第12話 辺境国家の第四王子⑤
「エド、今日はどうだった?」
スーリヤは夕食の時、エドヴァルドに質問した。
世間の母親もよくする質問だ。知ってるくせにとは思ったが、エドヴァルドは正直に今日起きた出来事を話して勝手に外へ出た事を詫びた。
寝る前にエドヴァルドは母の寝室を訪ねた。スーリヤは結っていた髪を解いて楽器を奏でている所だった。
「ねえ、マーマ」
「なあに、エド?」
「今日、一緒に寝てもいい?
「ええ、いいわよ。いらっしゃい」
優しく微笑んでスーリヤは寝台へ誘った。
「ぼく子供っぽいかなあ」
「お母様はまだエドが子供らしくあって欲しいわ」
「はやく大きくなりたいなあ」
自分の幼さと無力さを自覚した子供によくある台詞でスーリヤは苦笑した。
「私はエドにまだまだ子供でいて欲しいわ」
愛おしそうにスーリヤは愛息子の頬を撫でた。
彼女の他の子供は全員幼くして亡くなっている。ベルンハルトと夜の営みは続いているが、新しい子供はずっと授かっていない。
「ねえ、マーマ。ぼく弟が欲しいな。いたら絶対可愛がるのに」
「じゃあ今度アーナディア様の神殿にお願いに行きましょうか」
「うん!」
◇◆◇
しばらくぶーたれながらエドヴァルドはキャスタリスの講義につきあっていたが、しばらくして宮廷魔術師のヤブ・ウィンズローが魔術の講師としてやってきた。以前ベルンハルトが検討していたアステリオンの方には断られたようだ。スーリヤが恐縮して礼をいう。
「済みません、わざわざお越しいただいて」
「なに、構いませんとも。城内にいても陛下を助けに前線に行ってこいという目で見られますのでな」
「戦況は如何ですか?」
戦力に余裕は無いが、ギュスターヴからの援兵も届いたのでいずれベルンハルトが優位になるだろうとスーリヤは考えている。
「一進一退ですな。あまりよくはありません」
「まあ!」
「あ、いや心配なさいますな。ここまで敵が攻め込んでくる事はありません。陛下は神器の破城槌を持ち出したのはおそらく敵の本拠地を強襲する気でしょう。それで一気に片がつきます」
戦況は良くないが敵に王都を攻め落とせるような攻城兵器も無いので、決定打がある分こちらが優位になると魔術師は踏んでいた。
エドヴァルドに家庭教師がついて暇が無くなるとタルヴォがやって来ても遊びには誘い出せなくなった。朝はウィンズローの魔術、昼はキャスタリスの一般教養、夕方はシセルギーテが体育の授業をしている。
「お前は家庭教師がついてていいなあ」
庶子のタルヴォには教師はついていない。
「タルヴォ殿も一緒に聞かれても構いませんよ」
ウィンズローは庶子でも気にしないようだ。彼ももともと貴族の家系だが、三男坊で実家を継げなかった。領地が無いものは貴族籍を得られないのがバルアレス王国の法だったので、彼はもう貴族ではない。
「俺はもう17だ。いまさら魔術が使えるようにはならないんだろ」
「そうですな。だいたい7歳までに芽生えを感じられなければ無理でしょう。しかし陛下の血を引いている以上、潜在的には魔力があります。我々の先祖は神代で神々と英雄達との間に出来た半神なのです。有象無象の平民たちとは違います」
ウィンズローは誇らしげに言った。
「だが、ウィンズロー。あんたのように貴族籍から追い出されて平民と交わった人間も多いだろ。もう神々の時代から五千年も過ぎてるんだぜ。俺みたいのもいるし、平民にも魔力持ちは随分混ざっているんじゃないのか?」
「・・・かもしれませんね」
両親ともに貴族で血統も正しいウィンズローはタルヴォの弁に不快な顔をした。
「ねえ、どうやったら魔力に目覚めるようになるの?」
タルヴォ達の微妙な緊張感をよそにエドヴァルドは質問した。
「いつ来るかは申し上げられません。ウィッデンプーセが必要な時期が来たと判断すれば授けるでしょう」
「精通みたいなもんか」
タルヴォが茶々を入れる。
ウィンズローは無視して話を続けた。
「若君の魔力の属性判別式の結果が出ました。とても珍しい事ですが、雷気に秀でているようです。この国では私の知る限り一人もおりません。百年に一度、万人に一人の才能といっていいでしょう」
「やったあ!トルヴァシュトラ様に感謝だね」
珍しい属性なのでウィンズローも調査に時間がかかったらしい。他の宮廷魔術師や図書館にある記録と照らし合わせて結論付けた。
「良い事です。神々に感謝を忘れないように」
「老師はどちらの神様を信仰されているんですか?」
「私めは医神ファウナです。魔術を行使するうえで別段恩恵はありませんな」
ウィンズローは疫病騒ぎでも調査を命じられる所だったが、その前に戦争が始まってしまった。
「神々の助けを得られるのは神術なんじゃないのか?」
タルヴォがまた横合いから口を出す。
「そうですね。ですが、ここ百年くらい奇跡は起きていません。もう神々の時代から時間が立ちすぎて恩恵が薄れているのかもしれません」
「神術って?」
「慈愛の女神ウェルスティアの信徒であれば雨を振らせたり、傷を癒したり、疫病の女神エッラであれば病の伝播を防いだりといった奇跡が確認されていました」
「トルヴァシュトラ様の場合は?」
「軍神ですから率いる軍に加護を与えるといわれていますが、こればっかりは目に見えてわかる奇跡ではありませんな」
なーんだっとエドヴァルドは残念がった。
「さて折角ですからおさらいしましょう。我々がいるこの世界は現象界といいます。神々がつくりたもうた地上の世界で第三世界といいます。第二世界が叡智の世界。精霊の住む世界です。マナに満ちた世界で第三世界と重なっていますが、マナ、いわゆる魔力に目覚めないと感知できません」
「マナってのは?」
「マナは創造神モレスよりもさらに古い最初の神が泥となって溶けた際に世界に溶け込んだといいます。マナは万物の祖であり様々な形に変化します。原初の神の遺骸はモレスとアナヴィスィーケによって分離され現象界が泥から地上界へと姿を変じました。アイラカーラが支配する地獄界もこの現象界の一部です。罪多き者はアイラカーラの地獄の釜で煮られ、肉体から精神が分離され純粋なマナとなって第二世界、そして第一世界へと流れていきます」
「それってほんとのこと?どうやって確かめたの?」
タルヴォとエドヴァルドが次々質問する。エドヴァルドはもともとあった質問癖がキャスタリスによってさらに成長してウィンズローを困らせた。
「こればっかりは神話を信じるしかありません。必要な事は魔力を感じられるようになり、使役できるようになる事です」
「使役できたからってどうなるんだ?」
タルヴォは魔力が無くても別に困らない。世の中の貴族の多くも領地を統治するのに魔力は別に必要ない。血統を誇る以外に役に立つようには思えない。
「例えば、こう」
そういってウィンズローは魔術の杖を振りかざしてタルヴォの足元を陥没させた。
慌てて地面を掴もうとするもそこを泥に変えられて這い上がれなかった。
ウィンズローはさらにタルヴォの周りの空気の流れ、音を封じてタルヴォの抗議が外に漏れないようにした。
「お分かりですか、若君。一見無力そうに見える老人でもこれくらいのことはできます」
「ぼくにも出来るようになるかな?」
「ええ、勿論。しかし別の使い方もあります。そこのシセルギーテ殿のように魔力を外ではなく体の内側に使って肉体を強化します。それが魔導騎士です」
「ぼくもシセルギーテみたいに強くなりたいな。それでマーマを守るんだ!」
無邪気なエドヴァルドに井戸から汲んできた冷たい水を給仕する奴隷娘が微笑んだ。