第21話 ある秋の昼下がり
コンスタンツィア達は断食もおわって、入信を果たし時折集会のお誘いも来るようになったのだが、コンスタンツィア自身は議会への出席や学年末試験の準備で忙しく滅多に参加する機会は無かった。
ソフィーは男友達と遊びに行く機会が増えて学外では交流が減った。
ヴィターシャは新聞部の同志と学内掲示板を借りて実際に学内の出来事や世間の話題などをまとめて張り出し始めた。
彼女はコンスタンツィアに提供された学生名簿を利用して帝都の他の学院と連携して交流を図っている。
今のところはお見合い用の自己紹介冊子を作ったに過ぎないが、意外と需要があって編集メンバーを募集しているようだ。これまで親や親戚が持ってくる縁談やいかがわしい場所に頼っていた学生達が信頼できる学院の人間を介して自分が求める相手を探せるし、同性でも次男坊三男坊の貴族は卒業後に共に起業できる同志を見つけやすかった。
そんなわけでコンスタンツィアは最近はノエムやヴァネッサと昼食を共にしている。いつも幼馴染に囲まれて他家の有力貴族と親しくするのを避けていたが、シュリやガヤトリー、ラティファ、マヤ達とは時々一緒に行動するようになってきた。
「シュリさんの剣舞は教師達からも大分高評価みたいね」
「は、拙者の野卑な舞が評価されるとは驚きでした」
「謙遜することはなかろう。お主の場合、剣舞によって魔力が洗練されておるようじゃ。鍛錬法を見直す必要があるやもしれぬと噂になっておるぞ」
魔力の容量は少ないもののその濃さだけでシュリの評価は上がっていた。
「でも魔力が鍛えられてもお姫様達ってそれを生かすような機会あるんです?」
ノエムもコンスタンツィアを傍で見てきて悟ったが、家門を継ぐ者や政治の中枢にある者に魔力があった所で特に利用する機会はない。
政治、経済、軍事の知識は求められても魔術について精通している必要は皆無だった。故に、ノエムはそんなに鍛錬してどうするのか、と問う。
「拙者は三年になったら魔導騎士の訓練を受けてみようと思います」
「魔導騎士ですか?お姫様なのに?」
ノエムの問いにシュリは頷いた。
「拙者の国は魔導騎士がおりませんので・・・魔獣が現れると帝国軍に帝国騎士を派遣してくれるよう要請するか、高い報酬を用意して専門の傭兵団を雇う事になるのです」
足元をみられて高額な報酬を要求されるので自力で倒せるならその方がいいというわけだ。
「ご家族に許して貰えるの?」
コンスタンツィアは気になって問うた。
いくら魔力があろうが運動神経があろうが、コンスタンツィアが魔導騎士になりたいとかいったら父達は気が狂ったと判断して即座に幽閉する。
「帝国側から素質ありと言って貰えれば泣いて喜んでくれると思います」
それだけ被害が大きく財政が厳しいというわけだ。
あまり質は良くないが魔石と最低限の装備は訓練用に学院が用意してくれるのでさして強力でない魔獣を倒すには十分だった。
「それならそのまま帝国騎士を目指せばいいわ」
魔導騎士が真価を発揮するには専用の魔剣や甲冑が必要で、それは非常に高価となる。
「帝国騎士は非常に狭き門だと聞きますから拙者のような女ではとてもとても・・・」
何億もいる人類の中で帝国騎士は三百人もいない。
それに帝国騎士になって帝国本国勤めになったら母国を守るという肝心の目的が達せられないとシュリは考慮の埒外に置いていた。
「それは違うわ。帝国騎士は白の街道を通って大陸のあちこちを巡察したり、出身地域の近隣軍団に回して貰えるから魔獣が出ればすぐに駆け付けられるわよ。確か昔ラール海に出た海竜を倒したのも近くの女性帝国騎士だった筈ですし」
コンスタンツィアが記憶を辿って教えてやるとシュリは驚き、喜色満面で赤くなり、次いで青くなった。
「ほ、ほんとうで御座りまするか?拙者が帝国騎士に?採用して貰えるまでに高額な寄付金が必要だったり、退役する時に支給品を元通りにしなければならないとか・・・」
彼女はそんなうまい話があるのだろうかと疑っている。
借りを作って永遠に帝国に依存しなければならないのではないか、という疑いがあった。
「一度なってしまえば叙勲された時に鍛造して貰える魔剣や鎧は貴女の物になるから退役する時に返却しなくてもいいし、元手は掛からないわよ。帝国騎士は今後十倍に増員するそうだから、貴女が男子に負けない能力があるなら十分に機会はあるわ。女性帝国騎士は他にもいるから話を聞いてみるといいでしょう」
魔力さえあれば身体強化出来る為、筋力の不足はカバーできる。
魔力が続く限り意外と女性でも力負けしない。帝国は軍人に女性を採用していないが、魔導騎士だけは別だった。
「なるっ、なります!拙者、帝国騎士になってみせます!」
シュリが大声で宣言するので近くの生徒達が振り向き、発言の主がまだ若い女性とみると微笑んでまたそれぞれの食卓に戻った。
一人を除いて。
「ふ、うふふ。あはは、あーはっはっ。貴女のような貧しい国のお姫様が帝国騎士になるですって?」
高笑いしているのは以前、シュリ達を揶揄っていた帝国貴族の女性達の一人シャムサだった。ラティファと親しい娘で彼女はまだ一年だったのだが、帝都にある家が近所で親しかった。ラティファを置いて逃げ出した後、ラティファがコンスタンツィアと懇意になった事を知って裏切り者だと感じ、くってかかるようになっていた。
「おやめなさい、シャムサ」
翻意しているラティファは妹分を窘めた。
「お姉様は黙っていて下さる?帝国の財政事情が厳しいのはよくご存じでしょう?コンスタンツィア様に取り入って帝国騎士に推薦して貰おうなんて厳しい訓練を受けている殿方達に申し訳ないと思わないの?」
「それは邪推でござる。コンスタンツィア様には夢を応援して頂いただけで、便宜を図って貰おうなどという話はしておりませぬ」
「そうですよ、シャムサ。難癖をつけるのはおよしなさい」
ラティファは再び窘めたが、シャムサははっと鼻で笑った。
「コンスタンツィア様が後押ししているという話が伝わるだけで軍務省は勝手に忖度するでしょうね。そんなこともおわかりにならないの?あーあ、お姉様ったら簡単に手のひらを返してコンスタンツィア様に取り入るだなんて節操がないこと・・・お父様が聞いたらなんて思うでしょうね」
皇帝でさえも遠慮する大貴族相手に軍務省や学院が一人くらいの枠を融通しない筈がないとシャムサはあてこすった。女性が優遇されて帝国騎士になればフェアではないと恨む者も出てくるだろう。
シュリやラティファは言葉に詰まり、コンスタンツィアは同意した。
「そうね、貴女の言う通りね」
「ほら、ごらんなさい。コンスタンツィア様もこのようにおっしゃっているわ。地位や名誉だけでなく経済力、軍事力、そして宗教界からの尊敬・・・何もかも皇家より抜きんでていらっしゃるんですもの。コンスタンツィアの傍にいる限り正当な評価を受ける事はできないってお分かりになるでしょう?」
シャムサは自分の能力に自信があるなら、気概があるならこんな風に取り入ったりしていない筈だと、ラティファを詰った。
感じの悪い娘だが、なかなか気概のあるとコンスタンツィアは感心する。
「最近、議会で大人たちに混じったりよく出来た高学年の男子達を見てきたから貴女を見ているとなんだかほっとするわ。情けないことに」
「はぁ?どういう意味ですの?」
意図が読めずラティファは首を傾げた。
それを無視してコンスタンツィアは隣の幼馴染達に話しかける。
「家の事情もあるのでしょうけれど、幼い時からわたくしにつきあってくれて有難う、ノエム。ヴァネッサ」
急に礼を言われた二人は戸惑ってしまう。
「え?どうしたんですか改まって」
「わかってはいたつもりだけれど貴方達は大変だったでしょう?周囲にやっかまれたりあてこすられたり・・・でもわたくしは生涯貴女達以外に友人を作るつもりはなかったの」
そういってコンスタンツィアはヴァネッサの髪を優しくなでつけた。父親から不本意な命令を受けていた彼女はそれでコンスタンツィアのいわんとする事を察して寄り添った。
「三年近く行方不明になって騒がれたり、財産を狙って詐欺師が寄付を求めてきたり、所詮子供だと取り入ろうとしてくる者が現れたり、地位をめあてに求婚してくる帝国貴族だのにうんざりしていたの。でも学院に来て外国の姫君達となら親しくしてもいいのかなと少し考えを変えたわ。ラティファさんは帝国人だけれど貴女のお父様は議会で白熱した議論を交わした相手でも議会の外では何事も無かったように公私を分けるきっちりしたお方だから子供の戯言に耳を貸したりしないわ」
「はい」
それはラティファにもわかった。父は国務大臣を批判する急先鋒だが、家庭内で歓談する時はこれまでの業績を公正に高く評価している。政府が時代にそぐわず硬直化している現状を変える為に方法論として議会では辛辣な意見を述べているだけだった。
「ガヤトリーさん、マヤさん、シュリさん。わたくしは自分の知らない所で貴女達が嫌がらせを受けても守ってあげられないし、今後も迷惑がかかるかもしれないけれどそれでもわたくしの友人でいてくれるかしら?」
「ふはは、儂に嫌がらせなんかしてくる者がおれば魔術で蛙に姿を変えてやるわ」
「まあ・・・そんな魔術を使ったら逮捕されちゃうわよ」
「不逮捕特権を行使する!」
小さなマヤの豪語にコンスタンツィアは微笑んだ。
「私だって気にしません」
「拙者も!もともと帝国の援助でなんとかやっていってる小国です。嫌がらせされるくらい当然だと受け止めます」
「良かったわ。初めての外国人のお友達を失わずに済んで。何かあったら遠慮なく言ってくださいね」
ヴァネッサが「セイラさんのことお忘れになっていますよー」と小さくいうとコンスタンツィアも「いけない、忘れてたわ。今度会ったら謝らないと」とくすくす笑う。
「お、そうじゃ。なら儂を飛び級させてくれ。一年の授業は退屈で仕方ない。来年の講義内容や試験ももう大体目を通した」
「はいはい、教授会に必要な書類を提出してね」
「最年少記録はお主の親戚らしいな。儂が更新してやる」
マヤは見た目は小さくとも既に上級生の討論会に参加しているほどの才女なので、審査に通る可能性が高かった。
すっかり忘れ去られていたシャムサが猛然と抗議する。
「ず、ずるいわ!堂々とそんなズルをするなんて!」
抗議されてもコンスタンツィア達はすっとぼけた。
「何をいってらっしゃるのかしら。正式な方法で申請するだけ。審査するのは教授達。もし何か忖度されて、身の丈に合わかったのなら後悔するのはマヤ。自分で選んだことよ」
「そうじゃ。お主が気にする必要はない」
「だ・・・だからって一年からなんて前例が・・・」
シャムサは食い下がって抗議を続けるが、もう誰も耳を貸さない。
「わたくしが息を吸って歩いて普通に生きているだけでも、地べたの虫がたくさん踏みつぶされて死んでいるでしょうね。でも虫けらが死のうと生きようといちいち気にして生きたりしないわ。貴女がどう文句をつけた所で、わたくしは仲の良い友人達と学生時代を満喫したいの。貴女が気にするような力がわたくしに本当にあるのなら、明日には退学になっているわよ?貴女」
「お、脅すんですか?」
怯えられて、コンスタンツィアは溜息をつく。
「貴女は想像上のわたくしに勝手に怯えているだけよ。先ほどいったようにわたくしは羽虫が生きようと死のうと気にしないわ」
地べたの虫にはいちいち注意を張らなくとも、目の前をぶんぶん飛び回られると気に障る。コンスタンツィアの目に段々と剣呑な色が灯って来た。
怯えてしまったシャムサが蛇に睨まれた蛙のように硬直して動かなくなってしまったので、仕方なくラティファが宥めて連れ出していった。




