第27話 終古万年祭②
「ん?あら、マヤじゃない。どうしたの?」
コンスタンツィアはパーティ会場の一角での言い争いなど知らずに友人達と談笑していた。
その時、ちょうどユースティアからペレスヴェータを紹介されている所だった。
盲目だが魔術の介助があるので日常生活には困っていない。
ただ初めて行く場所は勝手がわからないので白杖に魔石を埋めている。
ユースティアはその辺りの説明をコンスタンツィアにしていた所で、コンスタンツィアの方も会話した事は無いが顔見知りだった為、改めてどうやって暮らしているのか教えて貰っていた。
「ん?何それ?首輪なんかつけて」
コンスタンツィアが目をやるとマヤは見知らぬ青年に愛玩動物のように引かれていた。
方伯領生まれで大きくなってから帝都にやってきたコンスタンツィアはいまいち帝都の社交界には馴染んでおらず、状況が呑み込めていない。
普段と違ってマヤがだいぶパンクな恰好、短パンにガーターやら銀の装飾品やら黒光りするレザーやらで身を飾っていることも影響した。
異常な状況だが、仮装舞踏会も開かれていたのでその会場から出てきたのだろうと解釈する。
「変わった趣味なのね」
「ん?おお、おお・・・。これはそう・・・趣味でな。ごっご主人様と戯れておったのじゃ」
挙動不審なマヤにコンスタンツィアが不審がる。
「それよりお主はこういう宴会は嫌いじゃなかったのか?」
「そうなんだけど、家にいると気分が滅入るし不健康だからってソフィーやヴァネッサに連れ出されてね」
ルクスの方はといえばこの場で足を止めて女達に談笑されると気まずい思いしかない。先ほど馬鹿にしたユースティアも冷たい目で睨んで来ていた。
「おい、行くぞ」
さっさと立ち去ろうとしたルクスだったが、正面に豪快に大きな串から肉を食べていた大柄な男が立ち塞がる。
「おっと・・・わりぃな。ん?なんだ、お前。あの時のしょんべん垂れか」
「げっ、貴様。イーヴァル」
北方候の息女に絡んでしまったルクスの悪夢が呼び起された。
帝都のど真ん中でも帝国貴族を殺害する事をなんとも思わない連中だ。
アルヴェラグスと違ってごちゃごちゃいう前に鉄拳が飛んできそうだった。
「ちょっとマヤ。もう少しお話しましょうよ」
マヤがコンスタンツィアに呼び止められた事もあってルクスはこれ幸いとチェーンを捨ててさっさと逃げ出した。
「んだぁ?アイツ。ほれ、ペレスヴェータ、なんか食えよ」
イーヴァルは一瞥しただけで関心を失ってペレスヴェータに食事を差し出した。
「丁度いい時に戻って来てくれて助かったわ」
ユースティアが礼を言った。
「なんかあったのか?」
「いえね、ちょっとタチの悪い帝国貴族がいて・・・。マヤさん、あんな男に従わなくてもいいのよ。外国の姫君は大切な預かりものなんですから」
「お、おお」
そこへ貴賓席から降りてきたレクサンデリ達も合流する。
「揉め事を起こされて備品を壊されると困ると思って降りてきたが、杞憂だったか」
「あら、レクサンデリ。ごきげんよう。備品なんて廃棄するんじゃないの?」
「建物は建て直すらしいが、備品は競売に出すそうだ。破損したら我々が弁償する事になる」
学院の評判も悪くなって貸し出してくれる会場が減ると渋い顔だ。
「誰も暴れたりしないでしょう?皆名誉ある貴族なのに」
コンスタンツィアは目をぱちくりさせている。
「俺の故郷じゃ喧嘩の無い宴は客が満足してないものと見なされるぜ」
「イーヴァルくん。帝都では我々の流儀に従って貰いたいな。私も君達の郷里じゃそちらの習慣を尊重しただろう」
イーヴァルは不満そうだが、ペレスヴェータに白杖で頭をこつん、と叩かれて大人しくなった。
「健気だな。まだペレスヴェータに襲って貰えるのを待っているのか?」
「へっ、力づくで手に入れるのは簡単だがこいつに惚れさせる方があとの楽しみはでかいからな」
ユースティア、レクサンデリ、ヘンルート、ペレスヴェータ、イーヴァルらはコンスタンツィアより一学年上のグループだった。
ヴィターシャが有名人たちの特徴を整理してくれていたのでコンスタンツィアにもある程度の人間関係は分かっている。
「それにしてもマヤ。普段の服装もお人形さんみたいで可愛いけど、今日はどうしたの?なんだか抱きかかえたらあちこち金具が当たって痛そう」
「似合っとらんか?」
「可愛いとは思うけど、男の趣味に合わせたの?」
「そ、そじゃ。たまにはよかろ?」
少し後ろに控えていたヴィターシャがコンスタンツィアに囁いた。
(母国の建国時に世話になった為、さっきの男に逆らえないようです)
(そう、ありがとう)
「ユースティア様も大変なのね。あんな家臣を抱えて」
「私は家を既に出ているのであんな男は関係ありません」
ユースティアは政略結婚を拒否し、さらに法務官僚経験のある父の意向に逆らって弁護士で身を立てようとしており、両親と喧嘩中である。
「お父様が法務省に復帰されたら仕事上でも敵対してしまうのでは?」
現在の閣僚が総退陣してしまうので、高級官僚が不足することになる。
新政府から法務官僚を多く抱えたフォーンコルヌ家やシャルカ家に協力が要請される見込みだった。
「だから駄目なんです。法務省は外交問題だからといってスパーニア戦役の帝国の違約については追及しませんでした。結果どうなりましたか?でなくてもいい犠牲者が何百万人も出ました。皇家の意向が強く働き過ぎて法の公正さ、政治的中立が守られていません。スパーニアの大公と手を組んで乗っ取りをたくらんだり、監察隊が功名争いで内部で出し抜きあったり証拠隠滅の為に無駄に騒乱を起こして乗じたり・・・法務省は腐り切っています。私がそれを暴いてやります」
正義と断罪の神ナーチケータの信徒らしく多くの貴族の子弟の前でも歯に衣着せなかった。そして無力感に打ちのめされていた少年がそれを聞いてまた暗くなっていた。
◇◆◇
各々ホールごとの出し物を楽しみ、夜も更け宴もたけなわになってきた。
学生達も大分お酒が入った状態で踊っていた為、あちこちで騒がしさが増している。恋人達はそっと抜け出してどこかへ行ってしまい、騒がしいのが嫌いな学生は立ち去り始めた。
ソフィーも恋人達と一緒に何処かへ行ってしまった。
「まったくあの子ったら人を誘っておいて」
「まあまあ、ああいう方ですから。私達もそろそろ帰りましょうか」
「そうね」
コンスタンツィアもヴァネッサやヴィターシャと共に帰ろうかという所でシャムサがふらふらと現れ立ちふさがってきた。大分お酒が入っているようだ。
「コンスタンツィア様、ご覧になりまして?」
「何を?」
「学内の掲示板に速報が貼られていたでしょう!」
「何の?」
この時期速報といえば今年度の成績優秀者ランキングに他ならないのだが、コンスタンツィアは目を通していなかった。
もともと彼女は大勢の群衆と並んで野次馬のようにものを眺めるのは好きではない。詳細な成績はそのうち送られてくる筈なので落第しない限り興味無かった。
その態度を見てシャムサはまたキーといわんばかりに悔しがる。
「何で見ないのよ!この私が三位、貴女は載っていなかった!つまりこの私の勝ちよ!年下のこの、私のね!!」
「あら、そう。おめでとう」
シャムサはせいぜい得意げに、誇らしく自分の成績を語ったのだがコンスタンツィアの興味無さそうな返事にさらに怒りは募り頬が赤くなる。
「まっ、また見下して!なんでそう他人なんか眼中にないっていう態度を取るのよ!!」
コンスタンツィアは友人が立派な成績を収めれば心から祝福するが、親しくも無い人間の成績自慢を聞いても「あ、そう。凄いのね」としか思えない。
興奮している仔犬をあやすようにコンスタンツィアはシャムサに説いた。
「わたくし、前にも誰かに言ったのだけれど同じことを貴女にも言うわ。わたくしが見下しているのではなく貴女が勝手に見上げているだけ。心の底から興味がないの、御免なさいね」
「なっ、なっ……」
コンスタンツィアは生まれてこのかた帝国のあらゆる人々から見上げられ、一挙手一投足を見張られる立場だ。おべっかをつかって接近してくるもの、僻むもの、財産をだまし取ろうとするもの、大勢が側に寄ってきた。
大人になってからは張り合ってくるものはいなくなったのでシャムサのようなタイプは珍しいが、子供の頃は実家の地位や世間の事もよくわからず張り合ってくるものは大勢いた。
彼女のような立場の人間からすれば一人一人いちいち気にしていたら精神を病んでしまう。
一方、帝都育ちのシャムサからすれば自領で大人しくしていればいいものを急に帝都に現れるようになって以来社交界の話題をさらわれ、父母たちからは彼女のような淑女を目指せと言われて厳しく躾けられてきた。
コンスタンツィアの母はさして身分の高い帝国貴族でもない筈なのに、その娘は方伯家の長女というだけでちやほやされ、何の実績も無いのに学院理事、帝国議員の代理人になって許せない。
自分の父は私財を使い果たし貧しい生活を送りながら議員生活を続けているというのに、だ。自分の家が貧しいのも、厳しく躾けられたのも全てコンスタンツィアのせいだと恨んでいた。それでもまだ彼女が優秀な成績を残し続けていれば不満は抑えられた。
だが、もう違う。成績は自分の方が上なのだ。
逆恨みなのはわかっていてもせめて悔しがらせたかった。
だが、悔しい思いをしたのは勝者の筈のシャムサだった。
これまでの努力を否定された気にもなった。
怒りに震え、言葉も無いシャムサをよそにコンスタンツィアの取り巻きが一言を放った。
「ちなみに学年一位はマヤさんでした。シャムサさんよりさらに三つ年下ですね。二位の人も」
「まあ、そうなの?凄いのねマヤ。友人として誇らしいわ。まだ会場にいるかしら?言ってくれればよかったのに」
コンスタンツィアの瞳は俄然喜色に輝き、心から祝福している様子が感じ取れた。
シャムサの心に昏い嫉妬の感情が地の底から呼び起こされる。
シャムサが気が付いた時には金切り声を上げて彼女に掴みかかろうとしてしまっていた。
「こらっ!」
危ういところで止めたのはユースティア。
「先ほどから聞いていれば何を考えているの貴女。コンスタンツィア様が他人を見下しているですって?」
「そうよ、この傲慢な態度が許せないのよ!」
「傲慢?傲慢なのは貴女でしょう。他人を勝手にものさしに使う貴女の性根こそが傲慢というべきだわ」
成績を誇るのはいいが、自分の力を誇る為に勝手に他人を巻き込みお前は自分より下だと貶める態度をユースティアは批判した。
「うるっさいわね、この変態女!」
「え?」
実家から飛び出しているとはいえ皇家の長女であるユースティアはこれまでそのような罵倒を浴びせられた事は無い。
呆気に取られてしまって言葉もなかった。
周囲もなんなのこの娘という目で遠巻きに眺めている。
どうしたものかと困っているコンスタンツィア達の所に主催者たちが現れた。
「やれやれ、お嬢さんは酔って気分が悪いらしい。おい。医務室へ運んでやれ」
レクサンデリがジュリアと守衛に命じてシャムサを連れ出させた。
守衛たちもこの状況は分かっていたのだが、帝国貴族のお嬢さんを自分の判断で連行は出来ず彼らを呼んでいたのだった。
「助かったわ、レクサンデリ」
「どういたしまして。お礼に今度一曲踊って貰いたいな」
コンスタンツィアの方が既にレクサンデリより背が高い。
それでも誘ってくれた事をコンスタンツィアは嬉しく思った。
「喜んで。でも今日でなくていいの?」
「今日はもう疲れた。別口でも騒ぎがあってね。さあ、帰るなら馬車まで送ろう」
レクサンデリは大仰に手を差し出し、コンスタンツィアは軽やかにその手を取った。
「あら、貴方が騎士役を務めてくれるのね」
「次からは本物の騎士を連れ歩いて欲しいね」
皇家の人間は学院内でもお供を連れている。コンスタンツィアは友人達が大体一緒だとはいえ、やはり荒事には向いていない。騎士とはいわずとも主人の安全を第一に考えてくれる小姓役は欲しい所だった。
「それで他に何があったの?」
歩き出しながらコンスタンツィアは尋ねた。
「ああ、ボロスの奴がさっきのルクスを殴りつけてマッサリアの姫を奪い取ったんだ。人前で随分無体な事をしていたらしく我慢出来なかったらしい」
「あらまあ、大丈夫かしら」
「ああ、ゴチャゴチャいっていたが西方候にいいつけるぞと脅しておいた。もうあの小さなお姫様には構うまい」
「ああ、そういえば新たな西方候が立ち上がった以上マヤさんがいいなりにならなくてもいいのね」
「そういうことだ。それにしても今日はどいつもこいつもどうかしてる。まさかあのラキシタ家のボロスがあんなに熱い奴だったとはな。評価を改めねば」
コンスタンツィアとレクサンデリの後ろを歩くヴィターシャが詳細を聞きたがり、レクサンデリはそれに答えてやってから彼女達を馬車まで送り届け、解散となった。




