表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
荒くれ騎士の嘆き歌  作者: OWL
第四章 選帝侯の娘(1428~1429)
130/372

1428年 挿話:キレる内府

 国務大臣デュセル。

彼は皇帝カールマーンが戴冠以来二十年国家に尽くしてきたトゥレラ家の家臣である。

彼はもともとトゥレラ家の支配州の下級貴族出身でたまたまアールバードが死亡したおりに中央省庁におり、カールマーンとアールバード双方から知られていた為補佐役を任されていたに過ぎない。


その彼が大抜擢されて今や国政の長である。

皇帝がほとんど彼に政務を丸投げしている為、国政に関する人事の大半は彼が握っていた。


『マッサリアの災厄』の間はカールマーンが積極的に大臣や将軍、東西南北行政長官、州知事、各国の王達を仕切ってくれていたが戦役が集結すると愛人と離宮に籠って政務をデュセルに任せるようになりはや10年。


大したコネも無く、皇帝の後ろ盾だけが頼みの彼は、各大臣や官僚達が推薦する人間をほとんどそのまま受け入れてきた。多少の接待や賄賂も受けて来たが、一般的に横行している常識的な水準であり、汚職で逮捕される人間のように資産を何十倍に増やしたり、大邸宅を構えて愛人を何十人も囲い贅沢をしているわけではない。


しかし今や世間からは非難の的にされている。

10州以上で大規模な反乱が起き、州知事からは正規軍の派遣を求められ議会からは蛮族への対処を求められる。暗殺教団の捜索はどうなっただとか、東方から持ち込まれた疫病対策はどうなったのだとか、議会からも追及されている。

そして議会が計画したアル・アシオン辺境伯領奪還の為、皇家連合蛮族討伐軍が編成される事になり軍務省とその準備もしなければならない。


状況が手に負えなくなった彼は内務大臣府に足を運んだ。

内務大臣府は大宮殿内にあり、そこの長はアイラグリア家当主のヴィキルートである。

彼は皇家の当主の中で唯一政府内に残っている重鎮であり、デュセルにとって頭の上がらない閣僚だった。


治安・衛生問題は内務省の管轄だが、皆ヴィキルートに直接文句を言えないのでデュセルを批判していた。デュセルは面会の許可が降りると開口一番不満をぶちまけた。


「一体全体どうなっているのですか?次から次へと、何か進捗は!?」

「そう興奮しないで貰いたい。一体なんの問題があるというのか」

「まずユンリー将軍挙兵の件、護送中に逃亡されたのは内務省の手落ちでしょう!」


将軍を慕う退役兵や不満を抱えていた民衆が集まって瞬く間に一万以上の軍隊を組織して山岳地帯に砦を構えてしまった。州兵には討伐が不可能なため、正規軍の派遣を求められていた。しかし、大軍を動かす余裕はない。


「我々の手落ち?」


聞き捨てならんとヴィキルートは眉を跳ね上げる。


「流刑地への護送は内務省の役人が責任を持って行う筈」


皇家の当主から睨まれたデュセルは狼狽えながらも責任を追及した。

ヴィキルートは部下を庇って反論を開始する。


「調べた所、かの流刑地の州知事はユンリー将軍に軍資金横領の罪を着せたカオ中将の娘婿だとか」

「だからなんです?」

「シャルカ家のユースティア嬢から告発がありましてね。将軍の護送人や獄吏に賄賂を送って彼を抹殺しようとした者がいると。ユースティア嬢や有志の弁護士が視察を申し入れて防がれましたが、結局護送先がカオ中将の関係者では将軍を慕う兵士が彼を奪い去るのも無理はない」

「だとしても法は法です」

「無論そうだ。護送人の数も使う街道も同様に決まりがある。軍人崩れが集まって計画的に襲撃されたら護送人程度ではどうしようもない。裁判も上告が却下されて適切に審理されたとは言い難い、私に文句を言う前に軍務省や法務省には何と言ってきたのかな?それともまだ彼らには何も言っていないのか?」


デュセルは議会に答弁を要求された後、そのまま事前の先触れもなくやってきたので他の大臣には何も言っていない。

ぐっと言葉につまるデュセルに対してヴィキルートは冷やかに言葉を続けた。


「長年国家に対して功を尽くしてきた将軍に対して正当な裁判も許されないとはあまりも酷な仕打ち。大臣を仕切る卿の責任は重大であり、議会の追及も当然だ。正当な裁判を許可する代わりにユンリー将軍に帰順を求めるなりなんなりすればいいだろう。内務省の治安部隊程度の小さな組織に将軍を討伐する力は無い。私にではなく軍務省に文句を言って貰おうか」


そしてヴィキルートの側近はデュセルに対しさっさと帰れといわんばかりに扉を開け放った。


「でっ、では、疫病問題については?」

「衛生長官が各市の衛生当局の警戒を呼びかけている。高熱や気管支炎などの症状が見られるものの死亡者が続出しているわけではない。入国時の厳密な検査は人的資源が不足していると聞いている。各国の出港前に厳格な隔離を実施して貰いたい。これは東方行政長官や外務省の役割であって、内務省は警告を出すだけしか出来ない。そして根本的には東方圏南部の同盟市民連合に対して懲罰軍を派遣した東方軍が遺体処理を怠り、討伐後の統治を放棄して傭兵に任せた為だ」


これまた内務省の問題ではない、とヴィキルートは突き放した。

だんだんイライラしてきたのかヴィキルートは机を指で叩き始めた。


「では、暗殺教団については?」

「陛下の暗殺に失敗したあと神秘派と世俗派に分裂している」

「なんですと?」

「二派に分裂して細分化し、我々の追及を交わすためか類似団体を多数作ってしまった。暗殺教団を名乗る組織をいくつか潰したが感化されただけの俗物に過ぎなかった」

「そもそも、神秘派だの世俗派だのというのは?」


ヴィキルートは溜息を吐く。

御前会議で説明した事はあるのだが、デュセルの記憶に残らなかったようだ。


「神秘派は暗殺行為を殺戮を肯定する神への奉仕と考える連中だ。より困難な目標、暗殺手法で達成する事を苦行と考え、神もその暗殺によって殺された者の魂を喜んで受け取ると考えている。世俗派はただの金銭目的の団体で我々が潰せたのはこちらの団体だ。陛下の暗殺未遂には関わっていない。陛下の暗殺を試みたと思われる神秘派は教義を広める為に帝国本土外へ移動した」

「そこまで詳細な報告は受けておりませんぞ」

「当然だ。連中はいかなる拷問にも屈せず、寧ろ喜んで神の下へ旅立つ。我々は連中が油断している隙に諸外国と連携して連中の息の根を止める。情報が漏れては困る、詳細は陛下に伺え」


議事録が残り、大勢が立ち会う議会には報告出来ない極秘案件だとヴィキルートはいう。

皇帝からも許可は取りつけている。

自分がないがしろにされたと感じたデュセルの声音に不満が濃くなる。


「では、帝都の治安対策はどうなるのですか?」

「諸皇家が私兵を帝都入りさせろと騒いでいるのだからちょうどいい。我々は全力で今後も教団の追跡にあたる」

「全力で?蛮族討伐軍はどうなさるおつもりですか?」

「知らん。もともとオレムイストやラキシタ家が自家の力を誇る為に始めた無名の師だ」

「無名とはあまりなおっしゃりよう。大戦から10年が経ち兵力も回復した今、東ナルガ流域を回復するのは当然のことでは?」

「辺境伯に恩を売って次の選挙戦で利用する為だ。そも、蛮族が得意とする森林地帯に統率の取れない諸皇連合軍を派遣するなど無謀にもほどがある」


アイラグリア家は参加しないとヴィキルートは断言した。


「そんな無責任な」


デュセルとしては国軍が疲弊し、敵が帝国本土に迫って来ていた時に、援軍を派遣せず最後まで余力を残していた皇軍が今こそ人類の先頭に立って戦うべきだと考えていた。

その点は議会に同意している。


「無責任?無責任だと!?」


一方、ヴィキルートは耐えに耐えてきた不満が爆発した。


「アイラグリア家を率いるこの私によくもそんな口を叩けるものだな!アールバード殿が暗殺され、頼りないと思われてきたカールマーン陛下を支え、蛮族の大侵攻に民衆が怯えている時も、急な増税で民衆が怒りを爆発させた時もいったい誰がこの帝国の治安を維持してきたと思っているのか!十州以上で反乱騒ぎだと?州知事の人事は誰が行っているのか?どいつもこいつも汚職の限りをつくしおって!民衆からも訴状が何度も届いていた筈だ。法務省と貴様は一体何をしていたのか!!」


州知事の人事は皇帝が最終承認するが、国務省で人選は行っていた。

各省庁で不適切な人事、昇給が行われていないかの監査も行っている。

基本法務省の権限が強力なので暴走しないよう国務省を序列では上として時折監査させていた。


「そ、それはしかし・・・法務省といえばフォーンコルヌ家とシャルカ家が熟練の法務官僚を揃えているので、私は推薦を受けざるを得ず・・・」


何億もの人類を統率し、不満を抱かせない為には公正な法の運用が必要でありそれを行ってきたからこそ帝国は優越的な立場で従属国を従え、貴族が民衆を統治してきた。

法を支配するものが世界を制する。

法務官僚と汚職知事に連携されると政府のトップまでは話が伝わってこない。

ヴィキルートは必死に維持してきた帝国の足元が崩れていくのを感じていたが、自分は法務省に是正を勧告する立場にない。


「弁解はもう結構。無責任と言われるなら仕方ない。責任を持って国政にあたる方を卿が後任に据えればよかろう」

「は?」

「私は本日限りで辞任する」


ペンを投げ捨てたヴィキルートはそのまま立ち上がり内務大臣府を後にした。


世間は皇帝の片腕に責任を押し付けようとしたデュセルをさらに非難し、デュセルは病を患ったといって、本人も辞表を出してしまった。

後ろ盾がいなくなって不味いと感じたのか軍務省や法務省の官僚達もどんどん職を辞して郷里に帰る者が続出し、皇帝は議員達の中から後任の大臣を選びウマレルを宰相に任じて国政を議会の手に委ねた。


 ◇◆◇


「父上、少々大人げなかったのでは?」


ヘンルートは突然大臣の地位を放り出した父にさすがに苦言を呈した。


「ふん。陛下に慰留されていたから閣僚として残っていただけだ。情勢もきなくさい。私は事前に各国と合意した通り教団を追うからいくらでも言い訳が出来る。お前も適当な名目で帝都を引き払え」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ブックマーク、ご感想頂けると幸いです

2022/2/1
小説家になろうに「いいね」機能が実装されました。
感想書いたりするのはちょっと億劫だな~という方もなんらかのリアクション取っていただけると作者の励みになりますのでよろしくお願いします。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ