第23話 コンスタンツィアは人生を謳歌したい
勝負を受けるといったもののコンスタンツィアはいつも通りで特に何か準備をしている素振りはない。ノエムはある日、コンスタンツィアの邸宅に行った際に書斎で報告書を書いている彼女に気になって問うた。
「あの・・・孤児院の方は私が面倒見ますからコニー様は試験勉強なさってください」
「貴女だって試験前でしょう?経営を他人に任せて放っておくわけにはいかないもの」
孤児の面倒を見ている人達の誰もが立派な志を持っているわけではなく、稀に他に仕事が見つからなかっただけでたまたま知人の紹介で入って来た職員もいる。
立場の弱い子供を守って育ててやっているという驕りと行く当ての無い子供に対する絶対的優位な立場から閉鎖的な環境で人格が歪む事もあるので、孤児だけでなく職員の精神衛生上の都合から時折外部からの目も入れてやる必要があった。
帝国の財政が悪化すると職員の質も下がる。
実際、公営の孤児院では子供への性暴力事件も取り上げられるようになってきた。
昔から方伯家の女性達が世話をしてきた孤児院で経営は人に委ねているが、今も資金援助は続けており、そんな事が起きてはならないと頻繁にコンスタンツィアは通っていた。
ノエムはそんなコンスタンツィアを真面目過ぎると心配する。
「他にもいろいろと忙しいのでしょう?」
「どうせあまり身が入らないからいいのよ」
はぁ、とコンスタンツィアは溜息をついている。
夏からずっとこの調子だ。
「私、お姉様があんな娘に負ける所をみたくありません」
コンスタンツィアに無礼な態度を取ったシャムサに対して当然ヴァネッサは怒っている。侍女のようにお茶を持ってきた彼女は差し出しながら、学業に力をいれて欲しいと頼んだ。
「わたくしが負けても、その時どうする?なんて要求は無かったのだから別にいいでしょう」
「そういう問題じゃありません!」
ヴァネッサは憤然としている。
「まあまあヴァニーちゃん。そうやってみんながコンスタンツィア様にあれこれ望むから疲れてらっしゃるんですよ」
「う・・・それはその通りですが」
議会の事でも皇家の少年達についてもコンスタンツィアは報告書を父に送らねばならず、夜中まで忙しい。
「いったいいつ眠っていらっしゃるんです?いい加減議会にはご自分で出席して貰えばいいじゃないですか」
「今は領地を空けるわけにはいかないから仕方ないわ。それよりわたくしも一応侍女のヤドヴィカには聞いてみたのよ」
ヤドヴィカは巡礼についてきた侍女の中で唯一生き残った昔馴染みである。
「そしたらどうだったんです?」
「『オフェロス様も快癒されたそうですし、伺ってみてもよろしいのでは?』ですって。それで、わたくしはね。こう答えたの。『オフェロス?』『弟君です、お忘れですか?』って・・・薄情よね。すっかり弟の事を忘れていたわ」
弟なのか甥なのかは不明だが肉親ではある。
コンスタンツィアの頭からは完全に忘れられていた。
彼女の自嘲はさらに深まった。
「皆、凄いわ。あっという間に成長していく。ヴィターシャも夢に向かって一歩一歩進んでいるし、ノエムもソフィーも・・・」
自分と自分に従っているヴァネッサには将来の夢がない。
父が怖い。
あの日記を見る前から。
幼い時から厳しく躾けられて恐怖心が植え付けられている。
家名の恥となるような目立つ行動をするのが怖い。
自分の意見を持つのが怖い。
日記に書いてあった内容を持ち出して父を詰ってもその一瞬は満足するかもしれないが、次の瞬間には幽閉されてしまうのが怖い。
何も言わなくても自分が家の利益にならないと判断されたら、母のように病死させられてしまうかもしれない。
父の影響が及ぶ帝国内に居るのが怖い。
外国の不便な暮らしが怖い。
外国に逃げた所で帝国の力の前に無理やり連れ戻されて幽閉されるのも怖い。
何もかもが怖い。
たくさんの子供を産んで育てた大地母神のような賢母になるのが帝国貴族女性として名誉ある生き方だと物心つく前から刷り込まれ、実際に社会に出て人を導く立場になるわけでもないのに最高の教育を与えられてきた。
何も知らなかった事にして家に引き籠って魔術の探求でもしているのが一番安全かもしれない。
「コニー様、コニー様」
暗く沈んでいるコンスタンツィアにまたノエムが話しかけた。
「なに?」
「コニー様は仕方ないですよ。お家が余りにも特殊過ぎますし。でもヴィターシャさんが自分の夢に向かっていけるのはコニー様のおかげじゃないですか。コニー様のご指示という大義名分が無ければ皇家のお坊ちゃんやその取り巻きに取材になんか行けませんよ。私もコニー様の口利きで天馬の牧場に行ったり獣医さんの学校を見学に行けたりして助かってるんですから」
ヴァネッサもノエムの励ましに加わっていく。
「そうです、そうです。例の不法居住者にも職を与えたり、巡礼者用の宿に改装したりとかいろんな人を助けているじゃないですか」
「でも、わたくし自身は何も成し遂げられていないし。何をしたいのかも定かにならないのよ。……情けないわ」
コンスタンツィアはまた「はぁ」と深い溜息を吐いた。
彼女がここまで弱った姿を見せるのは幼馴染だけだ。
「昔のマグナウラ様だって学校を作って大勢の人を助けて育てましたが、ご自身が個人的に何かに秀でていたわけではないじゃありませんか。大勢の女性に学べる場を与えて優れた人々を世に送り出したっていう事自体が他の誰にも出来ない立派な業績だと思います。私達じゃ絶対に出来ない事ですよ」
「そうですよ。ガヤトリーさんが将来万年祭の主役になったり、シュリさんが故郷の魔獣を退治して活躍したら全部お姉様が後押ししてくれた結果です。ほんとはもう十分にお姉様が勝っていますけど、普通に勝負したってお姉様が勝つに決まってます。あんな子ぶっ飛ばしちゃいましょうよ」
幼馴染二人の励ましで少しはコンスタンツィアの気分も上向いた。
「まあ、心配しなくても魔術で負けたりはしないわ」
「何か勝算が?」
「彼女があくまでも魔術戦を望むならどんな霊媒を使われても負ける気はしない」




