み込むのか覚悟か変わって来ます」


ケレスティンはもし自分がギルバートという男だったら、と考えた。

穏便に済ませる場合、内縁の妻、ようするに愛人に父祖の領地を取り戻させてやるには功績でも立てて女王から特別に領地を貰う必要がある。

しかしそれは政治活動を禁止されている流刑囚のギルバート自身には不可能な事だ。


「余の考えというより内務省は今起きている国内の反乱を示唆したのはギルバートではないかと疑っている。奴のバルディ家の旧領ばかりで起きている反乱だからな」


軍務省には討伐軍を送らせつつ内務省は反乱の裏にあるものを調査していた。


「では最終目標は帝国を転覆させ自身が皇帝になろうというものでしょうか。あまり現実的とは思えません」

「そうだな。卿には女王との橋渡しになって貰えればよい、調査は内務省の職員が行う。場合によってギルバートを捕えて余の前に連行する事も許可する」

「承知致しました」


皇帝が前線の視察に赴くのは20年振りの事だった。

近衛兵団にも前線に赴いた経験がある人間は少なく遠征に不慣れで兵站の手配に手間取った。


翌年の春、兵団の8割が帝都を空けて皇帝を警護し出陣する事になった。

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2022/2/1
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