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荒くれ騎士の嘆き歌  作者: OWL
第四章 選帝侯の娘(1428~1429)
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1428年 挿話②:ダルムント方伯領

 方伯家当主オットー・ビクトル・クリストホフ・ダルムントは居城の胸壁から苦々しく領内通過中の皇軍を眺めていた。そんな彼の所に息子がどたどたと駆け付けてきて報告する。


「父上、また殺人事件です!領民が皇家の兵に代金の支払いを求めたら殴られて、運悪く頭を打って死んでしまいました」

「・・・今度はどこの家だ?」

「ラキシタ家です。既に罪人は処断して軍団付き財務官が遺族にと見舞い金を残して行きました」

「それで通過を許したのか?」

「は、いや十分な慰謝料は残して行きましたので・・・・・・」


息子の報告にオットーは舌打ちして自身の騎士に命じた。


「ヴァレンシュタイン!軍団長を捕えてここに連れて来い!」

「はっ!」


騎士は胸を叩き、拍車を打ち鳴らして急ぎ出陣していった。


「父上、そんな大袈裟な・・・」


息子、ニコラウスは相手が皇軍なのでそこまでしなくとも・・・と思った。


「馬鹿め。軍事通行権は与えたが事故であっても領民の殺傷は許さん。裁判はこちらが行う」

「下手人は既に死罪だそうですが・・・」

「確かめたのか?」


ニコラウスはきょどきょどした後、問い詰められて確認はしていないと告げた。

仮に下手人が実際に死罪に処されていようがオットーは向こうの内部、軍法会議の決定など無視するつもりだ。


彼が強硬な態度に出るのも訳がある。

義弟二人が我こそが方伯家の正当な後継者であると常々主張している為、方伯領の自治権を侵害するものがいればオットーが自ら断罪しなければ彼らにつけこむ隙を与えてしまう。


「ちっ、お前も行け!ヴァレンシュタインを手伝ってこい」

「は、ははあ」

「ああ、いや待て。お前はいい。副長、卿が行って来てくれ」


頼りない息子を使いに出しても軍団長から逆に侮られると思ってオットーは聖堂騎士団副長ジェラルドに命じた。


「承知しました」


副長は頷いて、彼も側付きの聖騎士と共にヴァレンシュタインを追う。


「私はどうすれば・・・?」

「お前は遺族の所にでも行って慰めてこい」


オットーは息子をしっしっと追い払った。

ニコラウスは言われるがまま城を出て遺族の所へ向かったが、方伯家の法務官も伴わず単純に言われるがまま遺族を慰めに行くだけで現場検証も何もしなかった。


 ◇◆◇


「あののんびり者には先が思いやられる。コンスタンツィアが男だったならば・・・」


執務室に戻ったオットーはコンスタンツィアからの報告書に目を通し、その侍女ヤドヴィカに愚痴をいった。


「オフェロス様を厳しくお育てになればよろしいでしょうに」

「そこまで儂の寿命が保てばよいがな」


オットーは嘆息し、報告書を読み進めて渋面となる。


「お嬢様の報告書に何か不備が御座いましたでしょうか」

「いや、不備はない。やはりラキシタ家は気になる。妙に羽振りが良いようだ」


先ほどの事件でも、すぐに破格の慰謝料を払ったそうだがラキシタ家にそこまでの財力があるだろうか疑念を持った。最近ラキシタ家は新都を建設してかなり財政は逼迫している筈だった。


 それはさておき帝都の情勢を把握しておかなければならない。

オットーはコンスタンツィア以外にも家臣を帝都に配置して報告書を受け取っているが議会や学院内部の事情がわかるのはコンスタンツィアだけだ。


彼女の報告書から察するに議会で論議されている工業規格統一の問題は方向性は賛成、しかし銃弾に至るまでの統一には反対意見を持っているようだった。

西方圏の方が資源も労働力も安く手に入り帝国の軍需物資が向こうに依存する事になる。

それと海軍の老朽化もはなはだしい事に危惧を覚えているようだ。

帝国は圧倒的な海軍力に胡坐をかいていて、他国の武装商船よりも帝国海軍の戦艦の方が老朽化して頼りないと。


帝国はこれまで外国に戦闘艦の建造数に制限をかけてきた。

全世界の海軍の保有する戦闘艦をあわせても帝国海軍には及ばない。


が、最近一部の富裕な国、商船団は大砲を貨物船に搭載して自衛するようになってきたので、従来の法律では外国に戦力となる戦闘艦保有数を十分に制限出来ていない。

従来の漕ぎ手を含めて戦闘員百名以上、二百名以上、三段櫂船、五段櫂船などの定義はもう古く最近は西方圏で千名以上の乗員が搭乗可能な巨大な帆船も建造されるようになってきている。

西方諸国家は第二次市民戦争で激減した人口不足を補い安価な労働力を獲得する為に遥か西の外洋に出て未開の部族が暮らす島々を襲い奴隷として連れ去って来ている。


だが、そういった収奪船、貨物船は大砲が搭載されていても戦艦として計上されていない。

極東方面も帝国海軍の駐屯基地が少なく監視が行き届いていない。


「誰か海の事がわかる人間を呼ぶか・・・」

「は、何かおっしゃいましたか?」

「いや、何でもない」


方伯領は内陸にありオットーと家臣達も海戦には明るくない。

コンスタンツィアにもこれといって指示はしていなかったのだが、彼女は自分なりに危惧を覚えた事を書き添えたようだ。

しかし財務省は工業規格統一を調達価格が下がるので推していくようであるし、もともと進めてきた工務省なども同様で反対するのは難しいように思えた。


コンスタンツィアの報告書の大半は現状をありのまま伝えるものだったが、一部には個人的な意見も含まれていた。議員達が今年の予定になかった法案を急遽提出しようとしていて、できれば賛成してやりたいと書いていた。


法律の名称は『反スラップ法』

完全に帝都ヴェーナ市の衛生局長シムラーの弁護士スラップを狙い撃ちにしたものだった。

シムラーの汚職疑惑を弁護する為に、スラップは疑惑を呈した人間を次々と名誉棄損で訴えて言論活動を封じていっている。

スラップは皇家フォーンコルヌ家の顧問弁護士でもある事から訴えられた人間は勝ち目無しと示談に応じて金を払っていた。

シムラーが叔父と繋がりのある製薬会社の商品を疫病対策に効果があるといって販促した件は明確に違法行為や汚職を問うのは難しいが、一般市民が不適切だと感じるのは当然の成り行きだった。

しかし、今の帝都では皇家と繋がりのある人間に対して市民が不満を愚痴る事すら危険視されている。コンスタンツィアが見る限りこれは中長期的には帝国に害になるとの判断だった。


「ふむ。確かにいち衛生局長の為に市民の不満を爆発させるのは得策ではない」


ガスが溜まれば内部から爆発する。

市民はコントロールされねばならず、暴発は防ぐべきだ。

立場を利用して小銭を稼ぐあこぎな弁護士の為に帝国の体制にヒビを入れるのは馬鹿馬鹿しい。

法案では長期の裁判を戦えない市民をこういった手法で脅し、金銭を巻き上げ言論活動を弾圧する事を禁じていた。


「よし、コンスタンツィアには引き続き議員達の動向を監視させろ。反スラップ法には賛成してよい。そして特にサウカンペリオンの小王と親しい議員について監視を強化させろ」

「何か、ご懸念が?」

「小王らは地位を保障してやっても併合に反対する動きがある。そしてサウカンペリオン地方に組み込んだスパーニアの三大公国も。蛮族との戦いが再開される時に後方で蠢動されては敵わん。特に、イルエーナ大公の釈放も近い。奴が釈放されれば何か事が起きるやもしれん。儂は当面ここを離れられんから帝都の事は今後もコンスタンツィアに任せる」


 滅亡したスパーニア五大公国のひとつイルエーナ大公の主ディエゴ・イルエーナは蛮族侵攻の通報義務を怠り、また法務省監察隊と共謀してスパーニア王の妻子を暗殺した罪で投獄され領地は帝国が預かっている。釈放に伴い一部の領地を返還する筈だったのだが、サウカンペリオン自体が帝国に併合される事になるとこの点は議論が必要だった。


「承知致しました。そのようにお伝えします」

「頼んだぞ、ヤドヴィカ。しっかりアレを監督し必要があれば手助けしてやれ」

「はい」

「いま、アレはどうしている?」

「以前ご報告しました通り主にメルセデス様のお屋敷でお忙しく働いていらっしゃいますが」

「お前も同居しているのだったな?」

「はい、お嬢様から御屋敷の管理権を頂いております」


コンスタンツィアは侍女というより家宰の役割を担うヤドヴィカに塔にある制御盤の管理者権限も与えていた。オットーが執事たちも連れ帰っていたのでもっとも近しい侍女以外頼れなかったのだ。


「よろしい。その調子で補佐せよ」

「はい」


コンスタンツィアの侍女は主君に頭を下げ、再び上げた時、主君の執務室に飾ってある絵が視界に入って気になった。わざわざ魔導生命工学の術師でもある芸術家アーティンボルトに描かせた絵だ。

マナを込めた絵具で描かれており、彼の絵柄にしては珍しく生命の躍動感が伝わってくる。そしてそれは額縁にあるとはいえ、祭壇のように祀られていた。


「まだメルセデス様の絵を飾っていらっしゃるのですか。もう亡くなって十年以上経つんですよ」

「戯言を。彼女はマナとなって今も私の中で生きている」


ヤドヴィカの母も祖母もオットーの侍女であり、彼が随分メルセデスに執着していた事は聞いていたが、自分の最初の妻の絵も飾っていないのにとヤドヴィカは呆れた。


とはいえ、主君にそれ以上何も言えず黙って再度頭を下げ、再び帝都に戻っていった。

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2022/2/1
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