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荒くれ騎士の嘆き歌  作者: OWL
第一章 すれ違う人々(1425-1427)
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第14話 大公女セイラ②

 セイラはまだ同行者が着いていない為、コンスタンツィアに出発日の延期を頼んだ。


「え、まだ出発してはいけないの?」

「済みません、そうして頂きたいのはやまやまなのですが、フランデアンからフィリップ様が騎士を連れてこちらに向かっているのです。コンスタンツィア様の安全を確保するにはフィリップ様にしばらく同行して頂くのがよいかと思います」


東方の大君主の息子が同行しているとなれば、ちょっかいを出す者はいない。セイラ達ではイーネフィール公領内はよくてもウルゴンヌ王国の直轄地では敵視されているので護衛にならない。


「仕方ないわね。でも市内観光は済んでるのよね。少し南にある神殿領くらいなら行ってもいいかしら?」


第二帝国期(神聖期)に暴政を振るった神殿領は現在ではほとんど没収されているのだが、この地域は特別に残っていた。東にある神々の森の妖魔たちを調伏する為である。


帝国が第一帝国期(征服期)に建設した白の街道は帝国本土から沿岸部沿いに続いていて南の神殿領にも続いている。そこを通れば安全に早く着けるのでコンスタンツィアは早く出発したがった。

セイラはフィリップ到着まで待って欲しかったが、レクサンデリがコンスタンツィアの肩を持った。


「街道沿いは帝国の法が通用するし、別に構わないんじゃないか。聖マルガレーテの聖地なら私も行ってみたい」

「え、まさか貴方も来る気なの?レクサンデリ、男性が行くような場所じゃないのよ?」


最初の目標地は自由都市の南にある帝王切開を可能とした聖女の聖地である。


「君に何かあっては困るからな。エイラシルヴァ天に続いてダルムント方伯家の血筋が絶えては困る。早いところ元気な男子を産んでくれよ、帝国人の選帝侯は今は二人しかいないんだ」


子供を産み血を残す役割としてしか見られていない事にコンスタンツィアは不快気に眉を跳ね上げた。


「あら、貴方が協力してくれるおつもり?」

「ふっ、まさか。君に手を出したら聖騎士達に殺されてしまう」

「勘違いして貰っては困るのですけれど、聖堂騎士達は我が家が再組織化したといってもうちの私兵ではないのよ?」

「こうして君の護衛をしているのにか?」

「巡礼者の警護はもともと彼らの聖なる義務よ」


コンスタンツィアとレクサンデリは軽口を言い合っているが、男女の仲に発展しそうにない。セイラの侍女達は二人をくっつけようと画策してみたが、無駄だった。

選帝侯と選定される側の皇家で婚姻関係が結ばれる事はない。お互い最初から対象外だった。


セイラは市内にある闘技場を観戦して時間を潰そうかと提案したものの、コンスタンツィアには命を粗末にする遊びなどみたくないと拒否された。


 結局、セイラが折れてイーネフィールの騎士達と一緒に神殿領へ向かった。


セイラはコンスタンツィアと馬車で同乗し婚約者がいないか聞き出そうとしたが、あまり明確な回答は得られなかった。それでも割と話しやすい相手で、帝国貴族への偏見が和らいだ。お守り役がいるとはいえ、保護者がいないので帝国の少女達はのびのびと過ごして思ったよりお高くとまってはいなかった。


 セイラは気になる事があって優れた医療技術を持つ帝国の事を尋ねてみた。


「ところで帝王切開って今は技術継承されているのですか?」

「いいえ、もう失われた技術よ。ウェルスティアの神官の助けが無ければとても叶わないわ」

「あら、そうなんですか。ウルゴンヌの女王陛下は一時期帝王切開が必要になるのではないかという話も出ていたんです」


 女王の下へは帝王切開の守護者として有名な聖マルガレーテ伝がお守りとして取り寄せられていた。


「もし実行していたら母体は助からなかったわね。赤子は生き延びたかもしれないけれど」


セイラとしてはウルゴンヌ女王が出産で亡くなっていたらどうなっただろうと想像した。フランデアンがウルゴンヌを完全併合していただろうか、いや、それは帝国が許さない。

生まれたばかりのフィリップが国王として即位して、イーネフィール公が摂政となっていた可能性が高いだろうか・・・。


「セイラ様、セイラ様?」


ぼんやり考えていたセイラにコンスタンツィアの取り巻きが尋ねた。


「あ、済みません。いまこちらに向かっているフィリップ様は女王陛下のお腹の中に二年いらっしゃったんです」


当時、帝王切開で強引に取り出すべきかという議論があった。


「へぇ、そうなの。結局自然に出産したのかしら?」

「ええ、評判の祈祷師に助けて貰ったそうです」

「祈祷師に?産婆の努力ではなくて?」

「さあ、さすがに現場にいた訳ではないので詳細は。ところでコンスタンツィア様はどうして巡礼の旅に?失礼ながらそれほど信仰熱心ではないようにお見受けしましたけれど」


むしろ取り巻きのヴァネッサの方が熱心に見える。しかしその割には旅を急いでおらず、もう少しヴェッカーハーフェンに滞在してフィリップを待とうと提案していた。


「臥せっている母の頼みでね。代理巡礼よ。ついでに将来子宝に恵まれるよう祈って来なさいってね」

「まあ、お母様がご病気なのですか。でしたらそれこそ神々に快癒を祈ったらどうでしょうか」


ウルゴンヌは湿地帯、湖が多い水の都。

イーネフィールは農業国で雨、川を神聖化している為、水の大神ドゥローレメを初めとする水の神々が敬われている。この周辺には水の女神にまつわる聖地が数多くあり、この地の女神達は神話上でも傷を負った神や英雄を癒す逸話に溢れている。


「いいのよ。母の病気の事は神々の助けを借りるべきものではないわ」

「でも代わりに巡礼に出るくらい大事になさっているんでしょう?」


セイラにはコンスタンツィアの行動がいまひとつ理解出来なかった。


「治癒の奇跡は神々の起こす奇跡の中でも特に有難い恩恵よ。病や怪我に苦しむ個人にとってはね。でも人類全体にとってはどうかしら」

「と、いいますと?」

「神の奇跡は一部の神官にしかなしえぬ神術の奇跡。寄進して叶えて貰ってもそれが出来るのは裕福な人間だけ。貧しい者は列をなして自分の番を待って死んでいく事になるでしょう?奇跡に頼っている限り医術の発展は無いの。神々の時代が終わってもう五千年、いい加減人は人の技術を磨いて自立すべきなのよ。医術だけではなくあらゆる分野においてね」


セイラにとっては目が覚めるような意見だった。

イーネフィール公領では毎年雨乞いの儀式がある。領地の繁栄を感謝し、今後も神々に加護を祈る大切な儀式だ。それが当たり前の行事だった。

しかし古代から続く東方職工会が技術や知識を独占し農耕技術は長年発展していない。医療についてもそうだ。帝国と従属国の差はこういった所からついてきたのだろうか。


帝国人との出会いはセイラにカルチャーショックを与えた。


「・・・まだお若いのに立派なんですね。お母様のこともあるのに」


セイラは尊敬の表情でコンスタンツィアを見上げた。純真な目で見つめられたコンスタンツィアは照れくさそうに言った。


「父の受け売りなのよ。だからあんまり買い被らないでね。わたくしだって奇跡にはすがりたいわ」


当初コンスタンツィアがフィリップに好意を持たないように画策していたセイラだったが、どうやら話しを聞いていくうちにダルムント方伯家は他の有力者とはつるまない傾向にあるらしいと知った。

今や帝国に次ぐ大国で、東方選帝侯のフランデアン王家と縁戚関係を結ぶ事はないようだ。


レクサンデリがその辺りの事情をそれとなくセイラに耳打ちして教えてくれた。所詮9歳のセイラの思惑など世慣れた商人皇子には筒抜けだった。


そして白の街道を飛ぶように馬車は走り、神殿領にも無事についた。


 ◇◆◇


 巡礼というより半ば観光のように一行は各神殿を見て回った。

太陽神モレスの神殿であるものを見て帝国貴族の女性達三人はくすくすと笑いだした。


「何か、面白い事でも?」

「ああ、御免なさい。気を悪くしないでね。どうにもアレが可愛らしくて」


帝国貴族の女性達の視線の先にはモレスの慎ましい男根がある。

視線の先をみてセイラは顔を赤らめた。


「もう!はしたないですね。次に行きましょう!」


セイラはぷりぷりしてモレスの神殿を出たが、コンスタンツィア達は何を怒っているんだろうとしばらく疑問げな顔をしていた。

念願の大地母神の聖地にも足を運びさて、帰ろうかという時にヴァネッサが寄りたい所があると言い出した。


「今出発しないと、ヴェッカーハーフェンにつくのが夜遅くになってしまうわ」


コンスタンツィアは寄り道に難色を示した。


「別に一日くらい遅れてもいいじゃありませんか。評判の占い師がいるらしいです。長旅なのですし、危険に出くわさないか占って貰いましょうよ」

「行く先は決まっているのよ。占い師に危険と言われても通る事になるし、わたくしは占いなんて信じないわ」


セイラや他の女性陣も占いに興味があったので、コンスタンツィアを宥めて寄り道することにした。どうせフィリップがいつ着くかわからないのだ。一日くらい遅れても支障はない。


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2022/2/1
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