第25話 学年末試験②
試験に協力する為、ラムダオール平原のマナ濃度を均一に保つ補助をしている上級生の一団に北方圏からの留学生ペレスヴェータと彼女の護衛役イーヴァルがいた。
既に晩秋。
冬も近づき、北西の山々から吹き下ろす風も冷たい。
黙って試験会場にマナを送り込んでいたペレスヴェータの顔がふと上がった。
目は相変わらず閉じられているが、何かを見つめているような様子にイーヴァルや他の上級生たちも顔を向けた。
「なんだ、ありゃあ?」
「さあ」
他の生徒同様、イーヴァルも首を傾げた。
彼は故郷にいた頃、大柄な蛮族の戦士と戦った事があるが、その中でも最も大きい相手でも背丈は倍を越える事はなかった。だが、試験会場には人の五倍かそこらはありそうな巨人が立っていた。
名家や外国の秘技が見られるので楽しみながら見物していても手は止めなかった最上級生まで集まってガヤガヤし始めた為、賢者の学院の導師が学生達に作業に戻る様指示しなければならなかった。
しかし、ある上級生はその必要はないと断った。
「あれはマナを消費しないから作業に戻らなくても大丈夫ですよ、導師」
「知っているのですか。グリンドゥール様」
ロットハーン家のグリンドゥール。
ロットハーン家は皇家の中でも技術開発に特に熱心な一族で魔術に長けていてもそれに固執せず、民生技術より一歩先を行く事を常に目標に置いて科学の発展に務めている。
その長子グリンドゥールは導師の問いにひとつ頷き、歩き始めた巨人を指差した。
「うちの博物館にも一体残っていますが、学院にはもう残っていないのですね。アレは十分なマナを蓄積しているようですから当面は見物していて大丈夫でしょう。それにしても誰が乗っているのかな?」
グリンドゥールは腰を下ろし、面白がるように野次馬に加わった。
◇◆◇
さて、少し前に試験会場では観衆がコンスタンツィアは何処へ行くつもりなのかと首を傾げていた。そのコンスタンツィアはおもむろに浮遊術を使って近くに跪くような姿勢で放置されていた巨像の背に乗ったのだった。次に背を開いて中に入り込んだ。
「ンん?石人形の術かの?」
魔導生命工学の術師達が使うオブジェ兼防衛装置としてそういった術がある。
普段は芸術品、緊急時は壁となって主人を守る。
だが、中に乗り込む必要はない。
巨像が駐機姿勢から大きな音を立てて姿勢を変更し、直立すると試験対象の大岩よりもさらに背が高くなる。巨像は体の一部になっていた戦槌を取り外すとそれを構えて大岩の方へズシンズシンと大きな音を立てて歩いて行った。
見慣れないモノに女生徒達は固まって怯えてしまう。
その中にシャムサもいた。
「な、なによアレ?」
巨像はコンスタンツィア邸にあったのでそれを知っていたノエムとヴァネッサが説明してやる。
「魔導装甲歩兵という奴だそうです。征服期から神聖期に使われたものだったとかで、神代に作られた神々の城壁だろうがなんだろうが何でもぶっ壊したそうですよ。ほら」
巨像が振るった第一撃で試験対象の大岩から激しい火花が飛び散った。
戦槌と大岩が触れた際に大岩にかけられていた結界術も砕けて激しい魔術の光と火花をまき散らし、魔術の防護は突破された。
続く二撃目で魔力のこもらない只の岩は木っ端微塵に砕け散る。
あんまりな力技に女生徒だけでなく魔導騎士修行中の男子生徒も開いた口が塞がらなかった。
「ず、ずるいでしょ。あんなの!方伯家でもなきゃあんなの所有してる筈ないじゃない!」
「男子達だって家から魔剣だの秘薬だのなんだの持ち込んでるじゃないですか。それ込みで扱い方を見るような試験でしょ」
「あんなの扱い方も何も、力技じゃない!何処が魔術よ!!」
「アレが使われなくなったのは旧帝国期のような優れた魔術の使い手が減ったのと、大気中のマナが薄くなって燃費が悪すぎて誰も扱えなくなったからですよ。だから魔導騎士に移行したんです。魔力容量が大きくてさらに扱いにも長けているコンスタンツィア様ならではの技だと思いますよ」
コンスタンツィアもさすがにここまで自力で運び出す気力も魔力も無く、運び出すのに何十頭もの馬で引く羽目になった。その様子をノエム達は見学させて貰っていた。
「魔導騎士の原型というわけか・・・。まあ、確かにあんなもん現代じゃ誰も長時間運用できんじゃろうな。戦場まで持っていくのも難儀じゃわい」
マヤも威力には感心したが、現代では無用の長物だと結論付けた。
動きも遅いし、砲兵の数が揃っていればただの的だ。
小さくて俊敏で燃費が良い魔導騎士の方が役に立つ。
「しかし夫婦喧嘩になったらアレを持ち出されるのか・・・」
ちょっと離れた丘の上である上級生がそんなことをボヤいていたとかなんとか。
◇◆◇
「みんな怪我は無い?」
魔導装甲歩兵を再び駐機させて戻って来たコンスタンツィアが飛び散った大岩の破片に観衆が当たっていないか心配した。別段武術に優れているわけではないコンスタンツィアには手加減も出来ず、破片がどれくらい飛び散るかまでは考慮が足りなかった。
「大丈夫じゃ、教師達が風の魔術でこっちに飛び散らんようにしとったんじゃろう。それにしても乙女らしくない力技じゃったな」
マヤがヒヒヒと冷やかした。
コンスタンツィアは憮然として答える。
「派手なのを求められてしまったからね。わたくしも不本意なのよ?こんなこと。試験対象があの通りだから先生方の評価を聞くまでもないだろうけど・・・シャムサさん。今日からお墓の供養よろしくね」
「み、認めませんよ。私は、あんなの!」
シャムサはわなわなと震えながらあんなの、あんなのと繰り返し呟いていた。
「誰にでもはっきりわかるようなものを、と求めたのは貴女でしょうに」
「じゃあ、地味なほうだったらどうするつもりだったんです!?」
「そちらは普通の魔術よ」
「じゃあ、そっちでやって見せてください!もう一個あるじゃないですか」
そちらは別のグループが試験に使用していたのだが、シャムサがあんまり騒ぐので教師達がやってきて話を聞き、見聞に来ていたアルマキウスも面白そうだからやらせてみようということになり、コンスタンツィアは再び試験に挑んだ。
◇◆◇
「終わったわ」
すたすたと大岩に歩んでいったコンスタンツィアはすぐに振り返って皆に、自分の試験はもう終わりだと告げた。
「はぁ?何をおつしゃっているの?やっぱり洗練された魔術なんか使えないってこと?」
シャムサはやっぱりコンスタンツィアは生まれ持った魔力の大きさだけが取り柄なのだと、自分に言い聞かせて精神的優位に立とうとした。
「ですから、最初に地味だと断ったでしょう?もうこの壁にかけられた結界は破壊したわ」
「はあ?」
<<大地より生まれしものは、等しく愛しき母の下へと還る>>
コンスタンツィアが古代神聖語で大神に祈りを込めながら大岩に向かって呟いた。
それからちょいと押すと、壁は倒れて自重で砕け、傾斜を転がるうちに砂へと姿を変えた。
少しだけ残っていた基部をコンスタンツィアが指でピンと弾くと魔導装甲歩兵の一撃よりも遥かに細かく散ってただの砂の山となる。
「ど、どういうことですの?実はこちらの試験対象には何の力も込められていない岩だったの?」
理解出来ずに困惑するシャムサだが、コンスタンツィアは気が済んだのか、もう関心を失っていた。そこへ見聞に来ていたアルマキウスが拍手しながらやって来た。
「いやあ、大したものです。さすがはコンスタンツィア殿。お見事な第二魔術でした。一体、どこで教えを受けられたのですかな?」
さすがに宮廷魔術師長はコンスタンツィアが何をやったのか理解していた。
コンスタンツィアも彼を認めて軽く会釈した。
「お褒めにあずかり恐縮です。独学でしたが評議員の方にそれでは危険だと少し手ほどきを頂きました。無様な所が無かったのなら良いのですが」
「いえいえ、破界の技としてかつて見た事が無いほどに洗練されておりました。このように短時間で結界のほころびを紐解いてしまうとは驚きです。貴女は他の学生と次元が違うようですね。来年は魔術の講義を受ける必要はないと学長に伝えておきましょう。あぁ、大宮殿の外壁に魔術師が近づけないような仕組みを考えなければ」
これにはコンスタンツィアも大いに喜んだ。
来年の自由時間が増えそうだ。
「何年も試験に使われて脆くなっていただけですし、そもそも宮殿の門にある神器の結界で守られているからわたくしなどでは到底大宮殿は破壊できないと思いますよ」
シャムサは説明を求めたかったが、二人の会話に到底入り込める雰囲気ではなかった。
「いやあ、あの年で第二魔術を極めているとは驚きじゃな。おい、お主ら。あやつは本当にお前達と同年齢なのか?実は老化速度減少の魔術とか使ってるんじゃないのか?」
「コンスタンツィア様は私達と一緒に年をとってきましたし、そんなの使ってませんよ」
どうやらマヤが破壊方法を少しは知っているようなのでシャムサはマヤに説明を求めた。
「んん?第二魔術とは文字通りそのまんまじゃぞ。第二世界に干渉する魔術じゃ。炎弾だの水圧剣だのは所詮現象界向けの魔術よ。魔力の世界は人の目には見えぬ第二世界にこそ本質がある。いくら魔力を必要としない社会になったからといって今時の帝国貴族はその年齢でそんな事も習わんのか」
先ほどまでシャムサに感心していたマヤだったが、手のひらを返して批判する。
「くっ、仕方ないでしょう!」
知らなかったものはどうしようもないとシャムサは自己弁護する。
「コンスタンツィア様は独学でしたけどね」
遭難中に発見した遺跡の書物で示唆を得たとはいえ、独学には違いない。
しばらくするとアルマキウス達との話を終え業者に再び巨像を持ち帰る様指示を出したコンスタンツィアが戻って来た。
「さ、帰りましょう」
「はい」
「ちょっと、待てい」
呼び止めたのはマヤ。
「なに?」
「標的を二つとも壊しおってどうしてくれるんじゃ。儂の試験はまだ終わってないんじゃぞ」
「あら?」
一部生徒の試験は別日となった。
いきなりロボットものが始まったりしませんから読者の方々はどうぞご安心ください。




