第14話 霊脈転送儀式②
多くの帝国貴族が在住する帝都には複数の貴族向けの学院がある。
その中で最高峰の学院であるマグナウラ院の受け持ち地域は帝都の北東にあるラムダオール平原という古戦場だった。他の学院の生徒も帝都周辺に散っていた。
帝国魔術評議会の魔術師達が音声を拡大する風の魔術を使って広域に合図を拡散し儀式は始まる。
神術の講師である祭祀官も混じっているのは、大地母神に捧げる儀式も取り込まれているからだ。通常の儀式では収穫祭などのように家畜や狩猟で得た動物を殺してその霊魂を天に捧げる。実体である現象界の食肉は祭の参加者が天の恵みに感謝しながら食べる。
今回は己自身のマナを天に捧げて、代わりに奇跡を願う形だ。
魔術的には単純に杖を掲げて、マナを手繰り寄せるだけである。
魔術を使うのに口で発声する必要はないが、神術の場合祈りを口に出して奇跡を願う。
発声が出来ないペレスヴェータは杖だけを持って遠方からマナを引き寄せるイメージを行い、他の者は祭祀官に続いて古代神聖語で唱和する。
一年はまだ古代神聖語を習っていないのでただ音をなぞるだけだが、コンスタンツィアは家庭教師から習っていたので真面目に神々に祈りを捧げた。
<<大地の神々よ、偉大なる大地母神ノリッティンジェンシェーレと眷属たる神々よ。大地を震わせる神ナイよ、御身が力を以て再びこの地を潤したまえ。命尽きる時、我らは喜びと共に御身に還らん。ダナランシュヴァラよ、死と再生の女神よ。我らが誓いを聞き届けたまえ>>
祭祀官が延々と神々に祈りを捧げていく。
皆それに続きながら、普段魔術を行使する時のように意識を伸ばしてマナを掴み手繰り寄せるようにして帝都の方角へマナを送って行く。
霊脈のポイント毎に各班が配置されていて、より下流の班へ送る形だ。
コンスタンツィアも真面目に祈っていたのだが、大地の神々の次に風の神々に祈りが移った時いくつかの神が飛ばされている事に気が付いた。
なので、個人的に追加しておいた。
<<シレッジェンカーマよ、愛溢るる女神よ。アイラカーラよ、地獄を司る哀れな女神よ、アイラクーンディアよ、亡者を導く嘆きの女王よ。汚れを取り込む徳高き神ダナーカよ、忘れられし全ての神々よ、歴史の彼方へ追いやられたあらゆる神々よ、不遜なる人間の罪を許し、力を貸し与え給え。この地を癒し、再び繁栄をもたらし給え>>
コンスタンツィアは嫌われがちな邪神や疫病神にも己のマナを天に捧げた。
それから地獄の神にも祈ったんだから地中にも捧げねばと同量を振り分けた。
<<よかろう>>
何やら返答があった声がする。
(ちょっとマヤ、ふざけないで)
(ん?どうかしたか?)
『よかろう』だとか『わし』だとか年齢にも関わらず変な口調で喋るのは西方圏出身のマヤだけだ。それに古代神聖語を理解しているのもマヤだけである。
追加した祈りを理解出来たのは彼女だけなのでコンスタンツィアは文句を言った。
(知らんがな・・・。いいから真面目に続けとれ)
少しばかり小声でひそひそいいあっているとイーヴァルが薄目を開けて睨んできた。
肩を竦めてコンスタンツィアは祭祀官に続いて元の唱和に戻ったが、すぐに風の魔術で転送されて評議会から中止命令が来た。
マミカが生徒達を集めて理由を説明した。
「東部からの転送量が多すぎるそうで、なんだか渦を巻き始めたらしいですね。今日はもう解散で結構です」
生徒の誰かが質問する。
「帝都の東部って海では?」
「さあ・・・詳細は不明です。とにかくそういう指示です」
◇◆◇
帰り道にコンスタンツィアは顔見知りに遭遇した。
「これは、ユースティア様。ごきげんよう」
「ごきげんよう、コンスタンツィア様」
ユースティアは法務省に多くの官僚を送り込んでいる皇家のひとつシャルカ家の女性で、コンスタンツィアより二つ年上で、学年も一年先輩だった。
第579期学生会風紀委員長も努めている。コンスタンツィアにとって社会的地位が最も近い女性である。
「ユースティア様は中止の詳細な理由を聞いていますか?」
「東部からの転送が多かったのでもう十分とだけ」
彼女も詳細は聞いていなかった。
ユースティアにせよ、コンスタンツィアにせよ普段はお近づきになろうとする帝国貴族がわらわら寄って来るのだが、今は二人の取り巻きが邪魔をしないように囲んでいるのでそこを割って近づいて来る者はいなかった。
レクサンデリを除いては。
「やあ、お嬢さん方、奇遇だな」
「あら、ごきげんよう。レクサンデリ。奇遇という事のほどでもないでしょう?」
皇家は自分の護衛たる魔導騎士を多く抱えているので、自身を鍛える必要はなく、魔導騎士か魔術のどちらかを選べといえば全員魔術を選ぶ。
名家の義務として祭儀にも詳しい事を要求されるのでこういった講義には積極的に参加していた。
他にアイラグリア家ヘンルート、ロットハーン家グリンドゥールなどもこの儀式に参加している。
「ま、そうかもな。多分我々が頑張り過ぎたんだろう。学院のあるアージェンタ市は帝都の東側の都市。ラムダオール平原も帝都の北東部だ。こちらに力が集中してしまっても仕方ない」
周囲の生徒達はああ、なるほどと納得した。
古い血族の名家ほど魔力は強い。
皇家の人間は皆マグナウラ院を選択しているのでどうしても力は偏る。
コンスタンツィアに至っては大半の皇家よりも歴史は古い家柄である。
「それは、どうかなあ」
疑問を呈したのはヘンルートだった。
「というと?」
「評議会はそれも考慮して魔術師や学生を配置した筈さ。北西の霊峰ツェーナ山や帝都に流れ込む大河から霊脈はヴェーナ市に続いている。北東部には大きな霊脈がないのを考慮して僕らは配置されていた。ここには何かある筈さ」
何万家もの帝国貴族の学生達がどこにどのように配置されたかまではヘンルートも知らないが、少なくともラムダオール平原には彼らしかいなかった。
「何か原因があるとでも?さすがは内務大臣閣下のご子息ね。疑り深さは親譲りなのかしら。証拠を提示して貰わないと困るわ」
ユースティアは考えすぎだと諭した。
「君は相変わらずだなあ・・・」
ヘンルートも思い付きでいったので帝都の北東部にマナ濃度を上げる要因がある証拠は握っていない。
彼に反論したユースティアは学院卒業後は弁護士を目指している変わった女性だった。シャルカ家は多くの法務官僚を輩出しているが法務官僚は男しかおらず、彼女は皇家の長女といっても官僚になれる可能性は絶無。
それで正義と断罪の神を信仰する彼女は弁護士の道を選んだのだった。
帝国本土内では実家に妨害されるので外国に行く事明言している。
皇家の長女であるユースティアは自立を指向する貴族女性の中の期待の星だった。
コンスタンツィアにとっても尊敬できる女傑だった。




