第28話 雪降る夜に
コンスタンツィアは祖母が建てた塔でひとり夜空を眺めている。
新帝国暦1429年新春。
まだ雪が森閑と降る一月である。
先ほどまでは下の階にある天体望遠鏡で夜空を眺めていたが、雪が降り始めたので手に取ってみようと屋上に出てきた。
屋内は暖房の魔術装具が働いていたが、ここはかなり寒い。
厚着で体温が上昇していたのでコンスタンツィアは気温の低下を心地よく感じ、むしろ楽しんでいた。
「総合成績13位かぁ・・・やっぱり世間は広いのね」
速報は昨年に掲示されていたが、細かい評価が届いたのは先日だった。
地元では幼い頃から全ての分野で一番だったので、少なからずショックは受けた。
議員として、理事としての生活もあるので授業に出れず、小テストを受けられない日もあり、むしろ順位は高い方であると幼馴染達は慰めた。
教授会の評価は公正で理事として喜ぶべきでもあった。
マグナウラ院では普段の受講態度も貴族に相応しい振舞いかどうか見られているので、欠席が多いコンスタンツィアは減点対象となる。
公務による欠席の為、平均点は与えられており教授陣の苦心と配慮も伺えた。
しかしながら抜き打ちの小テストは無得点扱いである。
慰められても評価の重点は学年末試験に置かれているのでそこで及ばなかったのは間違いない。
学年一位はマヤ、二位はアルヴェラグス、三位はシャムサだった。
シャムサが性懲りも無く絡んできたが、上位三名中二人が女性であったことをコンスタンツィアは喜び、素直に褒め称えた。
それがまた余裕ぶった態度だとシャムサは怒っていた。
対等な条件で勝負しろ、来年は議員も理事も辞めてしまえと放言してくる。
しかしながら皇家の大軍団が北へ集結を開始しており、余計なトラブルを避ける為、父達は領地を離れられず、帝都の雑事は全てコンスタンツィアに任されていた。
「わたくしは何がしたいのかしらね・・・」
雑事扱いされている帝国議員の仕事も議会が尊重され続ける為には有力者の出席が必要不可欠である。孤児の援助も、巡礼者達に宿を提供する事も全て大切だ。
学院の帰りに庶民のようにはしたなく買い食いするのも楽しんでいるし、皇家のお坊ちゃん達が立場の弱い貧乏貴族や留学生に悪さをしないか監視して、皆から頼られるのも嬉しい。
巡礼の旅に出る前は他人に成績で負けるのが嫌だったが、今はそれほどでもない。
「でも・・・このままじゃわたくし自身は将来どうなってしまうのかしら」
パトロンとして助けを必要としている人々を援助するのは誰かが負うべき役目でそこに不満はない。
「でも本当に助けが欲しいのは、このわたし」
ヴァネッサが寄り添ってくれている事は助かる。
ヴィターシャが父の言い付けを果たすのに助けていてくれることも、ソフィーが一歳年上のお姉さんの立場から配慮してくれることも精神的に大いに助かっている。
だが、家庭内の問題を相談できる関係ではない。
今日もヴァネッサが一緒に残って新年を祝おうといってくれたが、一族と祝いなさいと郷里に返した。
「いっそ何もかも捨てて嫁ぎたくなるような男性でも現れないかしら」
以前は政略結婚は当然で、年配の男性が相手でも受け入れるつもりだったが、今は父の言い付けで自分の生涯の伴侶を決める気にはなれない。
今のうちに誰か相手をみつくろうべきなのだが、学院にこれはという相手はいなかった。憧れめいた視線は感じるが、そちらに目をやると気後れしたのかさっと退かれてしまう。
「それまでは研究でもしますか。あーあ、巡礼の帰りに発見したものを引き渡すんじゃなかった」
エッセネ地方の遺跡で発見したものは、保護された時にそこの国に正装を整えて貰い、お礼として渡してしまった。体を綺麗に保護してくれる効果があったようだが、研究すれば他の力も分かったかもしれない。なにせ第一世界の住民の道具なのだ。第二魔術よりも更に上の力を解析できたかもしれなかった。
塔の屋上からぼんやりと遠い真っ暗な海を眺めるコンスタンツィアの膝の上に飼い猫が乗って来た。
「あらら、お前。寒いでしょうに」
飼い猫のタマは温めろといわんばかりにコンスタンツィアの腕を叩き、自分に引き寄せた。
「ふふ、撫でて欲しいのね」
左手で包み込むように抱きかかえ、膝の上の猫を優しく撫でつけた。
コンスタンツィアの悩みは晴れぬまま学院生活の二年目が始まる。