第22話 ある秋の昼下がり②
南方圏のマヘンドロ王国からやってきたガヤトリーの特技といえば宮廷舞踊だ。
南方の王達は奴隷娘を多く抱えて後宮で毎晩侍らせては踊らせている。
気に入られた奴隷は正妃よりも可愛がられ、舞姫と呼ばれて立派な宮殿を与えられる。さらには他の奴隷娘もあてがわれて次の寵姫を指導するよう求められる。
彼女達は年老いて王の閨に呼ばれなくなっても舞姫達を育て続ける限りは生涯大事にされる。
貴族達は王に献上する奴隷を育てる事にやっきになるので、正妃達も負けじと舞踊の習熟に務めて、南方舞踊はさらに発展していった。
帝都で毎年晩秋に行われる終古晩年祭でも選ばれるのは南方圏から来た芸人や留学生である事が多かった。
「今年は無理ですが、来年、再来年には私も先生方に万年祭の推薦が得られるよう頑張ります」
「是非、わたくしも貴女に教えを乞いたいわ」
巡礼で東方圏を旅して以来、コンスタンツィアはどうも豊満過ぎる帝国人が不格好に思えてならず日々ダイエットを続けている。
南方人達は腰がくびれて、お尻が大きく腰回りが非常に魅力的だった。
帝国人も裸人教や裸婦画が流行ると、段々ダイエットを気にする女性が増えてきた。
大地母神像はすべからく豊満であるので、帝国人にとって豊満さは誇るべき事だったのがこれも国際化の流れであろう。
「少々、激しくなりますけど大丈夫でしょうか」
「ええ、舞踏場でなら」
一年生には体育の授業があるが、男性は筋力トレーニング、各種スポーツがメインである。女性達はスポーツを選択したがらない姫君達の為に、必須の宮廷舞踊とは別に舞踊の講義を選択できた。
男女共通で帝国式の宮廷舞踊は必須科目となっている。
在学中でも国の代表として公式行事への出席が要請されることもあるので、覚えざるを得ない。
さて、南方舞踊、奴隷達の舞いは王への性的アピールでもあるので、女性の性的魅力を前面に出しておりかなり過激である。シュリは剣舞を得意とするが、南方舞踊は目にするだけで赤面してしまう。
思春期の男子達には目に毒なので体育館や運動場では練習せず学院の小規模な劇場を舞踏場として利用していた。放課後に女生徒だけで修練に励みたい場合には部活動の申請をしてここで行われている。
思春期、反抗期の少年少女達は学院の講義が終わっても自宅に直帰したがらず、対等な相手、同じ趣味の相手を求めていたので放課後の部活動には多くが積極的に参加していた。
「南方圏の連中は皆、体が柔らかいのう」
マヤは割と寒い地域の生まれらしく、冬が近づくと引き籠って魔術の研究ばかりしている。自然、体は固くなる。
「ほんと、みんな猫みたいに体がぐんにゃりするわよね」
学年一の才女マヤにも苦手な事はあった。
「お主らもうすぐ学年末試験なのにそんな事している余裕あるのか?」
「そうですよ、コニー様。今日は孤児院に持っていくケーキを一緒に作る約束じゃないですか」
「持っていくのは明日だから明日作ればいいわよ。魔術で冷やす手間も省けるし」
霊脈転送儀式後はマナ濃度が回復した為、帝都の魔術使用制限も緩和されており、特にマグナウラ院では講義にも使用するのでもともと緩かった。
「明日は弁護士の先生がいらっしゃる予定ですよ、お姉様」
「あら、そうだったかしら」
コンスタンツィアの秘書のようになっているヴァネッサが注意を喚起する。
「弁護士?何か問題でも?」
気になったマヤが問うた。
「いえね、母が何故か各地に不動産をたくさん購入していて税務署から連絡が来たの。税金を支払わないといけないのだけれど母の個人資産だったから家にも頼れないし、いくつか処分せざるを得なくてね。でも既に勝手に人が住んでしまっていたのよ」
「そんなもん追い出せばいいではないか」
「追い出したら住む所がなくなってしまうらしいの」
コンスタンツィアは穏便に退去して貰うべく弁護士に頼んで交渉を任せていた。
「試験勉強はいつするのじゃ?週末か?」
「週末は議会があるから駄目ね。西方商工会と工務省が工業規格を統一する件でどうしても出席しなければならないの」
工作機械の設計からネジの寸法まで鋼材の品質や耐久性、想定される用途まで含めた安全性の保障まで帝国と西方商工会の規格が統一される。
西方圏が市場でシェアを占めているものについては帝国側が譲って西方圏に合わせるものもあり、議会で工務省の案を細かくチェックした上で帝国にとって利益があると判断されれば承認される。
今後数世紀は影響すると思われるので慎重に国益を判断しなければならず、コンスタンツィアも父に報告書を出す為に詳細を確認しておく必要があった。
「ちょっと忙し過ぎやせんか?」
「とりあえず進級出来ればいいわ。貴女みたいに飛び級するつもりはないし」
一年、二年は教養科目が多く元々の学力が高いコンスタンツィアは特に努力せずとも進級には問題なさそうだ。貴重な学生時代の六年間を短縮したくないので、飛び級するつもりもない。
しかしサボっているわけではないのだが、段々小テストでコンスタンツィアを抜く学生も増えてきた。
「やっぱり方伯領より多くの学生が集まるだけあって皆大したものだわ」
コンスタンツィアが留学生達やラティファ達と昼食にいつも使っている中庭のベンチの周辺には女学生が増えてきていた。
ヴィターシャが目的を隠しもせず、皇家の少年や取り巻き達に取材に行く為、誰もがコンスタンツィアの差し金で男子を監視しているとわかっている。
理事であり、方伯家の長女に間近で動向を見守られているとなると彼らも品行方正にせざるを得ない。
そういった理由で女生徒達はコンスタンツィアの傍にいれば安全だと近づく者が増えた。しかし、一定の距離は保っている・・・。
あまり近づき過ぎると面倒な相手がもれなくついてくるからだ。
以前、撃退されたのにまたシャムサという帝国貴族の娘が高笑いと共にやってきた。
「どうやら負けをお認めになったようですわね。入学当初は随分差がありましたが、今や私の方が成績は上ですわ!」
上品に手の甲で口元を隠してシャムサが笑う。
率直にコンスタンツィアは感心した。
「貴女は貴重な人材だわ。本当に」
「確かにのう・・・」
「どういう意味ですの!?」
何となく馬鹿にされた気がしたのでシャムサは声を荒げた。
「言葉通りの意味よ。その調子で努力して帝国貴族の誇りを見せてくださいな」
せいぜいがんばれと言われているようで、またシャムサは激昂する。
「・・・コンスタンツィア様は悔しく無いの?年下に成績で負けて!」
コンスタンツィアはシャムサの怒りに対して肩を竦めるのみだった。
議会で大人たちの世界に触れ、皇家の少年達には国家を背負う気概で負け、私生活はトラブル続き、思い悩んでばかりで学業に身が入らない。
なけなしの時間は祖母の魔術書を読むのに使いたいので今更一般教養のおさらいをする気にもなれなかった。もう祖母が学院に居た頃の年齢に達しているのに祖母の魔術書は暗号化されている所が多く、それを解析してもまだまだ中身がまるで理解できない。
他人に、年下に、成績で負けるのは悔しいが、自分の身の程を知ってしまったコンスタンツィアは成績で他者と張り合う事にさほど興味を持てなかった。
「忙しいとかなんとか言い訳して、本気になっても勝てないのが怖いのでしょう?」
シャムサが挑発してもそうね、と短く答えるだけだった。
「では、学年末試験にある魔力強度試験で勝負しましょう。それなら今更慌てて試験勉強をしなくても実力で勝負がつくでしょう?」
「所詮、現象界にしか影響を及ぼさない魔術試験で実力なんかわからないわ」
「はあ?何を言っているのかわからないけれど、まだ逃げるのね。単純に自分が使える魔術で最強の破壊力のある技を実技で示すだけでしょう?」
制御能力や迅速に魔術を組み立てる技を見る試験もあるので威力を見る試験も能力の量り方の一つである。
「わかりやすい試験ではないか。学院にある霊媒でも個人所有のものでも何でもいいからとにかく限界まで力を示せというのが気に入った。意外と奥が深いぞ」
マヤは折角なので学院にある霊媒を使って自分の力を拡張するつもりだという。
経費は学院持ちだが、生徒の開発能力を見る事が出来るので学院側にも利点があった。自宅にある物を持ち込んでも良いので、この点では実家が遠い留学生には不利である。
霊媒を使えというのは全生徒が魔術を使えば周辺のマナが枯渇して試験が続行出来なくなる。試験の一環で上級生が霊脈転送式を引き続き行っているので補充はされるが、霊媒を使った事のない生徒もこの機会に使うよう推奨された。
皆どうやって力を示すか腕の見せ所だ。
ガヤトリーは既に試験にどう挑むか決めていた。
「私はやっぱり炎術でしょうか。オーティウムの炎ほどわかりやすい威力はないと思います」
炎の大神オーティウム。
神々の中で最も多くの軍神を率いて、全身が炎に包まれた神である。
神々の時代の終わりにあった戦いではその熱風に包まれて死んだ神がもっとも多いという。
それを模して激しい熱風を引き起こす魔術を『オーティウムの炎』という。
「何を使ってもいいのであれば、拙者には魔力の籠った斧でも借りれないだろうか・・・」
シュリの案にマヤは大いに笑い、かつ同意した。
「ふはは、面白い。確かにそれも魔術を利用した攻撃だな」
「既に魔石を埋め込んでいる男子もその手段を選ぶ人が多いって聞いたわ」
魔導騎士の場合、魔術を使おうとしても体と一体化している魔石と干渉してしまう。霊媒に一瞬点火用の魔力を込めるくらいは出来るが、フェアな試験にはならない。
「なら、問題なさそうじゃな」
「女性の取るべき手段とは思えませんわ」
シャムサはそういった手法が気に入らず純粋な魔術を使うべきだと主張した。
「なんじゃ、まだいたのか」
「まだ勝負を受けると明言してくださっていませんもの」
「試験結果は掲示されるから勝負なら勝手にすればいいでしょう?」
コンスタンツィアも呆れてそう言ったのだが、それでは駄目だという。
「何故?」
「掲示されるのは上位だけでしょう?コンスタンツィア様が今の調子では上位から脱落してしまいそうですもの」
「貴女が掲示される順位に入ればいいだけよ。他人の事を気にするのはおよしなさい」
「嫌ですわ」
「どうして?」
「貴女の目が気に入らないの!皇家よりも恵まれた家に生まれて世間を見下してお高くとまったその目が!成績が下がっても、興味ありませんってその顔が!もうちょっと必死になりなさいよ!貴女は帝国で最も尊敬される家の長女でしょうが!」
熱くなるシャムサだったが、コンスタンツィアはそれでも冷めた顔をしている。
人類最高位の序列にあるといっても実家の内情を思うと馬鹿馬鹿しい。
地位も名誉も何もかも虚しい。
シャムサは従属国の姫君に負けるのはみっともないと帝国貴族の名誉を保つべく努力して成績上位に食い込んできた。
しかし帝国貴族の最上位に当たるコンスタンツィアが努力しようとしない事に憤慨していた。
「また、そんな顔をして!何もかも極めるとそこまで傲慢になって世間に興味が無くなってしまうのかしら。そういえば、貴女の御一族に昔飛び級をして賢者の学院に入った天才がいたそうですけど、結局自殺してしまわれたのですってね?汚らわしいわ。神に与えられた命を自ら捨てるだなんて。きっと今頃地獄の業火に焼かれて苦しんでいるわね。才気がいきすぎた結果がそれよ。貴女もきっと同じ道を辿るわ」
そしてまたシャムサは高笑いをして挑発した。
が、・・・だんだん背筋に薄気味悪い寒さを感じて笑い声が小さくなる。
「今、なんて?」
コンスタンツィアの冷めた目に一段を凍り付くような冷気が灯り、シャムサを威圧していた。
「だ、だから貴女もそんな風に傲慢に世間を見下していたら同じ道を辿ると・・・」
「・・・わたくしのお婆様が地獄で永遠に苦しんでいればいいと笑ったの?」
「え・・・、いえ。それを笑ったわけでは」
シャムサの挑発は成功した。
少しばかり成功し過ぎた。
コンスタンツィアは席を蹴るように立ち上がり、シャムサの挑戦を受けた。
「いいわ。勝負してあげる。先生方の評価基準は知らないけど誰の目にもわかるように試験対象を木っ端微塵にしてあげるわ」
「し、試験対象はて、天柱五黄宮の外壁ですよ。破壊出来る筈が・・・」
天柱五黄宮は皇帝の大宮殿の事であり、神器の結界に守られている為、非常に強固で魔術にも耐性がある。
「交換用の在庫で神器の支援も無ければ固い岩に過ぎないわ。そんなことよりわたくしが勝ったら貴女は自殺者達の墓を生涯供養しなさい」
努力家のシャムサさん、虎の尾を踏むの巻




