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荒くれ騎士の嘆き歌  作者: OWL
第四章 選帝侯の娘(1428~1429)
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第35話 コンスタンツィアとユースティア

 記録を読む限りシャフナザロフは単独で西方圏へ逃走し、さらに陰惨な実験を続けた。

彼は西方圏と北方圏の間を遮る『天の杭』と呼ばれる険しい山岳地帯に逃げ、地下実験場を作ったがそこから漏れる湧き水に血が紛れ込み地元で噂になった。

聞きつけた法務省監察隊に追い詰められて本土に連行され、記録では評議長により魔術を封じられ帝国追放刑に処された。

公式記録ではシャフナザロフが帝国で行った事は先帝により恩赦のうえ記録抹消刑の為、詳細不明。西方圏で行われた事は帝国内の法律では裁けない為、万国法により人類に対する罪が適用されて追放刑となっていた。


 死霊魔術部門は解散し弟子達は魔導生命工学部門や他の部門に分散させられ、死霊魔術に関する記録は処分された。しかし彼の実験課程で得られた成果は現代医学にフィードバックされて生き残っている。


コンスタンツィアは公文書館、過去の新聞を調べたがほぼ記録は処分されており手持ちの記録以上の事はわからなかった。記録抹消刑にあってもユースティアならコンスタンツィアでも閲覧出来ない法務省の秘匿情報にアクセスできるかもしれないと話を振ってみたが、彼女は既に実家から独立して通学している為五法宮に入る事は出来なかった。


「御免なさいね。アルヴェラグスくんなら五法宮の記録も見れたのでしょうけれど」


アルヴェラグスはフォーンコルヌ家の長男であり、五法宮は現在は法務省が入っている施設だがもともとフォーンコルヌ家の離宮であった為、かなり自由が利く。


「彼、どうしてしまったのかしら」


せっかく昨年男子で最優秀の成績を取ったのに今年は一度も通学してきていない。


「皇家と政府の在り方について父君と議論して喧嘩して出て行ってしまったらしいわ。今時珍しいくらい正義感に溢れた子だったのだけれど残念ね」

「そうですか・・・、この上彼の曾祖父の皇帝が邪悪な実験を指示していたと聞いたら余計苦しんだかもしれません」

「・・・その件、あまり探らない方がいいかもしれません。コンスタンツィア様」


正義感溢れるユースティアにしては珍しい事をいうとコンスタンツィアは目を瞬かせた。


「従兄にも尋ねてみましたが、やはりそう言われまして・・・フォーンコルヌ家もシャルカ家も触れようとしない話を掘り返すのは危険だと。既に済んだ事で裁きも終わっています」


蒸し返されては困る輩がいるかもしれない。

迷惑がかかることを恐れてコンスタンツィアもいちおうユースティアには記録抹消刑にあったシャフナザロフという死霊魔術師には断片的な情報しかないのでユースティアに知っている事があれば教えて欲しいくらいの話しかしていない。


「彼の邪悪な実験やそれを隠した者達に興味はありません。わたくしが欲しいのはその成果」


その言葉にユースティアは顔をしかめた。


「それは禁断の魔術ですよ、コンスタンツィア様」


死霊魔術部門は解散されただけでなくはっきり禁止と通達が出ている。


「・・・申し訳ありません。母に・・・尋ねてみたい事があるのです」


コンスタンツィアを咎めるような目で見ていたユースティアもそれで眦をやわらげた。


「そういえば、巡礼中に亡くなられてしまったのでしたね。最期の時にあえず気の毒に思いますが、既に眠られている方を呼び起こしてはなりません。シャフナザロフも自在に死者を亡者として復活させる、或いは永遠に眠らせる秘術は獲得できなかったようですから実験を続けたのでしょう」


シャフナザロフに出来た事は以下の通り


・高確率で生者を亡者化させること

・生前に特定の行動に執着させることで亡者を誘導すること

・制御不能な大量の亡者発生を避けること、或いはその逆で大量生産すること


副産物として囚人管理法、獣人調教術、医学の発展はあったが目的は達せられなかった。


「そうですね・・・、やはり会いに行ってみるしかないでしょうね。祖母のように」


最後の方は声が尻つぼみになり、ユースティアはコンスタンツィアが何と言ったか聞き取れなかった。


「え?なにかおっしゃいましたか?」

「いえ、ご協力有難うございました」


 ユースティアのいった通りシャフナザロフの死霊魔術は完成しなかった。

アウレリウス帝の後を継いだコス帝はシャフナザロフを法務省に追跡させ逮捕させた。

祖母は日記の中でシャフナザロフをもう用済みだと書いている。


となると祖母の目的は自分が死に追いやってしまった曾祖母を復活させる事でも、眠らせる事でも無かった。


 文献や神話によれば境界線を司る水神とその神獣は死者の魂を月の女神の下へ運ぶという。しかし自殺者の汚れた魂は神々に拒否されて地獄に落ち、地獄の女神に囚われて永遠に苦しむ。罪人は地獄の業火に焼かれて浄化されてから魂の輪廻に回帰する事が出来るが自殺者にはそれが出来ず『再死』の恐怖に怯え続ける。


帝国では土葬が一般的だが、罪人は死刑になった後火葬となる。

土葬にするのは守護神たる大地母神の下へ返す為。

火葬にするのは罪人の魂が浄化されるのを助けてやる為。


母、エウフェミアは土葬だったが、祖母は自分で自分を火葬にしてしまった。

母は家族を呪っていたが、神々については特に晩年の記述に無い。

祖母は神々と完全に縁を断つべきと考えていたフシが日記から見受けられる。


この場合、彼女達の魂はどうなるのだろうか。


神を信じるならば当然亡者も地獄も実在する。

亡者がいる以上死後の世界はあるし、神話に記載がある以上信心深いものは誰でも信じている。そして実在する亡者は旧帝国を滅亡させ、近代ではツェレス島を破滅させた。


シャフナザロフは生前の人物と同じ特徴を持つ亡者を複数特定した。

死後の世界は現象界と繋がっている。


 コンスタンツィアはユースティアに調査協力の礼を言い、ヴァネッサを引き連れて学院の書庫で北方の神話を調べながらもずっとそのことばかり考えていた。


「祖母の望遠鏡は空ではなく海に向いていた。機器の擦り傷からも偶然ではなく、頻繁に東の海を観測していた・・・。あちらには亡者の島、ツェレス島がある。シャフナザロフに様々なやり方で哀れな人々や獣人を殺させていたのは死後の魂の行き場を観測する為?」


シャフナザロフの実験では亡者は必ずしも自分の肉体で復活はしない。

そして群れやすい。


聖堂騎士団の前身の組織の一つ、旧都鎮魂隊が千年かけても全ての亡者を浄化しきれないのは亡者となる素質のある魂が別の地域から集まってきてしまう為だろう。

旧都は本土北西部にあるが、この帝国本土の東側ではツェレス島がもっとも亡者が発生しやすい地点だと考えられる。


メルセデスが観測していたのはソレだ。


コンスタンツィアは確信した。

しかし、死者の魂を扱えるのは神々とその神獣。

第一世界の住人だ。

コンスタンツィアは第二魔術は多少扱えるが、とても第一世界の力は扱えない。

認識する事も出来ない。


「聖仙のように苦行でもしてみるしかないのかしら」

「ええ?また断食ですか?」


学院の地下書庫内でついコンスタンツィアは口に出して呟いてしまったので、ヴァネッサが驚きの声をあげる。ヴァネッサと二人きりなのでつい油断して声が出てしまった。

ヴァネッサは死者の調査に反対していたが、関連する記述がある本を一緒に調べてくれていた


「違うわ、確証も無しにそんなことしたりしないから安心して」


誰もいないのでコンスタンツィアは安心させるようにヴァネッサにキスしてやった。


「それならいいですけど、せっかくの美貌を台無しにするような修行は止めて下さいね。それにあんまりこういうの調べたくないです・・・。こんなの調べてどうするんですか?やっぱりエウフェミア様と再会したいのでしょうか・・・」


自分のせいで死に目にも合わせられなかった、と落ち込むヴァネッサだった


「まだ気に病んでいるの?違うわ、ただの好奇心よ。祖母に見えていた物が自分には見えないっていうのが悔しいだけ」

「死んだ方より、生きてる人の事を考えましょうよう・・・。あっ、そういえばフランデアンのフィリップ様に尋ねてみてはどうですか?」


コンスタンツィアの気を引きたいヴァネッサは殊更明るい声を出した。


「フィリップに?どうして?」

「ワンちゃん達みたいに時々何もない虚空を眺めてるのは精霊と会話してるからって噂があるみたいなんです。ヴィターシャさんが教えてくれました」

「へぇ・・・そうなの。やっぱり生まれが影響するのかしら」


フィリップは最古の王国の王子であり、妖精の民の血も濃いので不思議な力を持っていてもおかしくはない。彼の父は皇帝暗殺事件の際にも自力で片っ端から賊を薙ぎ払った事が目撃されている。魔導騎士の修行を積んだのに剣と魔術を同時に行使している点が非情に珍しい。通常なら魔術は自分の体の魔石、魔剣などと反発してしまう。


「生まれでしたら、方伯家も対等です。コンスタンツィア様にだって精霊さんが見えてもおかしくないですよ。魔術に目覚めた時みたいにある日突然ぱっと見えるようになるかもしれませんよ」

「ふふ、そうかもね。信じてみるわ。自分にも見えるって」


 ◇◆◇


 コンスタンツィアは侍女に聞くと母は精神を病んでいたそうで、母達の日記を改めて読み返し、実際かなり追い詰められていたのは確かだとコンスタンツィアも考えていた。


そしてその母はメルセデスが自分のせいで自殺してしまった曾祖母シュヴェリーンの魂を救いに行くためにわざと自殺したと考え彼女はメルセデスが狂っていると思っていたようだ。


だが、自分もコンスタンツィアに地獄の花園で再会したいと書き残している。

以前読んだ時は他の事がショックで真面目に受け取らなかったが今は違う。


「自殺者がいく地獄の花園で?」


母は治療を拒否されて苦しみ、或いは自分で命を絶ったのかもしれない。

それなら地獄にいる可能性は高い。


だが、自分の娘と地獄で会いたいというだろうか?

自分は自殺したから地獄にいるかもしれないが、娘にも自殺しろと?


いくら母が狂っていたとしてもそれはおかしい。

母や祖母達に地獄から呼ばれている気がする。


※再死

『ナチケータス物語』から

『再死』とは冥府で再び死ぬ事であり、その後はどうなるのか誰にもわからない。人々はそれを最も恐れた。

祖霊を祀る者が絶えた時『再死』する。


※ナチケータス物語

父親に執拗な質問をした事で冥府に送られたナチケータス少年。彼は懲りずに冥府の神ヤマにさらなる知識を求めた。

少年はヤマから提示された代わりの宝物など無意味だとして『知』を得る事を望んだ。そしてナーチケータの火壇による祭式で再死を免れる事を知り、死を克服した自己の奥深く真我アートマンに達した。


古代中国やインドにおいて時折神より力を持った聖仙が登場するがこれは知識至上主義の表れである。聖仙達は五つの祭火と死者の生まれ変わる五つの過程を知り、死を克服し神の領域に近づいた。

この五火二道説は後に輪廻転生思想に繋がっていく。


※ナーチケータの火壇

黒ヤジュル・ヴェーダ『カータカ・ウパニシャッド・ナチケータス物語から』


※注釈

ナーチケータは本作品世界の中ではユースティアが信仰する浄化と断罪の神の名である。魔女狩りの際にこの祭壇の炎で焼かれても生きながらえれば無罪とされた。投じられた者は全員火に焼かれて死んだ。

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2022/2/1
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