第36話 コンスタンツィアとペレスヴェータ
コンスタンツィアは祖母とシャフナザロフの関係そして研究記録を解析するにつれて霊魂を知覚できるようになる必要があると考え始めた。
そこに辿り着いた時に初めて祖母に何が見えていたのか理解出来る。
啓示の世界、神の領域だが伝説を信ずれば貴族達は皆、神と人の子である英雄達の子孫である。可能性はあると信じた。
まずはコンスタンツィアは目を瞑ったまま周囲の状態を把握できるようマナを感じ取る感覚に意識を集中させた。現象界の意識を捨てて第二世界だけに集中し、それからさらに第一世界を探る。
なかなか成果が上がらず高祖母や曾祖母達と親しく家庭教師を務めていたという帝国魔術評議会評議長イグナーツ・マリアに面会を申し込んだが、何十年も眠りについたままらしくそれは叶わなかった。
次にコンスタンツィアは100年以上生きている女祭祀長エイレーネなら祖母の事を何か知っていないか尋ねたが、彼女は俗世と関わり合いになるのを嫌がり代わりに夢見術師を紹介してくれた。
「夢見術師とは何でしょうか?」
「夢の内容で吉兆を判断する占い師のことですよ」
「何故、占い師をわたくしに?」
コンスタンツィアには理屈がわからない。
「手ほどきをする気はありませんが、わたくしどもは神に祈り奇跡の発現を願います。この神術は第一魔術に属しますが、これは魔術評議会による分類なのでわたくしたちにとってはあまりおもしろくありません。個人的な意見はさておくとして、夢の世界とは夢幻界と呼ばれ、精霊達の世界に通じるといわれています。精霊達は夢を通じて私達に何らかの示唆を与え夢見術師はそれを解釈するというわけです」
精霊は妖精と並んで巷ではお伽噺の住人だが、妖精は現実に存在しフランデアンの森で今も生活している。精霊の方は現象界の住人ではなく実体を持たない。
「なるほど。では夢見術師とは魔術師なのですね」
「少し違いますね。精霊は東方圏においては神と同一視される第一世界の住人です。夢見術師を魔術師と呼ぶのは神術を扱う神官を魔術師と呼ぶようなものでしょうか。そういった意味でわたくしどもは評議会の分類を好んでおりません」
コンスタンツィアは定義で論争する気はなかったのでエイレーネの言い分を受け入れた。
「それでは、何故夢見術師をわたくしに紹介して下さるのですか?」
「メルセデス様の事が知りたいのでしょう?彼女が『夢魔』と恐れられていたことを知らないのですか?」
「いえ、恥ずかしながら・・・」
「そうですか、百歳くらいの魔術師ならば誰でも知っているでしょうからこれくらいは教えて差し上げましょう。彼女は成人してからずっと自宅を出た事がないのに大勢にその容姿と能力を知られているのは夢を通じて様々な人に会っていたからです」
コンスタンツィアにはそこまで高齢の魔術師の知り合いはいなかった。
イーデンディオスなら知っていると思われるが、彼は帝都に来なくなってしまったので聞く事も出来ない。
エイレーネは夢の世界でメルセデスの弟子になったという夢見術師コリーナを紹介してくれたが、コンスタンツィアが会いに行くと既に亡くなっていた。
コリーナには娘がおり、そのルクレツィアがいくらか教えてくれた。
彼女はまだ若いのに白髪で神秘的な雰囲気の女性貴族で赤く輝く指輪が目立っていた。母からいくらか手ほどきを受けていたという。
「コンスタンツィア様も夢見術師になりたいのですか?あまりお勧めは出来ませんが」
「いえ、わたくしは一族内で有名だった親戚、メルセデスの力を解き明かしたいだけです」
「そうですか。私も母に追い付きたいと思っているのですがなかなか出来ません。今はただの占い師として生計を立てていて貴族籍も抹消されそうなのです。御力になれるかどうか」
コンスタンツィアは何かしらヒントを得たいと思い、彼女が何を教わったのか根ほり葉ほり尋ねた。
「母やメルセデス様は幽体投射が出来たそうなのです。メルセデス様は単独で可能としたそうですが、母はメルセデス様に連れられて夢の世界を渡り歩いたと言っていました」
「幽体投射?」
「ええ、己の肉体を捨ててマナで己を作り夢の世界に入り込むそうです。私達もなんとか再現しようとしているのですが、時折同じ夢を見るのが精一杯です」
術者仲間が集まって瞑想しているうちに眠り込み、同じ夢を見ている事があるという。他人が見ると寄り集まって昼寝して寝言を言っているだけにしかみえず、彼女達は奇人扱いされていた。メルセデスの弟子だといっても妄想扱いされてしまっている。
「なるほど。参考になりました」
コンスタンツィアも修行に誘われたが、断って自力での習得に励んだ。
この件に関してあまり他人を巻き込んで下手に情報が漏れては困る。
マナで己を作りあげるという技には心当たりがある。古代遺跡で学んだ通り霊的根源 を深く認識し解き放つのだ。
◇◆◇
とはいえ、一朝一夕にできる事は無く月日が過ぎていたが、ある日学院の中庭でペレスヴェータが何もない処で何かを避けたりあらぬ方角を見ている事に気が付いた。そこはかとなくマナの濃度が濃いように感じられる。
「貴女、もしかして『視え』ているの?」
盲目で、口も利けないペレスヴェータは何も答えなかったが少しだけ微笑んでいた。
彼女は魔石を埋め込んだ白杖を持ち歩く時には無機物、人の手が入った石畳などの上を歩く時はコツコツと杖を突きながら歩いているがそうでない場所では常人と大差無い速度で歩いている。
雨が降りそうな天気の時には傘を準備しているし、フィリップには精霊が見えるという噂を以前聞いたが、それはペレスヴェータも同じなのかもしれない。
コンスタンツィアは自分にも視えると信じて日常生活でもペレスヴェータの真似をするようになった。シャムサがまた自分達を眼中に無いような態度を取っていると突っかかって来たが、ようやく手がかりを得たコンスタンツィアにとって学院は同年代の友人達と学生時代を楽しむ場所であり、学究の場では無くなっていた。
コンスタンツィアの学院二年目の生活は死後の世界と現実の世界の関わりについての研究と幽体投射の鍛錬に没頭していくうちに時が過ぎた。




